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特集・G8サミットと市民メディア
 
  
“洞爺湖サミット”で市民メディアが活躍
どんな意義があったのか?


安田 幸弘

●G8メディアネットワークの経緯

 2007年6月、ドイツのロストックで開かれたG8サミットの後、2008年7月に日本で開催されるG8サミットに 対する行動についての話し合いが始まった。
 議論の中では、情報発信が「反G8」の行動における重要性が指摘された。
 情報発信のグループは、「サミット」の外で行われる現地のさまざまな行動を外部に伝えるとともに、警備の過 程での重大な人権侵害をアピールする「メディア」としての機能はもちろんだが、現地の行動に情報を提供する 「情報センター」的な役割も期待されている。
 G8でのメディア活動を組織するために、これまで国際会議での対抗メディアの経験を持つ数人のメディア活 動家が7月頃から洞爺湖G8でのメディア活動のコンセプト作りを始めた。

 目標となったのは、ロストックG8で独立メディアが設置したような情報発信の拠点としてのメディアセンターの 開設、ロストックでの行動を生き生きと伝えた動画サイトの設置、そしてG8に関する情報を発信するメディア活 動家たちの組織化である。
 しかし、日本の市民メディア、独立メディアの状況は、ヨーロッパとは大きく異なっている。ヨーロッパでは、 IndyMediaをはじめとする多くのメディア運動が存在し、また、G8参加国の半分がヨーロッパに存在することか ら、G8への関心も高い。
 それに対して、日本での独立メディアの活動は決して活発とは言えず、必ずしも現在の米国式グローバリズ ムの問題点に対する関心も低い。このような状況で、単にロストックの経験をなぞったとしても、成功の見込み は薄いと思われた。

 しかし方向性は明確だった。国際的な独立メディアは、多様な視点を包括するために脱中心的なネットワーク として運営されることが多い。日本のG8でのメディア活動も、国際的な独立メディア運動の一環として、また、 日本におけるさまざまな方向性・水準を持つメディアグループを包括するために、ネットワーク的な行動原理を 基本とすることに異論はなかった。賛否や立場がどうであれ、「G8」をキーワードに、幅広くメディア活動家に呼 び掛けていくことになった。
 特に広範な議題が扱われるG8では、情報発信の分野でも多様な視点を持つ発信者が必要であるという認 識、市民的な多様性こそが既存の官制メディア、商業メディアとの違いであるという認識も共有された。

 2007年8月ごろから「G8オルタナティブメディア準備会」として定期的に議論を重ね、何回かの小規模なワー クショップ開催の中で、活動グループの「ユニット」が形成される。10月には大枠のコンセプトが固められるとと もに「G8メディアネットワーク」の名前が決まり、ウェブサイトを開設。またビデオ、ラジオ、テキスト、翻訳など、 情報発信に必要になる役割分担の基礎を構築するとともに、北海道のメディアグループとのコンタクトを開始、 2008年に入りメディアセンター開設に向けた動きが本格化する。
 3月にはビデオユニットによる動画共有サイト「G8MN TV」をスタートさせ、北海道では市民メディアセンター設 立準備会をコアに、行政との施設貸借交渉が始まる。同時にファンド獲得のための活動を開始、地球環境財団、 トヨタ財団などをターゲットに1千万規模のファンドレイズを行った。

 プラットフォームの整備に対し、コンテンツ的な準備は遅れ、特に国際的な対応が始められたのは6月になっ てからだった。原因は、国際的なメディア活動家の圧倒的な不足だ。G8メディアネットワークのコアメンバーは、 プラットフォームの準備に時間を取られ、海外の活動家への対応や、国際的な協力の枠組みをじっくり構築す るだけの余裕がなかった。また、メディア以外の運動の分野でも、必ずしも十分に海外への情報発信ができて いたとは言えない。
 しかし、国内的にはG8メディアネットワークや各ユニットが個別に準備を積み重ねてきた。法的な問題に対応 するための会議や、ボランティアの市民記者に対する「市民記者入門」のような会議も開かれ、これらの準備は 実際の活動の場面でおおいに役立ったようだ。

 こうしてふだんはあまりコンタクトのない国内の多くのメディア活動家が一堂に集まり、活動内容やコンセプト の違いを越えてメディアセンターの開設に協力することができ、6月下旬に開催したボランティア説明会には多 くのボランティアが集まり、札幌に3個所のメディアセンターを開設することができた。
 G8期間中には、これらのプラットフォームから日本はもちろん、海外のメディア活動家も多くの情報を発信し、 「もうひとつの洞爺湖G8」を伝えたのである。

