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永田町斜眼氏
 

消費税を中止せよ。
景気浮揚に不可欠

大野 博

 果たせるかな、年始年末にかけてはやくも安倍内閣の景気政策に疑問の声が出た。「公共事業費だけではすぐ息切れする」というもの。しかもこの声「与党」公明党から出ている。新聞報道でも年末は「景気はよくなると」との業界反応が多かった。
 しかし新年になったトタンに「インフレの恐れあり」との声声が出たのはもっともである。景気短観が大勢になりつつある。
 では息の長い景気にするためにどうしたらよいか。消費税を断固廃止することである。
 景気浮揚策には公共事業費、個人消費、の刺激、さらに企業の設備投資の3つの要素が必要である。公共事業費と個人消費の関係は、建物でいえば鉄筋とコンクリートの関係である。鉄筋は伸びる力が強い、コンクリートは縮む力に強い。両者の組み合わせによって堅固な建物ができるというわけ。
 景気政策も「短期に強い」公共事業費と「長期に強い」個人消費の組み合わせによって、息の長い景気になるというもの。
 そこでこの際思い切って消費税を廃止しては動だろうか。消費税の税収減はどうする―との心配(?)の声も出よう。しかし景気がよくなれば10兆円の自然増収など、すぐ出るというもの。心配無用である。
 
(ジャーナリスト)


現行選挙制度を清算し
中選挙区制度に戻せ

大野 博

 案の定というべきか12.16の翌日、弁護士グループが「衆院選は違憲状態で行われたので無効」との提訴した。「この問題網卒業してはどうか」というのが率直な感想ではないだろうか。
 そうはいったも憲法でいう「公正に行われた選挙に選ばれた議員」とは何かを改めて吟味することは有意義だろう。
 その答えは簡単だある。言論集会結社の自由が保障され、かつ普通選挙制度の下に行われた選挙のことである。
 さらに理解を深めるため、明治、大正、昭和戦前戦後の選挙制度の変遷を総括する必要がある。
 ざっと通観すれば、選挙は1892年(明治22)大日本帝国憲法の発布とともに実施された。国税を15円以上の納税者で男子のみ有権者、しかも記名投票であった。1900年(明治30)納税額10円に引き下げられ、秘密投票となった。1925年(大正14)25歳以上のすべての男子が選挙権を持ち、普通選挙と言われたが女子が選挙権を獲得するのは1945年(昭和20)敗戦になってからである。このとき選挙年齢も20歳ら引き下げられ、完全自由選挙がようやく実現した。
  問題は選挙の区割りである。どう決めるか、厄介至極である。学会・政界では歴史的地理的要素を勘案して決めるべきだとの意見がある。
  政界・学会には比例部分を増やせば民意をより反映できるとの主張がある。某政党の幹部は「すべての投票を政党名に限定すべきといっている。投票に個人名を書くなと言うわけ。これでは有権者の意志が反映するだろうか。
 さらに政治的発想?としては「比例部分を増やせば「わが党に有利」との思惑がある。比例部分は浮動票が集まるとの発想である。これはたいへんな錯覚であることはこれまでの選挙で明らかになった。浮動票はむしろ中選挙区制度の方が集まるものである。
(ジャーナリスト)



TPP 自縄自縛の財界見解

大野 博

 「戦後ソニー、ホンダが伸びたのは食管のおかげだ。食管が赤字だからといって大騒ぎすることはない」―これは1940年代の食管の赤字が問題になり、早々に廃止論が出たとき、某中堅企業の経営者がいった言葉でうる。
 戦後の農業政策の基本は食糧管理制度であり、基本的には米の生産者から高く買い、消費者には安く売るという図式であった。
  この政策は賛否があったものの、農家の所得保障をしてきたことは事実である。これでソニーのとトランジスタラジオ、ホンダのオートバイを買ったというわけ。
  現在TPP問題が議論されている。種々のあるか加入したら日本の農業は壊滅的打撃を受けるとの見解はほぼ一致している。ここで奇怪千万なのは財界の見解である。「日本の産業(金融を含む)農業の足腰を強くするため加入すべきだ」と主張している。
  オイオイ、ちょっと待ってほしいよといいたい。農業がつぶれて農家の所得が低下したらどうなるのか。都市の工業製品の売れ行きは減退するのが目に見えているではないか。百歩譲って都市の勤労者の所得が伸びているなら影響はないだろう。しかし現実はどうか。リストラが盛んでとても所得増加などの情勢ではない。
  こんなときにTPP二加入せよとはいったいどんな神経なのか。財界に猛省を求めたい。
(ジャーナリスト)


両極は一致する

大野 博

 この言葉は社会科学ではポピュラーである。選挙戦はいよいよ本格化するが、奇しくも相続税をめぐって共産党と維新・太陽の党が一致した。
 共産党は以前から相続税の増税を主張していた。社会保障費の財源にせよというわけ。相続税の伝統的理念は「富の再分配」である。しかし今の日本年のGDPは500兆円である。これに対する相続税はせいぜい1兆円である。今500ccの水槽にイ赤ンクを1cc落としたとしても、水槽に何らかの変化が生じるだろうか。何も起きそうにない。さらに相続税は徴収に膨大な手間がかかるものである。一族の財産相続を集約する。その上税務当局が「税逃れは無いか」と厳格に調べる。徴税コストが嵩む性質がある。
 税理念からまた租税の簡素原則からいって、いささか時代錯誤では無いか。
 維新・太陽は年金財源に充てるため、特別租税を主張した。特別の名を付けたところが泣かせる。読売紙によると1・3〜4兆円の税収入見込んでいるという。どう見ても過大である。

政界一寸先は闇か 光か

大野 博

 国会が解散してまだ2週間しかたたないというのに、政界情勢は二転三転している。ここで誰しも思い出すのが、かの政界長老川島正次郎自民党副総裁の言葉―「政界の一寸先は闇である」と。しかしいまは「その逆も真」というわけ。
 11.16日に国会が解散したとき、自民・民主2党の独走であった。せいぜい維新、太陽の党がゲリラ的に存在したに過ぎなかった。
 ところが11.27日、嘉田由紀子滋賀県知事が「原発反対」を中心とする「日本未来の党」を結成するとの意向を表明したのをきっかけにがぜん流動化した。メディアは「第三極」と表現している。その構成は「みんなの党」「日本未来の党」。
 こうなると「一寸先は闇」のジャンルは維新・太陽の党だろう。石原「太陽の党」代表などは出馬表明のときの威勢のよい「真っ先にやることは『憲法破棄』」の発言もいまでは憲法改正は必要とトーンダウンしている。自民党でも「国防軍」「集団自衛権の容認」の発言は聞こえなくなっている。
 「一寸先は光」の大将格はなんといっても小沢一郎氏である。「消したはずだよ小沢さん、生きていたかよ一郎さん」とマスコミがうろたえている。
 ともあれ12.16の投票日まで情勢はどう展開するだろうか。
(ジャーナリスト)



やっと現れたまともな政策<

大野 博

1.野田首相――
  TPP参加、原発再稼働、消費税は予定通り
2.安倍自民党総裁――
  無利子国債を発行、国債の全額日銀引き受け
3.山口公明党代表――
  品目によっては消費税率の例外を設ける
などの発言が相次いでいる。
 いずれも政治・財政オンチを露呈したものである。
 そんな折、多少なりともまともと思われる意見が出た。亀井静香元金融相、山田正彦元農相のグループによるもので、反TPP、反原発、消費費増税凍結―を主張している。このグループが政党になるかどうかは不透明だが、一石を投じたといえそうだ。
 野田発言につていえば最大の政治課題たる予算の年内編成をしないで、国会解散とは何事か。
 財政オンチの例をを安倍発言でいえば、国債の国債たるゆえんは利子が付くことである。それが無利子国債では国債でなく通貨である。もし日本が無利子国債を発行したら、日本は円のほかにもう一つの通貨を流通させる二重通貨制の国になるわけ。
 国債の全額日銀引き受けは無節操財政のハシリである。実に危険な発想と言うべきである。
 山口発言は消費税の理念を根本から否定するもの。すべての財貨の価値を均等視することがこの税の基本である。例外を認めるならいっそ廃止すべきである。ちなみに公明党はこの税に賛成している。
 亀井、山田氏らの発言に有権者はどう反応するか。
(ジャーナリスト)



愚挙中の愚挙、11・16解散

大野 博

 野田首相はとうとう国会解散に踏み切った。まさに愚挙中の愚挙、愚挙中の暴力選挙というべきである。しかも与野党とも解散に賛成しているとは、この国の政界はまさに幼稚園として言いようのない様である。
 日本の政治システムでは年末の重要課題は予算の編成であることは高校生でも知っている。まして大学生にいたっては暫定予算は百害あって一利なきものなのも知っている。
 それをW大卒の野田首相が知らなかったというのは驚きである。かつて宮沢内閣のとき宮沢首相が「Tさんが本当にW大を出たのですかね}といって物議をかもしたことがある。ちなみにTさんも首相を歴任している。今世間のだれもが宮沢さんのTさんに対する感情を野田首相に持っているのではないだろうか。
 それにしても安倍晋三さんの骨の無さにも失望した者が多い。「この時期解散とは何事か、全力をあげて予算の編成に取り組むべきである」といえば安倍株は大暴騰しただろうに。事実は逆で「解散せよ」と迫っていた。そういえば今の安倍さんの顔には精気がない。
  人あるいはいうかもしれない。「定数是正は必要ではないか」しかし選挙制度をいくら変えても次の選挙で安定多数をとる政党が出るとは考えにくい。なんのことはない現状の単純延長である。。
 もう一人ミソを付けた人がいる。石原慎太郎さんである。しかも二重のミソである。一つは政党名を「太陽の党」としたことである。同氏の出世作「太陽の季節」の縁起を担いだものだろう。しかし昇った太陽はいつかは必ず没するものである。永久に天空に浮かんでいることはない。もう一つは11・16解散に「準備が間に合わなかった」などと言っていることだ。きのうきょう政界に入った人ではないだろうに―この発言は石原氏が政党人としては未熟であることを示している。
 これからの政治日程は予算編成の越年―暫定予算―本予算の成立は6月になるだろう。この不景気のとき、これは国民経済に死刑を宣告すると同じである。
(ジャーナリスト)



ペテン師・詐欺師に追銭

大野 博

 世の中これほどふざけた話があるだろうか。10.29読売新聞によると、厚生労働省は企業年金基金制度を10年後に廃止する方針を決めたという。この制度は国の公的年金の一部を企業が「基金」運用を委託するもの。つまり企業と基金とは委託と受託の関係である。問題は基金の運用である。ご承知のようにAIJ投資顧問の理事長は数百億円の運用損を生じさせ、裁判に付されている。懲役4年を求刑されたとの報道もある。基金の事務長の中には詐欺で指名手配されている者もいる。
 いずれにしても基金全体の積み立て不足は1兆円1千億円に上るといい、厚労省はこれまでの不足分を厚生年金積立金から補填するという。厚生年金の積立金はサラリーマンの厚生年金保険料の積み立てであり、同年金支払いの原資である。これでははペテン・詐欺師に追銭を払うのと同じではないか。
 それでなくとも、この積立金には問題がある。周知のように年金財政には賦課方式と積み立て方式がある。諸外国は賦課方式であるが、日本は積立方式である。なぜか。本来年金支払いに充てる財源を公共事業にも使おうというのが狙いである。つまり二兎を追う愚を犯しているのである。
 その結果、2000年には136兆円あった厚生年金積立額は現在113兆円に目減りしている。専門家がつとに強調していることは、積立方式を廃止しては現在200兆円を超える全公的年金の積み額を一定期間かけて(10年程度)すべての厚生年金積立金を近代国家並みに賦課方式に切り替えるべきであるということである。
 厚労省は年金基金への補填額は1兆1千億円だから、10年間の補填期間をとれば年金財政には影響しないというが、国民の汗と涙の結晶である年金積立を、イカサマ師・詐欺師のシリ拭いに使われてはたまらない。
(ジャーナリスト)



都知事候補者選びは早急かつ慎重に

大野 博

 石原都知事か辞任した。総選挙に出るためである。都政から国政に進出するというわけ。それにしても年齢が気になる。80歳というのはなんとも失礼な言い方ではあるが引退年齢を超えて死期年齢である。本人は健康には自信満々の様子ではあるが。
 それにしても石原都知事は都市問題にはなんの定見も見識もなかった人。そのシンボル的なことは在任中に彼は都営住宅をただの1戸も建てなかった。「住宅は有り余っている。何で都営住宅を建てねばいかんのか」―この言葉は彼の都市問題の認識である。住宅問題は政権が保守か革新か、地域の開発の発展状況、気候はどうかなど種々の要素に応じた対策が必要というもの。「蝉の亡骸」といわれるように、「住宅問題はこれで決した」ということはあり得ない。この都市問題の中核的課題がまるで分かっていないのである。
 教育問題もしかりである。との公立学校は校長、教頭、学年主任と完全にヒエラルキー管理されている。教師は研修漬けである。都立高校にいたっては大学受験の予備校化している。日比谷、市ヶ谷などは石原士官学校といわれているほどである。教科書の選定ぶりはご存じのところ。
 いずれにしても年内に都知事選挙が行われるが、候補者選びにはくれぐれも慎重を期してほしい。というのは前回(昨年4月)の都知事選挙のとき石原氏本人も出る気がなく、都の有権者も「石原氏は出ない」とみていた。「後出しジャンケン」の立候補との批判もあったが、他の立候補者が決定的なアピール性を欠いていたので、本来石原氏に行かない票が石原氏に流れてしまった。4選はご当人にも意外だったのである。すでに候補者の名が上がっているが、都民の納得する人ではない。早急に納得できる候補を選ぶことが必要ではなかろうか。
(ジャーナリスト)



関特演を忘れるな

大野 博

 8.24読売紙によると中東ペルシャ湾に出動した海上自衛隊の掃海母艦「うらが」と掃海艦「はちじょう」について―名目は「訓練」だがイランの核問題をめぐり、過激派がホルムズ海峡に機雷を敷設する事態を想定し「実戦」に備える。
 2隻が月末の訓練終了後、中東諸国を親善訪問し、帰国に2ヵ月もかけるのはそのためだ。
  さらに防衛省幹部の「部隊を動かすことで相手を抑止する動的防衛力の実践だ」との言葉を紹介している。
 当の読売紙は「テロとの戦い」におけるインド洋での海自の給油活動は後方支援だったが、掃海艇活動では中心的役割を担える。得意分野で闘うことは兵法の理にかなう」と100%肯定している。
 だがわれわれは歴史の教訓を忘れることはできない。
 1941年9月、関東軍は70万の大軍を当時の満州(正確には中国東北部)に派遣した。この派遣を当時の軍部は関東軍特別大演習といった。しかし実はソ連侵攻を虎視眈々と狙っていたのである。
 その証拠に現職の外務大臣松岡洋右「いまこそイルクーツクまで進撃すべきだ」と公然と主張している。当時独ソ戦は始まっており、ドイツ軍は破竹の勢いでソ連東部に侵攻していた。松岡発言はこの時期である。
 その松岡は日独伊三国同盟の立役者であり、しかも日ソ中立条約締結の立役者でもあった。
 スターリンに抱きつかれ「お互いアジアのことはアジア人同士でなければ分からない」といわせたものである。ちなみにスターリンはグルジアの出身である。
 奇しくもいま自民党の総裁選挙が行われている。5人の立候補者の中に松岡洋右的勇ましい発言をする者がいる。要注意である。
(ジャーナリスト)



奇妙な解散、主張の一貫性の監視を

大野 博

 自民党の総裁選挙が行われる。安倍晋三、石破茂、石原伸晃、林芳正、町村信孝の5氏が立候補している。
 テレビでタレントキャスターの質問に答えて、5候補とも「3党合意は尊重する」といっていたのには驚いた。3党合意とは自民、公明、民主が改正消費税法の成立に合意したことである。ただし「社会保障の在り方について検討する」となんとも姑息なオマケをつけてである。
 それにしても3党合意のうち、自民・公明は野党ではなかったのか。野党が合意した法案が原因で国会を解散するなど奇妙きてれつではないか。野党の役割は政府与党の独走にブレーキをかけることこそ、議会政治のイロハのイの字である。
 さらに驚いたことは5候補とも憲法改正、集団自衛権容認、中には国防軍創設を主張している者もいる。
 政見ならよいだろう―とまず納得しよう。しかし次なる疑問が出てきた。5候補とも近々地元での選挙活動を行う。その地元で果たして永田町のテレビでの質問と同じ答えをするのだろうか。地元での選挙運動の聞き手は住宅街のお母さん、お父さん、工場街、商店街のおじさん、おばさんである。この人たちは改憲、自衛権、国防軍などの話にどう反応するかである。
 まさか5候補とも永田町と地元ではまるで正反対のことをいうとは考えられない。しかし、その可能性は否定いできない。そこでメディアにお願いしたい。それは「5候補が果たして永田町とどもとで同じ主張をしているかどうか」確かめてほしいのである。違う主張をしていたら厳しく追及すべきである。
(ジャーナリスト)



人相が悪くなった石原伸晃

大野 博

 10.11のテレビに出た石原伸晃幹事長の顔を見てびっくりした。「人相が悪くなったなぁ」いうのが率直な感想である。その原因で思い当たるのは「石原さん自分自身を納得させていない」ことだと思った。どんな組織でも正と副は一心同体、死生栄辱を共にするものである。石原さんは谷垣禎一総裁のもと幹事長だった。石原さんは今度谷垣総裁を差し置いて総裁に立候補した。
 おかげで谷垣総裁は立候補を断念した。世間から見ると谷垣総裁は背後から一撃を受けたようなものである。石原さんは谷垣総裁を差し置いて立候補したことについて自分自身を納得させているのだろうか。
 「いない」のが人相を悪くした原因ではないだろうか。「人間は自分の顔に責任を持て」とはリンカーンの言葉である。いまの石原さんにピタリであるといったら失礼だろうか。
  石原さんは若手に人気があるという。それをアテにしての総裁選出馬である。悪人相が人気減とならなければよいが。
(ジャーナリスト)


嘆かわしい大学の映画館化

大野 博

 8月の猛暑の中、都内XYの2大学を見学した。まず驚いたのはこの大学の環境である。高層建築の校舎がビッシリ建ち、丸の内オフィス街顔負けである。とっさにシュンペーターの言葉を思い出した―「文教と建築は密接な関係がある」と。どうやら2大学ともこの言葉とは無関係のようだ。
 校舎というよりビルの中に入ってまたまた驚いた。「教室」にはビッシリと机とイスが並べられ、最後尾から30メートル先が教壇である。そこにあるのは黒板ではなく、ディスプレイである。なんのことはない。映画館のスクリーン並みである。「こんなことで講義をする教授もそれを受ける学生も身がはいるのか」と思った。
 10年ほど前「大学はレジャーランドだ」といわれていたことを記憶されている向きは多いだろう。いまの大学は映画館か劇場ということか。要するにマスプロなのである。故宮沢喜一さんが首相になる前、記者団との懇談で「君たちは東大はよい学校だと思っているようだが、けっこうマスプロだよ」といっていた。
 それでも東大は天下の秀才が集まるから、学術水準は維持できよう。しかし永年月が経つとデテリエイション(劣化現象)を起こす。日本の学術にとって由々しきことではないか。
 鋭い社会批評をウリにする某旬刊誌が8月某日号で、都内大学の財政分析をしていた。総じて健全性を維持しているとの結論のようだった。「映画館的状況をどう見ているのか」と思った。
 教育学術新聞8.22で広島大学の丸山恭司教授はいっている。「日本の大学生は勉強しない。そう語られて久しい―略―30年前のこと、面白くない授業に出るより、自分でも学びたいからと、図書館にこもる者も自主勉強に力を入れる者もいた」―と
 9.4読売紙によると文科省は私学振興のための国庫補助金(今年度は3263億円)の使途を大いに工夫するという。財政難の折でもあり、巨費で大学のマスプロ化に歯止めをかけてほしい。
(ジャーナリスト)



領土問題でカッカは禁物

大野 博

 政府は石原都知事の尖閣諸島・魚釣島への上陸申請を不許可とした。「やれやれ政府もなんとか見識を示したなぁ」と思う向きは多い。とともに「石原さんも少しはオッチョコチョイぶりを反省してもらいたい」との声も出ている。
 ことの発端は石原さんが「尖閣列島の土地を買いたい」といったことにある。早々に丹羽駐中国日本大使は「そんなことをしては中国を刺激する」と言明した。この発言には「売国奴」呼ばわりするものが多かった。外務省も慌てたと見え、丹羽大使を更迭してその後任に外務審議官を起用する構想を流した。
 この問題なんとか沈静化し、政府は石原申請を不許可とすることで一件落着したところ。
 余波として石原さんのオッチョコチョイぶりが露呈したというべきだろう。
 領土問題といえばいろいろある。横綱格はなんといってもアルザス・ロレーヌを巡るフランスとドイツの関係である。発端から現状まで優に一世紀かかっている。
 第2次大戦後についていえば象徴的なのは、旧ソ連のコワレスク文化大臣(当時)の言葉である。いわく「戦後の領土関係は500万ソ連人の犠牲の上に成り立っている。この状況を変えたければもう一度戦争すべきだ」と。その相手国たるドイツは戦前東プロシヤといわれた地域、ポーランドとの国境であるオーデルナイセ以東をそれぞれロシヤ、ポーランドにとられた。これらの領土がドイツに戻るなど、百年、千年たってもあり得ない。
 これに対し日本、ロシヤ、韓国、中国との領土関係は遙かに穏便である。解決(つまり日本領土になる)可能性はゼロではない。
 それには関係国の間柄を熟成させることが重要である。カッカしてはダメである。
(ジャーナリスト)



一票格差是正論の盲点

大野 博

 議員定数問題が論議されて久しい。要するに「いまの選挙区割りでは有権者の意志が国会に反映されない」というもの。8.8読売紙が報道したところによると一票の格差は衆院で2.48倍という。最高裁判決も「現行システムは限りなく違憲状態」いっている。―だがこの問題、裁判所も政党も、メディアも重大な誤りを犯している。
  選挙区、投票の方法、その他衆参議員の選挙に関する事項は法律でこれを定める(憲法47条)。公務員の選挙については成年者による普通選挙を保障する(同15条)、両議員は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する(同43条)―といっている。
 ここにある言葉を整理しよう。普通選挙とは選挙の際に年齢・性別以外で信条・ 財産等の制限を設けずに選挙権を行使できる選挙形式を指す。とりわけ、国政選挙において財産(納税額)等の制限を設けずに選挙権を行使できる選挙形式を指す場合が多い。 わが国での普通選挙法は1925(大正14年)に成立したが、女性には選挙権がなかった。
  さらに重大なことは戦前は言論結社の自由が大幅に制限されていた。いまはこの自由は憲法によって保障されている。演説会には必ず官憲が立ち会い(臨検といった)「弁士中止」と叫んだものである。いまの高校生、大学生に「普通選挙制、臨検を知っているか」と聞くと知るものは5人に1人だという。
 こういう選挙制度のもとで行われた選挙での当選者は「全国民の代表者」と考えることは異議あろうと思う。選挙の結果の議席数は政党により異なる。しかしそれは全国民の意志として納得すべきではないだろうか。むしろ「わが等の議席数は小なりといえども全国民の意志によって選ばれたものである」と誇るべきことである。
 ―さて、選挙区ごとの定数の問題だが、十数年前に物故とした吉村正さん(早稲田大学の教授・政治学)は定数是正無意味論者だった。その理由として「どの選挙区でも立候補者数に制限はないではないか」というわけ。定数是正論の根拠は選挙区ごとでの議員定数を分子、人口(8.8の読売紙では総務省が8.7に発表した3.31現在の住民基本台帳による人口数を分母)にしたようであり、各選挙区に立候補者が何人いたかは考慮されていない。
 まさか「立候補者数を制限すべき」との主張ではあるまい。
選挙区の定数是正論を経済政策に移し替えてみると、その困難さがよくわかる。
ぢの国でも富の不公平是正、所得格差をできるだけ小さくすることが経済政策の至上の命題である。しかしロレンツカーブを45度にする―つまり全国民の所得を欽一にするなどはしょせん空理空論である。いっ゜ょうの格差是正論もこれと同じだというと怒られるだろうか。
(ジャーナリスト)


MV22の反トルクシステムを公開せよ

大野 博

 古き世代はオートジャイロなることばをご存じだろう。機体の上にオートジャイロを載せ、回転させることで浮力を得る機種のこと。しょせん実用化には難があり、少年雑誌の表紙を飾った程度だった(いまでもプモデルで店頭にある)。戦後ヘリコプターが登場したとき、オートジャイロを思い出した向きも多かったろう。
 オートジャイロとヘリコプターの違いはどこか。オートジャイロのプロペラに動力はないが、ヘリコプターのプロペラ(メインローター)は動力で回転し、離着陸、前後進を行う。このため、逆のトルクが生じ、機体が回転して制御できなくなる。この逆トルクを制御するシステム(反トルクシステム)が不可欠となる。その役割を果たしているのがテールローターである。
 MV22(オスプレイ)の反トルクシステムはどうなっているのか。察するに双発エンジンの構造にありそうである。左右のエンジンの回転を逆方向にするのではないか。これがVM22の事故多発の原因ではなかろうか。
 森本防衛大臣は8月に訪米するそう。米首脳に「MV22の反トルクシステム」はどうなっているのか、問いただしてほしいものだ。
(ジャーナリスト)



気になる自衛隊のモラル・デューティ

大野 博

 6月のある日テレビのニュースを見ていて気になる報道に接した。
  自衛隊には予備自衛官制度があり、自衛隊に1年以上勤続すればなれるという。その任務はいざというとき自衛隊に出頭し、指揮を受けることになる。それに対して予備自衛官手当が支給されているという。テレビではその額を報じなかったが。総額は年で80億円とのこと。
 さて、東北大震災のとき、原隊に応召!した予備自衛官は0.3%に過ぎなかったという。
 以上はテレビ報道の内容だが、義務を心得ている予備自衛官は100人に1人もいなかったということ。これをもって全自衛官のモラル・デューティ(義務感)と見なすのは早計だろ。それにしてもなんとも気になる話ではないか。
(ジャーナリスト)



客観情勢判断の誤り

大野 博

 米の新型輸送機「MV22オスプレイ」が6.14に米で訓練中にまた事故を起こした。この機種はかねて米軍が岩国、さらに沖縄に配置しようとしたいただけに、日米双方に大きな影響を与えた。
  ところがびっくりしたのは、この事故について日本の防衛大臣の発言である。「わからない事故原因を基礎にいままでの配備計画をすぐ変える客観情勢にない。たんんたんと計画通りに進める」(8.16読売)といっている。この問題の主語は事故の原因でなく、事故が起きたことである。
 ここで想起されるのは1942.6月のミッドウエイ海戦の場面である。同海域に進出した日本の機動部隊の主要な客観情勢の判断は「米の機動部隊はどこにいるか」であった。日本側の司令官、航空参謀(この人は戦後参議院議員になり、85歳で没しが、その直前ミッドウエイの敗戦の責任は自分にある」と告白している。)二人とも「米機動部隊は近くにいない」と情勢判断した。しかし、実は敵は近くにいて、その艦載機が日本艦隊を襲い空母4隻を撃沈した。客観情勢判断の決定的誤りが敗北の決定的原因である。防衛大臣は客観情勢の判断を誤らないでほしいものだ。
(ジャーナリスト)



ボロの繋ぎあわせ消費税

大野 博

 消費税問題は6.11の時点で民主・自民・公明の3党が
 1.税率は2014年4月から8%、15年10月から
   10%引き上げ。
 2.低所得者対策として8%引き上げ時に現金給付
   を実施。
 3.軽減税率導入は10%引き上げ以降に検討。
 4.最低保障年金の創設、後期高齢者医療制度は
   結論棚上げ。「総合こども園」の創設は見送り、
   「認定こども園」は存続拡充する――などで合
   意したという。(各紙)
 消費税の歴史は即修正の歴史でもある。昭和63年(1988年)に税負担の構成、国民服は充実のため歳入構造の安定に資するため消費に広く負担を求める」の大義名分のもと立法化され、2000年4月に導入された。
 免税課税売上額を3000万から1000万に引き下げたこともある。小規模事業者に関係する納税義務の免除の特例としてである。
  消費税はできるだけ多くのも者が負担し合うという税理論に基づいている。実際は負担者を減らすことが多い。
  個人事業者の法人成り、新設法人の納税義務免責特例、新会社法律施行特例とともに最低資本制度の撤廃など―修正に修正を重ねてきている。
 こうしたことが起きるのは消費税は基本的に複雑な税であり、修正すればするほど欠陥が出るものである。今度の民自公の合意案など1ヶ月も持てばオンの字である。
(ジャーナリスト)



露呈した政党政治の未熟さ
森本さん、真崎、フロムにならないで

大野 博

 野田内閣は6月3日改造し、防衛省大臣に森本敏拓殖大学教授を起用した。非議員(政界用語ではノン・バッジ)である。メディアの対応は「国防に不安」(読売6.5)と冷ややかである。
 日本は政党政治の国である以上、国の政策は内閣が負うべきであり、人的には首相である。個々の閣僚は所詮首相補佐官である。憲法には「首相その他の国務大臣は文民でなくてはならない」(66条2項)「国務大臣は過半数を国会議員から選ぶ」(68条)と規定している。実は自民党政権時代でもノン・バッジを積極的に起用すれば政界に新風をもたらす」との声は大きかった。なかでも傑作だったのは「僕が首相になったら憲法違反のスレスレのことをする」と大まじめに言う人がいた。閣僚20ポストの過半数は10か11か問題にするというわけ。
 森本さんの場合はやくも「民主党内に防衛問題の権威の不在を示した」などの声がある。嫌みである。「自民党だっていないではないか」の声も出るというもの。
―というわけで森本防衛省にも大いにがんばってもらいたい。
―しかし注文もある。それは日本の真崎甚三郎・ドイツのフロムの両大賞のようなことはしないで欲しいのである。
 現代史通ならお分かりだが、真崎大将は2.26事件の黒幕で、さんざん青年将校を教唆煽動しておきながら、事件後は無関係を主張した。軍法会議にかけられたが結局無罪になり、戦後十年生き続けた。
 フロムはヒットラー暗殺実行団(結局は失敗)がいた軍団の長で、ヒットラーから関係を疑われたが終始否定した。しかし最後は処刑された。
 森本さんに望むことは、妙な黒幕にならないでほしいことである。
(ジャーナリスト)

 

整理資源国庫負担の原則

大野 博

 政府は公務員と民間の退職金の格差是正をはかるという。いまこの格差は同一勤務年限で400万円という。もっともである。問題はその減らし方である。退職金だけでなく、恩給・年金にも当てはまる言葉として「整理資源国庫負担の原則」がある。
 この意味は退職金、年金・恩給制度で制度の変更、通貨価値の大変動(大インフレなど)があった場合、それによって退職金、年金・恩給者に不利益を与えてはいけない。そんな場合は国庫が責任を持って負担すべはである―というわけ。
  この原則にもとずくとすれば、政府の一部にある「来年から減らす」との考えは邪道であり、残酷物語である。10年かけて減らすなら年40万円ずつ、20年かけるなら20万円ずつ毎年減らしていくことになる。その措置なら公務員いじめにはならないだろう。
(ジャーナリスト)



禁酒令

大野 博

 神戸市長は市職員に禁酒令を出したという。これによって職員の不祥事を防止するという。いやはや何とも驚いた発想である。そこで即座に思い出したのが、かのアメリカでの禁酒令である。かの国ではわざわざ憲法を修正してまで1920年に酒類の製造販売を禁止した。禁酒法である。これで諸悪の根源を絶ち切れる、と本当に信じたというから驚きである。
 この時代はどうなったか―多くの人はギャング映画でおなじみである。なんのことはない禁酒法の時代は即ギャング全盛の時代になったのである。この法律は1933年ルーズベルトがニューティール政策を掲げて大統領に当選して廃止した。神戸市の職員禁酒令もアメリカの禁酒法の二の舞にならないよう祈るばかりである。
(ジャーナリスト)



戒厳・緊急事態不要

大野 博

 改憲論者が改憲論の決め手として強調するは「いまの憲法には戒厳の規定がない」非常事態対処規定がない」二点である。関東大震災(19023年8月)、東日本大震災(2012年3月)のような大災害が起きたどうするのか!というわけ。確かに旧憲法には戒厳令(8条)、緊急事態令(14条)があり、ともに天皇大権であった。いまの憲法に必要か!否!である。
  池田内閣(1960年7月〜1964年10月)のとき、国会に中部圏整備法案が提出された。この法案の翌々日の1966年7月1日に は成立した。施行令は翌年の4月21日である。なぜこのような電光石火劇ができたのか。
  このときの国会対策委員長は自民党が江碕真澄、社会党山本幸一、民社春日一幸の「東海三羽烏」ある。ある議員が討論を要求したが、山幸氏が「チンピラ口を出すな」と一喝してヘナヘナ。かくして法案は質疑なし、討論なしで、衆参一日ずつでアッというまに成立した。しかしだれも「この法案は憲法違反だ」といわなかった。
 この図式は大災害が起きたときの対処方式にならないだろうか。3.11のとき亀井静香議員はいち早く「20兆円の補正予算を組むべきだ」と主張した。このときの首相が田中角栄さんだったら即座に応じただろう。そして得意の国土開発論を実行しただろう。
  1968年(昭和38年)大雪が降った。気象庁は「38豪雪」と固有名詞をつけたほどだった。このため、国道8号線(名古屋方面からのルートと、大阪方面からのルートが結合して北陸方面に抜けるルート)が閉塞されそうになった。このときの建設大臣は河野一郎さんだ。河野大臣は自ら国道8号線のド真ん中に陣取り「アアセイ、コウセイ」と指揮をとった。このため国道8号線のアクセスは維持できた。
 3.11のときの政府首脳が田中角栄や河野一郎さんだったらその後の展開はかなり違うものになっただろう。憲法に戒厳・非常事態法がないことが欠陥でなくて、東海三羽烏、田中、河野各氏のような決断と実行力のある政治家がいないことが不幸なのである。
(ジャーナリスト)



買う話より感動的な小説を

大野 博

 石原慎太郎都知事の「尖閣列島を都が金を出して買う」との発言が話題を呼んでいる。某新聞は「読者調査で90%が賛成している」と報じている。石原発言が中日関係をこじらせないか心配である。
  「いかなる国も外交感覚(ディプロマティク・センス)のない国は滅びる」といったのは吉田茂首相である(当時)。吉田首相はよくドイツの例をあげていた。「ドイツは外交感覚がないばかりに2度も大国を滅ぼした」と。第1次・第2次大戦の結果を指す。外交感覚は政治家や外交官が持てばよいものではない。すべての国民が持つべきである。
 領土問題といえば誰でもピンとくるのはアルザス・ロレーヌのことだろう。アルフォンス・ドーデ「最後の授業」の読者は多い。この小説の最後は「ビバ・フランス」(フランス万歳)である。いまでも愛国文学のモデルとされている。
 石原都知事はもとはといえば作家である。尖閣を金で買うなど安っぽいショービニズム(排外的愛国主義)より、感動的な愛国小説を書いてほしいものである。
(ジャーナリスト)



冷静な核実験報道を!

