“9条が社会、メディアを動かす”を実感 ――「9条世界会議」分科会から
「この人波、この熱気、目の輝き 9条の力は凄い!」――5月4日正午前、「9条世界会議」初日の千葉幕張メッセ会場前に立った第一印象である。その時、翌5日の分科会「憲法九条とメディア」(主催:韓国記者協会・日本ジャーナリスト会議・マスコミ関連九条の会連絡会)の成功を確信した。
◎あいさつするキム・キュンホ韓国記者協会会長(左端)
さて、5日午後の分科会―当初の想定=参加者約100人を直前に、会場満杯160人に訂正して、パネリストとスタッフ用以外のテーブルを運び出し、全員椅子席に切り換えた。それでも足りず、パネリストのテーブルを目一杯下げて、床・通路に座り、壁際の立ち見と、200人を超える「満員札止め」となった。市民メディアや韓国メディアも取材に来ていた。 会場に熱気が充満する中、コーディネーターの小中陽太郎氏(作家)が開会を宣言、主催者でもある韓国記者協会のキム・キュンホ会長が「昨日、全体集会に参加し、いま世界にとって平和と憲法9条の重要性がますます強くなっていると感じた。この後、私たちは北朝鮮を訪問し、両国記者同士が話し合うが、今回の経験を活かして、半島における武力対立を解消する意思を確認、皆さんの熱い思いも伝えたい」と挨拶した。
パネリストのトップバッターは、同じく韓国記者協会の元会長・現顧問の李成春氏。記者として長年、日本駐在経験のある大ベテラン――「現憲法と明治憲法の違いは、国民主権・平和・人権の三つ。GHQより前に、中江兆民、吉野作造、矢内原忠雄たち先人の精神が流れ込んだもの。私も昨日の全体集会に参加し、『9条は日本だけのものではなく、世界の憲法になるべきだ』と確信した。日本の政府は、過去の植民地支配を反省、謝罪しながら改憲策動するから、アジア各国から信用されない。9条を誇るべきなのに、一部のマスコミは政府の立場に近い」と矛盾を指摘した。韓国記者協会は、60年代から70年代、独裁政権の弾圧に抗して「言論の自由」を闘いとる過程で結成された組織。日本の大手マスコミ人に対する批判と期待は、それだけに重く強い。
通訳は慶応大学研究所研究員の李洪千氏、ハングルから日本語、日本語からハングルへと、八面六臂の活躍。国際シンポジウムの影の立役者だった。
会場から溢れ出た長蛇の列を横目に、韓国からの客人たちをメーン会場に押し込み、その後の推移を見守る。どうやら1万2000人ほどが入場(7000人収容)、約3000人が場外での集会や展示ブースを回って帰途についたという。
(阿部裕=記事/清水雅彦=撮影:JCJ会員)
・写真上:通訳者の李洪千氏と李元会長ら(左から)
・写真下:床に座り込む参加者、入りきれない人も出た
*上記の記事はさる5月4日から6日まで開催された「9条世界会議」(千葉・幕張メッセ)で分科会、自主企画のイベントが集中した5日に、韓国記者協会、日本ジャーナリスト会議、マスコミ関連9条の会連絡会が主催したシンポジウム「憲法9条とメディア」のリポートである。
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