●チャレンジ

    ・メディアグループ間のコミュニケーションや協力関係が希薄。
    ・孤立したメディアグループを結び付ける努力が必要。
    ・小規模なメディア活動家グループだけでは、G8に対応できない。
    ・幅広い議題に対応するための多様なメディア活動の必要性。
    ・国際的な視野を持つメディア活動が少ない。
    ・拠点確保、活動のための資金の問題。
    ・言語の問題。
    ・メディア運動に対する認識や合意の不足。

●グローバリズムとメディアについて

 「独立メディア」の活動は近年、国際的な会議では必ず大きな役割を果たしている。

 ・1995年の国連リオ会議:NGOの情報発信が評価
 ・1999年12月のシアトルWTO:「インディメディア」の活躍


 背景はインターネットによるグローバルなコミュニケーション。
 国境を越え、世界中の人々が情報を交換できるようになった。
 新自由主義的グローバリゼーションが産み出した民衆のグローバリゼーションでもある。

 19世紀に蒸気機関車が開いた産業の世界化が労働者の国際的な連帯の道具になったように、21世紀のイ ンターネットによるメディアはグローバルな民衆の連帯の道具になっている。
 メディアは国際的な行動を媒介し、メディアは民衆の抵抗と国際連帯を世界規模に広げる。

●メディアの行動原理

 ある出来事がどれだけ社会に大きな変化をもたらすかによって報道の優先順位が決まる。
 G8サミットは、社会を大きく動かすため、サミットについては詳しく報道される。
 G8サミットのようなイベントの中で報道の優先順位を獲得するためには、大事件を起す必要がある。小さな 事件は伝えられず、伝えられない出来事は、存在しないに等しい。

 このような既成のメディアの特性に対して、オルタナティブメディアは「オルタナティブ」な価値に基づいて報道 の優先順位を決める。それは社会の大きな変動を予告する。

 また、運動の一環としてのメディアは、社会運動を「存在させる」ための情報発信活動を行う。
 さらに、記者の個人的な興味を「ニュースバリュー」の根拠とする市民メディアがある。

●市民メディアとしてのG8メディアネットワーク

 社会を構成する「政府セクター」、「産業セクター」、「市民セクター」は、それぞれのメディアを持つ。
 「官制メディア」、「商業メディア」以外は、「市民メディア」。職業的なメディア従事者以外の人々によるメディア を総称する。
 誰もが認める定義は存在しないが、「市民メディア」「オルタナティブ・メディア」について、それぞれの特徴をあ げる。

 市民メディアは次のような要素を持つ:

    新しい表現の形式
    イベントの能動的な聴衆
    表現・コミュニケーションの楽しみ
    多様な興味に対応する多様な情報の発信
    政治的主張は二次的
    非営利的だが営利活動を否定しない
 市民メディアは、メディア技術の発達による発信手段の大衆化により、市民自らが制作したコンテンツを伝え るメディアといえる。

 オルタナティブ・メディアは次のような要素を持つ:

    既成のメディアへの批判
    政治色が強い
    少数者の立場の強調
    反商業的傾向
    意図的な偏向が強い
 オルタナティブ・メディアは市民メディアとオーバーラップする部分があるものの、ある種のイデオロギー的な 運動の側面を持つ。イデオロギーの内容はそれぞれの主体により多様である。
 なお現在では独立メディアという概念は、オルタナティブ・メディアとほぼ同じと考えてよい。自己アイデンティ ティとして「独立」を使うか、「代案」を使うかの違いである。

 欧米では、G8やWTOなどの国際会議でのメディア活動は、主にオルタナティブ・メディア陣営によって主導さ れる。米国流のグローバリズムと多国籍メディア資本との関係(グローバリズムの宣伝部隊としてのメディア、ま た、グローバリズムによる利益の享受者としてのメディアなど)が、必然的に運動サイドのメディアをオルタナティ ブ側に押しやるのである。

 G8メディアネットワークの内部では、「オルタナティブ」、「市民」のどちらをアイデンティティとすべきかで多くの 議論があったが、G8メディアネットワークは、主に行政との対応(施設の提供を求める)という文脈で「市民メディ ア」としてのアイデンティティを掲げた。
 ただし、欧米ではオルタナティブ・メディア(独立メディア)陣営が行政の協力を獲得するケースも多い。日本国 内のオルタナティブ・メディア活動が十分な社会的認知を受けていないためでもある。