大野 博

 北朝鮮は過日ロケット打ち上げに失敗して。引き続き近日中に核実験を行うとの報道がメディアを賑わしている。
 それはそれでもっともなことではある。しかしロケット報道失敗の轍を踏まないようにしてほしいものである。
 核の開発とはどういうことか。一言で言えば核をより小型化することである。ではいまどこまで小型化されているのか。
 かつてのソ連でアクネドート(小話)をひとつ。
 「A.最近の核は小型になり、ご婦人のハンドバッグに入る
    そうだ。
  B.それは大変だ。核を入れるハンドバッグがない。」――

 この会話はソ連政府は核開発に熱心だが、ハンドバッグのような消費財の生産にはとんと不熱心なことを揶揄したもの。
  朝鮮通信16366号によると、今年の北朝鮮の国防費は歳出の15.8パーセントだという。しかし誰もがこの数字には疑問を持つ。これではロケットだ核だといえるものではない。人民は毎日の生活にも難儀しているではないか。
 メディアもこのような北朝鮮の実情を念頭に置いて核実験の報道をしてほしい。
(ジャーナリスト)



石炭火力を復活せよ!

大野 博

 原子力発電に代わる新エネルギーをどうすべきかが話題になっている。ズバリ「石炭火力を復活せよ」といいたい。もとより無条件でなく、いくつか条件付きではある。
  石炭火力で厄介視されたのはCO2(二酸化炭素)を出すからである。「それに代わるのが原子力発電」といわれていた。だが「原子力発電でも原子燃料を作る過程でCO2を出す」といわれてきた。代替価値はないというわけ。
 火力発電はCO2を出すがその量をできるだけ少なくする研究開発を推進することが何より肝心。
 他方排出したCO2を地球上でできるだけ多く吸収することを考えるべきである。そのためには、山に十分植樹をする、都市の公園にも大きな木を植える、家庭の庭にもできるだけ木を植える、町の大通りの両サイドにも木を植える――などの対策が必要である。つまりCO2を出すのはできるだけ少なくする。吸収するのはできるだけ多くする、というわけである。
 火力発電所の規模(おおきさ)も問題である。かつて東京の電力供給源として品川、北千住(別名お化け煙突)に火力発電所が稼働していたが、出力はせいぜい15〜6万KWHであった。
 一方、山手線などの電力はどう賄っていたかのか。昭和14年に当時の鉄道省が新潟の信濃川に大規模の水力発電所を建設した。 この電力は遠く神奈川の川崎まで長距離送電されて、ここから都内の電車の動力源となったもの。
 戦後は福島の原子力発電が加わった。品川、千住の発電所は無用視され解体された。千葉県の東京湾沿いに数十万KWHの大発電所が立地したからである。
 このように見てくると「これからの電源立地はどうあるべきか」の答えは簡単である。中小規模の火力発電所を数カ所立地すべきである。
 
(ジャーナリスト)



国庫省設置に踏み切れ

大野 博

 消費税論争が盛んである。その帰趨は予断を許さない。
 しかし日本の財政は収支についていえば、いぜん健全性を維持しているからである。人あるいはいうかもしれない「歳入の44%が国債なのに、なにが健全なのか」と。他方歳出では国債費は22%である。「なんとか健全だ」といっても叱られることはなさそう。
 では財政のどこが悪いか。姿勢が悪いのである。やたらに特別会計を作っていること。独立行政法人なる半官半民組織を作っていることである。財政はすべての歳入歳出を一般会計に一本化するのが健全な財政姿勢である。
 1012年度予算でも無用の見本視されていた特別会計が減として存在している。
  しかしさすがに民主党のワーキングチームは国税庁と日本年金機構を統合し「歳入庁」を2015年に創設する案をまとめた。国税、国民健康保険料などの徴収を一元的に行うという。
 それならいっそのこと「国庫省」の創設に踏み切るべきではないだろうか。この省ですべての税金、各種料金の徴収を一元的に行うのが望ましい。国庫省の例は戦前のイタリアにある。参考にすべきである。
(ジャーナリスト)



原理から言えば盛り場の射的

大野 博

 北朝鮮がミサイルロケット(同国によると人工衛星)を打ち上げるというので、世界の主要国は大騒ぎだ。わが日本にいたってはミサイルの破片が領土内に落下し、住民その他に損害を与えるのを防ぐため、PAC3を地上配備し、ミサイル迎撃装置を装備したイージス艦を日本列島に沿って展開するというものものしさ。さながら黒船来航の場面!
 ところが日本はもとよりどこの国のメディアも報道していないことがある。それは北朝鮮ミサイルの飛しょう技術(飛び続ける能力)と誘導技術である。。
 この二技術はどういうことか。米の一科学者が言う―地球上からロケットを発射して月面に命中させるにのは、地上でライフル壇を発射してそれ12キロメートルのトンボの目玉に命中させるのと同じだ―と。飛しょう技術と誘導技術の難しさがこれにて理解できよう。北朝鮮にこれだけ高度の技術があると考えられるだろうか。誰も否というだろう。
 北朝鮮のミサイルロケットの発射―原理からいえば盛り場の射的と同じ―といえば叱られるだろうか
(元日刊工業新聞記者)



年金は文化の問題

大野 博

 記者になった池田内閣のとき、内閣府の講堂で「恩給制度創設年記念式典」が行われていた。下条安麻呂参議院議員が「恩給制度は明治年、恐れ多くも明治天皇の思し召しによって創設されたもので、まことにありがたいきわみですと、あいさつしていた。恩給年金にも関心がなかったのでXYの数字をメモしなかった。その後の調べでは、明治17年内閣に恩給局が創設された。とするとXは明治17年、Yは70年ということになるか。
 1928年(大正12年)恩給法が公布された。恩給が制度化されたといえよう。しかし適用は軍人と官吏だけだった。今日の保険料金に相当するのは恩給国庫納付金といい、俸給額の1パーセントであった。在職12年で恩給有資格者になった。この時期多くは日清・日露両戦役の従軍兵だったという。もっとも、アメリカでは1920年代の恩給受給者に南北戦争の従軍兵がいたという。このようなことから年金を論じる場合「恩給年金の問題は息の長い話、つまり文化の次元であって、経済、特に金融の次元であり得ない」ことを頭にたたき込むことが肝要である。
 この世代の人たちは「恩給亡国」の言葉は忘れないだろう。この時期、土は国の予算の10パーセントを恩給が占めていたのである。
 さて、戦後1956(昭和31年)、恩給制度は共済制度に移行して厚生年金制度と統一した。ここで記憶されるべきは「整理資源国庫負担」の原則である。その意味は恩給、年金は制度の変更、通貨価値の騰落によって加入者に不利益を与えべきでない。このわかりやすい例が恩給制度である。恩給制度から共済制度への変更、戦後のインフレによる円の数百分の1の価値下落などにも国庫が責任を持って補填すべきである。
  次に企業年金が登場する。これは公的年金である厚生年金の一部と企業年金の一部を合体させ、信託銀行などに運用させ、年金資金を生み出そうというもの。この制度の悲劇的場面が現在のAIJ投資顧問会社事件である。この制度に悪のり!したのが公務員共済である。「厚生年金に付加分があるなら、共済にも付加分を認めよ」と主張し獲得したのが職域加算である。現在この分の国庫負担は年9500億である。官民格差の象徴ともいわれる。だからといってすぐ「職域加算ほ廃止せよ」というのも年金原理に反する。いま廃止と決定してもその実施は「現に公務員の人は定年まで勤めて退職しても、職域加算はありません」となるべきである。
(元日刊工業新聞記者)




歳費削減より議員会館を活用すべし

大野 博

 3.16付け読売紙によると、衆議院議院運営委員会は国会議員の歳費月額300万円を削減することを、各党で検討することになったという。
 「そんなことよりもっと気の利いた削減策があるのではないか」が国会廊下トンビの感想である。国会廊下トンビ40年になる某氏が最近議員会館を訪問して、その豪華さとそれまでの会館との違いの大きさに腰を抜かした。
 議員会が設けられて40年間3代に及ぶ。初代は戦後の混乱期で木造モルタル二階建てであった。議員一人一室だった。この時期の最大の話題はS代議士とM婦人代議士の結婚だった。
 この夫婦がイチャツイテいたベッドが廊下を通ると丸見えだった。敷地の関係で衆議院会館は第1、2と隣接していたが、参議院会館は200メートル離れていた。
 第2代会館は鉄筋5階建てで広さも議員と秘書1人が事務と来客応接の双方に対応できるほどだった。今の第3代の会館は高さ実に12階建て、議員の部屋は議員執務専用室と応接室、秘書団の秘書室、来客用の茶菓準備室と至れり尽くせりである。国会議員に来客が多いからまず納得しよう。
 「これはムダではないか」と思われるのは会館のエントランスである。その広さに来館者は腰を抜かすだろう。このエントランスをはじめ会館内の部屋を適当な料金で政党の集会用に時間貸しをしてはどうか。警備も厳重すぎる。訪問者は受付に備えてある回転式カメラで顔写真を議員室に写される。拘置所の収容者に面会に来たのと同じといっても過言ではない。警備に要する費用も巨額になろう。そこでだ―「議員歳費を削減するより、議員宿舎の経費削減に知恵を出すべきではないか」である。
(ジャーナリスト)



人員よりポスト削減を

大野 博

 
 岡田副総理は国家公務員の新規採用は、2012年比20パーセント超の削減を各省庁に指示したという。その真の目的!は消費税の引き上げを中心とする社会保障・税の一体改革に、国民の理解を得るため(3.9読売)なのは何とも泣かせる。
 国費節減の必要性はいうまでもないが、それが即公務員の削減とするのは、いささか皮相である。公務員の職種は多様であり、ムリな削減は国民生活にモロに響く。
 では何を減らすか。人員よりポスト、つまり審議官、局長、課長を減らすべきである。それらのポストは政府全体でいくつあるのか。その測定は難事である。そこで官公庁で最大の予算と世帯を持つ防衛省を見よう。同省の2013年度予算は5兆947億円で、2012年度より3787億円の減である。定員は2万1715人で2012年度より274人減。これに要する人件費は9兆256億円である。
 これだけの俸給を受けるポストは特別職(会社なら社長・副社長)が大臣・副大臣・秘書官など6.指定職(会社なら重役)は事務次官、局長、官房長など45.課長は本省だけで42.他の付属機関施設、技術本部などの役職を合計するとそれこそ天文学的だろう。
 官公庁、企業を問わず日本の人事管理は定期採用と、年功序列である。毎年新規学卒を一定数採用する。昇進は年次である。欧米のような必要なときに必要なだけ採用し、昇進は能力次第というシステムとは異なる。
 官公庁、会社とも予算の項目は人件費、物件費、経費に大別される。このうち膨れやすいのは経費である。しかもその増え方も目に見えないから始末が悪い。官公庁では指定職を一人増やすと、専属の自動車、運転手、ガソリンが必要になるといった具合である。
 1964年に佐藤内閣が発足した。佐藤は一局削減を指示した。その経費削減の効果はどの程度であったかはともかくとしても、「一局も増やさなかった」効果があったことは確かである。
(元日刊工業新聞記者)



2・29、改憲、大雪の三題噺

大野 博

 
 2・29久しぶりに都心に大雪が降った。古き世代はだれしも1937年の2・26事件を想起したろう。以来、日本は軍部独裁政治の国になった。その着地点は沖縄喪失、広島、長崎への原爆投下であった。
 奇しくも前日の2・28,自民党の憲法改正推進本部(本部長保利耕輔利氏)改憲原案を示した。その骨子は@天皇を元首とするA自衛隊を自衛軍にするB改元の規定を設けるというもの。これで軍部クーデタの三点セットはそろった。
 さらにこの因縁話に輪を掛けた人がいるのも奇縁である。保利茂さんと天皇元首論に異議を述べた安倍元首相である。保利さんの父君の保利茂元自民党幹事長は事件当時山本元農林大臣の秘書官だった。事件の4日間宮内省の地下室に避難していた。当時のことと手部屋は真っ暗だった。地下室から出たときは本当に盲目になったと思ったという。
 安倍さんの祖父格は福田赳夫元首相である。事件当時今の新宿の近くに住んでいた。早朝内務省の友人から事件を知らされた。すぐバスに乗り、勤務先の大蔵省(その頃はまだ大手町にあった)ところが途中でバスが反乱軍の誰何(すいか―銃を突きつけて君は誰か、どこへ行くかと聞くこと)に会いバスはストップした。
 しかし福田首相(当時)は事情を知っていたので、早速立ち上がり「皆さん落ち着いて」と大演説をぶったという。同元首相の自慢話の一つである。
 2・28の改憲案は決定に至らず保留となった。3月2日再討議するテーという。さて、どうなることか。
(元日刊工業新聞記者)


本末転倒ではないか

大野 博

 各紙によると天皇陛下は2・18に「冠動脈バイバス手術」を受けられるという。安全性の高い手術で、医師団は「従来の生活の維持とさらなる向上を目指すため、適切と判断した」という。
(読売紙)
 天皇の生活とは国事行為とテニスといわれる。前者についていえば「天皇の国事行為の代理に関する法律」はすでに成立している。テニスにいたっては心臓の手術をしてまでやる必要があるのか。
 そう考えると医師団の見解はいささか本末転倒ではないか、というのが庶民の率直な感じである。従来の生活を維持向上させるためには手術を避ける――これが庶民感覚である。早くいえば「二兎を追えば一兎も得ず」にならないか。
 東大医学部は日本でも最高の医学水準を誇る。しかし昔から大いなるアネクドート(小咄)がある。皇室、皇族、大臣などの診察には最高治療するが、庶民がいっても所詮ホイホイ診察である。この手術による死亡率は順天堂病院の場合0.7%という。(ゼロでないのに注意!)
 なにはともあれ、手術の無事成功を祈る。
(元日刊工業新聞記者)


多面相ビスマルク

大野 博

 2・3付け読売新聞によるとビスマルク(1815〜1898)の肉声を録音したレコードが発見されたという。実はこのビスマルクほど戦争と平和、大軍と小軍、資本主義と社会主義といった多面的顔をもった政治家・将軍は珍しい。
 まず誰もがビスマルクといえば「鉄血宰相」という。事実彼はドイツ統一には九度土下議論は不要である。必要なのは鉄と血である」といった。鉄とは大砲であり、血とは兵隊である。血の小亜人クルップの育成者であり、プロシア陸軍の始祖であるわけである。そして普仏戦争に勝利し、50億フランの賠償とアルザス・ロレーヌの領土を獲得した。
 こう見ると誰もがビスマルクは典型的な軍国主義政治家とみるだろう。事実1878年に社会主義鎮圧法を制定している。
 しかしそのビスマルクは「どの国も国の防衛に大軍を持つ必要はない。5万の若年と精兵があれば十分だ」といっている。
 国土の狭小にかかわらずというのだから、この5万の数字にこだわる人もあるだろう。しかし若年と精兵に異議はないだろう。老年と弱兵でよいという人はいまい。
 この言葉、現代にも十分通じる真理ではないだろうか。防衛オンチの日本の政治家、防衛官僚にぜひ肝に銘じてほしいものである。
 政界を引退してからのビスマルクは「不遇だった」というのが歴史の評価である。彼は小軍備論者になったからである。
 隣国のロシアがフランスと同盟して報復戦争に出ることを心配したからである。両国との提携を模索したほどである。これと正反対の路線をとったのがビスマルクの後のドイツに君臨した皇帝ウイリアムス2世である。彼は大ドイツ主義を唱え、大海軍作りに熱中した。その帰結が第1次世界大戦であり、ドイツは敗北し、アルザス・ロレーヌもフランスに返還させられた。
 さらにビスマルクの持つもう一つの顔―これが最重要である。彼は老齢保険、疾病保険の創設者であることである。今日の年金制度、健康保険制度である。それゆえビスマルクは資本主義での初めて社会保険を創設した政治家といっても許されるだろう。
 これだけ多面的な顔をもった政治家軍人も珍しいのではないか。
(元日刊工業新聞記者)


国際収支黒字時代の思い出

大野 博

 財務省が1月25日発表した2011年の貿易統計によると、年間で出の貿易赤字は2兆4927億円であり、1980年以来31年ぶりの赤字という。31年といえば一世代である。そこでこの稿ではいささかの感慨をこめて「この世代と」との表現を使う
  1961年の貿易収支は「企業の設備投資と国際収支の黒字基調が確立した」年であった。それまではどうだったか。企業の設備投資が増えれば、国際収支は悪化した。そこで政府は設備投資の繰り延べ措置をとったものである。
 1960(昭和35)年頃から貿易自由化の声が高まり、政府も関係閣僚会議を設け、本格的な取り組みに入った。以後徐々に為替資本の自由化を実施していった。産業構造の高度化していったことも見逃せない。1962(昭和37)年には機械製品の輸出が29.2パーセントを占め、繊維製品の27.3%を抜いた。明治以来のことである。
 しかしなんといっても決め手は1971(昭和37)年8・15日のニクソン米大統領の 「金ドル兌換停止」声明である。これではいくらドルが増えても紙くず同然という原理になる。とどのつまり日本でも同月27日に田中角栄首相が円相場の変動制意向を決定した。
 以後この世代の円相場は着実に上昇し、現在は70円台になっている。これにはいろいろ反応があった。傑作なのは昭和天皇の言で「これは国民の勤勉の努力の成果である」と。円高のメリットを国民が肌で感じたのは何か―レモンである。それまでは確実に1個100円していたものが50円で買えるようになった。  政治家に対する評価もいろいろあったのも面白い。池田勇人は賞賛された。国産レモンの栽培できるのは瀬戸内海のごく狭い地域。気候の温暖性に制約されるからである。この地域は池田氏の選挙地盤手あったにもかかわらず同氏は自由化に賛成した、「立派」というわけ。
 その逆だったのが福田赳夫氏である。同氏は1927(昭和3)年、東大を出て大蔵省に入った。この時期は金融恐慌の最中にあり、大銀行、大会社が倒産した。福田氏はこの時期を経験しているので、円高時代の不況対策を重視した。首相在任の1976年からの3年間、公共事業中心の大型予算を組んだ。その歳出の40%は国債であった。
 福田氏は池田氏の高度成長論を強く批判していた安定論者だったので「福田氏はいうこととやることの違う人」と評価が出てしまったのは気の毒であった。
 これから円安時代になる。この打開政策を野田某とその政党に期待できるだろうか。昭和の初めの大不況の再来だろう。
(元日刊工業新聞記者)



新年早々ふたつの混乱

大野 博

 新年早々共通一次試験は実施で混乱した。再試験が行われるという。もっともである。この共通試験なるもの海部正樹元首相(以下単に海部首相)の大いなる遺産である。
 これさえ実施すれば文教問題はすべて解決する」と大真面目に考えていたものである。
 ある年、恒例の日経連と同盟の集会があった。来賓として出席したのが海部自民党文教制度調査会会長と加藤一郎成城学園長(元東大学長)であった。議題は奇しくも入学試験制度となった。海部首相は1時間のうち55分を費やして共通一次論をぶった。
 次の加藤学園長は開口一番「入学試験は何をやっても結果は同じだ」と。これには満場大笑い!
 その海部首相、19891年[平成元年)8月10日に念願の首相の地位に就いた。直ちに共通一次試験実施に必要な法案を提出した。しかしだれも賛成とも反対ともいわず、 スンナリ成立した。
  いささか脱線して恐縮だが、入学受験シーズンであり、新聞広告欄には各大学の入学案内が盛大である。 しかし不思議なのは「我が大学は共通一次の成績は相手にしません。あくまでわが校独自の試験を行います」という大学はないものか。文部省に遠慮しているわけでもないだろうが。
  さらにいえば「わが校は入学試験を行いません。しかし入学後は半殺しの思いをするほど勉強してもらいます」という元気のよい大学は現れないものだろうか。戦前の物理専門学校のように。
*       *
 1月16日から数日にかけての各紙の報道によると、東京大学(TU)は現在の4年制から3.5年制にするという。ここで思い出すのしライシャワーさん(元駐日米大使)の言葉である。いわく「日本の大学は4年間の壮大なムダである」「日本の学生は世界一勉強しない」と。
  さらに気になることは国立、私立のいくつかも東大に追随しそうだとの報道である。ライシャワーさん流にいうと「日本の大学には「付和雷同清がある」ということか。
 
(元日刊工業新聞記者)



幻想の大阪都構想
   効率よりも文化を!

大野 博

 橋下大阪府知事・市長(以下単に橋下知事)はこの年末年始は太閤様以来のご機嫌だったろう。なにせ昨年末の選挙で推薦母体の「維新の会」が大勝し、持論の大阪都構想の実現に血が沸き、肉躍っただろうから。
 しかしお正月も20日は過ぎたこと。おとそ気分も冷めただろうから、ここはクールヘッド(冷静な頭脳)を取り戻してほしいもの。さらにウォームハート(暖かな心)を発揮してほしいものである。
 橋下知事 は東京都をモデルにしているのは自明である。確かに戦前は東京府と東京市に分かれていた。府は西・北・南に3分され、市は麹町、芝、本郷など6区に分かれていた。
 それが1943年(昭和18年)8月に合併し東京都になった。何故か!臨戦態勢をとるためである。本土決戦への備えである。その町も都長官といい、チャキチャキの内務官僚である大伊達茂雄が南方占領地の陸軍司府長官から就任している。
 終戦とともに古参の東京市職員から「平時になったから府・市に戻すべきだ」との意見が出たが「復興には効率が必要」との声におされさた止みになった。橋下知事もしきりに「大阪府・市を大阪都にして二重ムダをなくす」といっている。
  実はここに盲点がある。行政区域にせよ、企業にせよ、合併したら効率がよくなる!というのはなぜか。組織が大きくなると「見えないムダ」が出るものである。このムダは時間のムダと金銭のムダの相乗効果である。目に見えれば「節約しよう」との気にもなるが見えないだけに始末が悪い。幻想である。
 その例は都庁にある。東京都は巨大庁舎を構えている。だがA局B課に勤務する職員が所用のためにC局D課にいこうとすると優に半日かかるのが普通という。これはたいへん時間のムダである。
 このムダを省くにはどうしたらよいか、人あるいはいうだろう!「庁舎を広げよ」と。しかしそんなことをしていたらはムダをさらにエンラージ(拡大)するだけである。都庁の規模を適正に、つまり戦前のように府・市に分けることである。橋下知事は「大阪都になれば税収を4千億増加し、国からの財政交付金は不要になる」という。幻想の極致である。  地方税の大どころは法人事業税、法人都民税である。不況でここの税の大幅増は望むべくもない。大阪とて事情は同じだろう。
 都市は本質的にゲマインシャフト(共同社会)である。橋下大阪都構想は明らかにゲゼルシャフト(利益社会)を施行するもの。その着地点は都市の荒廃であり、住みにくい町になることなのである。
  都市の文化は1000年単位で育つもので。この理屈はクドクドいう必要はない。大阪を浪速というこの名の由来いかん。
 「おわり名古屋は城で持つ」「名古屋名物人問わば東洋一の青果市場という」!こんな小話も愛知県と名古屋市が合併して愛知都になったら、誰も口にする器はないだろう。  大都市の首長さんよ。効率より、文化を重んじてほしい。それが本当の都市行政ではないか。
(元日刊工業新聞記者)



がっかり「週刊朝日」

大野 博

 6・28の朝日新聞の「週刊朝日7・8号」の広告をみて「週刊朝日も堕落したなぁ」と慨嘆した。
 「全国トップ1734校大学『現役』進学者総覧」である。対象大学は東大など12大学があげられいる。高校は後期中等教育の場であり、中学からの進学率は100%である。この数字は世界一ではないか。
 問題は中身である。ある人はいう。「いまの高校は予備校の下請けであると。そういわれると予備校の宣伝の派手さはすさまじい。これは高校教育の理念の欠如が原因である。朝日新聞にはぜひ「高校教育はかくかくあるべきである」との論陣を展開してほしいものである。
 いまの時勢「東大に何人合格したか」などは事大主義丸出しの発想である。「どの大学に入学したか」より「大学で何を勉強するか」が問題なのである。
 十数年前「サンデー毎日」が同様な企画をしてバカ売れをした。このときの毎日の記者で「まるで受験雑誌でいないか」と怒る人がいた。「さすが毎日の記者だ」と感心したものである。朝日新聞にも同様に怒る人が大勢いることを期待したい。
 
(元日刊工業新聞記者)



可視化より時間制限検討を
官憲尋問に検討を

大野 博

   司法官憲の容疑者尋問は可視化すべきだとの主張が多い。誰もが見える状態で尋問せよとのことである。尋問時間は無制限!のようである。よく経験者の話によると、長時間の尋問には、頭がボッとしてきて、尋問者の言うことは「本当だなぁ」という幻想におそわれる。トドのつまり容疑者は真犯人にされてしまう。冤罪発生の最大要因である。
 これを防ぐためにはどうしたらよいか。尋問時間を午前10時から正午まで、午後は1時から4時までと制限すべきではないか。この時間帯なら尋問される方も終始安定した心理を維持出来る。冤罪予防の効果も期待できる。(諸賢のご検討をいただきたい。)
 
(元日刊工業記者)
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菅首相は河野一郎さんを見習え

大野 博

 政界、それも肝心の民主党内に一個の妖怪が徘徊しだした。それは「菅降ろし」である。同党内には二潮流がある。一つは「この時期、首相進退論より結束して災害復旧に取り組むとき」、他は「首相に主体性なし、地方選敗北もあり、早期退陣やむなし」というもの。それぞれもっともな言い分である。
 しかしこれまでの例をみると、政界はいったん出た流れをくい止めることは困難である。流れは加速し、流量も増える場合が多かった。さて、今度の場合はどうなるか、「ゴッド・ノウ(神のみぞ知る)」か。
 それにしてもいま想起されるのは38豪雪のときの河野建設相のことである。昭和38年に大雪が降った。気象庁は「38豪雪」と固有名詞をつけたほど。この雪で国道8号線(名古屋、大阪双方から来て、北陸に抜ける道路)がふさがれそうになった。このとき、河野一郎建設大臣は国道89号線のド真ん中に陣取り、「何がなんでもこのルートは確保せよ」と大号令をかけるとともに「ああせい、こうせい」と采配をふるった。おかげで8号線はなんとかアクセスを確保できた。
 いまの東日本大震災の復興に、この河野一郎さんの姿勢を期待するのは無理なのだろうか。「ノー」大いに期待すべきではないだろうか。
 
(元日刊工業新聞記者)
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阻止しよう「東京のナチス化」

大野 博

   都知事選の結果についてはそれぞれの思いはあるだろう。しかし共通していることは「選挙とはこういうものか」である。だれが都知事になっても「選んだ方が悪い」「選ばれた人が悪い」―などは無意味である。しかしだれもが思うことは「ヒットラー・ナチス」の二の舞はごめんだ」ではないだろうか。
 1935年、ヒットラー・ナチスは堂々と選挙で多数議席を得て、政権を獲得した。その後一連のナチス政治を行ったわけだが、その着地点は戦争、国土の破壊と分割、そしてドイツ国民の塗炭の苦しみであった。ドイツ有権者とてこうなると希望してヒットラー・ナチスに投票したわけでない。
 そこでわれわれ都の有権者は新い知事に云々しない。しかし新知事には強く要望したい。ソレハ「東京のナチス化は絶対御免である」と。そのために新知事の政策を厳しく監視しようではないか。 
(元日刊工業記者)
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「平成の後藤新平」待望論

大野 博

 1923.9.23 関東大震災が起きた。いまでもだれでも話題にすることは「震災の復興の総指揮に後藤新平のような人物が当たっていたことは幸運だった」ということである。いまの東京に後藤の遺産は多く残っている。ハード面では東京を南北に貫通させる靖国通り、東部を貫通させる昭和通り、この二道路の結合点は須田町ということか。横山町の問屋街もあり、繁盛している。
 他方、ソフト面の復興にも力を入れたことが後藤新平の偉大な点であった。府立高校(のちの都立大学)、それに市立(いちりつと呼んでいた)九段・上野・文京の3高校(現在の都立)を設立した。小学校では震災復興型と呼ばれるモダンな校舎を多く建てた。復興にハード、ソフトの両面に優れたバランス感覚を発揮したことが後藤新平の評価されているゆえんである。市長在任中にNY市立大学教授のビア―ド夫妻を市政コンサルタントとして招いている。そして「東京市は下水道の整備に全力を注ぐべきである」とアドバイスを受けている。
 1963.9.7 米でケネディ大統領が暗殺される事件が起きた。そのせいで1966年に行われた総選挙では「われこそは東北のケネディ」と名乗る候補が3人現れた。伊藤宗一郎、渡部恒三、小沢一郎の3氏である。その後伊藤氏は衆議院議長、渡部氏は同副議長、小沢氏は総理候補となった。つまり3人とも「東北のケネディ」と名乗っただけの活躍はしたというわけである。いま、国家的な緊急事態の中で東北を超えて「われこそは平成の後藤新平」と名乗り出る人が待望されるゆえんである。
 震災復興といえばだれもが「資金はどうする」と心配する。だが心配無用し! 20兆円の国債を日銀引き受けで発行すべきである。臨時緊急の財政需要が生じた場合、その財源は国債を持って充てるというのは、財政のイロハのイの字である。いまの情勢にピタリである。断じて不健全ではない。増税論が散見されるがとんでもないことである。そんなことをしていては経済を萎縮させるだけである。
(ジャーナリスト)
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不幸中の幸い 会計年度末

大野 博

 3.12の東北・関東大地震の被害は大きい。古き世代は町中の瓦礫の山をみて、戦後焼け野原となった国土と二重写しとなり、悲しみも相乗する。一日も早い復興を願うばかりである。その復興となると、誰もがピンとくるのは「その資金はどうする?」である。
 1923.9.1関東大震災が起きた。ときの摂政宮―後の昭和天皇―は直ちに内務大臣を呼び、被害状況を聞くとともに、その場で金100万円を「これを復興資金にあてよ」といった。いまの額にすれば優に100億円である。当時の皇室がいかに巨大な財産家であったかのエピソードでもある。
 今度の関東・東北大地震の復興資金をどう捻出するか。早晩論議を巻き起こすことになろう。この点なんとも幸いだったのは(といえば叱られそうだが)会計年度の接続期、つまり2010年度末、2011年度直前だったことである。
 このタイミングを100%活用すべきである。具体的には11年度の新規政策は1年先送りである。その予算を全額復興費に移す。たとえば児童手当22,077億円、子育て支援交付金500億円、農家の戸別所得補償費5,965億円、「元気な日本特別枠」21,235億円、その他高校無償化予算など合計すれば優に数兆円は捻出できる。端的に言えば「マニフェストを1年間タナ上げせよ」ということである。
 もし新年度に入っていて予算の執行が軌道に乗っていたら、このような芸当は困難だった。3月中にこの芸当を実現し、原案予算が成立しだい4月1日には補正予算として、国会に提出すべきである。3月はまさに時の氏神というべきか。
(ジャーナリスト)
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京大、逆滝川事件の様相

大野 博

 古き世代は滝川事件をご存知と思う。1933/04/22鳩山一郎文相は京大の滝川幸辰教授の「刑法読本」を共産主義的として、同教授の罷免を要求した。京大教授陣は頑強に抵抗したものの、同年10月、滝川教授ら8教授は辞任した。いまに伝わる学問の自由弾圧の典型である。
 当の鳩山氏はこの事件がたたって、戦後首相のイスを目前にしてGHQから追放された(1945.5.4)。
 さて、その京大の入試にカンニング行為が発覚した。問題は同大のこの事件への対応である。警察に捜査を依頼した。この姿勢が逆滝川事件と言われるゆえんである。「なぜ京大自身で事件の解明をしなかったのか」というわけ。
 受験生はカンニングに携帯ネットを活用した。
 米の大学では軍隊からの復員学生のカンニングはモールス通信という。机上で鉛筆をたたいてトンツー、トンツー(この答えを教えて)。すると相棒はこれこれもトンツー、トンツー(その正解はうんぬん)といった具合である。
 かつて某団体が集会を企画し、そのゲストスピーカーに東大教授Kさんを招こうとした。Kさんにその日のご都合をうかがったところ「せっかくだが当日は試験で私が監督に当たることになっている」との返事には驚いた。「へぇ東大生でも試験の監督が必要なのか」というわけである。その監督たるKさんは世間的にも名物教授である。まさか東大生がカンニングすると疑うわけでもないだろうが。
 