●メディアのネットワーク

 G8メディアネットワークは、多くの国際的な独立メディアのネットワークにならい、既存のピラミッド型の組織で はなく、中心を持たない自律・分散型のネットワーク組織として活動した。
 ネットワークは多様なメディアをつなぎ、それぞれの独自の活動を保証する。
 少数で構成される意思決定機関が全体の動きを決定することはない。
 全体の意思決定が必要な場合は、メーリングリスト、全体会などでの「ラフ・コンセンサス」によって行われる。
 実務的な運営は、少数の実行委員によって行われるが、ここでの権限はプラットフォームの構築や管理など に限られ、ネットワーク全体のポリシーの決定には特別な権限は持たない。
 実際の情報発信の活動や、情報発信におけるポリシーなどの策定は、個々のネットワーク参加団体が独自 に行うか、「ユニット」の中での会議によって行われる。

●評価

 G8メディアネットワークの当初の目的は、メディアセンター設置、日本国内のメディアグループのネットワーク の構築、国際的なメディア運動との連携だった。
 これらの点については、一応当初の目的を達成したと言えるため、G8メディアネットワークの活動は成功した と言える。

 しかし、その内容に立ち入れば、不十分な点は多い。
 3個所に分散したメディアセンターは、十分な連携が取れず、また、参加したメディア活動家は当初の予想よ りも少なかった。
 メディアグループのネットワーキングという点でも、十分にメディアグループをカバーできたとは言えない。理 由のひとつには、特に市民メディア陣営にとってG8の議題はなじまないもなだったという点があげられるだろう。
 また国際的なメディア運動との連携についても、特に事前の準備不足は否めない。通常なら、数ヵ月かけて 電子メールなどで企画を立て、1週間ほど前にメディア活動家が集まって実際の準備を進めることになる。その ため、海外のメディア活動家との間で経験やノウハウなどの交換、新しい試みなどの活動は限られたものだっ た。

 メディア活動に関する情報交換は、一般にはさまざまな技術的な試みや内容面での企画、ポリシー的な議論 などが含まれる。もちろん、これは国際的な関係だけのものではなく、国内のメディアグループの間でも情報の 交換・共有が行われなければならない。国際会議でのメディアセンターは、メディアグループが新しい知識を得 て、新しい企画を試す場でもある。

 特に日本のメディアグループは、IT技術やメディア活動に関するフィロソフィという点で、欧米のメディア活動 に大きく遅れを取っている。
 今回のメディアセンターは、知識や情報交換機能については個別に行われていただけで、組織的な取り組み ができなかったのは残念な点だ。
 ネットワークという組織形態を取ったことは、G8メディアネットワークの成功の一因と評価したい。反G8ばか りでなく、G8に対して肯定的な市民記者の参加もあり、活動に広がりを与えた。また、それぞれのユニットの役 割分担、独自のガバナンスなどは、大きなプロジェクトで問題になる組織運営の問題を軽減することに役立った と思う。

 反面、多くの人々、特に既成のメディアに近い人々の間には、「メディアのネットワーク」、「プラットフォームとし てのネットワーク」というコンセプトそのものが理解されていないようにも感じられた。
 G8メディアネットワークにおいては、「何を伝えるか」、「メディアとしてのスタンスやポリシー」などは重要では ない。それらは、ネットワークに参加するメディアグループや市民記者に投げ掛けられるべき問いであり、G8メ ディアネットワークに「何を伝えるのか」を問うことはできないのである。

 また、「市民メディア」というアイデンティティを明確にするために、当初、極力「オルタナティブ・メディア」的な 主張を抑制せざるを得ず、オルタナティブ・メディア側から不満の声が上がるなどもあった。

 G8メディアネットワークの成功に大きな寄与をしたのは、資金獲得だった。
 施設の使用料、スタッフの交通費、機材のレンタルなど、莫大な費用がかかるメディアセンターを運営すること ができたのは、ファンドの獲得なしでは不可能だっただろう。
 日本のメディア運動の中では、最初からファンドレイジングを諦め、限られた予算により貧弱な活動しかできな いというケースは多い。十分な資金を用意することができれば、ある程度の成果を上げられるのである。
 ファンドレイズの努力の重要性は強調しておきたい。

●結論

 これだけのメディアグループが集まり、1つの対象に向けて共同の活動をすることは、日本では初めての経験 だ。当初は、はたしてそんなことが可能だろうかと思うこともあった。
 国際的なメディア活動の経験に乏しい日本のメディアグループがここまでやり遂げたのは、率直に言って驚く べき成果を上げたと言っても差し支えない。
 サミットの後も、ここで形成されたネットワークを通じ、メディアグループの間でのコミュニケーションが続いてい る。そして、多くのメディアグループが今回の経験から多くのことを学んだ。