(ジャーナリスト)

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出るか「Anyone But 菅」の声

大野 博

 3.3朝日によると菅首相は不人気にかかわらず、いたって元気だという。その理由として同紙は「ポスト菅が不在だから」としている。しかし菅降ろしにはコツがある。どこからか「Anyone But 菅」(菅さん以外ならだれでもよい)の声を出すことである。
 このことばは「Anyone Who」(菅さんのあと誰がいる?)と対をなす者である。
  前例がある。佐藤栄作首相は1964.11.9に首相に指名された。72.6.17に退陣を表明するまで、空前の長期政権である。途中で退陣論がでた。このときは「Anyone Who」の声で一蹴された。
 しかし末期にはとうとう「Anyone But 佐藤」の声が出て引導を渡された。
 中曽根康弘首相の場合1983.12.8の総選挙で自民党は過半数を割る大敗をした。もっともこれは「田中判決選挙」といわれたもの。中曽根退陣論は出たものの、「Anyone But 中曽根」の声は出ず続投となった。さて菅首相に対しどの声が出るのだろう。
 
(ジャーナリスト)
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あまりにもひどい統計無知

大野 博

 2010.10に行われた米国戦略研究所(CSIS)と日経新聞社共催のシンポジウムで、前原誠司外相は「日本の第一次産業の割合は1.5%、そのために他りの98.5%が犠牲になっている」と発言したこれに対し著名な経済評論家内橋勝俊は「これを問題にするジャーナリズムは皆無だった」といっている(農業協同組合新聞2011.2.10)。
 いささか遅ればせではあるが問題にさせていただきたい次第である。
 実のところこの前原発言に接したとき、その統計無知ぶりにはあきれ返ったものである。
 産業構造は一次産業農業、二次産業製造業、三次産業流通サービス業から成っている。なるほど数字からいえば農業は1.5%である。しかし、これでは統計にならない。統計というからにはウエート(W)にご登場いただくことが必要である。
  普通重要度といわれる。物価統計の例をみよう。全調査品目合計ウェートは1000である。これらの重要度を判断してウエートを各品目に配分する。もとよりこの配分は恣意的ある。
 よく問題になるのに住居費(家賃)がある。そのWは30である。つまり全支出に占める家賃はたった3%という。「そんなバカな」とだれもが思う。しかし当局者によると「持ち家者との関連も考ると、どうしてもそうなるという。
 高校生でも知っている統計用語にエンゲル係数がある。全家計支出に占める食費の割合である。日本は23%という。前原流に「農業は1.5%」と割り切れるものではない。 TPP交渉に当たり、日本の外相がかくも統計音痴なのは困ったものである。
 
(ジャーナリスト)
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「暴挙」の内外史

大野 博

 2.7の菅首相の「許し難い暴挙」発言のわずか4日後、ラブロフ・ロシヤ外相は「受け入れ難い行為」として反応した。
 大正末期、米議会は排日移民法を審議していた。しかし法案成立に熱心だったのは、地理的に日本に近いカリフォルニア選出議員だけで、東部・中西部議員はほとんど関心がなかった。法案成立は微妙だった。ところが―である。駐米の日本大使は不用意にも「法案成立の場合、日本政府は重大決意をする」と発言した。重大な決意とは宣戦布告を意味する。これで米議会はカッとなり法案はアッという間に成立した(1924.4.10)。
 1989.8.9海部俊樹さんが首班に指名された。海部首相は小選挙区制に熱心だった。必要な法案も出したが反対も多く審議は難航した。
 ところが―である。海部首相は熱心のあまり!「法案不成立の場合重大決意をする」と発言した。これが金丸信自民党副総裁(当時)を激怒させた。重大な決意とは解散を意味する。「小派閥出のくせに解散とは僭越だ」といいさらに「海部続投は支持しない」と、海部首相に引導を渡した(1991.10)。
 大正時代の日米、現在の日ロ関係と、それに国内政治を見ると、暴言・暴挙・重大の各発言が同意語になっていることがわかる。
 
(ジャーナリスト)
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両雄 並び立つか!財政再建の前途

大野 博

 菅内閣に与謝野薫さんが入閣した。経済財政担当としてである。早くも「与謝野氏を軸にして政府案を急げ」(1.20 読売)とのたもうている。
 だがこの見解なんとも気が早い。「オット、官房副長官に藤井裕久さんがいますよ」というわけである。藤井さんは大蔵省出身、生粋の主計局育ち、蔵相も歴任している。与謝野・藤井ご両人東大卒、与謝野さん72歳、藤井さん78歳。どこでも東大卒同士は仲が悪い。その例は各国の大使館である。外務省プロパーと財務省からの出向組はウマが会わないものである。お互いに「俺の方が頭がよい」と思っているためだろう。
 こんな情勢のとき新たに柳沢伯夫さんが登場した。東大卒、元厚生労働相である。2.6朝日の見出しは「元自民の二長老一体改革の鍵」と持ち上げている。「民主党はどうなったの?内閣に藤井さんがいるでしょ」との声が出そうである。与謝野・柳沢VS藤井のバトルは必至である。
(ジャーナリスト)
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「大しゅうと」がいますよ与謝野さん

大野 博

 かつて名物官僚として鳴らし、参議院議員になった村上孝太郎さんがいた(1971・9・8没)。その村上さんの話―「僕は意志強固な人はその意志の強さで尊敬できる。しかし思考が成長しない点ではあまり尊敬できないのだ」と。なるほど人は意志の強さと思考の成長は両立しないものらしい。
 さて今度の菅内閣に与謝野薫さんが入閣した。野党としてさんざん民主党批判をしてきたのにである。しかし村上さん流にいえば「思考は成長した」ということか。それにしても何とも早い成長だが。!
 他方、官房副長官に藤井裕久元財務相が起用された。官房長官から副長官に「降格」の例は木村俊夫さんがいる。(1968年)。長官は保利茂さんだった。木村さんは佐藤はだったが「本当は佐藤さんが嫌いなのだ」と公言して佐藤派の良心といわれていた。降格は不本意ではなかった。
 そこで誰もが関心を持つのが与謝野・藤井の関係である。「うまくいくのか」と心配するのは「大じゅうと小じゅうとの関係」になりそうだからである。さらに間にいる肝心の菅首相が適切な判断を下すだろうかが不安なのである。
(ジャーナリスト)
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ライシャワーさんが笑っている

大野 博

 「日本の大学は4年間の壮大なムダ」といったのはライシャワーさんである。日本の大学にいる外国人教師(数年前までは『雇い外国人教師』といっていた)は日本の学生は世界で一番勉強しない」といっている。なんとも恥ずかしい話である。
 今の就活なるものはいったい何事なのか。大学3年でこんなことをするとは。1年生は入試の反動でボケッと過ぎてしまう。2年生でなんとか勉強したかと思うと3年ではもう就活という。では4年生で何をするのか。「内定」なるものをもらった者、もらわない者も勉強に身が入るわけがない。
 こんなことでは日本の大学、さらには学術はどうなるのか。その空洞化は必至である。「ノーベル賞」を18もとったではないか」との反論かもでそう。なかには佐藤栄作さんの平和賞という愛嬌もあるが。
 天才は広く強い裾野の上に育つものである。空洞化した大学では育つはずがない。大学4年間はみっちり勉強すべきである。入社試験など卒業寸前に行うべきである。
 企業とくに大手企業にいいたい。いま大手企業では新卒入社社員は入社後3年以内で3割退社するという。この事実をどう考えるか。
 かつて社員300名の中堅企業の経営者がいっていた。「いま求人なんだ、就職難だ―というのはナンセンスである。本当に実力があり、戦力になる者を採用しようとすると、常に求人難だ」と。就活に来る学生に「この会社に入りたければ4年間みっちり勉強してこい」と一喝して追い返す見識のある企業はないのだろうか。
(ジャーナリスト)
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財政史に名を残す蓮舫 さん

大野 博

 2011年度予算は年内編成を終えた。予算の年内編成、年度内成立の成否は政権の安定度を示すもの。菅内閣は一応成功と見てよいだろう。問題はその内容である。一般会計は合計92兆4116億円、10年度当初予算比で0.1%減である。どのメディアも「過去最大の規模」といっているが、予算の規模が前年度を上回るのは、ごく普通である。11年度予算は実質緊縮型と見てよいだろう。
 さらに内容で特長とすべきは「事業仕分け」として3000億円の既定費をカットしたことである。あるいはいう―「カット額は3.5兆円だった。それに及ばないではないか」と。
 日本の予算編成のシステムは「積み上げ方式」といい、前年度よりいくら増やすかである。既定費のカットなどは大臣、次官、局長がいくら大号令を出してもせいぜい100億円である。蓮舫 さんが主役となった「事業仕分け」だから3000億円もカットできたのである。2010・12・25のA紙の社説は「ムダ減らしだけで財政を立て直す路線は、とうに破綻している」という。こんな見解は役人を喜ばすだけである。どんな事業にしても役人にとってムダではない。「我々はいかに有益な仕事をしているか」という理論を構築することでは、役人は天才である。民主党幹部の「事業仕分けによる予算編成は限界」との発言(12・25朝日)でも役人は喜ぶだろう。そして政治家はなめられる。
 財政のジンクスというのがある。「緊縮予算を編成した財政家はその名を財政史に残す」という。緊縮財政はそれほど困難である。近代日本では2人しかいない。1885(明治10)年の松方正義である。西南戦争でだぶついた通貨を整理したためである。
 もう1人は池田勇人である。1949年度(昭和24)年度の均衡財政である。これで戦後のインフレは収束された。
  なんだかんだといわれながら、既定費3000億円をカットした蓮舫さんは評価されるべきである。
(ジャーナリスト)
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菅首相はオバマ大統領を見習うべき

大野 博

 2011年度税制改革が決まった。「いやはやなんとも小細工な改革ではないか」が斜眼氏の感想である。法人税を引き下げ。所得税、相続税は引き上げ―税制収支の帳尻合わせに躍起である。しかしこれではしょせんマッチポンプの景気浮揚策である。
 これまでの経験(というより体験)でいえることは「景気はよくなった。不況を抜け出したなぁ」とハダで感じるためには企業の設備投資が動くことが必要である。単なる財政支出だけでは景気はすぐ息切れしてしまうのも経験済みである。
 菅首相は米倉弘昌経団連会長に「企業は法人減税で設備投資の促進、雇用の増大を図ってほしい」と要請した。これに対し同会長は「企業の競争力は上がり、社員の給料も上がるだろう」といっている。
 この米倉発言の後半がポイントである。給料は上がる、しかし所得税は増えるでは消費に回らない。つまり設備投資増・個人消費増と接続せず景気浮揚も中途半端になる。12・15朝日新聞の社説では「法人減税、成長効果は」とある。斜眼氏の心配と同じである。
 ここでオバマ米大統領の路線をみよう。その骨子は「ブッシュ減税」の2年延長、時限的な給与税の引き下げを軸にした総額8580億ドル(約72兆円)の追加経済政策である。ブッシュ減税にはオバマ民主党は反対していたが容認したもの。
 オバマ大統領はいう―「お金を使う可能性の高い家計に、より多くのお金を渡し、企業の投資や成長を助成する。そうやって需要を刺激し、雇用を促進し、新年の米経済を強化していくと(12・16朝日による)。だれでも納得できる政策である。
 日本でも法人減税、所得減税をセットにすべきである。減税に伴い赤字はどうするか。「将来の経済成長による税の自然増でよい―との意見があるが、『捕らぬタヌキの皮算用』では心もとない」(12・16朝日社説)はもっともである。しかし斜眼氏は主張するー赤字国債を増設せよと―。天下の暴論!
 それは宮沢喜一さん(故人・首相を歴任)の話を思い出したからである。宮沢さんが米の有力財界人と懇談したときいわれたという。「日本政府の国債政策はおよそ近代国家にふさわしくない時代遅れである」と。モダンな国債政策をとれば「捕らぬタヌキ」も怖くない。例えば特別会計の積立金留保金200億円全額を既発国債のうち,もっとも不利な条件で発行している分を償還し、新規国債はもっとも有利な条件で発行すればよい。これで財政の健全性は十分維持できる。
 菅首相もぜひオバマ大統領を見習ってほしいものである。
(ジャーナリスト)
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これが秘密なのか

大野 博

 「ウイキリークス暴露」なるものが世界政治のトップクラスの間で大騒動を起こしている(以下ウイ情報)。しかし斜眼氏のみるところ「これが秘密なのか」である。「ロシアのプーチン首相はバットマン」。「イタリアのベルルスコーニ首相は軽率無能」といったたぐいである。こんなことが秘密情報といえるのか。
 秘密情報といえば、だれでもピンとくるのがゾルゲ情報である。独ソ戦のさなかゾルゲは「日本はソ連を攻撃しない」という極秘情報モスクワに送った。これでソ連は極東の兵力をカラにしてドイツとの戦争に振り向けた。そしてスターリングラード戦、ひいては大祖国戦争(ロシアの独ソ戦の公式用語)に勝利したものである。ウィ情報はこれに匹敵する高価値のものだろうか。低俗誌の暴露記事並みである。
 かつてクリントン大統領は村山富市首相と会談した。終わったとたん同大統領は「CIAはでたらめだ]といったという。会談前CIAから日本社会党と村山首相についての報告を受けていた。しかし実際に会うと社会党、村山首相の実像はCIA報告とはまるで違うことがわかったからである。
 もとよりウィ情報はCIAだけのものでない。米政府全体が関与している。それだけに米政府の情報収集レベルの低さに驚く。もっとレベルの高い情報を集めてほしいものである。
(ジャーナリスト)
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「新独裁者」は愚者か賢者か

大野 博

 こんどの大延坪島(以下大島)事件で金門・馬祖事件を思い出す向きは多い。1958・8・23,中国は金門・馬祖両島を砲撃した。当時、中国と国民政府(以下台湾)は鋭く対立し、冷戦の先頭役を果たしていた。北朝鮮と大島と同じように至近距離である。米は直ちに第7艦隊を両島の近くに展開した。中国への圧力である。
 「これに対しソ連のフルシチョフ首相は米の中国への攻撃はソ連への攻撃と見なす」との勧告をアイゼンハワー米大統領に送った(1958・9・7)。
 こんどの場合も米は原子力空母ジョージ・ワシントンを黄海に展開した。
 金門・馬祖両島住民は砲撃に対し、地下に街を築き、持久態勢をとり粘り強さを示した。示した。中国も〈休日祭日は砲撃を休む〉といい大陸的おおらかさを示したものである。
 今の大舞台の主役は中国である。同国がどう出るか全世界が注目している。
 1994・7・8、金日成が没し、その後継者に金正日が就任した。このとき世界の関心は「正日は愚かものか賢者か」であった。その後を見ると、少なくとも愚か者ではない。しかし人民の苦境を深化させているから賢者ではないというのが一致した評価である。たまたま北朝鮮は金正日から息子の金正恩に代わるようである。さて新独裁者は賢者か愚者か、どちらなのだろうか。
(ジャーナリスト)
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政務三役、小沢一郎氏の魔の遺産

大野 博

 菅内閣の目玉たる事業仕分けは一段落した。だが最終の11・5になってがぜん抵抗勢力が現れた。それも前面に出てである。政務三役なるものである。彼らは「廃止」と判定された事業に露骨に必要論をぶっていた。「越権行為だ」などと叫ぶありさま。彼らの背後には官僚群がいるのははっきりしている。つまり官僚に取り込まれたのである。
 そもそも政務三役とはなにか。各省には大臣、副大臣(以前には政務次官といった)、が特別職としている。なのになぜなぜ大臣政務官というポストが必要なのか。さらに認証官(天皇が直接『がんばってほしい』と声を掛けるポスト)だから大したものである。
 実はこのポスト小沢一郎幹事長(当時)が創設したものである。各省に国会議員100名を送り込む。政策立案を官僚からとうに移すため」がその名分であった。
 しかしこの考えは公務員制度、三権分立を根底から否定するものである。どこの国でも公務員は大別して特別職、一般職に分かれる。問題は特別職の範囲の取り方である。大統領制の国ではできるだけ広くとり、議院内閣制では逆に狭くとるのが基本である。日本は後者だから狭くすべきである。政務三役などまったく不要である。
 ましてや国会議員100名を送り込むなどは立法府と行政府を渾然とさせるものであり、三権分立の原理に反する。
 これから予算編成の舞台は財務省に移る。事業仕分けにされたことに官僚群は政務三役を立てて反撃に出るだろう。小沢一郎さんの罪!は大きい。
(ジャーナリスト)
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相続税を全廃せよ

大野 博

 報道によると政府税調は相続税を増徴する方針だという。これは世界の大勢に逆行し、かつ相続税の機能喪失の現状を無視するものである。さらに日本はレッキとした資本主義国の証(あかし)のために廃止すべきである。
 「日本は世界で唯一社会主義に成功した国である」といった人がある。だれだろう。ソ連のゴルバチョフ大統領(当時)である。苦笑する向きも多いだろう。しかしほめられて(!)怒ることもない。同大統領は日本が貧富の差が少ないことを指している。当の日本でも宮沢喜一さん(故人・首相を歴任)も「日本は所得の再配分がうまく行っている国ですと」といっていた。
 ところが資本主義と社会主義の違いはどこか。私有財産制度を認めるか否かである。この見地から相続税を見よう。
 相続税はは相続財産が三代でゼロになるといわれたこともある。「日本は資本主義国です」というからには相続税は全廃が妥当である。かつて松下幸之助さんが亡くなったとき、自民党の政調会長は「松下さんの遺産相続税を財源にして所得減税をする」と大まじめにいっている。それなりに相続税の理念を表している。
 しかし―である。相続税収が3.8兆円(これもピークという)もあればそういえる。現在は1.2兆円である。ピーク時のGDPと現在のそれを比較すると、いまは比較にならないほどGDP比は低下している。つまり富の再配分機能は低下している。相続税の存在理念はない。
 これに対する財政当局の言い分は、大蔵省―財務省と一貫している―相続税の負担は100世帯のうち7世帯だったがいまは4世帯である」と。
  この言い分には盲点がある。今や封建時代ではない。政治がまともに機能すれば、だれでも資産形成ができる。「そんなことは夢か幻想だ」との声が聞こえる。しかし「わが党は国民に夢も希望も与えません」という政党があるだろうか。
 報道によると財務省は相続税増徴の見返りに生前贈与のワクをひろげるという。悪い話ではないとしても、税制が複雑になる。租税簡素化の原則に反する。この際思い切って相続税は廃止に踏み切るべきである
(ジャーナリスト)
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敗因 国防費削減の不十分さ

大野 博

 米の中間選挙は課員で共和党が多数を占めて、上院はなんとか民主党が辛勝した。この原因としてメディアはつとにオバマ政権の経済政策の失敗としている。そのとおりである。しかしさらにその根源といえば国防費の削減を指摘するメディアが見当たらないのはどうしたことか。
 米の連邦予算は1兆3000億ドル、うち国防費は6000億ドルで実に46%である。どこの国でも国防費が国の予算の40%以上を占めていては、経済が順調に動くはずがない。経済成長に王道はない。手品奇術も効かない。オーソドックスな路線を取るほかない。オバマ政権は5年間に1000億ドル、年に200億ドル削減する方針である。しかしこれでは不十分である。年に1000億ドル削減するドラスチックな政策が必要ではないか。
 ヘルスケア(公的健康保険制度)も争点になった。これには4000億ドルの資金がいる。共和党は「政府のムダ使い」「子孫を債務ドレイにする」などといい、有権者の共感を得たようである。
 しかしこの主張には盲点がある。ヘルスケアがないと、国民は盲腸手術だけでも何万ドルもかかる。借金をせざるを得ない。その家族は債務ドレイになるというもの。こんな政策を有権者が支持するはずがない。実際「社会保障政策は憲法違反だ」といった候補は落選している。
 2年後の大統領選挙を占うオバマ政権がどこまで国防費を削減できるか。共和党下院がどこまで社会保障政策に取り組めるかにかかっている、といえよう。
(ジャーナリスト)
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特別会計 攻め方に工夫を

大野 博

 菅内閣の目玉である「事業仕分け」はなんとか軌道に乗った形である。しかし斜眼氏の見るところ「攻め方に一工夫ほしいなぁ」である。
 そもそも仕分けの対象たる特別会計(特会)はなぜ生まれるのか。実は本当の特会でなければならない―というのは少ない。たいがいは一般会計の伸びを低く抑えるために、特会に移す例が多い。役人の側では特会の新設は手柄になるというもの。特会整理は常に叫ばれているが、役人も防衛に必死である。小泉内閣のとき33あった特会は現在18に減っている。しかし多くの特会は「何々勘定」に分かれていて、その数は51もある。焼け太り現象である。
 事業仕分けの追求も根本的には「真に特会でなければいけないのか。一般会計に移すべきだ」と主張すべきである。
 かつてある省の事務次官は「官僚の必要な政策費は一般会計から分捕るのが本来の使命である」といっていた。ただしこの省自体は巨額の特別会計を持ち、ここから多方面の政策費を支出しているがー。
 財政再建が叫ばれて久しい。これには収支の改善が必要なのは自明である。しかし同時に財政の姿勢を正すのも財政再建の根幹である。19世紀フランスの財政紊乱の原因は特会の濫造によることはよく知られている。
 財政資金統合運用の原則という言葉がある。これは国の歳入歳出は一般会計に一元化せよ。特会や何々基金をつくるな―ということである。事業仕分けもこの大原則に立って行うべきである。
(ジャーナリスト)
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亀井ケイシはケイシできない

大野 博

 補正予算は10・7に決定し、その規模は5.05兆円という。
 この編成過程ではしなくも見せたのは「いまの政局―亀井ケイシ(兄姉)はケイシできないなぁ」ということであった。
 補正予算の規模は10・6まで4.5兆円と政府与党は考えていた。自民党はこれに不満で4.8兆円が最低だと主張した。
ところが10・7になって国民新党の亀井代表と実妹の同党政調会長の亀井亜紀子参議院議員が乗り出し「補正規模は不十分」と強調した。
  国民新党はレッキとした与党だから、予算編成に介入するのはもっともである。
 それにしても介入したとたんに0.55兆円増えることは驚きである。少数とはイエ国民新党の意向は軽視できないということ。亀井政調会長は国会対策委員長も兼任する。この面でも辣腕をふるいそうである。
[註]かつての政治家のなかには「諸君」の代わりに「諸兄姉」と呼びかける習わしがあった。
(ジャーナリスト)
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ヨソの国より自分の国

大野 博

北朝鮮のポスト金正日総書記は3男のジョンウン氏に決まったという。なんともふしぎなことに、この人の漢字の表記がどの紙面にも見当たらない(9・29現在)。扱いも特段に大きい。そこで斜眼氏が思うのは「ヨソの国のことより自分の国はどうなのですかねぇ」ということである。ほかでもない。愛子親王が天皇になるかならないかである。
 北朝鮮はレッキとした共産主義国である。しかしその元首は祖父父孫と3代続いて一族である。世襲制になったということでもないらしい。
 さて、わが日本は天皇世襲制である。しかし明治以来3代で明治憲法による天皇制は崩壊した。世間には3代で没落する一族は多い。明治天皇制もこの例だった。
 いまの天皇から3代目は愛子内親王になる―と思ったら皇室典範には「皇位は、皇統に属する男系の男子がこれを継承する」(第1条)とあった。「愛子天皇ノー」ということか。
 この条項は時代錯誤だ、憲法違反だ―との声は以前からある。麻生、安倍、福田3内閣で論議された。一時は「男女にかかわらず長子が天皇との結論が出た。しかしこれも具体化には至らずお蔵入りである。
 女性天皇待望論に「女王の時代は繁栄する。これは世界史のジンクスである。21世紀の日本もこのジンクスにあやかろう」というのと、「男子天皇をつづけ、伝統をまもれ」との両論がある。現行の皇室典範のままで済まされない状況である。ヨソの国のことより、自分の国のこの問題に決着をつけてほしいものである。
(ジャーナリスト)
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大役者不在の漁船問題

大野 博

 中国漁船問題は船長不起訴で決着がついた。いつの時代どこの国でも、領土問題はカッカするもの。いまの日中双方もその例にもれない。それにしても斜眼氏が思うのは「なんとも大役者がいないなぁ」である。
 中国の反応はすさまじい。温家宝首相自ら「日本に謝罪と賠償を要求する」といっている。これに沿った大衆デモが行われている。「その気持ちはよく分かる」というもの。
 だがここで注目すべきは、テレビで放映された一北京市民のことば―「中国は国際協調を必要としている。強圧国と思われるのはよくない」と。これをヤラセとは考えにくい。多数の市民の考えと見てよいだろう。
 他方、日本はどうか。テレビに出てくる論客の勇ましいこと。かの田野神某まで出ている。久しぶりに見るショービニズム(排外的愛国心)ショーである。
 新聞はどうか。9・25付け某紙の社説「圧力を掛ければ日本は折れるという印象を中国側に与えた可能性がある」と。「何をいまさら」が斜眼氏の感想である。世界各国の外交官が仲間内でひそかに言い合っている話に日本外交三原則があるという。第1どんな会合でも必ず出席する。第2しかし絶対に発言しない。第3結局米がイエスといえば日本もイエスという。ノーと言えば日本もノーという―これである。日本外交の自主性のないのは、いまに始まったことではない。
 今度のことで米が大いにサービスをしてくれた。クリントン国務長官は「尖閣は日米安保の対象」といい、クローリー同次官補は船長釈放に「適切な決定。緊張が緩和され、この地域の国々が、元の状態に戻ることを望んでいる」といっている(9・25朝日)。
 対する温家宝首相もゲイツ国防長官の訪中を要請するなどの気配りを見せている。
 ここで想起されるのは、1978年8月、福田内閣当時の日中平和友好条約交渉のことである。尖閣が問題になった。しかしケ小平首相が「この問題はいまの世代では解決しない。次の世代に任せよう」といった。実に見事な大岡裁きである。
 いま日中双方に不幸なのはケ小平さんのような大役者がいないことでないか。
(ジャーナリスト)
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漁船事件と大津事件

大野 博

 1891・5・11(明治24年)、滋賀県大津で巡査津田三蔵が来日中のロシア皇太子(のちのニコライ2世)を傷つける事件が起きた。大津事件である。松方正義首相ら政府首脳は不敬罪を適用し、死刑にするよう強く要請した。しかし児島惟謙(いけん)大審院院長は、政府の圧力を跳ね返して謀殺未遂罪を適用し、無期懲役刑を判決した。(1891・5・27)。当時の世論(この「世」は世界の意味もある)は当時のロシアも含めて、日本の司法の権威を賞賛した。
 9・7,尖閣諸島付近で海上保安庁は中国漁船を公務執行妨害で逮捕した。9・19、裁判所は10日間の交流を認めた。この期間に検察庁は起訴するかしないかを決めることになる。
 存外知られていないが、一国の裁判の法理は、その国が外国から尊敬されるかされないかの判断になる。1960・6・17最高裁は砂川事件(都下砂川町の基地反対闘争)判決で「日本国憲法は自衛権を否定していない」と述べた。米国国務省はよほどこの判決に感動!したらしい。わざわざ賞賛の声明を出している。ついでながらこの判決では「町長は知事の命令に従うべきだ―との一審判決は誤り」としている。
 1910・1・18,大審院は大逆事件の判決を出した。24名に死刑(うち12名は無期に減刑)を宣告した。このときパリ、ロンドン、ニューヨークでは日本公使館(いまなら大使館)に抗議している。悪質な権力犯罪として司法史上の汚点として記憶されている。
 こんどの漁船事件―世界が注目していますぞ。
(ジャーナリスト)
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問われる菅首相の器のほど

大野 博

 菅首相は9・17内閣改造した。18閣僚のうち11名が新入閣である。なかには在任3ヶ月で更迭された者もいる。新閣僚のなかには自民党の総務会長という中枢のポストにいながら他党に走った者もいる。64・10・25池田勇人首相(当時)は病気のため辞任した(65・8・13死去)。 後任をめぐり佐藤栄作、河野一郎、藤山愛一郎の3氏が争った。川島正次郎党副総裁、三木武夫同幹事長の斡旋で結局佐藤氏にまとまった。
 64・11・9に佐藤氏が首班に指名され、直ちに組閣に入った。「人事の佐藤」といわれていただけに、だれもが大幅な改造を予想した。
 しかし―である。なんと全員留任!ご丁寧に鈴木善幸官房長官にまで留任を要請したが辞退された。「さすがは『人事の佐藤』だ。代えないのも人事のうちだ」と橋本富三郎建設省(当時)ははしゃいでいた。
 今度の菅内閣の改造は民主党の代表選の結果を受けたもの。つまり民主党内のことである。佐藤首相の組閣も池田辞任の後の自民党内部の事情によるもの。まったく同じケースである。なのに佐藤首相は全員留任、菅首相は大幅改造―どちらが首相の器にふさわしいだろうか。
(ジャーナリスト)
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小沢一郎氏完全復権果たす

大野 博

 民社党代表選は菅721:小沢491(ポイントベース)であった。むしろ国会議員数は菅206,小沢200票、差6の数字が大きな意味を持っている。それは小沢氏の復権が実現したことである。
 統計用語にウエイトというのがある。重要度といわれる。代表選のポイントがそれである。それは国会議員1人2ポイント、地方議員全体で100ポイント、党員サポーター同300である。地方議員、サポーを無視すべきではないが、国会議員のウエイトが大きいのが分かる。
 政治は代議制である。直接の政治は国会議員が行う。民主党200が非(反ではない)菅の意味は大きい。首相は小沢氏の地方地方一括交付税、普天間、無利子国債の発行論など無視できるだろうか。
 小沢氏はどう動く。表の舞台に出て中枢の役に就くか。舞台裏で威力を示すかである。
(ジャーナリスト)
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国家の重み 政党の重み

大野 博

 民主党代表選は大詰めである。菅・小沢双方の主張の中に「3箇月で首相が替わるのは、世界に信用を失う」というのがある。一理あるが他面の理もある。
 1945年7月5日第2次大戦の最中、英国では総選挙が行われた。大方の予想に反して労働党が多数の議席を得た。世界は驚嘆した。そして「さすが英国の有権者だ」と絶賛した。誰しも戦争の英雄・チャーチルの保守党が勝つと思った。英国民は戦後の復興は保守党より、労働党の政策が好ましいと考えたからである。なにより戦時中にもかかわらず堂々と総選挙を実行した英国に「国家の重み」を感じたものである。
 さて、われ日本ではどうだったか。やたらに戦時特例法を施行した。典型的なのは教育特例法である。これで高校・専門学校(旧制)の卒業を1年早めた。刑事特例法では控訴審が停止された。1審の次は上告審である。発芽的に存在していた陪審制(いまの裁判員制)も停止された。いかに国家が軽かったことか。
 いま民主党の代表選は党規に従って堂々と行われている。談合やクーデタ的なものが入る余地はない。菅・小沢どちらが勝っても批判されるべきでない。有権者の意志として率直に受け入れるべきである。
 民主党は「寄り合い世帯」とも「利口なネズミの集まり」ともいわれてきた。しかし「わずか在任3ヵ月」という批判にかかわらず、政権党として代表選を行ったことに「政党の重み」を感じる向きは多いだろう。


千代田城に入れば貫禄がつく

大野 博

 民主党代表選はたけなわである。メディアによると「首相にふさわしい人」は菅さん、小沢さんでは7:3で菅さんと答えるらしい。しかしこの速断は禁物である。前例がある。中曽根康弘さんである。
 1982年11月中曽根さんは首相になった。以後87年10月に退場するまで5年その地位にあった。三角大福中の最後であり、かつ最長であった。
 中曽根さんは金丸信さんを副総裁に起用した。その金丸さんは言った―「私は中曽根さんが好きでなかった」と。それはそうだろう。誰がみても中曽根・金丸ではウマが合いそうもないからである。
 つづけていう―「人はだれでも千代田城に入れば貫禄がつく。いまの中曽根さんがそれだ」と。この言葉は単なるお世辞ではない。政界だれもが持った感想である。
 菅さん、小沢さん、どちらが千代田城に入っても、それ相当に貫禄がつくものである。
 もっとも菅さんはすでに千代田城の人だが、なんとも落ち着かないのは、代表選の洗礼を受けていないからではないか。これを乗り越えれば、新の千代田城主になるわけである。


政界久々の義理人情論

大野 博

 民主党の代表選、菅・小沢争いが熾烈である。その一つとして鳩山前首相は「私を首相にさせていただいたのは小沢さん。だから小沢さんを支持する」といったという(8.29 朝日)。
 斜眼氏はこれを聞いて「政界で聞く何十年ぶりの義理人情だなぁ」と思った。
 いまの政界、義理人情は完全に死語である。「選挙応援に行っても、お礼のあいさつなど全然しない」と小坂善太郎さん(故人・外相など歴任した自民党長老)はよくいっていた。
 地方政界も同じである。山口県の旧1区では同じ自民党で田中竜夫、安倍晋太郎のご両人がいた。田中さんは衆議院議長、安倍さんは首相のイスに近かった。どちらが早くそのイスに就くかが、関心の的だった。
 問題はご両人の系列(昔流に言うと子分)の県議、市議である。「田中議長早し」と見るや、安倍系列は「お世話になりました」と安倍氏に電話し、その場で田中氏に「お世話になります」と電話したという。「安部首相早し」と見た田中系列も同様であった。そこには義理人情などさらさらなく、ただ損得計算である。
 鳩山前首相はほんの10日前まで「菅さんを支持する」といってきた。それが「首相にさせてもらったお礼に」といって小沢さん支持に変わった。さすが党人―義理人情を復活させたのか、さすが東大出身―頭がよいというべきか。


小沢さん、フットライト大丈夫!

大野 博

 もうその人の名を知る人は少ない。保利茂さんである。1979年3月4日に没した。同年1月30日まで衆議院議長だった。
 保利さんは寡黙で政治記者にもほとんど会おうとしなかった。佐藤内閣の官房長官だったとき、某記者が緊急取材で夜回りをした。記者に会おうともせず、回答は紙に走り書きしたほど。しかしその性格が逆に政界に脅威を与え、保利さんの存在感を重くした。
 その保利さんにケチがついた。某月某日北京に行った。保利さんは自分で旅行嫌いといっていたのにである。北京ではなんと周恩来首相と握手したのである。
 その反応は早かった。中曽根派の大幹部・桜内義雄さん(衆議院議長)は「保利さんがあんなに物わかりがよい人とは思わなかった」と、さらにそうすると保利系といわれる人は」と続け「金丸信、坪川信三、塚原俊郎(さらに2名をあげて)ここの5人ですよね」と、そしてオチは「これでは派閥といえませんよ」。
 これを聞いた斜眼氏は「これで保利さんの威力はなくなった。誰も保利さんを怖がらない」と思ったものである。
 このとき保利さんが周首相とケンカ別れしていたらどうなっただろう。「さすが保利さんは怖い」との評価になり、政界でますます重きをなしただろう。
 こんな話を思い出したのは他でもない。民主党代表選に小沢一郎さんが出馬したからである。小沢さん、保利さんはそっくりである。保利さんと懇意だった記者はいっていた。「保利さんは舞台裏にいてこそ威力を出す人、フットライトを浴びたらダメになる」と。この言葉、小沢さんにピタリではないか。
(ジャーナリスト)



社会保障は効率だけでよいか

大野 博

 もう何年前になるか。れっきとした日本共産党衆議院議員Tさんと話し合っていた。話題が生活保障制度に及んだ。「生活保護費の交付は郵便振込だ。これはけしからん。民生委員某が直接被保護者に手渡すべきだ。
 その際『おやっさん生きていたか、良かったな。これがこんどの生活保護費だ。一杯飲んでくれ』―と話しかけたら、しんぶん赤旗には『民生委員は生活保護者にはやく死ねといった』と書かれますかなぁ」と言ったら「そんなことはありません。私も同じ考えですよ」と、2人は大笑いしたものである。
 ここ数日、新聞は100歳以上の男女の生死不明なことを報道している。中には遺族年金!を受けていものもいるという。
 こんなことがなぜ起きるのか。理由は明白―社会保障をできるだけ効率化しようとするからである。社会保障は社会連帯でもある。絶対に単なる行政連絡であってはならない。住民同士が血を通わせることが必要なのだ。
 「生活保護者や高齢者に直接会いたいといっても、断られたら終わり。無理に会うことは法律的に出来ない」そうである。ならば、法律を改正してはどうだろうか。これは個人介入とは次元の違うことである。
(ジャーナリスト)



身に染みた野党の辛さ

大野 博

 社民党の辻元清美議員が離党した。「さては野党の辛さに耐えられなくなったなぁ」というのが斜眼氏の感想である。
 周知のように辻本議員は3党(民主・社民。国民新)連立政権で国土交通省の副大臣であった。このポストは最高にうまみのあるポスト。黙っていても政治資金は入る。
 だが社民は普天間基地移設問題で連立を離れた。このとき辻元議員は連立離脱、残留のどちらを主張したかは明確でない。しかし離脱辞職をして今度の離党の道を選んだ。政治資金も絶たれた。
 辻元議員のこれからの予想コースは2つある。国民新党に入って政権党に戻るか、無所属で冷や飯を覚悟するかである。どちらにしても政界孤児になるのは必至である。先に自民党を離党した鳩山邦夫議員とともに政界孤児になるのは必至、とんだ孤児コンビが生まれたものである。
(ジャーナリスト)



ゲリラ政党の敵失勝利

大野 博

 2010年参院選はいささか番狂わせであった。その主役は「みんなの党」である。言うならばゲリラ政党が敵のエラーで得点したようなものである。
 1976年6月新自由クラブなる政党が発足した。河野洋平、山口敏夫、西岡武夫氏らが中心である。83年12月に田川誠一氏が中曽根内閣に入閣し、連立内閣を作ったのが絶頂期である。その後は急速に没落し、結局86年8月には解消し、自民党に復帰した。大将格の河野洋平氏はそれから官房長官、さらに衆院議長へと栄進した。
 みんなの党を新自由クラブと比較するのは失礼ではある。しかし今度の勝因はどうみても「敵のエラーがわが得点」というスポーツの鉄則がピタリである。
 みんなの党は日米安保条約堅持、普天間問題はは自公合意OK,消費税は引き上げ原則容認である。
 ところがこの奇跡!が起きた。菅首相が「消費税は10%引き上げる。そのため各党と相談したい」と言い出した。他党は一斉に反発した。そして民主党攻撃をここに集中した。その最大の利益を受けたのがみんなの党である。
 斜眼氏が思案するのはみんなの党の党首・渡辺君喜美氏の戦略がどこにあるかである。父の美智雄氏は大蔵・通産・厚生・外務(いずれも当時)の閣僚、自民党政調会長を務めた。この間、終始父の秘書を務め、政治や政党の表も裏も知り尽くしているはずである。
 父は中曽根派に属していた。派内にいながら「温知会」という派中派を持っていた。1978年12月、大平正芳氏が首相になったとき「もう『中曽根首相』の目はないと判断し、中曽根派から離脱した。
 しかし大平首相の病没と鈴木善幸首相の退陣の後、1982年12月、中曽根氏が首相になると、ついに「渡辺首相」の夢は消えた。温知会も解散し、中曽根派に合流した。
 このような波乱の父の軌跡をみている子息・喜美のこと、みんなの党をどう動かしていくのだろうか。


陳情請願の窓口を狭めるな

大野 博

 参院選もいよいよ終盤に入った。なんとも奇妙なことに1政党以外の党は「議員定数を減らせ」と主張している。これは憲法16条で保証された有権者の陳情請願の権利行使を狭めるものである。財政難の折り「増やせ」と言うこともないが「減らせ」というのは奇妙である。
 議員定数の妥当性は他国との比較で見るしかない。日本の場合は米英との比較が無難だろう。英の下院議員は650名(上院議員は無給)、米の上院は100名(下院議員は日本でいえば県会議員並み)、日本の衆院は480名、参院は252名であり、特段に多いと言うこともない。
 国会議員の職務は多様だが、有権者の陳情請願を受けるのも重要な職務である。かつて自民党に読売新聞記者出身で藤尾正行という議員がいた。名だたるタカ派である。選挙区は栃木。ある有権者が「私は非自民なので藤尾さんには陳情がしにくい」といっていた。これを伝え聞いた藤尾さんは「私は選ばれた以上全有権者の代表である。非自民だからとて遠慮することはない。どんどん陳情を持ってきて欲しい」といっていた。
 米の上院議員は一人1年に1万八千件の陳情を受けるという。日本にはこれに見合う数字はないが相当数だろう。議員定数の削減は有権者の陳情請願の窓口を狭めるものである。政党も有権者もそんな主張をするのははいかがなものだうか。


自殺行為!民主党の消費税10%論

大野 博

 6月17日、民主党は参院選に臨む政策を発表した。この中で消費税を現行の5%から10%に引き上げると、はっきり書いてあるのに、斜眼氏はギョッとした。さらに「菅首相の命取りにならなければよいが」と余計な!気をもんだしだいである。
 19791年10月7日を投票日とする総選挙が行われた。大平正芳内閣である。争点は一般消費税の是非であった。野党が反対したのは当然としても、自民党内でも強い反対があった。大阪で首相と同じ選挙カーに乗った原田憲氏(郵政相を歴任)は「統制時代を忘れるな」と絶叫した。統制経済のときの大阪のどんな小企業でも警察の介入を受けたという。「一般消費税もそうなる」というわけ。
 横浜でも大平首相と相乗りした佐藤一郎氏(基大蔵事務次官、経済企画庁長官を歴任)も反対をぶった。首相が「きみまで反対しなくてもよいだろう」といったが、佐藤氏は「自分だけが賛成するわけにはいかない」といっていた。
 さて、投票の結果は自民党の過半数割れの惨敗。当然大平退陣論が起きた。続いて40日抗争、首班指名に同じ自民から福田赳夫、大平正芳の2人が立つという異常さ。大平続投となったものの、野党提出の内閣不信任案に、福田、三木両派が欠席したため成立した。大平首相は衆院解散を断行し、初の衆参院同時選挙となった。そしてその着地点は1980年6月12日の大平首相没となった。
 民主党内でも「参院選挙前に消費税引き上げでは戦えないととの声もある。もっともである。
 それにしても一般消費税・大平内閣・総選挙とはよく似た場面ではないか。縁起でもないことをいってもうしわけないが、菅首相が大平首相と同じにならないよう、祈りたいものである。


消費税は総論賛成・各論反対

大野 博

 7月11日に参院選が行われる。焦点は消費税率の引き上げである。各メディアの世論調査によると「年金医療費の増加をまかなうためには、引き上げやむを得ない」が50%を超えているようである。共産党以外の各政党は引き上げの賛否をはっきりさせていない。選挙前だからか。
 ここで注意を要するのは、設問は枕詞的に「社会保障費の財源のため―」といっている。こういわれれば「反対です」とはいいにくいものである。
 消費税は間接税といわれる。「間接税とは、人が気がつかないうちにかすめ取る税」といわれる。いま消費税はどうか。財貨・サービスを買えば、その場で税金を取られる。完全な直接税である。
 1989年4月1日、竹下内閣は税率3%で消費税を実施した。この日一少年は100円玉でキャラメルを買おうとした。しかし店主から「きょうから103円です」といわれた。あいにく3円余分に持っていなかった少年は、やむなく引き返した。当時「消費税悲話」といわれた。だれでもモノを買うとき、この気持ちになるというもの。「社会保障費のため」といってもいざ自分の財布に響くならばすんなり「賛成」と言うだろうか。
 世論は消費税賛成といっても、各論では反対である。政党も安易に引き上げると言うべきでない。


最大幸福と最小不幸

大野 博

 菅首相は就任早々の記者会見で「最小不幸の社会を作る」いった。この言葉どこかで聞いたことがあるなぁ―と思っていたら、思い出したのはベンサム*のいった「最大多数の最大幸福」である。ベンサムは「全員多数の全員幸福」と言っていないのに注意!菅発言はベンサムのアンチテーゼということか。
 いやそうではない。菅・ベンサムは同じことをいっていると見るのは妥当ではないか。
 労相を歴任して故人となった自民党のある政治家が、かつて「政治とはすべてのものをよくしようとすると、結果としてすべてを悪くするものだ」といったが、「なるほど」と思い当たる向きも多いだろう。
 菅発言、ベンサム理論、自民政治家の言葉―この三者は見事に一線に並ぶ。ただし注文がある。それはたとえ最小とはいえども不幸の存在を自明のことと考えないでほしいものである。
ベンサム=ジェレミー・ベンサム(1748−1832)、英の思想家、功利主義
 の代表者

(ジャーナリスト)

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二兎を追う愚をおかす

大野 博

 鳩山首相はとうとう退陣した。小沢一郎幹事長もである。この教訓は二つある。「人は人生に二兎を追うべきでない」「舞台裏にいてこそ威力を発揮する人は、表舞台に出るべきでない」の二つである。
 鳩山さんは東大工学部、米のスタンフォード大学で電気工学を専攻した。生涯この道に進んでいれば、ノーベル賞も受けただろう。彼の父は大蔵省官僚から政治家の道に入った。しかし叔父は鳩山道夫さんと言い通産省の電気研究所長を務め、退官後はソニーの研究所長になった人。日本の半導体技術の草分けである。由起夫さんも父でなく、叔父の道を歩いていれば、斯界で大きな功績をあげたことだろう。
 それが間違って政治家の道に入ったわけだが、それにしては政治、経済の基本はまったく理解していなかった。外交もである。まさに砂上の楼閣政権であった。
 小沢一郎さんはどうか。保利茂さん(故人・衆議院議長を歴任)と同じタイプである。保利さんは寡黙で誰とも会おうとしなかった。常に舞台裏にいた。それでいて「保利さんは恐い」の印象を多くの人が受けた。
 その保利さんが「恐くないぞ」との感じを持たれるようになったのは何故か。中国を訪問し、周恩来首相と握手したからである。「保利さんがあんなに、物わかりがよい人とは思わなかった」とは当時の某派閥ボスの話である。ここで保利さんが周恩来首相とケンカしていたなら「やはり保利さんは恐い」と思われただろう。ただが保利さんの党内威力は急速に衰えた。周・保利会談という表舞台に立ったからである。
 小沢一郎さんにそっくり当てはまることである。一部に幹事長を辞任したから影響力はなくなるとの見方もある。しかしそれは逆である。表舞台から裏舞台に移る小沢さんはますます威力を発揮するだろう。
(ジャーナリスト)




鳩山退陣で地殻変動

大野 博

 鳩山退陣で調子狂ったのは自民党である。「相手のエラーはわが得点」はスポーツの公理。「敵は虚にあり。乗じて打つべし」(「孫子の兵法」)は政治戦術の公理である。7月の参院選で同党はひたすら鳩山小沢をたたく方針だった。民主党が態勢を立て直すとなると、戦術も変えねばならぬというもの。さてどうするのか。
 みんなの党も同じである。同党の政策は日米安保容認、消費税引き上げ、普天間問題は自民公明の決定案通り―何のことはない自民党と同じである。ただ民主党のモタモタの反作用として、いささかの存在感があったというわけ。鳩山・小沢退陣の新場面にどう対処するか。
 個人でいえば鳩山邦夫さんである。自民党を離党した。「兄を助けるため」とだれもが思った。だがその様子はない。それはそうである。「民主党はバカ丸出しの党」といっていたからである。鳩山邦夫さんは自民・民主両党を腹背に敵を持った形となった。一国の首相との兄弟対決という存在感も薄れた。はやくも「彼は政界孤児だ」の声が出ている。


時の氏神! 北の雷撃

大野 博

 韓国政府の発表によると、3月26日同国の哨戒艦は、北朝鮮艦艇の魚雷攻撃を受け沈没した。当の韓国あるいは米が緊張するのはもっともである。だが日本政府は至って鈍感であった―というのが総じて日本のメディアの見解である。しかし斜眼氏の見方は違う。「鳩山首相にとっては『時の氏神』だったなぁ」というのが率直な感想である。
 普天間問題で鳩山首相の言明はくるくる変わっている。傑作だったのは「沖縄の米海兵隊が戦争の抑止力になっていることを初めて分かった」である。とくに雷撃事件からは「北の脅威に日米韓の緊密な協力が必要」と声高に言うのが目立つ。この事件は首相にとってはまさに時の氏神である。
 1975年秋、自民党には三木おろしが盛大に吹いていた 党内最小派閥たる三木首相はさんざんいじめられていた。首相も衆院解散のハラを固めたようである。
 だがこの年の11月、「サミットを開こう」との声が出た。第一回のサミットで、場所はメキシコのランブイエであった。以来毎年行われているのは周知のとおり。
 このサミット風が三木おろし風を吹き飛ばした。時の氏神の典型である。政界一寸先はヤミか光である。


国の防衛をダシにするな

大野 博

 鳩山首相は「国の防衛は国民全体に関わること。それゆえ米軍飛行機の訓練を各地で分散負担してほしい」という(というより『いうに至った』というのが至当)。
 1945年2月、近衛文麿氏は近衛上奏文を天皇に提出した。その要旨は「もはや敗戦は必至(略)共産革命が起きそう(略)しかしまだ連合国は天皇制廃止を考えていない」―それゆえ戦争を終わらせるべきだというもの。これを読んだ天皇は「もう一度戦果をあげてからでないと難しかろう」といった。
 この話は天皇の暗君愚帝ぶりを示すものとしてよく知られている。このとき戦争をやめていれば沖縄戦、東京大空襲、原爆投下、ソ連参戦もなかった。そうでなくとも国土は焼野原にされ、国民は家を焼かれ、食べるものもない塗炭の苦しみにあえいでいた。
だが天皇は戦争をやめようとしなかったのはなぜか。それは彼の頭には天皇制の維持と、皇室のご安泰しかなかったからである。
 しかしとうとうどうにもならない事態になった。そのとき天皇が持ち出した論理は何だったか―「国民の支持がなければ天皇制は存続しない」である。国民の支持をダシにしたものである。ある者はこれを「天皇が国民のことを思ってのこと」と喧伝しているが、ピント外れもいいところである。
 鳩山首相に言われることはない。国民は防衛は国民全体のことだと十分理解している。 首相が普天間基地移転問題を打開するためのダシに防衛を持ち出したのは卑劣である。
(ジャーナリスト)

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普天間 見えだした「奥の手」

大野 博

 普天間問題は二転三転しているが、ここにきて二つの妖怪が現れた。そのひとつは日本政府のお家芸である「金権でケリをつける」というもの。要注意である。
 鳩山首相はこの数日しきりに「負担の分散」「地域振興策」を強調している。前者は海兵隊の飛行訓練を九州各地の空海自基地で分散して行ってもらうこと。後者は徳之島に地域振興の名分でたっぷり補助金を出そうというもの。
 平野官房長官は先週徳之島に行き、土地の誘致賛成者と懇談した。その席で地域振興策なるものを強調している。このソコは割れている。同長官が町長、市長を差し置いて賛成者と会うのはアンフェアな交渉である。
 しかしこの手こそ日本政府(とりわけ旧自民政権)のお家芸なのである。原子力発電所の誘致、岩国基地の沖合移転など、結局カネで解決している。金権行政である。沖縄、徳之島の県民、島民が総反発しているのも当然である。鳩山・平野両政府首脳は、交渉のルールを守るべきである。
(ジャーナリスト)

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鳩山首相は戦艦大和と同じか

大野 博

 1945年4月1日午前4時半、米海兵隊実に18万3000名が沖縄中部の読谷海岸に殺到した。以後6月30日までの3ヶ月間の沖縄戦の始まりである。
 これに対抗すべく世界史上最大7万トンの戦艦大和が出撃した。しかし途中2000機の爆撃雷撃を受け、4月7日午後2時あえなく沈没した。翌日米内光政海軍大臣は天皇に「連合艦隊はなくなりました」と報告した。
 斜眼氏がこんな話を思い出したのはほかでもない。5月4日の鳩山首相の沖縄訪問が、戦艦大和と同じ運命になりそうだからである。つまり首相辞任は必至というわけ。訪問の主旨が海兵隊の普天間基地問題なのもなんとも因縁めいている。
 何よりも醜態だったのは「普天間の国外移転の考えは浅はかだった」と正直に告白したことである。戦前軍隊の最高統帥は天皇だった。いま自衛隊の最高統帥は首相である。それがこんな軍事オンチでは心もとない。
第1次大戦のときのフランス軍の総司令官フォッシュ元帥は「いかなる大国も軍事理論がない国は滅びる」と言っている。鳩山首相にフォッシュ元帥の爪のアカを煎じて飲ませたいものである。
 なんとも皮肉なことには、非武装中立を主張していた社民党が意外にも軍事理論に強かったことである。「テニアン、サイパンに移設せよ」との主張である。彼の地の知事は移設に賛成している。
 鳩山戦艦は艦橋に爆弾を2発抱えている。鳩山首相と小沢一郎事長の政治資金問題である。民主党不人気の原因である。このままで7月の参院選に入れば敗北は不可避である。早々に両首脳を更迭して新体制を作るべきである。
(ジャーナリスト)

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「お菓子の国」というのは酷だろうか

大野 博

 かつて労働省時代の事務次官はいった―「官僚は必要な政策費を一般会計から分捕るのが本来の使命だ」ーと。続けていう―「だが労働省は雇用保険特別会計、労災保険特別会計(以下労働特会という)の二つの膨大な特会を持っているために」といい、さらに「ここから政策費を分捕るクセがつき、官僚を腐敗堕落させた」と。ただし事務次官氏のいう「腐敗堕落」とは汚職、公金横領のタグイではなく、本来の使命を忘れさせたという意味。
 一応労働特会を2010年度予算で見よう。
 雇用特別会計
  保険料   2兆4362億円
  国庫負担    3910億円
  その他合計 4兆1810億円  である。
 このうち失業給付費は2兆6790億円で64.1%である。
 残り1兆5020億円は、実に「特立行政法人労働政策研究・研修機構施設運営費など21項目に支出されている。

労災特会
 保険料     8257億円
 その他合計 1兆1755億円である。
 このうち労災給付費は 7970億円で67.8%である。
 残りの3785億円は「独立行政法人労働 安全衛生総合研究所運営費」などに17項目に支出されている。『いずれも一般会計のように厳しいチェックを受けず、使途については官僚の大幅な裁量の余地が残されている。』

 「どの項目も労働行政に必要なことばかり」と厚生労働官僚はいうだろう。「ごもっとも」というのに吝かでない。
 しかし「それならば官僚の本来の使命に則りこれらの費用を一般会計から分捕るべきではないですか」と言いたいのである。
 この実状から労働特会は「お菓子の国」とも言われている。その語源はイソップ物語にある「触るもの、すべてお菓子になる」とのイソップ物語の一節であり、そのオチは「人間すべての欲望がかなえられれば必ず腐敗堕落する」ということだ。厚生労働官僚にあてはまるといえば酷だろうか。
(ジャーナリスト)

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半官半民組織を退治せよ

大野 博

 独立行政法人(以下独法と表示)対象に「事業仕分け」なることが行われている。枝野行革担当相が先頭にたち、与党の国会議員、30名の民間人が動員されている。斜眼氏が望むことは「半官半民組織を退治すべき」ということである。
 仕分けは事業を@政府のすることか、民間に移せないかA費用の使途はどうかB官僚の天下り―などの追求にポイントを置くという。もうひとつの組織にもメスを入れてほしいもの。
 独法はすべて半官半民である。独法のここが実はもっとも重要な点である。半官半民組織は建前上は官業民業の長所を生かすというのが能書きである。しかし実際は官民双方の短所が重なって出るもの。それでいて役人にとってもっとも居心地のよい組織が半官半民なのである。役人がやたらに独法を作るのこのためである。官のすることなら官、民のすることなら民とすっきり割り切る方がよい。テレビのキャスターが「独法を国の直接指揮下の組織に戻すのですか」と、まるでそれが悪いことのように発言していた。こんなことではしょせん役人を喜ばすだけである。事業仕分けは半官半民退治に精を出してほしいものである。
(ジャーナリスト)

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歴史が示す火山噴火の影響

大野 博

 4月14日アイスランド南部で大規模の火山噴火があり、噴き上がった火山灰のため欧州各国の空港は軒並み閉鎖、解除の見通しもないという。「それにしてもチェルノブイリの二の舞でなくてよかったなぁ」というのが斜眼氏の率直な感想で売る。1980年4月26日、同地の原子力発電所が事故をおこし、その放射能が北半球を覆ったことは記憶に新しい。
 しかし斜眼氏にはもうひとつの記憶!がある。通説か俗説か判断しかねるが、「1783年7月8日に起きた浅間山の大噴火が1789年のフランス革命の原因である」というもの。浅間山噴火の噴煙が遠くフランスに及び、彼の地に天候不順・農作物不作・飢饉状態をもたらし、民衆のバスチーユ襲撃―革命の発端となったというもの。
 今度のアイスランド火山噴火の影響も大きくなりそうである。
(ジャーナリスト)



新自由クラブのシニア版

大野 博

 新自由クラブ―もうこの名を知る人はいない。1976年6月、河野洋平、山口敏夫、西岡武夫さんらが自民党を離党し、結成した党派である。いずれも若輩!で、年季が入っていたのは田川誠一さんだけだった。「自民党に愛想をつかした、政治に新風を吹き込む」が名分であった。
 斜眼氏がこんなことを思い出したのは、4月10日に結成される「平沼、与謝野新党」と新自由クラブがウリ二つだからである。
 もっとも離党新党といえば1992年5月に起きた日本新党がある(1994年2月解散)。しかしその生い立ちからみれば、今度の新党は新自由クラブとそっくりである。だが1983年12月、中曽根内閣で田川産が入閣し、連立政権を組織したのが全盛で、その後は影が薄く、結局1986年8月解党し、自民党に舞い戻った。離党届を幹事長に提出し、意気揚々と幹事長室を出てきたときと、10年後復党願いを出したときのしょんぼりとして姿は対照的だった。
 平沼、与謝野さんらは自民党の政策に不満足だからという。しかし「政党政治では自分の意見が一割通ればオンの字だ」といったのは河野一郎さんである。自分の意見が無視されたからと言って、離党していれば何度離党しても足りない。現に今度の離党組には、2度目の離党の人もいる。そして復党している。
 新自由クラブは若輩が多かったが「平沼、与謝野」新党はベテランばかりである。しかしその行動原理は新自由クと同じである。新自由クラブのシニア版というところか。
(ジャーナリスト)



麻薬判決 欠けた歴史感覚

大野 博

 中国政府は麻薬を密輸した日本人4名に死刑を宣告し、執行すると日本政府に通告した。これに対して菅副総理、岡田外相は温家宝中国首相との会見、記者会見で「日本の刑罰基準から見ると重すぎる」「日本の国民感情に悪影響を与える」と言ったという。メディアも読売社説(4・3付)が岡田外相の見解に対し「当然である」と同調している。
 対する温首相は「中国の法律にもとづいており、重大な犯罪だ」応じたという。当然である。
 このいきさつは日本の政治家、メディアの歴史感覚の欠如を示している。
 中国の歴史でアヘンといえば、だれもがアヘン戦争(1840〜42)を想起する。英国のアヘン密輸を阻止するため戦争をした。そして破れ、香港の割譲、開港、治外法権、関税自主権の喪失を余儀なくされた。アヘンの密輸は黙認され、中国のアヘン吸引者は多数に上った。
 このような歴史を持つ中国が、麻薬犯罪に敏感になるのはもっともである。
 対中国に限らず日本は歴史感覚に敏感になるべきである。
(ジャーナリスト)



問題は国土感覚のギャップ

大野 博

 海原治―この名を知る人は多い。防衛庁の防衛局長、国防会議事務局長(いずれも当時)を歴任した「防衛庁の天皇」といわれた防衛実力官僚であった。その海原さんはあるとき衆議院の予算委員会での質問に答え、「基地には3つの型がある。作戦基地、補給基地、訓練基地である」と答弁した。3機能分離論と言うべきか。
 斜眼氏がこんなことを思い出したのは、現在普天間基地の移転問題が日米で沸騰しているからである。
 まず日本側は名護市にまたがるキャンプ・シュワブ陸上案と、うるま市にあるホワイトビーチ沖の埋め立ての2案と、沖縄県外へ訓練基地を移すというもの。作戦・訓練の2分離案と言えよう。
 これに対して米側は「作戦・訓練は一体が必要」と、一体論を強調している。
 この3機能論と一体論のギャップの原因は何か。どうやらそれは日米の国土の広狭の差と考えられる。日本の国土は米のカリフォルニア一州と同じ面積に過ぎない。3機能分離論は狭い国土の生んだ防衛の知恵である。
 他方米ではどうか。同国には陸軍の訓練場は10数カ所ある。そのどれもが日本の四国と同じ広さだという。大砲、ミサイルが遠慮なく発射できるうえに、訓練も自由にできる。
 この日米両国の国土の広狭感覚のギャップが普天間基地移転問題に現れたということか。
(ジャーナリスト)



ぶたれ強いぞ―小沢さんは

大野 博

 米のニクソン大統領(当時)とわが小沢一郎幹事長には類似点がある。ぶたれ強いことである。ニクソンさんは1960、64年の大統領選挙に敗れている。この時期のニクソンさんは「オールドニクソン」であった。
 しかしその後「ニューニクソン」に変身した。それが奏功して67年には大統領になった。そして71年9月沖縄返還、72年2月訪中、73年3月ベトナム撤退を断行した。この3つはニクソンだからできたこと。ケネディでもようやらなかったと見られる。しかしである。72年10月再選後にウォーター事件が発覚し、任期半ばの74年8月退陣した。
 わが小沢さんはどうか。「暗い、陰謀家」の印象が強かった。しかしそのご変身し、ニュー小沢になった。そして2009年8月の総選挙で大勝し、政権交代を実現した。しかしその直前の5月、秘書のことで代表から幹事長に格落ちされた。いまでもしきりに進退が論議されている。「ウォーターゲート小沢版」ということか。
 だが、ぶたれ強さを持つ小沢さんにニクソンの「沖縄・訪中・ベトナム撤退」に匹敵する大事業を期待したいものである。「高校無償化、子ども手当、農家戸別補償」というのではいささか寂しい。
(ジャーナリスト)



鳩山邦夫さん、藤山さんの二の舞

大野 博

 鳩山邦夫さんはとうとう離党した。このとき誰もが感じたことは「藤山愛一郎さんの二の舞にならねばよいが」である。
 藤山さんは岸内閣発足(1957年2月)とともに外相に就任した。念願の政界入りである。60年安保の立役者であった。岸首相退陣(1960年9月)とともに辞任した。その後継者は池田勇人さんだったが、病気のために辞任した(1964年9月)。
 問題はポスト池田であった。佐藤栄作、河野一郎、藤山愛一郎の三氏が争った。結局川島正次郎自民党副総裁、三木武夫幹事長(いずれも当時)の斡旋で佐藤さんが総裁になった(1964年12月)。のちの藤山さんの言葉がふるっている―「あのときもっとも政権に近づいたときだった」と。これには一同びっくりした。誰が見ても藤山さんが総裁になる可能性はなかったからである。
 それ以後(昭和40年代)藤山さんは50名を擁する派閥の長として存在した。そのため藤山さんは全財産を失った。大日本製糖、日東化学、ナショナルレジスターの株、数多くの名画などである。
 さて、鳩山邦夫さんの母親はブリジストンタイヤの出である。二人の令息に億単位のおこづかい!を与えて話題になったのは周知のこと。
 いうまでもなく自動車にタイヤはつきもの。日本は世界一の自動車王国。とすれば日本は世界一のタイや王国ということになる。「藤山さんの二の舞と」との心配は無用というわけか。
(ジャーナリスト)



政党政治の頭脳、魂を奪うな

大野 博

 民主党内は政調(政策調査会)復活を求める声が大きい。この問題は小沢一郎同党幹事長の見識を端的に表している。
 政党の政調は党の頭脳(ブレイントラスト)である。ここで政党政治家はみっちり政策を勉強して、政府官僚を渡り合う―これが政党政治の基本である。政党の魂ともいわれるゆえんである。
 それなのに―である。小沢幹事長は「政策決定を一元化する」といって政調を廃止した。この論理はなんとも奇妙である。政党の政調と官僚機構は二元ではない。相互に協議し合って最後に内閣が決定するのが政党政治のメカニズムである。
 政党の政調といえばおもしろいエピソードがある。自民党内で派閥を作ろうとするときの名分は必ず「派閥横断、政策集団」である。この名分に大野伴睦さん(故人、自民党副総裁、衆議院議長を歴任)は怒った。「派閥で政策を論議するとは何事か。政策論議は党の正規の会(財政部会、外交部会など)ですることだと。まことに党人の面目躍如としている。
 小沢幹事長は以前からだが、どの問題に対しても、問題の原理原則理念哲学を全く理解しない人である。小選挙区制、二大政党論などそうである。これらの延長線にいまの政調廃止がある。
 これまでことはナシにしても、政調だけは復活すべきである。
(ジャーナリスト)



露呈した小沢さんの人事オンチ

大野 博

 長崎県知事選は自公が推した中村法道さんが、民社国推薦の橋本剛さんに10万票の差をつけて当選した。はやくも「民の勢いにかげり」「自民復調か」などの見出しが踊っている。しかし選挙通の見るところ、これは小沢一郎民主党幹事長の人事オンチを露呈したもので、当落は自然の結果。かげりだ、復調だなどとは大人げない。
 中村さんは県庁プロパーで副知事にまでなった人。中央官庁でいえば事務次官である。県内での人脈は豊富だろうし、知名度も高い。対する橋本さんは農水省の室長―課長の一歩前―である。相撲でいえば横綱に十両が立ち向かうようなもの。「こんな人を担ぐ小沢さんはどうかしている」との声は大きかった。案の定である。幸いなこと!に自民党内部にも「自民回復ではない」(県連幹部)の声もある。7月の参議院選挙では、候補選びに慎重を期してほしいものである。
(ジャーナリスト)