 今回の活動だけを取り上げて成果を語ることはできないだろう。目に見えない今回の経験を、今後の日本の メディア運動の中で十分に生かすことができるかどうかが重要ではないだろうか。

やすだ・ゆきひろ: ゆいネットワーク発起人、レイバーネットジャパン副代表。フリーランスのテクニカルライターとして、今回のメディアセンターの開設、運営では中心役割を担う。
・IT(情報技術)分野の単行本の執筆、雑誌に技術解説記事を寄稿。また、非営利組織(NPO)団体を対象としたシステムやインターネットサイトの開発・運営・コンサルタンティングを行っています。著書に『Zopeガイド』( 毎日コミュニケーションズ)、『Apacheアプリケーションサイト構築』(オーム社)、『市民インターネット入門』(岩波ブックレット433 )ほか多数。
この記事はゆいネットワーク・連合通信社共同企画の講演会「G8サミットと市民メディア」(8月29日(金))のレジュメである。

 
  
“9条が社会、メディアを動かす”を実感
  ――「9条世界会議」分科会から


  「この人波、この熱気、目の輝き 9条の力は凄い!」――5月4日正午前、「9条世界会議」初日の千葉幕張メッセ会場前に立った第一印象である。その時、翌5日の分科会「憲法九条とメディア」(主催:韓国記者協会・日本ジャーナリスト会議・マスコミ関連九条の会連絡会)の成功を確信した。
 
◎あいさつするキム・キュンホ韓国記者協会会長(左端)

  さて、5日午後の分科会―当初の想定=参加者約100人を直前に、会場満杯160人に訂正して、パネリストとスタッフ用以外のテーブルを運び出し、全員椅子席に切り換えた。それでも足りず、パネリストのテーブルを目一杯下げて、床・通路に座り、壁際の立ち見と、200人を超える「満員札止め」となった。市民メディアや韓国メディアも取材に来ていた。
 会場に熱気が充満する中、コーディネーターの小中陽太郎氏(作家)が開会を宣言、主催者でもある韓国記者協会のキム・キュンホ会長が「昨日、全体集会に参加し、いま世界にとって平和と憲法9条の重要性がますます強くなっていると感じた。この後、私たちは北朝鮮を訪問し、両国記者同士が話し合うが、今回の経験を活かして、半島における武力対立を解消する意思を確認、皆さんの熱い思いも伝えたい」と挨拶した。

  パネリストのトップバッターは、同じく韓国記者協会の元会長・現顧問の李成春氏。記者として長年、日本駐在経験のある大ベテラン――「現憲法と明治憲法の違いは、国民主権・平和・人権の三つ。GHQより前に、中江兆民、吉野作造、矢内原忠雄たち先人の精神が流れ込んだもの。私も昨日の全体集会に参加し、『9条は日本だけのものではなく、世界の憲法になるべきだ』と確信した。日本の政府は、過去の植民地支配を反省、謝罪しながら改憲策動するから、アジア各国から信用されない。9条を誇るべきなのに、一部のマスコミは政府の立場に近い」と矛盾を指摘した。韓国記者協会は、60年代から70年代、独裁政権の弾圧に抗して「言論の自由」を闘いとる過程で結成された組織。日本の大手マスコミ人に対する批判と期待は、それだけに重く強い。
 通訳は慶応大学研究所研究員の李洪千氏、ハングルから日本語、日本語からハングルへと、八面六臂の活躍。国際シンポジウムの影の立役者だった。
 会場から溢れ出た長蛇の列を横目に、韓国からの客人たちをメーン会場に押し込み、その後の推移を見守る。どうやら1万2000人ほどが入場(7000人収容)、約3000人が場外での集会や展示ブースを回って帰途についたという。
(阿部裕=記事/清水雅彦=撮影:JCJ会員)

   
・写真上:通訳者の李洪千氏と李元会長ら(左から)
・写真下:床に座り込む参加者、入りきれない人も出た


*上記の記事はさる5月4日から6日まで開催された「9条世界会議」(千葉・幕張メッセ)で分科会、自主企画のイベントが集中した5日に、韓国記者協会、日本ジャーナリスト会議、マスコミ関連9条の会連絡会が主催したシンポジウム「憲法9条とメディア」のリポートである。


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