内部留保は課税より設備投資に

大野 博

 2・17党首会談が行われた。共産党の志位委員長と鳩山首相がが会談した。この席で志位委員長は「企業の内部留保に課税すべきだ」と主張した。これに対し鳩山首相は「検討したい」と述べたという。同日のテレビで首相は「どの党でも有益な意見は聞く」といっていた。水と油!の両党の話にしては実があったとべきか。
 しかし斜眼氏は内部留保は課税より企業の設備投資に当てるべきだと考える。これは企業資金の運用と調達のあり方からの考えである。
 企業の利益は売り上げから人件費、物件費、経費を差し引いたものである。この利益をどう分けるか。配当、税、内部留保に大別される。反面企業に必要な資金はどのように調達するかである。内部資金の活用、新株の発行、増資、借り入れなどがある。これらの運用、調達の方法を日米で比較しよう。
 日本の企業は配当は低く、内部留保を厚くする。この部分を設備投資に当てる。さらに借入金でまかなう。米の企業は利益の大部分を配当に当てる。内部留保はほとんどしない。必要な設備資金は増資によってまかなう。つまり日本は低率配当、高額留保、低額増資なのに、米は高額配当、低額留保、高額増資というわけである。日本のそれは間接金融といわれるゆえんであり、直接金融への移行がつとに強調されている。
 この資金の流れからいえば企業の内部留保は課税より設備投資に当てるのがスジである。景気対策から見てもそうである。いままでの経験から言えることだが「景気が良くなった。不況を抜け出した」とハダで感じるためには、企業の設備投資が動くことが必要である。財政資金の散布だけでは景気は息切れするのがこれまでの例である。
 鳩山首相は志位委員長の意見を尊重するという。しかし内部留保を課税より設備投資に当てる政策を採っても志位見解に反することにはならない。なぜなら景気をよくすることには志位委員長も異存がないからである。
(ジャーナリスト)


「良い政治をしていればカネは集まる」

大野 博

 1978年12月福田内閣で大平正芳さん(故人・首相を歴任)は自民党幹事長になった。そんなある日都内のホテルに社員300名規模の中堅企業数十社の社長を招き演説会を開いた。その目的は何か。シャイ(恥ずかしがり屋)の大平さん――なかなかそれをいえず「アーウー」というばかり。
 だが招待された方はその目的は先刻ご承知である。ズバリ「政治資金を出してほしい」というわけ。ある社長が発言した「人は誰でも良いことをしていればカネは自然に集まるもの。幹事長も心配しないでよい政治をしてほしい」――と。聞いた大平さんすっかり感激した。「さすがあのクラスの社長の言うことは違うねぇ」と。
 斜眼氏がこんな話を思い出したのはほかでもない。2月9日付の読売新聞に資産公開問題に関連して「民主党の新人議員には『カネがないなら応援してあげようという人もいるはず』(関東選出議員)などと、『資産ゼロ』に逆に効用を見いだす向きもある」との記事が掲載されていたからである。
 斜眼氏はもうひとつの話を思い出した。宮沢喜一さん(故人・首相を歴任)である。父君は衆議院議員で逓信大臣を務めた。宮沢さんによると「父は月に一万円の政治活動費を必要とした」という。いまの額にすれば500万円である。「しかしカネの心配はしたことがない」という。「友人知人が誰彼となく応援してくれていた」と。 前出の社長さん流に言えば父君はよほど良い政治をしていたということになる。
 この三題噺の教訓!でいえば、小沢一郎幹事長もカネの心配などせず、良い政治をしてほしいものである。
(ジャーナリスト)


政治資金はマカ不思議、正体不明

大野 博

 一年生議員いわく「不思議だねぇ、見ず知らずの人が『会いたい』というから会うと、話は『使ってください』ということ。そしていくらかの政治資金を差し出す」という。
 「それはそちらが一年生議員だからで、これから何年も議員をしていれば分かるようになる」とだれもがいう。」相手も「そういわれればそうだなぁ」と納得する。
 しかし―である。議員在職30数年、当選回数10数回、そして衆議院議長の椅子を目前にした議員―ー事実その3ヶ月後に議長になった――は言う。「不思議だねぇ。見ず知らずの人が『会いたい』という。会うと『使ってください』と言い、いくばくかの政治資金を差し出す」。
 議長ともなれば人脈、金脈も豊富になるもの。その人が一年生議員と全く同じことをいっている。
 これはいったいどういうことなのか。答えは簡単!政治資金の正体、マカ不思議は議員を何年務めていても解明できないと言うことである。
  検察は小沢幹事長の政治資金を追求してきた。その正体、マカ不思議さを明らかにできただろうか。
 「資産とか所得には秘匿本能がある。いかに精緻な税法をもってしても資産、所得の完全捕捉は不可能なものだ」―これは大蔵省(現財務省)出身の柿沢弘治さん(故人・外務大臣を歴任)の言葉である。議員の資産調査にピタリあてはまる。本人使用の家屋、事務所なのに夫人名義にしたり、息子娘の名義にしたりである。
 政治資金も規制を強化してもその効果は限定的ではないだろうか。
(ジャーナリスト)



地検特捜はアホの集まりか

大野 博

 東京地検の特別捜査部といえば、全国2300名あまりいる検事のうちキレ者の集まりという。だがいまの小沢幹事長の政治資金の捜査をめぐる動きを見ていると、キレ者どころかとんでもないアホの集まりとの感じがする。
 1月30日、特捜は小沢氏を3時間にわたり尋問したという。3時間と言うから大変な時間である。だから小沢氏の白黒ははっきりしたものとだれもが考えた。
 ところがである。その翌日の1月31日にまた3時間尋問したという。いったいこれはどういうことなのか。延べ6時間もかけなくては白黒の判定はできないのか。挙げ句の果て!起訴猶予ときたものである。あまりよい例ではないが、殺人事件なら白黒の判定が困難な場合は多い。しかし政治資金事件の場合は関係者の供述、法文の摘要、領収書の有無が焦点になる程度。こんなことで多くの時間を掛けているとは情けない。
(ジャーナリスト)


高校無償化に必要な理念

大野 博

―「6・3制野球ばかりが強くなり」
―「日本の6・3制は世界教育史上例のない失敗作である」
―「6・3制が戦後の経済成長に果たした役割は大きい」
―「いままでの高校は『普農工商』の差別が生じている。
   これをなくすためには普通高校一本にすべきだ」
  Aは詠み人知らず、Bは文部省の教育研究所所長の平塚さん、Cは坂田文相、Dは社会党文教部の会長さん(いずれも当時)の言葉である。斜眼氏がこうした言を思い出したのは他でもない。政府が2010年度予算に4000億円の高校無償化の経費を計上したからである。
 6・3制失敗論は「6・3制はいかなる理念を持つ制度なのか」の確認が無く、単に占領軍の名により実施したからと言う。成功論は6・3制が大量の部長課長といった中間幹部層を養成したことをあげる。
 文教部会長さんによると普通高校、農業高校、工業高校、商業高校のことを「普農工商」というそうである。斜眼氏は普通高校一本化に反対し、双方で大激論したものである。後日、社では仲間が「斜眼さんは社会党の代議士と大ゲンカしたそうですね」 という。「ケンカなんかしないよ。どうして知っているのか」「あの代議士の秘書は私と高校の同級生です」とは――
 いま高校進学はほぼ全入である。この状態での高校無償化には、さらに「普農工商」がどうあるべきかの理念と哲学をきちんと構築すべきである。それがないと学校現場の混乱は必至である。
(ジャーナリスト)



商店街、シャッターあがるか

大野 博

 2010年度予算の骨格が決まった。「これで景気がよくなるだろうか」と誰でも気になる。斜眼氏の見るところ景気への起爆力は5600億円の農家個別補償である。これはかつての食糧費管理制度と似たようなもの。さらにこれまでの「小沢一郎幹事長は経済オンチ」との評価を逆転させるものである。
 地方の中小都市の商店街がシャッター通りと呼ばれて久しい。これは国全体が不況なことが原因だが、もっと重要なことは都市周辺の農村の購買力が減退していることである。
 昔も今も、どんな国でも都市を繁盛させるためには、周辺の農村の購買力を豊にしなくてはだめである。
 戦後約30年、日本は食管制度を続けてきた。「戦時体制のひきずり」との評も一理あった。しかしこの制度が米作農家の所得を補償してきたことも否定できない。その財源は食管特別会計への一般会計からの繰入額である。毎年2,300億円ではなかったか。
 おかげで戦後の農村は不況の影響を受けなかった。戦前は不況のシワ寄せはすべて農村が受けたこととは対照的である。食管廃止論が盛んになったとき、某財界人が「戦後ソニー、ホンダが伸びたのは食管会計のおかげだ。食管が赤字だから廃止せよ―と大きな声ではいえない」と苦笑していた。
 今度の農家所得補償が農村の購買力を増やせば商店が街が賑わい、シャッターを上げることになるだろう。とともに重要なことは小沢幹事長の評価が一変することである。農家戸別補償を熱心に主張してきたのは同幹事長である。「バラマキだ」との批判にかかわらずである。小沢幹事長のインゴウさが功を奏するか。
(ジャーナリスト)



親の仇」でがんばる鳩山首相

大野 博

 普天間問題はいぜん不透明なままである。鳩山首相は「原案通り承認といえばだれも苦労しない」といっている。日本の政治家が対米問題でこれだけの発言をするのは珍しい。
 占領中、吉田茂首相は「講和会議で日本の主張が入れられなければ退場する」と国会で発言した。当時ではまさに勇気ある発言だった。ただし反響の大きさに、即座に発言を取り消したが。
 その占領中(直後というのが正しい)の1945年9月、祖父の鳩山一郎さんは「広島、長崎の原爆投下は何か。米に謝罪させるへきだ」といった。このことは朝日新聞に掲載され、ために同紙は二日間発行停止になった。
 GHQはさらに追い打ちをかけてきた。一郎さんを公職追放にしたのである。問題はその名分である。「滝川事件を起こしたから」という。確かにこの事件は学問の自由を弾圧したものとして、鳩山一郎文相(当時)の責任は追及されるべきである。GHQはこれを持ちだしたのである。
 鳩山さんはその後憲法改正、再軍備、外国軍完全撤退を主張し、改憲派の大将格になった。
 鳩山首相にしてみれば、いまの普天間問題への対応は祖父の仇を討つようなこと。対米交渉にも「米の言いなりになってはご先祖様にもうしわけない」ということか。
(ジャーナリスト)



閣議了解のないルールは

大野 博

  集近平中国副主席と天皇陛下との会見は一件落着と言うことか。斜眼氏の見るところ、天皇の行為には国事行為、公務、私事の3タイプがあるようだ。今度の問題は小沢幹事長が国事行為といい、宮内庁は公務と主張している。さらに同庁は「1ヶ月前ルール」があるという。天皇との会見を希望する向きは、1ヶ月前に宮内庁に通告が必要と言うことである。
 ここで斜眼氏が疑問に思うのは「公務というのは宮内庁が勝手に決めたのか」である。つまり宮内庁ルールは果たして正式に閣議了解を経たものなのかである。この手順を経ないで「1ヶ月ルール」は第三者に対抗し得ない。閣議了解があれば何人も「そんなルールは知りませんでした」とはいえないことになる。小沢幹事長においてでもある。
 官僚はこういうことに抜かりはないもの。「ルール」だけはなぜ手抜かったのか。
(ジャーナリスト)


これは日本の教育の不幸だ

大野 博

 鳩山首相の祖父一郎さんは1933年文部大臣になった。このとき母(夫は衆議院議長を歴任した和夫さん )は「文部大臣より小学校長になってほしかった」といったという。一郎夫人の薫さんは共立学園の創設者なのは周知のところ。つまり鳩山家の女系は代々教育に熱心だった。
 一郎さんの長男威一郎さんの夫人はブリジストンタイヤの創業家の出である。当然大資産家である。美術活動に熱心なのはよく知られている。
 だがその夫人(メディアでは『首相の母』と表現されている。)は子息二人の政治資金として9億円を投じてきたそうである。庶民には腰を抜かす額だが、念願叶い!長男が首相になったので9億円はムダではなかったというべきか。
 しかし―である。9億円もあればいなかの小学校が建つ。首相の母、二人の子息、首相の幸夫人に和夫夫人、薫夫人の教育熱心さがなかったのは日本の不幸ではないか。  
(ジャーナリスト)


露呈した政治オンチ

大野 博

 社民党の福島瑞穂党首は「普天間基地の県外移転が実現しなければ、重大決意をする」といった。<この人存外政治オンチだなぁ>というのが斜眼氏の率直な感じである。重大な決意―この言葉の歴史的な重大さが分かっていない。
 1920年代カリフォルニア州では日本移民排斥運動が盛んだった。とうとう米議会にまで排日移民法が上程された。しかし賛否両論が激しく交わされ容易に可決されなかった。
 だがこのとき、上原正直駐米大使が不用意にも「法案が成立したら重大決意をする」と発言した。米議会は激怒した。重大決意とは宣戦布告を意味したからである。排日法は即成立したのはいうまでもない(1924年10月)。日米戦争の遠因にもなったのである。
 1989年8月海部内閣は発足した。海部総裁が2期目のとき、続投かどうかが焦点になった。このとき海部首相は「政治改革法案(小選挙区制のこと)がダメなら重大決意をする」といった。
 これに激怒したのが政界のドン・金丸信氏である。「小派閥なのに解散とは何事か」という。重大決意とは解散を意味したからである。金丸氏は「海部続投を支持しない」といい、海部首相に引導を渡した(1999年10月退陣)。後継者は宮沢喜一氏であった。
 こうした政治変動を引き起こすほどの発言をしながら、なぜ政治オンチのままでいられるのか。
 いまの連立政権が成り立っているのは、実は小沢一郎幹事長の成長を示すことなのである。小沢氏は「野党時代3党は協調した。その恩義を忘れない」といい連立した。政治は理屈や数だけで決まるものではない。場合によっては義理人情も必要である。近時の政界にこの言葉は死語になっていた。久々に復活させたのは小沢氏の功績と言うべきである。
(ジャーナリスト)



勝手元作業に手を突っ込む

大野 博

 野党議員―「防衛費の概算要求から政府案決定までの経緯を明らかにせよ。」
 福田赳夫蔵相―「査定作業はいわば政府の勝手元の仕事。公表にはなじまない」
 野党議員―「査定は何人でしているのか」
 鳩山威一郎主計局長―「主計官以下十数名」
 野党議員―「そうすると日本の防衛予算は十数名で編成しているのか」
 鳩山局長ー「まぁそうしうことになる」と議場大笑い。こんなやりとりがかつて衆議院予算委員会であった。防衛費に限らず公共事業費、社会保障費などみな同じ方で編成され、それは官僚の仕事で民間人の介入はなかった。
 鳩山内閣は行政刷新会議なるものを設けた。概算要求からムダな費目を摘出する「事業仕分け」を行った。この会議には民間人も参加した。「官僚の勝手元作業に民間人が手を入れた」と言うことになるか。歴史的大仕事と力むこともないが、さりとて単なるセレモニーとくさすこともない。
 ところがである。削除された方から早々に反対が起きている。そのどれもがもっともなことばかりである。それはそうである。「私は不要不急、時代遅れのことをしています」などという役人がいるはずもない。 みんな「私は有益なことをしています」というに決まっている。しかし、それらの言い分を聞いていては国の予算はいくらあっても足りない。
 予算の削減はどの国ても難航する。米の経済学者は「軍事費の削減はクーデターを招く」といっている。これは日本で2・26事件の例がある。
 予算編成の次の作業は本予算の編成だが、ここで鳩山首相の力量が問われるわけである。
(ジャーナリスト)


二重通貨制の国になるのか

大野 博

 10.3日付の読売新聞によると、政府の税制調査会は無利子非課税国債の発行を検討しそうだという。これは@高齢者の貯金は多いA個人に国債を買ってもらう―の視点からだという。せっかくだが2点ともピントはずれである。
 高齢者の貯蓄が多いのは、利子を生活費に充てることを目的にしているからである。そのために現役時代に他を犠牲にして、つとに貯蓄していた。日本の貯蓄率は20%と高率だったのはこのためである。ただし最近は14%だという。もっとも、読売紙によると「必要以上に貯蓄している金融資産を財政資金に回すため」としている。
 しかし無利子国債とはその名の通り無利子である。利子をあてにしている者が無利子国債を買うはずがない。何よりも国債の国債たるゆえんは何か。利子が付くことである。利子の付かない国債は国債でなく通貨である。無利子国債を発行することは、日本の通貨は円の他に国債円!と言う通貨が存在することになる。つまり二重通貨制の国になることである。こんなアホな話はない。
 「日本政府の国債政策は、およそ近代国家に似合わない非近代的である」――これは宮沢喜一さんが紹介した米の有力財界人の言である。そういわれれば思い当たるフシは多々あるが、そのひとつ。テレビで財務省の一課長は「特別会計の準備金、積立金は家庭でいえば貯金だ」といっていた。だがこの家庭、他方では膨大な借金をしている。ならば貯金を下ろして借金返済に充てるのが、経済のイロハのイの字ではないだろうか。
 政府はもっと近代国家にふさわしい国債政策を採ってほしいものである。
(ジャーナリスト)



新人議員の訓練は徒弟仕事

大野 博

 「次の選挙のことを考えるのは政治家でない」と昔からいわれる。もっともである。しかし1年生議員にこれをいうのは酷である。地盤が固まるのは当選3回からである。
 民主党の小沢幹事長は行政刷新会議の事業仕分けチームから新人議員14名をはずした。「そんなヒマがあるのなら選挙区を回れ」ということ。
 新人議員には「議員になったら何でもできると思っていたうが、そうもいかない」と大まじめにいう者がいる。憲法の「国会は国権の最高機関―」を文字通り直に解釈してのことである。「日本は社会全体が年功序列の国。政界が例外ではあり得ない。過分な欲は起こさず、徒弟仕事に励め」と先輩議員に諭され納得となる。
 徒弟仕事は何か。国会対策委員の仕事である。長のつかないことに注意!どの党でも1年生議員はこれになる。要は国会廊下トンビである。たとえば「商工委員会が採決です。出席してください」と、呼び込むことである。
 自民党の1年生議員は自宅から国会に直行して先輩に叱られた。なぜか―。新人議員は朝まず派閥の親分の家に行く。お家に異常がないか確かめてから国会に行く。帰りはその逆になる。国会を出るとひとまず親分の家に行く。お家の安泰を見て家路につく―と言う案配。
 小沢幹事長がどんな新人教育をするか―けだし見物である。
(ジャーナリスト)



奇妙な「過去最大な
概算要求」の見出し

大野 博

 年末の永田町、霞ヶ関の見世物は、来年度予算の編成劇である。今年は政権交代もあり、補正予算の減額、来年度予算の概算要求と重なり、例年になく騒々しかった。それにしても奇妙なのは各紙に「概算要求過去最大」という見出しが踊っていることである。
 そもそも概算要求なるものは、何の意味もないもの。ましてや前年度予算との増減比較はなおのことである。年末ぎりぎりに決まる来年度予算原案が初めて意味を持つ。各紙はこの案の是非を論ずべきである。
 今年度、麻生政権編成の本予算は88兆円、補正予算合計で102兆円と初めて100兆円を超えた。鳩山政権は補正から3兆円を削除した。それでも99兆円の規模である。翌年度の概算要求額95兆円が前年度の予算を上回るなどというのは前代未聞である。この奇妙さはブラック・ユーモアと言うべきか。

(ジャーナリスト)



ピントはずれ 広島、長崎
オリンピック招致

大野 博

 広島・長崎両市長が2020年オリンピックの招致を発表した。「意欲はわかるが課題が多い」(10.12読売社説)が標準的な世論ではないか。
 しかし斜眼氏の見解はまさに斜眼的で「なんともピントはずれではないか」というものである。
 オリンピックお祭りといえば語弊があるだろう。もっともベルリンオリンピックは「美の祭典」といったが。広島・長崎のオリンピック招致は「スポーツによって平和を推進する」とのオリンピック憲章に合致する。
 しかしこの両市は唯一原爆を投下された都市である。その悲惨さは永久に消えることはない。両市を訪れるすべての人はこの悲惨さを見て心を洗われ、戦争反対の決意を新たにする。この心情とオリンピックはマッチするだろうか。例えばだれかが「スターリングラード(現在のボルゴグラード)でオリンピックを開こう」といったらロシア人はどう思うか。怒りだすだろう。
 だがここでチエを出すべきである。福岡が2016年オリンピックに名乗りをあげた。2020年に向けて再度立候補すべきである。広島・長崎間は300キロである。福岡はちょうど中間である。福岡・広島長崎は東京―静岡程度である。福岡オリンピックの参加者全員に広島、長崎行きの新幹線無料乗車券を提供し、両市を訪問してもらうことである。さすればオリンピックの精神と広島、長崎の心情は十分マッチするだろう。
(ジャーナリスト)



退路を断たれたオバマ大統領

大野 博

 オバマ大統領のノーベル平和賞(以下、N賞と略)受賞に対して石原都知事は「かなり政治的なこと」と冷笑していた。「この人は救いようのない狭量な人」というのが斜眼氏の感想である。戦争か平和を決めるのは政治家。だから「戦争はしない、平和をとる」という政治家にN賞が授与されるのはもっともである。オバマ大統領の受賞理由は4月のプラハでの「米は核廃絶のための政策を採る」との演説なのは自明である。
 核廃絶はだれでもいう。しかし米大統領の発言の重さは超弩級である。この路線には全世界の期待を一身に集めることになる。オバマ大統領は退路を断たれたわけである。頑張ってほしいものである。

蛇足1: 日本での佐藤栄作首相がN賞を受けた。このときの成田知巳社会党委員長(当時)の言葉―「これは佐藤さんにとってたいへん名誉なことだがN賞の権威のためにはたいへん残念である」と。この言葉に共感した人は多かった。
蛇足2: ベトナム戦争の最中、同国(当時でいえば北ベトナム)のホ・チミン大統領にN賞が贈られると発表された。しかしホ大統領は「感謝にたえないが、受賞は南北ベトナムが統一されるまで辞退する」といった。いまからでも遅くない。故人になったホ・チミンさんにN賞を贈ってはどうだろうか。
蛇足3: 韓国の金大中大統領もN賞を受けた。大統領在任中である。「金大中さんもホ・チミンさんを見習ってほしい」との声は多かったが―実現!しなかった。
(ジャーナリスト)



小沢幹事長はヒットラーか

大野 博

 小沢一郎民主党幹事長に独裁者の傾向があることはよく知られている。「どうやら本当だったなぁ」と思わせることが起きた。それもヒットラーそっくりのことである。
 10・8付け読売新聞によると「議会制民主主義は、多数党が政権を構成するから(内閣と党は)一体だ(後略)」と記者会見でいったという。同紙は「政府(副大臣、政務官など)に入らなかった議員は、政府を支えるのが務めだ―との認識を持っていると見られる」とコメントしている。
 これは恐ろしいヒットラー的発想である。1933・3・23のドイツ国会はヒットラー・ナチスが提案した全権委任法を可決した。このときの議席はナチス党288,社会民主党120,共産党81であった。社共が反対したのはいうまでもない。
 この法律の第1条は「予算は国会の審議を必要としない」であった。この瞬間、当時世界一民主的といわれたワイマール憲法は葬り去られた。それだけでなく、数世紀にわたり人類が多大な犠牲を払って獲得した「代理権なくして課税なし」の大原則も消滅した。
 問題はこのときのヒットラーである―「もうおまえたちに用はない」といったという。それはそうだろう。全権を委任された独裁者には国会議員は不用である。
 読売新聞によると小沢氏は「政調はネクストキャビネット(次の内閣)だ。それが本物になったからいらない」と記者会見で説明している。  まさに恐るべきヒットラー的発想ではないか。多数党たる民主党の議員は政府の政権立案に関与できないのか。奇妙な話である。与党ならばこそ政調機能を強化すべきである。
(ジャーナリスト)


族議員不滅の法則!

大野 博

 某県の県会議員を歴任した某氏は前回の総選挙で当選した(今回は落選)。「国会の本会議はセレモニーだが、委員会は実質審議をするところと思っていた。ところが委員会もセレモニーの場所だったので驚いた」といっていた。では実質審議はどこでするのか。「党(自民党)のそれぞれの部会なのだ」と。財政部会、商工部会などである。なぜこうなったのか。
 本会議や委員会で討論や質問するとき、関係する業界、企業から金を受け取ったならば罪になる。これで議員を失脚した者は多い。しかし党の部会での法案審議の際、いくら金を受け取っても罪にならない。これは有力な政治資金源である。
 9.30読売紙によると、民主党は「政策決定システムの内閣一元化のため(中略)族議員の跋扈、法案審議の形骸化を招いた」党提出法案の党による事前審議は行わない方針だという。
 確かに読売紙の指摘のように、部会審議は族議員の温床である。しかし部会審議をなくしたら、族議員はなくなるだろうか。絶対にノーである。
 かつて某省事務次官がいっていた。「最近の代議士はよく勉強しているので、役人もやりにくくなった」と。昔からよく言われていることだが「大勢の中にいて存在を示すためには、一芸に秀でることだ」と。国会議員は約750名いる。その中で知名度を上げるためには年金にせよ、エネルギーにせよ、とにかく一芸に秀でなければならない。これが族議員を発生させるゆえんである。
 一芸に秀でる、族議員になる、関係業界からの政治資金の集まりもよくなる。この三つの要素が一線につながる。これが族議員不滅の法則である。
(ジャーナリスト)



パレードより大切なことは

大野 博

 「きみたちはなぁ防衛費が多いというが5兆円で30万人食わしているのだ。こんな効率の良い雇用者集団が他にもあるか」と伊藤宗一郎防衛長官(当時、後に衆議院議長、故人)はいう。きみたちとは記者連のこと。「いざ!というときに役に立ちますか」「立つわけはないだろう。自衛隊が一人前にできるのは閲兵式(自衛隊では観閲式)だけだ。」「もったいないではないですか」「きみらは分かっていないなぁ。どこの国の軍隊でも最も大切なのは閲兵式なのだ」―その理由「閲兵式を見ると、直ぐ感動して『軍隊はよい。オレも入隊しよう』と言う気になる」というわけ。伊藤さんと記者連はこんな問答をしたことがある。なるほどである。泥水すすり草をかみつつ、匍匐前進する場面を見ても、だれも軍隊に入ろうと思うものはいない。パレードは軍事力ひいては国力を誇示するためには不可欠と言える。
 10・1は中国の建国60周年で、盛大な軍事パレードが行われた。機関車かと思わせる巨大なトレーラーに搭載された大型ミサイルは圧巻だった。しかし斜眼氏はこのとき10・5付けの日中友好新聞の記事を想起した。観光バスの乗客が窓外の景観に感嘆する。ガイドさんは「みなさん、中国の奥地には小学校行けない子どもたちがまだ大勢いる。電気も来ていない地域も多いことを忘れないでほしい」という内容である。
 各紙に報じられた軍事パレードの記事には、このガイドさんと同じような発言が多くみられた。北京市民はパレードでのぼせあがる状況でないのがよく分かった。
 めざましい経済成長が取り残した、底辺の民衆に光が当てられることが、真に中国の発展を望む者の共通の希望ではないだろうか。
(ジャーナリスト)



新総裁の初仕事は!

大野 博

 「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人」―大野伴睦さん(故人・衆議院議長など歴任)の言葉。いまでも名文句とされている。そして政党にもあてはまる言葉である。「与党でいるから政党、野党になればただの集団」と。
 自民党の新総裁に谷垣禎一さんか就任した。ただし野党の総裁である。「自民党を建て直す」という。それはそうだろう。だが実際に新総裁がしなければならないことは、政治資金集めと、明10年7月の参院選の候補者捜しである。
 政治資金を出す方にすれば、見返りをアテにしての投資である。政権党ならばこそ出すのである。ひどい例だが、かつて日本精工の社長(故人)は「政治資金は自民党政権を守るためのワイロだ」と公言していた。さすがに「えげつない」と批判された。
 なんの見返りもなく政治資金を出すときの心境は、「神か仏かそうでなければマッドネスだ」といった代議士もいた。「世間は存外薄情だ」とは、主流派から非主流派に変わったときの自民党某派閥のボスのことばである。自民党内でもこの調子である。
 とはいうものの55年体制の野党たる社会党は、政治資金に困らなかった。総評という大スポンサーがいたからである。その代償!に同党は総評に頭が上がらなかった。
 谷垣新総裁はいかにして政治資金を集めるか―。
 もうひとつの課題は参議院選の候補者選びである。「いるわけないだろう」とあるベテラン秘書は吐き捨てるように言っている。「この機会に政界に進出したい」とのアンビシャスの持ち主には絶好の機会ではないか。
(ジャーナリスト)



先賢の残したチエを生かせ

大野 博

 国家戦略局(以下戦略局)が具体化の日程に入っている。そしていま「戦略局」設置に必要な法整備を急ぐという。戦略局設置法というものだろう。だが、ここに落とし穴がある。
 これでは内閣法制局を筆頭とし、各省庁にいる法律のプロ中のプロたる法制官僚の思うつぼである。彼らは一言一句を駆使して、自らの省庁の権限擁護をはかるものである。法律のしろうとたる政治家はとうていこれを見抜けない。
 そこで政治家もチエを出す。幸いにも先賢が残してくれている。政府・与党連絡会議がそれである。
 1950年、蜷川虎三中小企業庁長官は「中小企業2月危機説」を唱えた。これに激怒した吉田茂首相は政府・与党連絡会議の席で蜷川罷免を指示した。蜷川長官は「この会議は法令にもとづく正規のものではない」と抗弁したものの、どうしようもなく辞任した。以後同氏は京都府知事の道を歩む。
 1991年1月湾岸戦争が勃発した。海部内閣はPKO法案を提出した。国会に特別委員会を設けて審議した。何しろ初の自衛隊の海外派遣である。紛糾したのはもっともである。外務省幹部の答弁も混乱した。
 結局海部内閣は政府・与党連絡会議の席で「この法案を撤回する」と決定した。政府がいったん提出した法案を撤回するなど100年に1度あるかないかである。
 戦略局も法制化するより「任意組織」たる政府・与党連絡会議のように「重し」のある存在にすべきではないだろうか。

(ジャーナリスト)



まるで女子大の入学式

大野 博

 8・16の国会召集日の光景をテレビで見た。「まるで女子大学の入学式のようだ」と思った。午前8時の開門というのに、午前2時には門前に立っていたという。長い選挙運動を経ての栄冠だからはしゃぐ気持ちは理解できる。しかしいかようにも国会議員だ。品格をわきまえてほしいものである。
 他方、メディアもメディアである。女性議員に「以前かくかくのことがありました。それについての感想を―」と質問していた。
 ここで斜眼氏は大平正芳さん(故人・首相を歴任)の話を思い出した。「人はだれでも毎日平々凡々と生きているもの。しかし気がついたら、自分が世界の歴史を動かすイスに座っていた。歴史上の人物などみなそうだ」と。
 新人議員――だけでなく国会議員のほとんど――にこの言葉はピタリとあてはまる。率直にいって「物のはずみで政界――つまり選挙戦にかつがれた」という人である。あまり過去を持ち出すのはメディアの品格を落とすことにならないだろうか。
(ジャーナリスト)



復活!した政界義理人情

大野 博

 民主・社会民主・国民新党の連立政権は成立の運びとなった。斜眼氏の見るところ「政界に義理人情が復活したか」である。
 総選挙の結果、民主党は308議席を得た。感動的な過半数である。なにも他党に気を遣う必要はない。だが鳩山民主党代表は「野党時代3党は協力し合った。今更無視でない」とのこと。これはまさに義理人情の論理である。
 「いまの若い代議士は選挙の応援に行っても、なんのお礼のあいさつもない」と政界長老はいう。中央政界はかくのごとし。
では地方政界はどうか。1990年頃の自民党は「安竹宮」といわれた。この時期の山口県民の関心は「安倍晋太郎さんが首相になるのと、田中竜夫さんが衆院議長になるのと、どちらが早いか」であった。田中さんは田中義一元首相・陸軍大将の御曹司で長州閥の正統であり、名門中の名門。衆院議長のイスに最も近かった。
 問題は自民党県議の動きである。安倍、田中両氏を天秤にかけた。安倍系(昔流にいえば親分子分)は田中議長が早いとみるや、安倍さんに「お世話になりました」といい、その足で田中さんに行き、「お世話になります」と系統替えである。
 要するに安倍・田中双方を行ったり、また戻ったりしていたのである。山口県といえば薩長時代を築き、日本の近代史に主役を演じた土地柄。いまではこのていたらくである。
 このようにいまは中央・地方政界とも「義理人情」という言葉は死語になっている。それを今度の3党連立で復活したというしだい。どうせ政治は1プラス1は2,100掛ける5は500――と数字通りにはいかないもの。ならば義理人情も必要という訳か。
(ジャーナリスト)

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至上の命題、年内予算編成

大野 博

 総選挙の結果は民主党の大勝となった。鳩山内閣の実現は月内だろう。直ちに今年度の補正予算の修正に着手するという。それもよし。しかし斜眼氏の不安は「細川内閣(1998年8月9日成立)の二の舞をやらかすのではないか」ということである。
 このとき小澤一郎氏は新生党(民主党の前身)の幹事長であった。政策全般の総指揮を執っていたものである。
 だが、ここで大チョンボをやらかした。それは予算の年内編成を怠ったことである。
 日本の政治システムでは年末の最重要政治課題は予算の編成なのは高校生でも知っている。なのに小沢氏はそれをほったらかして、政治改革論に熱中していた。
おかげで予算の編成は越年した。以後国会提出、審議、暫定予算となり、肝心の本予算の成立は6月になった。不況のときであり、景気回復を遅らせた。「小沢一郎氏がこんなに政治・経済オンチとは知らなかった」との声があふれ、小沢評価は大暴落した。
 いまや小沢一郎氏は政界の大御所的存在である。2010年の予算の年内編成の総指揮をとってほしいものである。

(ジャーナリスト)

 

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鳩山「首相」は霞ヶ関オンチ?

大野 博

 多少なりとも霞ヶ関の内情を知る向きは8・27付きの読売新聞をの一面トップの記事を見て「鳩山サンこれほど霞ヶ関オンチなのか」と思ったに違いない。斜眼氏もこれまで再三「国家戦略局」の愚を指摘してきたかが、ここに改めてそれを指摘したい。
 読売紙によると、「国家戦略局」にし国会議員、学識経験者など民間人、党政調職員、それに各省からの首相秘書官、現在6名を10人に増員し、総勢で20名という。問題はこの秘書官である。
 ふつう首席秘書官と呼ばれるのは、長年首相とともに政治活動をしてきた者が起用される。他の6名は各省からの出向者であり、エリートである。確実に事務次官に昇進する。たとえばいま某省からの秘書官は官房総務課長から来た。このポストは課長職の筆頭である。他の省からの秘書官も同様である。
 さて「君を首相秘書官にする」といわれたとき、次にいわれることは何か。それは「わが省の権限と組織を絶対に守ることである」と。何のことはない。自分の母屋の利益擁護役である。各省のワクを超えた調整など期待すべくもない。
 「鳩山内閣」の実現は時間の問題である。鳩山「首相」も霞ヶ関の正体を正確に見てほしいものである。

(ジャーナリスト)

 

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鳩山サン、まさかソ連のマネでは!

大野 博

 8・18付けの小稿で鳩山民主党代表の「国家戦略局」構想を批判した。8・23付けの読売新聞によると、この局は予算、外交、人事まで関与するという。そして10名の国会議員を常時勤務させるとのこと。「あれっ、民主党サンは旧ソ連のマネをしたいの」と思ったしだいである。
 1973年、田中・ブレジネフ会談が行われた。このときソ連は「日ソ間に戦後未解決の問題がある」と切り出した。これは大事(おおごと)である。ソ連は決して領土問題とはいわない。戦後未解決の問題というのがせいぜいである。
 そのソ連がなぜそれを言い出したのか。一つは前年に日中正常化を実現した田中首相(当時)に一目置いたこと。他はソ連共産党政治局(おなじみのポリトビューロー)がこと領土問題について広範な裁量権をソ連政府に保証していたことである。
 ソ連の政治システムは内政、外交、軍事など全権を握るのは共産党政治局である。ソ連政府はその出先に過ぎない。閣僚といっても日本なら各省の課長クラスでしかない。
 こんなことを思い出したのは「国家戦略局」が日本の政治局になるのでは―との疑念が生じたからである。
 さらに思い出したことがある。それはゴルバチョフ・ソ連大統領の言葉である。いわく「日本は世界で唯一社会主義に成功した国である」と。まさか鳩山サンがソ連を見習ったわけではないだろうが。

(ジャーナリスト)

 

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民主は陰り現象に注意せよ!

大野 博

 「敵のエラーはわが得点]―これはスポーツの原理である。いよいよ本格化する選挙運動を見ると、どうも民主党に当てはまりそうである。つまり同党の支持率は、自民党麻生政権のパッとしないことの反対現象に過ぎないのでないか―との疑問が生じている。民主党ブームに陰りが生じていないだろうか。
 このような疑念が生じたのは、鳩山由紀夫同党代表かかかが「政権獲得後、直ちに国家戦略局を創設する。ここで国の戦略と予算編成の方針をつくる」という。オイオイそれは本当なのかとの声を聞くのである。
 「国の戦略、予算編成の方針などは総理大臣が自分自身で決めることじゃないの」と言うわけ。局を創ってそこで討議しても、出る案はしょせん通り一遍の官僚の当たりさわりのない作文でしかないことは目に見えている。「鳩山さん、こんなこと分かっていないのだろうか」との疑念である。いまからでも遅くない。「国家戦略局」案は撤回すべきである。
 さらに奇怪なことが起きた。8月9日付の読売新聞にM某のインタビュー記事が掲載されている。「防衛費は減らすな」といっている。M某は新設の防衛相補佐官である。いまの政治情勢で一介の公務員のこの発言はなにごとか。鳩山代表は「民主党が政権を取ったらM某は即刻罷免する」と断固言うべきである。さらに新聞テレビにもM某は登場している。これは不当である。見合わせるべきではないか。

(ジャーナリスト)

 

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鳩山ユキオさん、
青島ユキオさんを見習って

大野 博

 民主党はマニフェストを発表した。この中で「インド洋での燃料補給は直ちに打ち切る」とあり、これが問題化した。反対党は「そんなことをすれば対米関係を損ねる」という。友党からは「約束が違う」と苦言。この騒動に鳩山民主党代表もいささかあわてた様子で「政権を取っても直ぐに――ということではない」と弁明している。
 外交と政策の関係では非常にわかりやすい例がある。かつての青島ユキオ(幸男)さんが都知事選に立候補した。このとき都は都市博の準備を着々と進めていた。青島候補は都市博中止をスローガンに掲げた。反対候補は「都市博は予定通り行う。都市博は国際公約。中止は外交上まずい」と主張した。
 結果は青島ユキオさんが当選した。さて、外国はどうでたか。「政権が変わったのだから、政策が変わるのは当然である」といい、どこの国も不満を言わなかった。鳩山ユキオ(由起夫さん)はこのときの青島ユキオさんを見習ってほしい。
 インド洋補給をめぐっても、日本の政権が変われば、政策が変わるのは当然と考えるのが普通である。それとも某国はあくまで現状維持を希望して「南米型」をとるだろうか。
 南米型とは、つい近年までよく行われたことで、南米の各国で反某国政権が樹立(もとより合法的に)すると某国は親某国派をそそのかし、クーデタを起こして政権を転覆させることである。日本で民主党が政権を取ったら、こんなことが起きるとは「真夏の夜の夢」なのだろうか。

(ジャーナリスト)

 

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官僚は作られたオポチュニスト

大野 博

 迫水久常(さこみず・ひさつね)――戦後も64年たつと知る人は少ない。終戦のときの鈴木貫太郎内閣の書記官長(いまの官房長官にあたる)であった。戦前は大蔵官僚、戦後は参議院議員として活躍した。毎年8・15になると「戦争を終わらせたのはオレだ」と説き回るので政界では「終戦屋久常(きゅうじょう)」とヤユされた。昭和天皇も「迫水には苦労かけた」といっていたから、終戦屋はお墨付きというもの。
 さてここで迫水さんにご登場いただくのは、8・15が近いからではない。8・30に総選挙があり、どうやら政権が交代しそうだからである。726日付読売新聞には「民主政権?戸惑う官僚」とある。
 そこで思い出したのが迫水さんの言葉―「官僚は作られたオポチュニストである」がある。オポチュニスト(以後”オポ”と省略)といっても天性のものでなく、官僚たるもの否が応でもオポにならざるを得ない―と言うわけ。
 世人、だれもがオポというと彼のジョゼフ・フーシェを想起する。しかし彼は政治家の範疇に入れられており、官僚のオポとは見なされていない。
 ドイツにマイスナーという人がいた。官僚である。第一次大戦中に難問を処理し名を上げた。その後、つまり帝政ドイツ、共和国ドイツ、ナチスドイツとおよそ水と油の政治体制にあって、一貫して行政の中枢にいたというから「作られたオポの見本」だったわけである。戦後連合軍から長時間尋問されたが、結局戦犯にはされなかった。これもマイスナーさんが政治家でなく、官僚の範疇に入っていたからである。
 さて、8・30を機に民主党政権ができたら、わが官僚各位はどうするのか。天性のオポぶりを発揮して「日本のマイスナー」になるか、それとも既往の政権に殉じて「操守の人」としての評価を得る!かである。
*ジョゼフ・フーシェ:革命期フランスの政治家。ナポレオンの第一帝政では、タレーランと共にフランス帝政の中心人物であった。秘密警察を組織して政権中枢を渡り歩いた謀略家として有名である。時の権力者に取り入りながら、常に一定の距離を保って激動の時代を生き抜いた人物であった。

(ジャーナリスト)

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福田・GHQ構想を生かせ

大野 博

 解散・総選挙で目玉法案の一つ、公務員制度改革を目指す公務員法改正案は廃案になった。そもそもこの論議、官僚の天下りがどうのなどミミッチイ話ばかりだったなぁ―というのが斜眼氏の感想であった。そこで思い出すのは福田赳夫(元首相・故人)の話である。
 福田さんが戦後大蔵省(現財務省)の官房長のときだだった。戦前からの高等文官試験制度に代わる新しい公務員試験制度をどうすべきかが課題となった。GHQは3点注文してきたという。@上級と非上級の区分を作ってはいけない。単一分類とせよ。A試験科目は法律学偏重ではいけない。他の科目をできるだけ出せ。Bペーパーテストだけではいけない。それ以外つまりPTによらない選考(当時は銓衡といったった)方式もとれ―といったもの。「3点はいかにもアメリカらしい」と福田さんは笑っていた。
 そして福田さん「困ったのは@だ」と。当時の大蔵省は毎年150名採用していた。うち上級職はせいぜい15,6名、20名採用したことはなかった。しかし区分がないから採用された者全員が「自分は上級職として採用されたと思い込んだ} 週刊誌には「戦後の大蔵省は上級職だけでも150名採用した」と書かれた。これは間違いだ」と。しかし区分なしだから間違いではないと言える。
 と言うわけで選考採用者も多くいたようである。電気工学出身者で経済官庁の事務次官までなった人も何人かいる。明治以来の役所の法科万能にクギを指したものである。
 いまの官庁には選考採用者は星の数しかいない。試験採用、選考採用は半々にすべきだろう。前者は能力を客観的に判定できる。しかしこの合格者はどうしても同じ発想しかできないステレオタイプである。「日本の官僚は規格品だ」といわれるゆえんである。もちろん選考採用もコネ、ヒキは絶対にダメなのはいうまでもない。
 総選挙後の新政権で公務員制度はふたたび検討されよう。その場合 福田・GHQ構想を俎上に載せるべきである。

(ジャーナリスト)

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時の氏神は来るか

大野 博

 麻生首相は7月13日、8月30日を投票日とすることに決めた。間もなく衆院は解散される。ここで注意すべきは投票日までざっと50日あることである。斜眼氏が心配!なのはこの間に「時の氏神」が現れはしないかである。一寸先はヤミという政界で50日先を予想するのは不可能である。
 前例がある。三木内閣(74年12月9日成立)のときロッキード事件が起きた。その渦中は田中角栄さんであった。その余波を受けたのが三木首相である。田中角栄の逮捕を認めたことから、党内の親田中議員が寄ってたかって「三木降ろし」に奔走した。三木内閣は倒閣寸前まで追い込まれた。
 しかしこのとき「時の氏神」が舞い降りた。サミット、それも第1回のである。招集の声がかかった。場所はランブイエ(75.11.15)。時の氏神の見本のような話であった。党内の三木降ろしは急速に沈静した。
 結局三木首相は76年12月17日に退陣した。戦後唯一衆院の任期満了選挙をした人として「さすが議会の子」との評価を定着させた。
 さて麻生首相にこれからの50日間に「時の氏神」は訪れるだろうか。

(ジャーナリスト)

 

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生かせ、ケネディの才覚を

大野 博

 税には租税原則がある。もっともよく知られているのは、アダム・スミス以来の「エコノミクスの原則」である。普通徴税費最小の原則ともいわれる。税収がどんなに多くとも、そのために費用が多いのは悪税というわけ。
 いまの消費税はどうか。悪税の見本である。年に10兆円の税収を確保するために個人・自営業者、企業・税務当局など官民が直接間接に費やす額は優に10兆円である。こんなバカな税があるか。政府の税制調査会長を務めた小倉武一さん(故人・農林官僚出身)は「消費税は地獄税だ」といっていた。即刻廃止すべきである。
 と言っても間接税なしというわけにも行かない。そこでここはケネディ米大統領、水田三喜男政調会長(いずれも当時、故人)にご登場いただこう。
 ケネディさんは19612月にドル防衛策として金利平衡税を提案した。およそ借金というものにはすべて利子が付く。その利子に税金分として1%上乗せする。たとえば1000万円を5%の利子で貸しているとする。借りては利子50万円の上に、借入金の1%を税金分として合計60万円を払うことになる。いま日本の金融資産は1400兆円といわれる。1000兆円が流通しているならば金利平衡税1%としても10兆円、1.5%なら15兆円の税収である。消費税率を2倍の10%に上げても倍の税収になるとは考えにくい。
 逆進性が高く庶民いじめの消費税だけが間接税ではない。いまからでも遅くない。麻生、与謝野コンビはケネディ構想を実現すべきではないのか。

(ジャーナリスト)

 

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ノーネクタイ服のファッション化を

大野 博

 ボルシェヴィキ―この言葉を知る人は少ない。ロシア革命史の主役で多数派をいう。戦後この言葉は廃止され、ソ連共産党が公式の用語になった。その反対はメンシェヴィキで少数派という。
 そんないわれだが「ボルシェヴィキスタイル」なる言葉を知る人はさらに少なく、よほどのソ連通である。革命直後のソ連は物資欠乏に直面した。この時期、男性は背広服にネクタイを着けなかった。ネクタイなしの服装をボルシェヴィキスタイルといったものである。
 昨今、日本の政治家だけでなく、外国の政治家もそうだが、ノーネクタイの服装が多い。グーグルという。目的は省エネのこと。それはそれで有意義である。
 だが日本のノーネクタイスタイルが「ファッション」として評価されるためには、シャツの上ボタンをきちんと締めてほしいものである。いまの着方では「なんともだらしがない」としか感じない。

(ジャーナリスト)

 

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家康式か 天皇式か

大野 博

 鳩山邦夫総務相と西川善文日本郵政社長が「西川氏は退任せよ」「退任しない」とケンカをしている。斜眼氏はこの問題の見所は、麻生首相にまで持ち込まれるかどうかにあるとみる。徳川家康の教えた「ケンカ両成敗」とするか、太平洋戦争中に軍部がとった「天皇一任方式」のどれをとるかである。
 徳川時代のごたごた裁きの基本は両成敗方式だった。神君家康の遺訓として長く守られていた。戦時中陸海軍は鉄鋼などの重要資材の奪い合いをした。どうにも決まらず、最後は天皇のご裁断によった。一度このようなことをすると、以後すべての資材配分に天皇が関与しなくてはならないことになった。燃料、軽金属などである。このやり方の帰するところは天皇の権威を落とすことになった。
 食糧管理制度が行われていたとき、米価をめぐり党と政府が衝突した。「引き上げよ」「据え置きやむなし」の対立である。しかし「この問題を絶対に官邸に持ち込むな」が双方の認識だった。官邸とは首相のこと。「首相裁断を求めることはしない」というわけ。当時の政界にはこれだけの見識があった。最後は何とかまとめ、官邸持ち込みは避けられた。
 さていまの鳩山・西川騒動はどうなるのか。それにしても実力者不在を痛感させるものである。

(ジャーナリスト)

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オモチャ政治の象徴 補正予算

大野 博

 09年度補正予算は5月28日に成立した。本予算成立後わずかに2ヶ月後である。それも規模13.9兆円という空前のもの。本予算88.5兆円と合わせ102.5兆円でとうとう100兆円を超えた。そしてその目玉といえば117億円を投じて都内に建設する通称「アニメの殿堂」こと国立メディア芸術総合センター(仮称)である。
 1920年代(この時期は1次と2次の大戦の間なので戦間期といわれる)にドイツの財政学界で活躍したゴールドシャイドという人がいた。このゴ氏の説はよく知られている。いわく「予算とは一切の虚飾を排除した、その国の剥き出しの姿である」というもの。ある国は「わが国を平和を欲している。決して戦争を好まない」といってもこの国の予算を見ると巨額の軍事予算が計上されていれば「この国は戦争を準備している」と判断できるわけ。
 このゴ説を補正予算に当てはめてみよう。アニメのオモチャが目玉という予算はまさに麻生首相好み!であり、そしてそれは麻生内閣の重厚さのない軽チャー政治の象徴そのものではないろうか。

(ジャーナリスト)

 

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名門 最後の花を咲かせるか

大野 博

 政界は民主党小沢一郎代表の辞任で大騒ぎである。もっとも同党内には既定ののこととみている向きが多く、さして驚いていない。問題はポスト小沢で「鳩山由紀夫氏が『一門の最後の花』を咲かせるか」に関心が集まっている。
 鳩山ファミリーの名門秀才ぶりはよく知られている。曾祖父和夫は衆議院議長、祖父一郎は首相・文相、父威一郎は外相、弟邦夫は文相を歴任して現在総務相である。(肩書きは当時、敬称は省略、以下同じ)
 家系の絢爛さとともに、秀才ぶりも有名である。すべて東大卒であり、祖父・父は法学部を首席で卒業している。
 ところがである。威一郎は父たる一郎のことを「あれは天下の大バカ者だった」と公言してはばからなかったとのことである。なぜか、一郎は大正14年普通選挙法が上程されたとき、議場で大暴れしたのである。絶対反対だったからである。昭和5年のロンドン軍縮会議の折には、統帥権干犯を理由に軍懐柔に反対して軍部を増長させた。同8年には文相として滝川事件を起こした。京都大学の滝川幸辰教授の『刑法読本』を共産主義だとして発禁にし、同教授を免職にした。戦後この事件は学問弾圧の例とされた。一郎は首相就任を目前にしてGHQから追放された。これだけのキャリアを見れば子息から「天下の大バカ者」といわれるのも止むなしか。
 いま4代目の由起夫、邦夫が活躍しているが、ここで要注意なのは「鳩山ファミリーが名門秀才」であることを知る世代は70代が最後ただと言うことである。後の世代はまず知らない。邦夫が長年東京の音羽御殿―歴代の鳩山邸のある選挙区から九州(福岡)に移った。このことを同じ選挙区のライバルが「鳩山を東京から追放した」と自慢していた。由起夫ははじめから北海道である。
 ポスト小沢争いは本格化するが、由起夫が名門の最後を飾るか―関心の的である。 

(ジャーナリスト)

 

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世襲解消は完全な党営選挙のみ

大野 博

 世襲議員をなくせ―こんな論議が自民党内に沸騰している。確かに全議員の3分の2が2世か3世か、中には4世もいるからにはそうだろう。しかしこの解決策は英の選挙、つまり完全な党営選挙を実現するしかない。
 「ぼくのお父さんは東京第1区から立候補していた。だからぼくも東京1区から立候補したい」―これが典型的な世襲議員の論理である。しかし英の場合は「ダメだ。党全体の見地で、あなたは大阪1区から出馬してほしい」となる。英では2世政治家が生まれないのはこのためである。
 選挙の運動活動、資金はすべて党が面倒を見る。有権者も訓練されていて労働保守両党の政策を見て投票を決める。
 日本ではどうか。実質的に個人営選挙である。運動母体は自ら育てた後援会である。後援会費という選挙資金集めである。それゆえ後援会は私有財産である。有権者の投票行動も地縁血縁に左右される。後援会という組織を他人に使われてはたまらないというのが議員の本音である。相続は2世に限るというもの。
 椎名悦三郎さん(外相などを歴任、故人)は「この後援会はみんなのものだ。私だけのものでない」といっていた。それはそうだろう。「これはオレのものだ」といおうものなら、組織はばらばらになる。しかしこれは建前。実際は息子の素夫さんにゆずっている。多くの議員も似たり寄ったりである。
  日本も早く英のようになりたいものである 。ただし「だから単純小選挙区が好ましい」というのは短絡だが。

(ジャーナリスト)

 

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安易な招集 安全保障会議

大野 博

 北朝鮮の「ミサイル」発射騒動は、しょせん一幕のドタバタ喜劇であった。各国の評価は「かの国の”ミサイル技術”はこの程度のもの」とごく平静である。
 各国とも「日本は騒ぎすぎ」という見方である。誤発射騒動(この表現はおかしい、「誤報」と言うべきである)がその典型である。
 唯一の収穫!は3月26日に安全保障会議を招集したことである。同会議の前身は国防会議といっていた。それを改称(改組ではない)もの。しかし以前から「国防会議は開かないことに意義」といわれていた。開くと騒ぎが大きくなるから―というのがその理由。なんとも他愛のない話である。
 海部内閣の1991年1月17日湾岸戦争が勃発した。この戦争の日本への影響は、北朝鮮ミサイルの発射よりもはるかに大きい。石油直結ルートだからである。政府は掃海艇を派遣した。
 各界からしきりに安保会議を招集すべきである」との声が出た。しかし政府はとうとう招集しなかった。それに引き替え、こんどの安保保障会議招集は敏速だった。ほとんど招集の意味がないのだから、北朝鮮のミサイル脅威論に悪のりした安保アレルギーの解消を狙ったものであろう。ソマリア海域への自衛艦派遣といい軍事的コーミットメントが目立つ。要注意である。

(ジャーナリスト)

 

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相続税を全廃せよ

大野 博

 麻生首相の「相続税・贈与は軽減したい」の発言をきっかけに自民党内では、同税の大幅軽減を検討するという。ちなみに予算費目の上では贈与税はなく相続税に含まれていて、その額は年一兆円前後である。
 「日本は世界で唯一社会主義に成功した国である」といったのはゴルバチョフソ連大統領(当時)である。「日本は所得再配分のうまくいっている国です」は宮沢喜一首相(当時・故人)の言葉。両者の視点は一致している。
 資本主義国と社会主義国の際だった違いは何か。それは私有財産を認めるか否かである。
 さてわが国の相続税課税では相続三代で相続財産がゼロになる。松下幸之助さんが100億の財産を残しても、孫の代では無である。こういう国は私有財産を認めていると言えるのだろうか。ゴルバチョフさん流に言えば、日本は立派な社会主義国である。
 国会でも相続税の重さはしばしば問題にされた。財務省の答弁は「相続税の対象になるのは100世帯のうち7世帯である。ゆえに負担力は十分にある」というものである。しかしこの論理には盲点がある。士農工商の徳川時代とは異なり、だれもが7世帯になる可能性がある。あるいはいうかもしれない―「そんなことは幻想である」と。確かに100世帯のうち7世帯になる確率は天文学的数字である。
 しかし幻想であっても国民に夢と希望を持たせること手が無用だろうか」「わが党は国民に夢も希望も与えません」などという政党があるわけがない。
 世界各国は総じて相続税を軽減またはゼロにする方向であるという。これはどういうことなのか。麻生は発言を機に相続税の廃止を真剣に検討すべきである。

(ジャーナリスト)

 

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救い難い政府の
国際・雇用感覚の欠如

大野 博

 フィリピンのカルデロン一家の問題ほど日本政府の国際感覚の欠如、さらに雇用問題で時代遅れかを示したものはない。加えて斜眼氏は「戦争世代はいなくなったなぁ」と感じざるをえないのである。
 ドイツ、イギリス、フランス、アメリカの先進国では外国人就労者は、完全にその国の就労システムに組み込まれている。つまり外国人労働者がいなくては国の産業経済が成立しないまでになっている。
 とはいうもの、国によって外国人労働者問題には温度差があるのも事実。もっとも成熟しているのはドイツである。旧西ドイツ時代、同国には50万人の外国人労働者がいた。不況で失業者が増えた。各地で外国人労働者は排斥運動が起きた。ネオナチによる暴行が頻発した。
 いまそのドイツは500万の失業者がいる。その対策は政治の最大課題になっている。それでいて外国人労働者排除の動きはない。ドイツ全体に「失業者問題と外国人労働者問題は無関係」とのコンセンサスができたからである。
 イギリスでは工業地帯で外国人労働者排斥の運動がある。しかしロンドンを見よ。同市の70%が非イギリス人という。ロンドンから外国人労働者がいなくなったらどうなるか。
 パリの一画には外国人労働者が50万人いる。かつてこの地域で騒動が起きたが、どうもそれは外国人労働者の間のトラブルが原因だったようである。
 ところがわが国では外国人労働者問題はどうか。「じゅうたんにこぼした水」という状態である。机の上に水をこぼしても吸い取れる。しかしじゅうたんにこぼした水はたちまち浸しみこんで絶対に吸い取れない。外国人労働者問題はじゅうたんに浸透した水と言われるゆえんである。
 この状態ではいつまでも外国人労働者を不法入国不法就労といっていては取り締まりの対象でしかない。そのために09年度は入国警備官を、199名増員し、入管職員は3439名(定員ベース)にしている。もはや年に5万人程度の外国人労働者受け入れは必要である。難民でもよい。「難民鎖国日本」の国際的評価も返上できる。
 現に自民党・財界には労働資源の十分な確保とコスト削減の観点から、「外国人労働者を受け入るれべきだ」との声は結構多い。しかし単なる労働力の代替策に過ぎず、これでは就労システムに組み込んだものとは言えない。21世紀は労働や雇用の国際間の移動は自由になる時代である。
 人はあるいはいうかもしれない。「いま日本人だけで空前の失業者が出ているではないか」「こんな情勢で外国人労働者を受け入れるというのか」と。しかしこの見解は近視眼的である。日本も早く景気を回復させ、経済を成長軌道に乗せることが必要である。そのためには外国人労働者は不要だろうか。ノーである。自動車とその関連産業の失職者でわかるように、自動車、工作機械などの機械工業には外国人労働者は完全に組み込まれているのである。斜眼氏がつくづく思うのは「戦争世代がいなくなったなぁ」と言うことである。太平洋戦争中、日本はフィリピンでもひどいことをした。倉庫に何人も押し込めて火を放ったことがある。もちろん皆殺しである。南京大虐殺に劣らない非道な行為である。これを考えればカルデロン一家のことも「戦争の罪ほろぼし」の見地から解決できなかっただろうか。これから増えるはずの東アジアからの労働者に応対するときに欠かせない配慮であろう。

(ジャーナリスト)

 

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意外!ペンタゴン通 小沢氏

大野 博

 小沢一郎民主党代表が「米の極東でのプレゼンスは第7艦隊だけで十分だ」と言ったことが波紋を呼んでいる。「小沢さん意外にペンタゴン通だなぁ。実はこの見解ペンタゴンにもあるのだ}という評論家もいる。
 「日米安保もういいよ」の声は米にも結構ある。「20世紀j末をもって安保を打ち切るべきだ」と言っていたカリフォルニア大学の教授がいたことはよく知られている。かつてペンタゴンを訪問したある政治評論家(彼は国務省の招待で訪米した)はここで「日本の基地は横須賀とカデナがあれば十分だ」といわれたという。米にすれば「日米安保堅持」はお題目といえば言い過ぎか。それとも「日本に巨額の国債を買ってもらうため」ということか。日本政府が「日米安保を破棄します」といえば「ああそうですか」と受け入れるだろう。
 米には日米安保に別の見解がある。「ビンのふた」論である。「在日米軍は日本軍国主義阻止の役割を持つ」というもの。言い出しっぺは在沖縄の海兵隊司令官である。慌てたペンタゴンは「それは個人の見解」と釈明した。
 小沢見解への反応は早かった。朝日2・27によると町村信孝前官房長官は「防衛費が2倍3倍になってもいいのか」といっている。
 事実最近「日米安保条約に賛成、なぜならなくなると防衛費が増えるから」という声が増えている。かつての軍部横暴に重ね合わせて「自衛隊に威張られるのはいやだ」との感情もある。
 小沢氏の「第7艦隊だけで十分」、町村氏の「防衛費が2,3倍になる」ーーまもなく行われる総選挙で有権者はどちらに賛成するか。

(ジャーナリスト)

 

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灯火の消える寸前は明るい

大野 博

 「灯火(ともしび)の消えんとするや、いっそう明るくなる」。この格言どうやら麻生太郎首相に当てはまりそうである。2月18日サハリンで行われた日ロ首脳会談でのことである。
 朝日2・29日付朝刊によると、首相は領土問題について「2島、4島の交渉では進展しない」「政治家が決断する以外にない」と語ったという。1956年10月の鳩山・フルシチョフ会談以来48年ぶりに出た2島4島論である。
 同年に行われた日ソ(当時はソ連)国交回復交渉で領土問題について、日本は4島一括変換を、ソ連は「まず歯舞、色丹を返還し、日ソ平和条約締結後に国後、択捉を返還する」とそれぞれ主張した。4島一括か、2島先行かと言われるもの。この議論はその後絶えていたが、麻生首相が生き返らせたといえる。その功績!は大きい。
 だがその首相の身辺はどうか。風前の灯火といえば酷だろうか。とすれば領土問題の発言は、灯火消えんとするや一際明るくなる現象といえばさらに残酷だろうか。
 さらに「官僚では解決しない」との言も斜眼氏には思い当たるフシがある。
 日ソ宣言の交渉には鳩山首相、河野一郎農相、重光葵外相が当たり、官僚には一切関与させなかった。
 1978年10月に田中・ブレジネフ会談が行われた。このときソ連は「日ソ間には戦後未解決の問題がある」と言った。ソ連は絶対に領土問題とはいわない。未解決の問題というのが最大の譲歩である。前年田中首相が日中正常化を実現なしたことで、ソ連も同首相には一目置いたことでもあっただろう。他の原因としてはソ連共産党政治局が、交渉では広範な裁量権を政府に保証していたことである。日本の外務官僚はこれを見抜けず、領土問題前進の絶好の機会を逃がした。
 1991年4月、海部・ゴルバチョフ会談が行われた。共同声明では「日ソ両国は両国の国境画定作業に着手する」とあった。これは「両国で国境問題の話し合いを始めましょう」ということである。
 ところがである。ポスト海部の宮沢喜一首相は、こともあろうに「領土問題解決に協力を求める」としてフランス、ドイツ両国を訪問したのである。「よりによってこの2カ国に行くとは」との声が多かった。
 この2国ほど領土問題に敏感な国はない。かのアルザス、ローレンをめぐって1871年(普仏戦争)、1914(第1次世界大戦)の2回も戦争をした。そのたびに両国は数十万の戦死者を出した。とくにドイツは第2次大戦後はプロシヤといわれた地域はすべてソ連にとられて泣くに泣けない状態だ。
 何より反発したのはソ連である。「両国(日ソ)で静かに話し合おうというのに」といい事実上交渉を破棄した。
 この仏独訪問をお膳立てしたのはT元外務次官である。「外務省これほど外交官感覚のないものが事務次官まで昇進するのか」とあきれさせたものである。

(ジャーナリスト)

 

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潜水艦沈没!露呈した防衛オンチ

大野 博

 09年度の予算案の審議は大詰めを迎えている。年末の予算案決定のときから現在に至るまでメディア、評論家が全く触れていないことがある。それは防衛予算で潜水艦の新規着工が見送られていることである。これまで毎年潜水艦は1隻ずつ新規に着工してきたことを想起すると、なんとも異例である。
 潜水艦の建造費はほぼ550億円で後期は5年、この間は継続費が認められている。09年度に完成するのは04年度着工艦である。ちなみに09年度新規着工艦は甲型警備艦(建造費総額1456億円、完工は2014年度)のみである。
 潜水艦新規着工なしをどうみるか。ハト派なら「麻生首相がそんな平和路線を取るとは知らなかった」というべきだろう。タカ派なら「日本の防衛を累卵の危うきにおくもの。許せない」と怒るべきである。どちらの議論も起きなかったことは、日本人が防衛オンチなのを露呈したわけである。良いことか、悪いことか。

(ジャーナリスト)

  

罪滅ぼしか小泉発言

大野 博

 小泉元首相は2月12日に「定額給付金は『3分の2』を行使してまで成立させることはない」と発言した。野党に同調したようなもので、野党が喜んだのはもっともである。斜眼氏の見るところ「これは小泉さんの罪滅ぼしと、さらに点数稼ぎの発想だなぁ」ということである。
 麻生首相の「実は郵政民営化には反対だった」との発言には、多くの人があ然としたものである。定額給付金は麻生政策の目玉である。だがこの法案は参議院で否決必至である。しかし首相は衆議院で3分の2の武器!で成立させようとしている。
 小泉発言はこの情勢の下で行われたもの。つまり定額給付金と3分の2の二つの要素は表裏の関係にある。そしてその立役者は他ならぬ小泉元首相である。
 郵政民営化法案は参議院で否決された。本来なら元首相はこのとき民営化を断念すべきだった。それが憲政の常道である。しかし「直接国民に問う」といい衆議院を解散した(05年9月衆議院選挙)。そして3分の2の議席を得たものの、議会政治の汚点といわれた。
 いま与党が「武器」を行使してまで成立させたら、まさに暴挙中の暴挙といわれるだろう。とばっちりが元首相にくるのを自明である。「3分の2を使ってまで成立させることはない」との発言は泣かせる。小泉株は急騰しそうである。早くも「政界引退は撤回するだろう」との見方もある。後がまに据えるねらいの子息の評判が悪いことも気にしている。

(ジャーナリスト)

 

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見苦しい事大主義

大野 博

 クリントン米国国務長官は二月中旬に日本、韓国、中国を訪問するという。日本のメディアは最初に訪日するというので「日本重視の現れ」とはしゃいでいる。「見苦しい、丸出しの事大主義ではないか」というのが斜眼氏の率直な感想である。
 太平洋の地図を見よ。米から三カ国を訪問するとすれば、最初に日本になるのはごく自然である。これをもって日本重視というのは事大主義というべきである。
 確かにクリントン長官は以前、外交専門誌フォーリン・アフェアーズのインタビューで「21世紀の外交の基軸は米中関係である」といっている。しかもこのインタビューの中で、クリントン長官は「日本」には一言も触れていないことが話題になった。この反響は意外に大きく、クリントン周辺はいささか慌て気味に「クリントン氏は日本を軽視していない、重視している」と弁明している。
 しかし、米中基軸論はだれもがそう考えることで、クリントン長官の特異な発想ではない。米のある歴史家は日本の真珠湾襲撃の原因を「それまでの日中関係の論理的帰結である」といっている。明治以来アジアの政治状況では日中米の関係は相互に絡み合っている。戦後はそれに韓国が加わっている。夫君が大統領のときから、あまりアジアが好きそうでなかったクリントン国務長官のこれからのアジア外交が注目される。

(ジャーナリスト)

 

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虚構だった終身雇用制
読み違えた雇用の流動性

大野 博

 一連の経済混乱の中で「日本の終身雇用制は崩壊した」との声を聞く。だが、いままでいわれていた終身雇用制は実は虚構だったのである。
 そもそも終身雇用のためには三つの条件が必要である。@いまの会社を辞めたくない。Aいまの職種を変えたくないBいまの企業が永遠!に存続する――である。
 いまの会社を辞めたい、いまの職種を変えたい―と言う人はいつの世にもいる。好不況に関係なくである。問題は企業である。およそ永遠に続く企業など存在するだろうか。企業の終r末は必ずしも倒産と限らない。鉱山会社は鉱脈がつきれば閉山を余儀なくされる。社員もそれまでと異なる職種に就かざるを得ない。技術の変遷などにより、鉱山会社と同じ場面に直面する例は多い。かつてある労働の専門家が「いまは一企業一職種で一生の職業生活を全うできるものは100万人に1人いるかいないかの幸運児だ」といっていた。肯定せざるを得ない。
 雇用の流動性(あるいは労働の移動性)の意義も正確に理解されていない。いまの会社を辞めたいという人に「やめるな」という。やめたくない人に「やめろ」という。これが雇用の流動性と思う向きが多い。しかし雇用の流動性とは、企業の流動性と表裏なのである。存続不能になった企業の社員の再雇用をどう進めるか―などである。新規企業を立ち上げ、それに関連する職業訓練などが必要になる。とくに後者は行政の役割である。
 米の勤労者は生涯に平均7回職を変えるという。これは雇用慣行というべきで、雇用の流動性とは異質なのである。

(ジャーナリスト)

 

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派遣法は二大原則無視の国恥もの

大野 博

 現在の労働法問題は二つの原則を無視したことである。ひとつは職業紹介無料の原則、もうひとつは同一労働同一賃金である。いずれも近代国家のもっとも基本的な社会政策である。
 派遣業者(派遣元)から労働者を派遣したとする企業(派遣先)。この派遣元と派遣先の権利義務の関係をはっきりさせないまま、同法を成立させた。だから派遣先で「もう必要ない」と言われれば即派遣元もクビになる。本来なら派遣先をクビにされても、派遣元の社員であり、給与も支給されるべきである。
 派遣業界の売り上げは5兆円という。この差はどこから出るのか。派遣手数料である。当時の労働省はこれについて「10%が妥当とみている」と答弁している。なんのことはない。10%のヒンハネである。派遣労働者の所得は50兆円に及ぶとみてよいだろう。
 派遣業者は事実上職業紹介業である。紹介されたものは給与をピンハネされている。国恥ものである。
 戦前日本では同じ労働をしていても男女の賃金格差ははっきりしていた。同じ電話の交換女性でも公立女学校出身と私立出身では差別されていた。この反対闘争の先頭に立っていたのが山川菊栄さんである。戦後初代労働省婦人局長になった。
 それが現在でも正社員と派遣社員と同じ労働しているのに、賃金格差あるとはなにごとか。派遣法は国恥ものである。即刻廃止すべきである。

(ジャーナリスト)

 

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佐藤賢了の亡霊浮上しつつあり

大野 博

 12.9日付の朝日新聞によると、防衛省は野党の要求した幹部自衛官(以下制服組という)の国会招致を拒否したという。この問題、つまり制服組の国会答弁を認めるかどうかは、戦前に「黙れ事件」があり、戦後もそれが尾をひいている。防衛省は今後の検討課題にするという(朝日12.23付け)。
 発端は193833日帝国議会(当時の名称)で国家総動員の審議のときである。陸軍省軍務局の高級課員である佐藤賢了中佐が議員の質問に「黙れ」と一喝したことである。
 役人の国会答弁は局長クラスが政府委員、課長クラスが説明員という。課長でないものが答弁に立つことはない。
 しかし、このときの佐藤賢了は軍務局の課長でもなかった。それが答弁に立ちしかも暴言を吐いたのである。この事件は軍部ファッショの象徴であった。
 佐藤賢了は後に軍務局長になり、東条の懐刀となった。戦後戦犯にされ終身刑を宣告された。  1950年6月25日朝鮮戦戦争が勃発した。マッカーサー指令により警察予備隊が創設された。失業していた旧陸海軍人は「待ってました」と入隊した。そして幹部ポストを占め、かつ年ごとにポスト数を増加させた。
 ところが彼ら制服組が本当に目指したのは、自分たちによる国会答弁だったのである。ここで大いに中ソの軍事的脅威」を強調したかったのである。つまりプロパガンダの場の確保である。
 これに抵抗したのが内局(旧内務官僚が主体)であった。「そんなことになったら2・26の前夜になる」と。
 結局今日まで制服組の国会答弁は実現していないわけだが、彼らはあきらめていない。かつての来栖発言(自衛隊は超法規的措置をとる―という)*や最近の田母神発言の根底には、「シビリアンコントロールなどおかしくて」というものがある。
 制服組の国会発言をめぐる内局との確執は、今後も尾を引くものである。
*註:1978719日、来栖弘臣=統合幕僚会議議長が、「週刊ポスト」誌上で発言
 

(ジャーナリスト)

 

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ニューディールの亡霊を防ごう

大野 博

 米のオバマ政権は新年早々に発足する。早くも「大規模なニューでイール(ND)政策が行われるだろう」との予想―というより既定の事実―がされている。まさにルーズベルトの再来というわけである。しかし果たしてND政策で景気が良くなり、失業が解消されるだろうか。かつてのND政策の彼方に戦争という妖怪が存在していたことを知る斜眼氏にはいささか心配なのである。
 公共投資による景気回復策は一名「ポンプの呼び水」という。枯れた古井戸のポンプに水を注入すると、ポンプが動き出し、水が出る。つまり公共投資によって民間の設備投資を呼び起こす。これが本物の好景気というもの。
 しかしこの状態を救ったの!のは1939年9月4日のナチスドイツのポーランド侵攻、つまり第2次世界大戦の勃発である。
 米は表面的には中立だったが、中立法を成立させ(1938年11月)武器禁輸を撤廃した。さらにレンド・リース(武器貸与法)成立させ(1941年3月)、軍需生産を本格化した。民主主義の兵器廠を名乗った。
 これでは失業がなくなるのは当然である。
 同様なことはドイツにも言える。ナチスはアウトバーン建設で雇用を創出したといわれる。しかし同時にベルサイユ条約を破棄し、徴兵制を実施して50万人を兵隊にしたことも、失業の解消!になっている。そして戦争に突入した。
 米の学者には「ルーズベルトより日本の高橋是清の方がND政策は早かったという向きがある。その高橋大蔵大臣は公債の増加を心配し、そり漸減と軍事費の削減を閣議の席で堂々と発言した。それを伝え聞いた軍部テロリストは激怒し、その襲撃目標に同大臣を加えて殺害した(2.26事件)。そしてその後に来たのは日中全面戦争である(1937年7月)。
 かつてのND政策の亡霊が現れることのないようにしてもらいたいものである。

(ジャーナリスト)

 

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小沢さんに悪評再現の恐れ

大野 博

 938月細川内閣が成立した。実に8会派からなる連立内閣である。だがこの内閣を真に牛耳っていたのは小沢一郎新進党(当時)幹事長である。
 ところがである。この内閣なんと予算編成を越年させてしまったのである。何故か小沢一郎氏が12月の段階で政治改革なるものに熱中したからである。
 日本の政治システムでは、例年12月の最重要課題は予算編成であることは高校生でも知っている。小沢氏はここに気がつかなかったのだろうか。おかげでさんは編成・暫定予算・審議が順遅れとなり、本予算の成立は6月にズレ込んだ。ひどい不況のときであり、これが景気回復を遅らせた。「小沢一郎氏がこんな経済オンチだとは知らなかった」と政界全体でいわれたことである。さらに経済界では小沢株大暴落であった。
 いま政界でも早期解散論がある。その理由はもっともである。しかし時期が悪い。それも二つ重なっている。一つは国際金融の混乱である。他は123月は日本の政治システムでは予算の編成と、国会提出し、審議する時期である。いま総選挙となれば、細川内閣の二の舞である。この点をついた麻生首相の指摘は正しい。小沢氏があまり解散論をいうと、悪評を再現させますよ。

(ジャーナリスト)

 

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資産家はケチですよ

大野 博

 定額給付金の配分をめぐって、政府と与党がもめている。総額2兆円、標準世帯で6万円という。「高額所得者にもか」というわけで所得制限論が出たが、結局処理は市町村に一任することになった。それでも麻生首相の意向は「年収1800万円以上の人には自発的に辞退してもらいたい」らしい。どっこい、そうは簡単にいきそうもないですよ――といいたいのである。何故か。
 斜眼氏の記者時代のこと。塩川正十郎さん(当時代議士)の話を聞いた。塩川さんは大阪選出である。国民年金のことである女性が抗議に来た。「Aさんはかくかくの額、Bさんはこれこれの額の年金をもらっている。なのに何故わたしには一銭もないのか」という。
 そこで塩川さんは「あんたはたくさん家作をもっているやないか。年金をもらわなくても困りゃせんやろ」といった。しかし女性の納得は得られなかったよし。
 某氏の子女は創業百年の歴史を持つ旧家に嫁いだ。もちろん大資産家である。周囲が羨望したのももっともである。しかし、某氏いわく「資産家はケチだ」と―。そこで半畳が入った。「それはそうだな。ケチだから資産家になれたんだよなぁ」と。一同大笑いしたしだい。
 麻生首相の「高額所得者に辞退してもらう」との意向は、高額所得者や資産家各位に通用するものでしょうか。
 

(ジャーナリスト)

 

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ND(ニューディール)成否の
カギは軍事費の削減

大野 博

 米の大統領選はオバマ氏が圧勝した。これまで米で黒人大統領が実現するのは、21世紀中葉で南北戦争(186164)から200年たった頃だろうといわれてきた。この予想を50年も早く実現したわけ。日本人たる斜眼氏も米の歴史的場面に会えて良かったとの感をつ。
 ところがである。そのオバマ大統領は1929年大恐慌以来の困難に直面しているさてどうするかである。誰しも考えつくのは、1933年に大統領に就任したルーズベルトのニューディール(ND)政策である。
 ND政策の柱は巨額の公債を出し、それを公共事業に投入し、雇用機会を作り出すというもの。192535年つまり昭和の1ケタの時代は基本的にロンドン軍縮条約(1930年)が象徴するように、世界はデタント(緊張緩和)であった。米も軍事費は国の予算の30%以下ではなかったか。
 他方失業者は実に800万人もいた。財政にも余裕があり、巨額の公債も発行できた。つまりND政策が可能だったわけである。
 いまはどうか。米のー経済学者は「いま33年のND政策をとるとした場合の失業者は何人か」と研究している。それによると大規模の軍縮をした場合の除隊者X万人、注文の大幅減による軍需工場の離職者Y万人、国防総省の陸海空三軍の担当職員とそれ以外の省庁で軍事関係仕事をしている文官の離職者Z万人、XYZ合計で1000万人が職を失うという。つまり最低でもこれだけの雇用の創出が必要なのである。
 これに要する費用は公債に依存せねばならない。米の財政赤字は4400億ドル、GDP比4.5倍という。完全に硬直化している。
 しかし突破口はある。それは軍事費の削減である。この費用はブッシュ政権では40006000億ドルに達している。イラク、アフガン派兵が原因であることはいうまでもない。
 オバマ新大統領が新ND政策を成功させるカギは、軍事費の大規模削減を断行することである。
 

(ジャーナリスト)

 

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投票の瞬間と人種意識

大野 博

 米大統領選はあと1週間となった(米時間では113)。この選挙の最後の瞬間、つまり投票のときに有権者に人種意識がでるかどうかが注目されよう。
 オバマ候補はアフリカ系アメリカ人である。この表現は昔からあったものではない。1980年代になって使われるようになった。反射的に黒人、二グロ、カラードなどの表現が消えた。ヒスパニックとは南米系のアメリカ人のことである。
 映画通はご存知と思う。156年前のこと、白人と黒人がグルになって銀行強盗をしでかす。万事うまくいき大金をせしめそうになる。だがその瞬間、白人が反黒人意識を出してしまう。そのため計画はオジャンになり、あえなく逮捕されるというしだい。
 人種対立は宿痾といわれた。しかし現実では公的な対立はなくなったといえる。閣僚、州知事、市長、議員……に黒人が起用されたり、選出されてもなんの問題もない。
 しかし私的にはどうか。たとえば自分の隣に黒人が住むことには抵抗が大きいという。私的生活ではまだ人種意識が強いというものである。
 その最たるものは学校である。米の最高裁判所は「たとえ私立学校でも、白人しか入学させないのは憲法違反である」との判決を出している。私立大学では黒人を少数しか入学させない例が多いという。
 だが公立学校ではそうはいかない。あくまでも人種は無差別である。しかし保護者の中にはこれをいやがる者が多い。これらの人たちは子弟を自宅で勉強させている。これをホームスクールといい、全米で300万あるという。
 米大統領選挙に歴史上初のアフリカ系アメリカ人が立候補した。だが選挙中は人種問題は話題のワの字にもならなかった。各界が牽制したからである。
 さて公人の中の公人たる大統領を選ぶ投票で、有権者は私人として人種意識は出さないだろうか。

(ジャーナリスト)

 

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三浦氏自殺の意外な余波

大野 博

 妻殺人事件の「共謀者」容疑でロスアンゼルスで身柄を拘束された三浦和義さんが自殺した。この問題これからも余波が広がるだろう。
 しかしこれで喜んだ!のは実は日本の最高裁判所、法務省である。何故か、米から「三浦氏の裁判記録を提供してほしい」といわれることがなくなったからである。「ヤレヤレ」という思いであろう。
 もし三浦裁判が本格化したら、米からの要求は必至である。その場合、日本の司法は「この事件は決着している」として意断固拒否するか、米の要求はやむを得ない」として提供するかである。どちらにするか大いに悩んだことだろう。三浦氏の自殺でこの悩みから解放されたということか。

(ジャーナリスト)

 

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またも露呈した無節操

大野 博

 補正予算は10月8日衆議院を通過した。ここになんとも奇怪なことが起きた。民主党が賛成したことである。「あれっ民主党は野党でなかったの?」と思う向きは多かった。ちなみに共産、社民両党は反対している。
 そもそも野党と与党の違いは何か、政権担当非担当の相違であろう。これを端的に表すのは政府提案の予算案に賛成するか、反対するかである。法律案には野党も賛成することはある。しかし予算案に賛成すれば、野党ではなく与党である。民主党は賛成の理由として「解散圧力を強める」という。スジの通らない駆け引きである。選挙戦で政府・自民党批判はできないだろう。予算案に賛成しているからである。
 小沢一郎民主党代表は福田首相(当時)と党首会談をした。「大連立をしよう」というわけ。失敗すると「党代表を辞任したい」と言い出す始末。「小沢さん、もっとシャンとしてほしい」の声が起きたものである。
 党首会談といい、今度の予算案賛成といい、民主党の無節操には困ったものである。 

(ジャーナリスト)

 

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根本は外交オンチが原因

大野 博

 汚染米の流通が問題になっている。この問題、元をただせば日本がいかに外交オンチかを露呈している。
 十数年前、米からコメ輸入の自由化を強く求められた。このとき「一粒のコメも輸入させない」という言葉がしきりに言われたことを、思い出す向きし多いだろう。
 この時期、コメは例年1300万トンの収穫があった。対する需要はせいぜい1000万トン、30%の在庫ができた。このため政府は年に3000億円の財政資金を投じて減反政策をとった。輸入反対は無理もなかつた。
 しかし、専門家の間では「コメを輸入しても、売れるのはせいぜい30〜50万トン、需要の3〜5%で市場にはほとんど影響ないとの見解が多かった。さらに都合の良いことに輸入コメは、売れなければ「売れませんでした」で済んだことである。
 だが、93年のウルグアイ・ラウンドによって情勢は一変する。ミニマム・アクセスである。これにより日本は年に77万トンのコメ輸入を義務づけられたのである。最大予想需要の50%超過である。さらに重要なことは、売れなければその赤字は財政で補填が必要になったことである。いまの汚染米問題で農水省がコメの押し売り!をしたのもこれが原因だろう。
 汚染米問題は目先のことにとらわれて、先の展望を持たない日本政府の外交オンチの所産である。
 あるいは「有毒コメかどうか、流通段階で検査すれば問題ない」との見方もあるだろう。しかし、実務的にいって不可能である。毒性の検査はコメの在庫段階でするしかないといえる。

(ジャーナリスト)

 




大麻問題とウソ発見器

大野 博

 斜眼氏の友人某氏は健康診断を受けた。その結果を医師に聞いた。医師はモニターをみていた。その画面には数字がびっしり映っていた。そして医師はいった。「脳こうそくはその後どうですか」と。某氏はびっくり仰天。脳こうそくなど覚えがなかったからである。しかし医師はは数字によると脳こうそくの気があるという。
 露鵬、白露山(以下両力士)について「大麻を吸った」「いや吸わない」と紛糾している。尿検査の結果は黒だったという。斜眼氏は尿検査をした「MKM」が斯界の権威であることに異存はない。しかし両力士が「吸っていない」と言うことも無視できないのである。何人が両力士に面と向かい「MKMが黒とした。だから大麻を吸っている」と断言できるだろうか。
 ここで想起されるのは、戦後の一時期にハバを効かせた「ウソ発見器」である。被疑者に電流をあてて尋問する。オシログラフが激しく上下すれば「真犯人」。変動しなければ無罪―と、まぁこんなこと似なる。
 この機械には決定的な盲点があることがほどなく指摘された。「真犯人」であっても、神経を図太くしていれば、オシログラフは変動しない。客に神経の細い者は、事件に無関係でもグラフは大きく動く。たちまち「真犯人」にされてします。人権蹂躙の最たるものである。最近はほとんど利用されていないのではないか。それでも検査は検査である。
 両力士の尿検が黒と出た。が、当人たち飽くまで否定を続け、提訴の構えをとっている。それなら「ウソ発見器」にかけろ」と要求したらどうだろうか。

(ジャーナリスト)

 

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陸士海兵の亡霊現れる

大野 博

 日本ジャーナリスト会議(JCJ)の機関紙『ジャーナリスト』の8月号に、代表委員の亀井淳さんが8・15の新聞に掲載された『陸軍士官学校』『海軍兵学校』を記念する一万円の豪華本の広告を批判的に記述している。実は斜眼氏もこの広告を見て「陸士海兵」の亡霊が現れたのかと思った一人である。
 陸士海兵とは「陸軍士官学校」「海軍兵学校」の略称であることを知る人は少ないし、どんな学校あったかを知っているのも昭和一桁生まれの年代(1935年まで)で、それ以後の年代、まして戦後生まれの世代はまず知らない。
 1970年ごろ政界では5次防(第5次防衛力整備5カ年計画の略)が話題になっていた。防衛庁長官は中曽根康弘さんだった。中曽根さんは「全国8カ所に防衛高校をつくる」といっていた。記者団から「防衛高校とはどんな学校か」との質問が出た。中曽根さんは「昔の幼年学校のようなものだ」と答えた。戦後25年も経ていたときだから、記者の中には幼年学校を知るものはほとんどいなかった。(結局防衛高校は実現せず)
 ある新聞の外報部記者が「ミリタリ・アカデミーを陸軍士官学校と訳すのに、ネイバル・アカデミーを海軍兵学校と訳すのはおかしい」といったという。この疑問もっともである。しかし海軍士官学校と訳したら、日本人にはピンとこない。この世代になると陸士海兵の区別がつかなくなったというべきである。
 戦後30年までは政財界、官界、そしてジャーナリストにも陸士海兵経験者が大勢いた。とくに自衛隊にである。しかしその自衛隊でもそのころの海上幕僚長が「海兵経験者は私が最後になった」とさびしそうにいっていた。ある大企業の広報部長は海兵経験があった。記者団招待の宴席で「江田島健児の歌」を高唱しご機嫌だった。いまは各界ともいない。斜眼氏の知る範囲ではNK新聞のMHさんが仙台陸軍幼年学校に在学だった程度である。
  戦後63年の8・15に陸士海兵の記念豪華本の広告を見たときは、まさに旧陸海軍の亡霊が出てきた思いである。

(ジャーナリスト)

 

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アフリカ援助に厳重監視を

大野 博

 7月8、9日行われたサミットでアフリカ援助が主要な議題となった。南アフリカのムガベ大統領も出席した。アフリカ諸国は石油、食糧の高騰で苦しんでいる。サミットも緊急援助を決定した。
 ところがである。どの国もだれも口にしなかったことがある。それは「アフリカ諸国への援助は本当に国民に届くだろうか」ということである。この地域の国の政治家、官僚は腐敗しており、援助の資金、物資を横領しないだろうかとの不安がいつもつきまとう。
 典型的な例は二つある。ひとつはガーナ(旧ベルギー領のコンゴ)である。独立後エンクルマが大統領になった。しかし、側近に多数身内を登用した。彼らが汚職をしでかし、当然国中に不満が充満した。そして1966年2月、エンクルマ大統領は、こともあろうに中国訪問中にクーデターを起こされて失脚した。当時自民党の派閥のボスが「うっかり外遊できない。エンクルマのようになるからな」といっていたものである。
 もう一つはジンバブエ(旧ローデシア)のムガベ大統領である。1980年の独立以来5期目の長期政権である。「独立の英雄」との評価もあるというものの。横暴のし放題である。こんな政権への援助は民衆に届くだろうか。
 そんなわけで各国ともアフリカ援助は厳重に監視すべきである。この点で奇怪なのは日本政府である。以前から会計検査院、行政管理庁が援助国に検査のメスを入れようとすると「相手国の主権を侵す」といって反対してきた。自国の税金の使途を検査するのががなぜ悪いのか、現地での使途を徹底的に監視すべきである。

(ジャーナリスト)

 

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いまこそ本物の北朝鮮カードを

大野 博

 アメリカが北朝鮮をテロ国家指定から解除したことから「日本は北朝鮮カードをなくした」」とオロオロしている。なんとも情けない。これから本物の北朝鮮カードを出すときであり、それは日朝正常化交渉に本腰を入れることである。
 世界各国の外交官が異口同音に「日本は拉致問題の交渉が下手だ」という。「まず拉致問題を解決し、その次に正常化に入るというプロセスでは話が進まない。双方を同時に議題にし、交互に話を進めれば確実に進展する」というわけ。日本でも山崎拓元自民党副総裁がこの路線を主張している。
 ここで考えられることは「もし中国軍部が人民戦争論にこだわっていたらどうだろうか」ということである。到底このような対応はできなかったであろう。
 日朝正常化交渉と言えば、いかにも難航すると予想されがちだが、どうもそうではなさそうである。「着地点は補償額だ」との見解が多い。1965年12月の日韓基本条約が発効した。これにより日本は有償無償合計で5億ドルを韓国に払った。当時は1ドル360円であった。それから43年経た現在、北朝鮮と正常化した暁には、確実に50億ドルは払わざるを得まい。いま1ドルが106〜7円程度であるから日本にとってさほど大きな負担ではなさそうである。
 「日本からは経済力(もちろんお金のこと)を差し引いたら残るものは何もない」といったのは渡辺美智雄外相(当時・故人)である。金権行政(岩国基地問題で見せたアメとムチの姿勢を見よ)、金権外交との2枚カードを並べて拉致問題も解決だろうか。

(ジャーナリスト)

 

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フランス海軍を見習おう

大野 博

 石油相場の高騰はひどい。この原因は投機資本(ホットマネー)が原油市場に投入されているからであり、石油の需給関係ではないとの見解は一致している。ならば高騰を抑えるにはどうしたらよいか。この先鞭!を切ったのはなんとフランス海軍である。「他国との軍艦の共同演習には参加しない」という。まさにフランス的スマートさである。
 その理由は二つ。燃料の節約と他国と演習する必要のない情勢という。
 軍艦は大量に燃料を使う。だからその節約は石油の需要減少に大いに役立つだろう。今度のフランス海軍のような燃料節約は世界で初めてである。軍縮とはいえないまでも各国の海軍もぜひ見習ってほしいものである。

(ジャーナリスト)

 

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C130の活用は幻想だったか

大野 博

 重慶・成都・輸送機〜といえばなにやら三題噺的になる。しかし5・12四川大地震の復興にあたって実に密接な関係が生じたことに気がつくのである。
 その復興の早からんことを切望したことから「自衛隊のC130輸送機で食糧、医薬品などを被災地に送るべきだ」と考えた。しかし次の瞬間「彼の地は日本の飛行機とご縁が深い。どう反応するか」と心配になった。案の定「自衛隊の輸送機は断る」と回答してきた。
 無理もない。重慶は日中全面戦争の期間(1937年7月〜45年8月)のクライマックスというべき日本軍飛行機による無差別爆撃を受けた都市である。その開始は1939年5月3日だったる。また成都飛行場は1944年6月16日に初めてB29が北九州・八幡製鉄所爆撃のため発進したところである。この飛行場建設のため付近一帯の住民が大動員され、重労働を強いられことも付言しておきたい。
 そんなわけでC130による輸送は実現しなかった。しかし斜眼氏はいまでも残念に思っている。というのはこの飛行機は大型で輸送量が多く、しかも足回りの強いのが特徴である。ヒマラヤ山中やモンゴル真草原に離着陸したこともある。それゆえC130なら被災地に物資をより多く、より早く送れただろうにと。
 この大構想!幻想だっただろうか。ここで想起するのは当時の米中関係である。両国は友好国であった。だから自衛隊のC130を米軍または米民間会社にチャーターして活用したらどうだっただろうか。
 四川大地震からは1ヶ月たつ。とにかく一時も早い復興が望まれる。
*稿を暖めている間に岩手・宮城内陸地震が発生した。被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一日も早い立ち直りを念じるものです。

(ジャーナリスト)

 

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遠因は農地改革・ネパールの王制崩壊

大野 博

   二世紀半近く続いたネパールの王政が崩壊した(5月28日)。その遠因が農地改革というのはご存知だろうか。
 1944年11月、ネパールでは共産党が単独で政権を握った。世界で社会主義体制が崩壊している中での希有なケースであった。その共産主義政権は「王制はそのまま存続させる。農地改革だけを実施する」との路線をとった。
 しかし実施方法をめぐって急進派と穏健派に分かれた。双方の調整がつかないまま95年9月に共産党政権は崩壊した。急進派は毛沢東主義を名乗り、王制打倒を掲げて武闘路線をとり、各地の役所などを攻撃した。
 これでは穏健派も否応なく武力で防衛せざるを得ない。それが嵩じて王制派と反王制派の闘争という構図になった。この間、王室内で銃を撃ち合うスキャンダルがあり、王制も自壊作用を起こした。そして最終的には王制廃止の憲法制定となった。王制崩壊から共和制への移行は戦争か革命による場合がほとんどである。ネパールのようにその遠因が農地改革というのは、世界史的にも珍しい例ではないか。
  

(ジャーナリスト)

 

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威力示した「4つの近代化」

大野 博

 四川大地震は痛ましい限りである。阪神淡路大震災の30倍の破壊力というから、その惨状はメディアの報道だけではわからないだろう。しかしテレビで見て感じられるのは「4つの近代化が効果を上げているなぁ」ということである。
 中国の軍部は毛沢東の没を機に、毛沢東路線である「人民戦争論(これはゲリラ戦のことである)」と完全に縁を切った。そして4つの近代化路線を進むことになる。火力の近代化、機動力の近代化、通信力の近代化、後方(兵站)の近代化である。
 四川大地震では人民解放軍の出動は早かった。とくに注目されたのは空挺部隊が被害地に降下したり、飛行機から援助物資を落下傘で投下したことである。さらに成都、重慶など被災の中心部にもブルドーザーその他の重機を投入していることである。これらの災害援助に果たす役割は大きい。
 ここで考えられることは「もし中国軍部が人民戦争論にこだわっていたらどうだろうか」ということである。到底このような対応はできなかったであろう。
 「4つの近代化」の因縁は深い。朝鮮戦争に介入して軍部が痛感したことは「人民戦争論」では国防は不可能」と言うことであった。その急先鋒は参謀総長だった膨徳懐だった。しかし毛沢東が固執したため膨氏は失脚した。そして毛没後とともに復活した。
 4つの近代化路線は単に中国一国の問題ではない。同国の軍部はこれを実行するためには、どうしても米国との協調を必要としてのである。米中蜜月の原点はここにある。米の産軍複合体は案外これを歓迎しているのである。

(ジャーナリスト)

 

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所得区分方式のご検討を

大野 博

 後期高齢者(実に妙な表現!)問題で日本全国大揺れである。この原因どうやら現行の健康保険制度は高齢者、現役世代といった文言がしきりに出るように、年齢区分方式をとっているのが原因といえる。この区分方式を所得区分方式に代えてはどうだろうか。
 所得の多寡は年齢に無関係である。所得を高額順に第1から第5分位に分ける。そうして第1分位は保険外つまり自費診療、第2〜4分位は保険診療、そして第5分位は完全公費診療としてはどうだろうか。ただし、生活保護受給者に後発医薬品の使用を強要したような医療制限を設けることは論外であるが。保険数理や統計の専門家にぜひご検討いただきたいことである。
 蛇足ながら政治についてのことわざを一つ――「政治というものは、すべてをよくしようとすると、結果としてすべてを悪くするものである。」

(ジャーナリスト)

 

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日露戦争時代と同じ役人の頭脳

大野 博

   「驚いたなぁ。役人のあたま(頭脳)は日露戦争の時代と変わらないんだよ」――これは橋本竜太郎さん(元首相・故人)が自民党の行政調査会会長であったときの言葉である。
 このとき同調査会は電電公社の分割民営化を論議していた。冒頭の発言はある日の記者会見でのものである。(民営化法は84年4月成立、NTTは85年4月発足)。
 日本は日露戦争の後、政府は「南満州鉄道株式会社」を設立した。そのポイントは@株式会社の資本金は1億円とするAその51%を日本政府が持つB残りをもてるのは日本人と中国人に限るというもの。
 これはつまりアメリカ人には持たせないと言うことであり、さらに満州(いまの中国東北部)からアメリカ資本を締め出すと言うことでもあった。
 これはアメリカを怒らせた。開国以来友好的だった日米関係はこれを機に冷却し、後日の日米戦争の遠因ともなった。政府の電電民営化も南満州鉄道方式を参考にした。つまり外国人には株を持たせないという。案の定外国の反発を招き、日米協議でも問題にされ、その後修正されている
   さて、政府は4月15日の外資審議会でTCIM
(ザ・チルドレン・インベストメント・マスター・ファンド)のJパワー()(旧電電開発)の株式買い増しを拒否した。「国の安全、公の秩序」を理由としている。安全保障やインフラに対する外資規制は各国とも設けており、日本だけの特殊性ではない。しかし、納得のいく理由説明がなされなければ、日本市場の「閉鎖性」を印象づけることになりかねない。閣僚の中にも疑問視する向きもあるそうで、渡辺喜美行革担当相も不満の様子である。
 それにしてもこの決定は橋本さんの「役人の頭(頭脳)は日露戦争の時代と同じ」との発言を証明していないだろうか。
 ちなみに今年は日露戦争後104年たっている。

(ジャーナリスト)

 

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ケンカを売られた小沢さん

大野 博

 日銀総裁、副総裁をめぐる人事騒動は一応決着がついた。つまり小沢一郎民主党代表にとってはケンカを売られたもので、引くに引けなかったと言うことである。
 政府与党の示した人事に小沢さんが反対したのは「天下りだから」というものだった。しかし真の反対理由は福田首相が財政金融一体論から推した人だったからである。財金分離論者である小沢さんにしてみれば「この人事はおれにケンカを売ってきたのと同じ」と受け取ったのは無理もない。かくして党内の異論も「ご聖断」によって押し切ったというもの。福田首相も相当な人事オンチを露呈したといえる。
 さて、その小沢さんも相当な人事オンチなのである。海部内閣(1990年)のとき小沢さんは自民党の幹事長であった。歴代最年少であった。都知事選があり、自民党は内閣官房副長官を長く務めた石原信雄さんを推すと決めていた。
 ところが小沢さんは突如としてNHKタレントの某氏(「原稿を読むタレント」といわれた)を推した。各界がア然としたものである。その結果、ほかになんの取り柄もないが、鋭い選挙感覚を持つ青島幸男さん(そのときの参議院議員)に出馬された。青島さんは本領!発揮し、都市博反対だけを訴えて当選した。行政のベテランたる石原さんはその後も出番の機会は来なかった。「小沢さんの人事オンチ」とよく知られているところである。
 小沢さん、今度の日銀人事問題を機に、ご自身の人事オンチを克服するだろうか。

(ジャーナリスト)

 

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2.6兆円の国債を発行せよ

大野 博

 ガソリンの暫定税率は一応決着がついた。さて、その2.6兆円の歳入の穴をどう埋めるが課題である。福田首相は「早期に再編成して、暫定税率を元に戻す」といい、小沢民主党代表は「知事市町村長の裁量に任すべきだ」といっている。この問題で国債増発論が話題にならないことに注意すべきである。宮沢喜一さん(故人、元首相)が、さる有力米財界人と話し合ったときのこと「日本政府の国債政策はおよそ近代国家にふさわしくない。時代遅れのものである」といわれたという。いま2.6兆円問題を聞くとつくづくこの指摘を思い出す。
 日本の国債は建設国債、赤字国債と区分されている。公共事業費が前者、経常費分が後者である。これは財政のチエである。さらに建設国債は「資産を物として持つ」性質がある。
 1971年8月、1ドル360円の固定レートは崩壊し、変動制に移行した。それまでの日本はせっせとドルを貯め込んでいた。「早晩、紙くず同然になるかもしれないドルを、日本はなぜ貯めるのか」と外国人からいわれていた。日本には資産を物として持つ考えはなかったといえる。
 暫定税率は道路財源である。その穴埋め分は当然道路整備費であり、建設国債の対象になる。なんの遠慮もいらない。思い切り2.6兆円の国債を発行すべきである。

(ジャーナリスト)

 

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小沢さん、いまこそ生地で意地を!

大野 博

 案の定というべきか、果たせるかなと言うべきかガソリン税の一般財源化(以下一般化と省略)、同暫定税率(同じく暫定と省略)をめぐる大手紙の社説は、問題の本質を理解せず、目前のことにとらわれる悪しき伝統を露呈している。
 福田首相の提案は@一般化は09年度からA暫定は維持するB10年間59兆円の道路計画は見直すというもの。そしてこれを実現するため小沢一郎民主党代表との会談を希望するという。
 大手紙の社説は総じて「小沢党首は応じるへきだ」という。対する小沢代表は「党首会談で解決できることではない」といっている。民主党は一般化、暫定廃止の即時実施を主張している。
 そもそも財政の大改革は革命を起こす気構えでなくてはダメである。さらに言えば生命を的にしなければ不可能である。前例がある。2・26事件である。当時の高橋是清蔵相は閣議で「軍事費は多い。削減すべきだ」と発言した。これを伝え聞いた軍部ファシストが激怒し、蔵相にテロを加えて惨殺した。
 一般化、暫定の鍵を握るのは小沢党首であることははっきりしている。
 小沢党首は「政界ぶちこわし屋」「因業」といわれてきた。いまこそその生地(きじ)を出して意地を張るべきである。これが真の問題打開の道である。目前の妥協は禍根を残すのみである。

(ジャーナリスト)

 

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キャリア制度は有用か無用か

大野 博

   いま渡辺喜美行革担当相の下で公務員制度改革案が検討されている。その中心はキャリア(上級職)制度をどうするかであるという。しかし戦後の一時期この制度は実質的に廃止されたものである。この経験を参考にすることが必要である。
 福田赳夫さん―福田首相の父、故人、元首相―は戦後大蔵省(現財務省)の官房長だった。戦前の高等文官試験制度に代わる公務員試験制度をどうするかが問題になった。GHQは3点注文してきたという。()上級職と非上級職の区別はつくるな(2)試験問題は法律学偏重ではいけない。法律学以外の問題をたくさん出せ()ペーパーテストだけはだめ、テストによらない選考採用もとれ―というものだった。「いかにもアメリカらしいと思った」と福田さんはいっていた。
 さて困ったのはその後である。当時の大蔵省は例年150名を採用していたが、うち上級職は十数名だった。区分がないものだから、採用された全員が「自分は上級職として採用された」と思い込んだ。福田さんは「週刊誌に『戦後の大蔵省は上級職だけで150名も採用した』と書かれた。あれは間違いだ」といっていた。しかし、区分がないのだから間違いでない。
 そして採用後の処遇に困った。同期と差を付けられたものが「なぜだ」とねじ込んできたという。同様な例は他の省庁でもあったようである。キャリア制度は廃止しても、キャリア信仰は根いものがある。
 この教訓!渡辺行革相はどう生かすか。

(ジャーナリスト)

 

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首相・蔵相・日銀総裁不用の国

大野 博

 1979107日に行われた「一般消費税選挙」で自民党は大敗し、議席の過半数を割った。当然ながら大平正芳首相の責任問題が出た。党内非主流派は退陣を要求した。結局116日の衆議院での首班指名で大平正芳氏が福田赳夫氏を破り続投となった。同じ党から首班候補が二人立つという珍事であった。この一幕917日の総選挙告示からのもので「40日抗争」といわれる。
 つまり40日間首相が決まらなかったわけだが、この間、行政や国民の日常生活はビクともしなかった。「こんな国は世界に例がない」とも言われたものである。蛇足ながら、このときの福田氏は閣僚だった。記者会見で「こんなことで混乱が起きないか」と質問され、「どこかで混乱が起きているなら教えてほしい」と返して一同を笑わせていた。
 199111月、宮沢喜一内閣が発足した。蔵相(いまなら財務相)に羽田孜氏が就任した。ところがこの羽田蔵相肝心の財政のことは放ったらかし。もっぱら政治改革―それは小選挙区制の実現―に熱中していた。「こんな蔵相でいいのか」との声が方々で起きた。しかし国の財政が混乱したことはなかった。結局、羽田氏は小選挙区制で墓穴を掘ることになる。
 さて、日銀総裁はとうとう後任が決まらず総裁不在の状態になった。確かに醜態ではある。しかし果たして日本の金融は混乱するだろうか。日銀総裁は必要な国だろうか。

(ジャーナリスト)

 

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ゲッペルスよりはマシ

大野 博

   ドキュメンタリー映画「靖国」は、予定していた都内の1映画館が上映を中止したという(朝日3月18日)。どうやら原因は自民党有志議員(当然タカ派)の試写会という名目の検閲*にあると見られる。この映画の制作費の一部が国庫補助金から支出されていることも、議員連中を強気にさせているのは自明である。だがこの中止圧力の方法はゲッペルスのやり方より、少しはましというものである。
 1933年1月、ナチスは政権を獲得した。それからのドイツの命運はご承知の通りである。そのナチス政権の前に、ドイツではレマルク原作の「西部戦線異常なし」の映画が大ヒットしていた。観客の多くが上映後に泣き出したといわれるほどである。
 これに対してナチス党はゲッペルスの総指揮のもと、党の暴力組織である親衛隊や突撃隊に平服を着せ、カバンを持たせ、観客を装って入場させた。
 そしてである。上映たけなわの頃合いをみはからってカバンを開けた。何が出てきたか――”ヘビ”である。劇場が大騒ぎになったのはいうまでもない。当局もこの事態を看過できず映画は上映禁止になった。ナチス蛮行の一幕である。これに比べれば「靖国」の中止圧力はご愛嬌というべきだが、その蛮行まであと何歩残されているのか。

参照:ブログ「世界の片隅でニュースを読む/映画「靖国」上映妨害問題=http://sekakata.exblog.jp/d2008-03-19

(
ジャーナリスト)

 

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日独に見る司法の守旧性

大野 博

 横浜事件について最高裁判所は3月14日「免訴」の判断をした。無罪を要求していた元被告、弁護団、「横浜事件の再審を求める会」の運動を裏切るものだった。これで斜眼氏が想起したのはかの「白バラ事件」である。
 1943年、ドイツのミュンヘン大学でショル兄妹が、大学構内で反戦ビラをまいた。ゲシュタポに逮捕された兄妹を含む大学教授ら十数名が、ギロチンで処刑された。同44年7月20日の反ナチス将校団による「ヒットラー暗殺未遂事件」と並ぶ二大抵抗運動と言われている。
 ところがである。戦後の旧西ドイツ(以下は旧西を省略)最高裁は白バラ事件の再審申し立てに対し「この裁判は正当であり、判決は妥当である」との判決を出している。これは戦後のドイツの司法がナチス時代の司法に何の反省もないこととして、厳しく非難された。ただし、ドイツ司法界にも反省の機運が出ているという。注目したいものである。
 さて、日本の最高裁はどうか。横浜事件免訴判決に対し「法技術的な論理に終始した不当判決」(弁護団)の批判は当然であり、「過去の過ちを直視しようとしない最高裁の姿勢に不安を感じる。最高裁は国民の信頼を得る後期をみすみす見逃したというほかない」(3月15日朝日社説)はけだし至言である。日本の司法に反省の機運は生まれるのだろうか。

(ジャーナリスト)

 

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石原都知事に桐一葉

大野 博

 新銀行東京の乱脈ぶりはひどいものである。全額都が出資する資本金1000億円で不良債権がなんと285億円というからあきれる。この銀行は相手企業の数字だけ、たぶん貸借・損益の二表だけだろう。それで融資を決めていたという。実この話で斜眼氏は三つのことを思い出した。
 ある席での税務署の第一線で貢(みつぎ)取りに精を出している人の話――「新聞に掲載されている企業の決算公告、あれ はでたらめです。あんなものを信用していては税金は一円も取れませんよ」。  ある工場を見学していたときのこと。10数名のグループが工場内を鋭い目つきで見回していた。単なる見学者でなさそうと感じた。「あれは何者?」と聞いたら「銀行の人たちです」とのことだった。銀行が融資の是非を決めるのにこうして調べるものか、と思ったものである。
 ある大学の経営学の教授の話――「会社が利益を上げているか、損をしているかを判断するのは倉庫をみることである」。倉庫が空っぽなら売れ行き好調、満杯なら売れ行き不振というわけである。「帳簿をいくらていねいに見ても企業の実態はわからない」ともいっていた。
 この三題噺!から新銀行の経営がいかに放漫だったかがわかるというものである。
 石原都知事は400億円の追加出資を都議会に要請しているが各党は冷淡である。各紙の社説も一致して撤退を主張している。当然である。さらに都知事と銀行経営者間で責任のなすりあいまで始まっている。醜態の極みである。テレビに映ると知事の顔は引きつっていて、これまでの高慢さはない。
 三期目約10年の都知事だがこれまでの順風満帆から何となく桐一葉の様相になってきた。

(ジャーナリスト)

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ロス疑惑・ 日本政府はどうでるか

大野 博

 三浦知義さんが何と27年前の事件で米官憲に逮捕された。今後の展開は予断を許さないが、関心は日本の司法は独立性を発揮できるか」である。
 一事不再理は司法の鉄則である。この点を質問された米官憲は「米の司法は日本の司法に束縛されない」と答えている。「それはそうだろうという」向きも多い。
 では「この場合はどうなのか」と疑念も生じるはずである。それは、もし米が三浦裁判に関係する裁判や捜査の資料を日本政府に要求してきたらどうするかである。日本政府は一事不再理をタテに拒否するか、それとも応じるかである。実はここが日本にとっての三浦問題の核心である。
 あまり理解されていないが、一国の裁判官の法理水準は他国からその国が尊敬されるか、バカにされるかの基準になる。 英の研究家は徳川時代の判官の法理は同時代の英の裁判官のそれと同じだったといっている。
 司法の独立と言えば誰もが思い浮かべるのは、かの大津事件である。1891(明治24)訪日中のロシア皇太子(後のニコライ二世)が滋賀県大津市を通過した際、津田三蔵巡査に斬りつけられた。時の政府は不敬罪の適用、つまり死刑を強く求めた。しかし児玉惟謙裁判長はこれを拒否し、殺人未遂として無期懲役の判決を出したことである。この判決には当時のロシア皇帝も納得したほどである。三浦事件で日本政府はどうでるだろうか。

(ジャーナリスト)

 


マニュアル幹部と組織の悲劇

大野 博

   「全艦船あて、真珠湾は空襲を受けつつあり、これは演習に非ず」――1941年12月8日(日本時間)に日本軍の爆撃を受けたとき、米海軍が発して第一報である。この電文は米海軍がいかに有事即応臨機応変に優れているかの象徴とされている。
 2月19日千葉県沖で海自のイージス艦が漁船と衝突した。漁船の父子はいぜん行方不明である。このときのイージス艦の対応について究明がつづいている。しかし、はっきりしていることは海自には人、組織双方の面で有事即応の能力がまるでないと言うことだった。  戦前米海軍にウイリアム・プラットという提督がいた。日本海軍では野村吉三郎さんにあたる米海軍の長老であった。そのプラット提督は「日本の海軍士官は与えられた任務を遂行することは優れているが、臨機応変の能力はゼロだ」と評していた。
   真珠湾作戦は万事マニュアル通りだったので大成功だった。しかし次のミッドウエイ作戦はマニュアルにない事態が次から次へと起きた。これに対する艦隊の司令官、参謀はなんら臨機応変の指揮ができず、機動部隊は全滅させられた。まさにプラット提督の言葉を立証したわけ。
 今度のイージス艦と漁船の衝突でも、原因は見張りがどうの、レーダーがどうの、指揮系統がどうのといった次元の話ではない。艦長ら幹部と海自組織の臨機応変の能力の欠如が根本問題である。
 アメリカンフットボールを見た人は、このスポーツの荒っぽさに驚く。実はこのスポーツは臨機応変と集団攻撃、集団防御の感覚を養うことを目的に、米士官学校では必須の体育となっている。米軍はそれほど臨機応変を重視している。
 かつて防衛庁の天皇と言われたさる人にこの話をして「防衛大学校ではアメフットをやらせていますか」と質問したら「同好会としてやっているようだ」という。呑気なものだと思った。

(ジャーナリスト)

 

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官僚は国家社会主義者!

大野 博

   「官僚は本質的に社会主義者だ。彼らの夢と描く理想の国家とは国家社会主義国、つまりナチス国家だ」――亀井静香国民新党代表代行である。ちなみに夫子ご自身は警察官僚の出身である。
 「デイトレーダーはバカで浮気で無責任」「競輪場や競馬場に行っている人が、パソコンもって証券市場にきたもっとも堕落した株主の典型 ――北畑経産事務次官の言である。双方の発言を重ねるとピタリと一致する。
 後者はデイトレイダーに対する悪罵予断偏見である。根底にあるのは投機の否定である。投機は健全か不健全かと問われれば「不健全」と答えるのは自然である。しかし投機は資本主義の魂なのも否定できない。資本主義が存続しているのは投機行為を肯定しているからである。投機の原理を否定し、その行為を禁止したかつてのソ連の経済制度が結局ダメになったのもこのためである。(ただはソ連も革命直後は投機を認めている。この時期の経済誌安定している。)
 経産次官は投機を否定する。社会主義者は投機を認めない。官僚は国家社会主義者である。実に見事な三段論法ではないか。   

(ジャーナリスト)

 

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近代目的税の発案者 田中角栄氏

大野 博

  ガソリン税は目的税か一般財源かの論議が盛んである。案外知られていないのが、もっとも近代的な目的税を発案したのは田中角栄氏なのである。1970年頃自民党の幹事長のときの自動車重量税がそれである。
 道路財源財源論の主流は受益者負担論であった。「道路が良くなって利益を受けるのは自動車だ。だからガソリン税の増徴はスジがとおる」というもの。
 これに反発したのが運輸省(現国土交通省)である。「道路が良くなって利益を受けるのは自動車だけではない。国民経済全体に及ぶ」と主張した。さらに中山伊知郎経済審議会会長(当時)も「受益者負担というのは19世紀の租税思想だ」と強調した。道路にせよ、何にせよそれが良くなることで利益を得るもの、得ないもの――そんな区分は現代社会では不可能という。かくしてガソリン税の受益者負担論消えた。

 そんな折、田中角栄氏が発案したのが自動車重量税である。自動車は重さによって道路に与える損傷の度合いが違う。この度合いに応じて課税するもの。この税は一名道路損傷税とも言われるのはこのためである。建設省(現国土交通省)によると、一定の距離を走る乗用車の道路損傷を1とすると、トラックのそれは200という。この数字は物理計算で出る。それ故、この税制は物理税制ともいう。
 乗用車の税金が1万円ならトラックは200万円、1千円なら20万円である。この比率を厳格に守るのがこの税の理念である。
 そして最も重要なことは、この税はいかなる名分をもってしても道路財源にしか使えないことである。一般財源化など議論の余地もない。毎年の自動車従量税は1兆1000億円。税額の計算は科学的、その使途は明白に限定される――というわけで、もっとも近代的な目的税である。これを発案した田中角栄氏は偉かった、といっても許されるだろう。

(ジャーナリスト)

 

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恥の上塗り 成田空港

大野 博

 国土交通省は成田羽田空港の運営会社(空港ビルのこと)の株式の外国人所有は全株式の3分の1以下に制限したいと発表した。その理由として、国の安全保障政策上必要という。いかにも官僚らしい発想である。同時に゛成田空港のことでまた恥をかくのか」とも思った。
 戦後、新幹線、高速道路、黒四ダムなど大規模プロジェクトが相次いだが、成田空港は「戦後最大の失敗作」と言われている。カネ(資金)は大食い、日時をかけ過ぎ、それでいて狭い――などである。斜眼氏は二度空港管制塔に上がる機会を得たが、大型旅客機が踵を接するように離着陸しているのをみてヒヤヒヤしたものである。外国から「世界最悪の国際空港」と言われているのももっともである。ついでながら着陸料は世界最高だという。
 さて、その成田空港運営会社の外国人持ち株を、安全保障論を持ち出して制限するという。さっそく閣内から渡辺喜美金融相が「時代錯誤の考えだ」とかみついた。この見解は世間一般のものである。B29に竹槍で立ち向かう愚である。
 どうしても安全保障論にこだわるならアメリカの例を参考にすべきだろう。同国では有事の際は、大統領が製鉄所と鉄道を接収する権限を持っている。朝鮮戦争のとき、鉄鋼の労働組合がストに入ろうとした。しかしトルーマン大統領は製鉄所を接収した。ストは不可能になった。ベトナム戦争の時鉄鋼会社が鋼材の値上げを発表した。起こったケネディ大統領は強く中止を求めた。接収権を意識したものである。国交省の大臣、官僚にこのマネをする度胸があるかな?

(ジャーナリスト)

 

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角福怨念の亡霊現れる

大野 博

   大砲かバターか」はゲーリングの言葉である。優先すべきは軍事費か社会保障費かの論議によく引用されている。いまのガソリンの暫定税率をめぐる論争は「道路か、パン・ミルク」かというわけである。それにしてもこの問題は30年前の田中角栄首相と福田赳夫氏の対立の構図とそっくりである。
 ガソリンの暫定税率は1973年のオイルショックが原因で生まれた。「石油は一滴も来なくなる」との風評でパニックが起きた(実際は大型タンカーが続々日本なら向かっていた)。トイレットペーパーの買い占めに端を発し、この年の物価は前年比25%高というインフレになった。これを「狂乱物価」と呼んだのが福田赳夫氏であった。
 そこで「とにかくガソリンの需要を抑えよう」という趣旨で、規定のガソリン税に上乗せしたのが暫定税率である。これも日本の行政の悪弊で暫定、当分の間、時限立法などというと、いかにも短期間という感じを与えるが、実際は恒久と言うことである。この暫定税率は34年も続いている。
 いまこの廃止、継続で紛糾している。廃止の大将格は小沢一郎氏で田中首相の秘蔵っ子だっだ。その参謀格の藤井裕久氏は田中内閣の二階堂官房長官の秘書官だった。大蔵省出身で暫定税率のお膳立てをした。他方、継続の大将は福田首相であり、福田赳夫元首相の息子さんである。町村官房長官の父君は町村金吾北海道知事、自治大臣を歴任した人で、福田派の大幹部だった。福田・町村vs.小沢・藤井の構図は角福怨念の亡霊が現れたものである。

(ジャーナリスト)


ゲーリング=ヘルマン・ゲーリング:ナチスドイツの空軍総司令官、国家元帥、ヒトラーに次ぐ地位にあった。ナチス戦争犯罪を裁くニュールンベルク裁判で絞首刑を宣告されるが、刑の執行前の19461015日に自殺。

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賃貸住宅は「破壊」だけでいいのか

大野 博

  「住宅問題はセミの泣きから」「あと30年たてば住宅破壊公団が必要になりますよ」「日本で一番遅れている社会政策は住宅問題」――初めのは自民党代議士、あとの二つは建設省(現国土交通省)幹部、いずれもいまから30年前の言葉である。いまがその30年後にあたるわけだが、さすが建設官僚と言うべきか、ずばり的中である。
 セミの泣きからとは住宅はあらゆる要素の変化に対応(脱皮)することが必要との趣旨。住民の所得水準の変化、家族構成はどうか――独身か、結婚直後か、銀婚か、金婚か、子供の数と年齢構成、現役世代か引退世代か、土地は市部か郡部か――などなどの変数によって住宅政策の対応は異なるという意味。また、この見解には「住宅問題は永遠に続くことで、これで解決と言うことはあり得ない」との意味もある。

 日本での産業革命といえば、ワットの蒸気機関の発明から始まる技術革新のことである。
 しかし、欧米各国では都市問題、住宅問題、労働問題の三者は同根であり、それは産業革命の原因といわれている。住宅問題は社会政策の範疇といわれているのはこのためだろう。しかし日本でその認識がないというわけ。
 冒頭に記した三者の発言を現在に当てはめたらどうなるか。
 朝日新聞07年12月27日によるとUR(都市再生機構・旧住宅公団)は今後10年間に5万戸の賃貸住宅を削減(破壊)するという。これは従来の老朽団地を建て替え、維持していくとの方針の転換だという。
 しかしこの路線は「セミの泣きから論」から納得できない。30年前と比較すれば住民の所得水準は向上している。より広い、よりよい住宅を希望している。URはこれに応えるべきである。
 

(ジャーナリスト)

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ODAに温故知新を

大野 博

 12月23日付の朝日新聞の社説は「ODAの予算漸減を憂える」の趣旨である。「これでは日本の外交力も衰える」とも強調している。しかし「この社説には盲点がある」と率直に感じた次第である。
 かねて各界から「ODAには理念がない」と言われてきた。伏魔殿との酷評もあるほど。
 それは現状のODAは日本メーカー、商社にとって単に「市場」に過ぎないからである。つまりプロジェクトにせよプラントにせよ、業者が建設を終わると、その代金をODA予算から受け取る。それで万事終わりとなる。
 しかしその後の「プロジェクト」「プラント」の維持管理操業はどうなるのか。相手国にその能力があればよい。しかし大半の国はそれがない。それゆえに「プロジェクト」「プラント」は宝の持ち腐れとなっている場合が多い。
 ODAが朝日社説のように「日本外交の威力」になるためにはどうすべきか。それは完成後の「プロジェクト」「プラント」の維持管理操業の能力をつけることにも、ODAが協力することである。
 実はこのモデル!は明治時代の日本にある。明治5年(1873)、新橋―横浜間に鉄道が建設された。この鉄道が日本人だけで運転できるようになったのは5年後である。この間イギリス人に何かと指導されたわけである。もしイギリス人が完成とともに引き揚げたらどうなったか。宝の持ち腐れである。
 温故知新―現代のODAはこのことを参考にすべきではないか。

(ジャーナリスト)

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御内蔵金見っけた!

大野 博

 08年度政府予算の編成は目前である。そこで話題になっていることは「特別会計に10兆円の御内蔵金がある」と言うことである。ところが永田町斜眼氏が見つけたのは、10兆円どころか、実に60兆円である。どこにか――年金特別会計のうちの厚生年金勘定である。
 07年度予算(以下の額はすべて同じ)で厚生年金保険料の収入は21兆4356億円、ほかに国庫負担額が5兆1659億円ある。対する保険給付額は23兆5684億円である。
特別会計が一般会計と異なるのは積立金が予算に計上できることである。厚生年金のその額は実に131兆8827億円である。保険給付費用の5.6倍つまり5.6年分あるというわけ。
 欧州各国の場合、年金準備金は3年分だという。準備金は70兆円余りあれば十分である。ざっと60兆円が積み立て過ぎである。 斜眼氏が「60兆円の御内蔵金」というのはこれである。
あるいは人はいうかもしれない。「積立金を運用して利子を得れば、保険財政に寄与する」と。しかし年金は国民生活の長い歴史の積み重ねのうえに成り立っており、いわば文化の問題である。断じて経済の問題ではない。まして金融問題と考えることは絶対に誤りである。

(ジャーナリスト)

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支払い方法から見直す年金報道を

大野 博

 12月11日付の朝日新聞で、星浩編集委員が元NHK海外特派員・二ユースキャスターで外務報道官を歴任して高島肇氏のメディア分析を紹介している。「問題の解説や分析が少ない。もっと意味を掘り下げた長い記事を」(要約)という。星氏は「耳の痛い批評」といっている。すべてのメディアも同じ思いだろう。
 高島批判が当てはまる例として「年金」があげられる。この問題は5000万人の記録紛失と、その追跡がどうなっているかなどの報道が主である。しかし、問題の基軸は実は保険料の取り方にある。この視点がメディア報道に欠けている。
  厚生年金などの社会保険料は給料から天引きである。それを会社などの担当者が社会保険事務所に持って行ってくれる。払うご当人は素通りである。これが5000万にもの年金を行方不明にして原因ではないのか。つまり本人にはどうしても「年金保険料は払っている、だから自分の受け取る年金はかくかくの額だ」との自覚が出ない。さらなる年金行政の怠慢を許すことにもなっている。
 自分の保険料は自分で計算し、自分の時間をつぶし、自分の足で社会保険事務所に持って行く―このプロセスを経てこそ「年金は確実に受け取るぞ!」の自覚が出る。高島批判に答えるためにも、メディアは年金保険料の天引き廃止を主張してはどうだろうか。

(ジャーナリスト)

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見え隠れする戦中戦後用語

大野 博

 「ほしがりません勝つまでは」「耐乏生活」―いずれも戦中戦後を経験した世代にはおなじみの言葉である。この二語、どうやら再び姿を現しそうな近況である。
 ことの端緒は消費税問題である。「財政再建のため」「年金その他社会保障にあてるため」として、現行5%を10%にアップすべきだというもの。
 どのような税でも、税率と税収は山型のカーブを描く。横軸に税率、縦軸に税収をとる。しかしある税率以上になると税収は反転してダウンカーブを描くようになる。
 今消費税率は5%で税収は10兆円である。これを10%にしたら税収は20兆円になるだろうか。とんでもない話である。絶対あり得ない。1,2兆円増さえおぼつかない。
 なぜか。サブプライム、石油高、株安、円高と不安なニュースが押し寄せる昨今である。庶民は早くも生活防衛の構えである。消費税を1%でもアップしたら、たちまち「ほしがりません勝つまでは」「耐乏生活」の感覚が呼び戻される。つづいて買い控えが強まる。個人消費が落ち込む。と、生産が後退する。着地点は経済全体の萎縮である。民のカマドから火が消えるのは自明である。
 「〜勝つまでは」とは何か。予想されるのは総選挙で野党が与党に勝つことである。

(ジャーナリスト)

 

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破綻の原因は住宅政策

大野 博

 世界の金融が揺れている。発端は米のサブプライムローン(低所得者向け住宅金融)だという。しかしこの見方は皮相である。真の原因は住宅政策の誤りである。日本もこの轍を踏まないようにすべきである。
 住宅政策は大別して持ち家推進と公共賃貸推進の二路線がある。この源流は産業革命である。住宅が政治問題化したのはここからである。資本はできるだけ持ち家を望んだ。労働者は低賃金でも、自分の家があれば動きたがらないからである。他方、労働者は公共賃貸を要求した。低賃金ならさっさとほかに移動できるからである。
 住宅金融(ローン)は持ち家政策の基軸である。勢い住宅建設は収益事業となる。住宅環境は無視される。
 公共賃貸ではどうか。公費だから収益は副次的である。住宅環境は優先的に考慮される。
 米の場合、よりによって低所得層住宅に手当てした。そして返済不能か続出してサブプライムショックとなった。低所得者住宅はあくまで公共賃貸を建設すべきである。もとよりそれは高質・低家賃であるべきは当然である。
 日本の場合はどうか。保守政党が持ち家を、革新政党が公共賃貸を主張しているのはもっともである。
 だが意外とする向きが多いが、行政レベルは実は公共賃貸路線なのである。この筋は以前から「自民党の住宅政策は本来の住宅政策ではない。党勢拡張に利用しているだけ。こんなことを押しつけられて迷惑していると言っている。
 自民党は住宅減税に熱心である。今それは10年で500万円、年平均50万円、月平均4万円。さすがら07年度の税制論議では「これ以上の優遇は賃貸との均衡上問題である」と見送られた。
 今のサブプライム問題の真因が住宅金融政策の誤りであることに気がつき、今後の住宅政策の手がかりにしたいものである。

(ジャーナリスト)

 

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連立政権理念の欠如を露呈

大野 博

 小沢一郎氏を軸にした大連立騒動は何とかケリがついた。一連の動きではっきりしたことは、日本ではまだ連立政権とはどのようなものかとの理解がないことである。
 そもそも連立政権とは、一政党の議席だけでは過半数がなく、比較多数議席のときに、必要になるものである。複数政党が政策をきちんと協定し、過半数議席を構成する。これが連立政権の理念である。
 いま、衆議院は自民党が、参議院では民主党がそれぞれ多数を占めている。なぜ連立政権が必要なのか。「ねじれ国会では重要法案が成立しないから―」という。
 しかし、ねじれ国会での対応は二つある。一つは衆議院可決、参院否決の法案は衆院に回す。そして三分の二多数で再議決し、成立させることである。これは憲法の規定するところである。
 二つめは法案を断念することである。この例は鳩山内閣にある。小選挙区法案は衆院で可決されたが、参院で否決された(19564月)。さすがは党人政治家鳩山一郎氏である。小選挙区制はそのままお蔵入りにした。
 その逆が小泉純一郎首相(当時)である。郵政民営化法案は衆院で可決されたが、参院で否決された。小泉氏は直ちに衆院を解散した。確かに選挙の結果は自民党が三分の二多数を占めてた(059月)。
 しかし、この例は日本の議会史に大きな汚点を残し、外国から笑いものにされた。下院で可決、上院で否決したので下院を解散するなどは、およそ議会制度の論理に合わないからである。
 福田首相、小沢代表とも姑息な発想はせず、正面からねじれ国会に立ち向かうべきである。
 蛇足ながら、今度の連立政権劇に新聞界の実力者が一枚かんでいる。日本の新聞の権威のためにご自重願いたいものである。

(ジャーナリスト)

 

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”モッタイナイ”!!学力調査

大野 博

 文科省は四月に行った全国学力調査の結果を発表した。
 まず驚いたことはこの調査は222万人の学童・生徒全員を対象にしたことである。「そんなに必要なの?」というわけ。ちなみに総務省が実施している全国家計調査消費者物価調査は全国3800万世帯からわずか1800世帯を抽出したものである。統計理論からこれで十分全体状況が掌握できるという。
 滑稽!だったのは文科省の結論である。「基礎的な知識に比べ、活用する力が弱い」とのこと。「知識を活用する力が弱いのは文科省ご自身ではないの」といいたいところである。同省は08年度もそれも学年早々の4月に行うという。学力の増進減退は一年や二年で変わるものなのだろうか。今回と同じような結果が出ることは目に見えている。しかも年度始めに実施するとは「予算を早く使おう」という役人根性が見え見えである。
 さらに我慢ならないのは、この調査に77億円も費やされていることである。国立大学の創設には50億円かかるという。77億円は15校作れる計算である。どちらが有用な税金の使い方かを考えてほしい。
 テストは何度もやると受験技術化する。学力増進にはならない。また学力調査の弊害の最たるものがカンニングである。43年前の学力調査では、四国某県で公然カンニングが行われたと問題になった。こんな調査は今回限りにすべきである。

(ジャーナリスト)

 

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真の親子二代首相となるために

大野 博

 福田康夫首相は憲政史上初の親子二代政権である。まずはおめでとうといおう。祖父・孫、兄弟の政権は例がある。いずれの例も奇しくも岸信介氏の一族である。
 そこで福田首相に父・福田赳夫首相(以下父首相)の何を受け継いでほしいかである。それは「強きを挫き弱きを助ける」上州精神である。
 戦後レッドパージが吹き荒れた。反動攻勢の第一歩である。大手工作機械メーカーの池貝鉄工でも大勢のパージ者を出した。
 このときこれらの人々の再就職に骨折ったのが父首相だという。父首相にこのような一面があったことはほとんど知られていない。まさに「弱きを助ける」上州精神の権化と言ってよいだろう。福田首相もぜひこの父首相を見習い、受け継いでほしい。それでこそ真の親子二代首相といえるからである。

(ジャーナリスト)

 

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強まる伊吹幹事長への風当たり

大野 博

 「沖縄戦の住民の集団自決は軍の命令ではない」との教科書検定には、地元沖縄はもとより、各界から反発が出ている。政界でもそうである。とくに自民党でこの問題で糾弾!されるのは伊吹文明幹事長のようである。同氏のただでさえ弱い党内基盤はいっそう弱まりそうである。
 福田総裁が幹事長に伊吹氏を起用したのは意外中の意外だった。同氏は「なぜぼくが起用されたのかは総裁に聞いてほしい」ととぼけている。前安部内閣では文科相だった。教科書検定問題はこのとき起きた。批判に対して「大臣が検定に介入したら国家は成り立たない」と完璧な国家主義官僚にしてかつ無責任な発言をしていた。その安部首相のもとでの参院選では自民党は大敗した。当の沖縄では自民党候補は落選した。教科書検定が原因である。伊吹氏とは無関係であり得ない。
 福田内閣で文化相となった渡海紀三朗氏は「県民感情を考えたとき、より慎重に取り扱おうと思うのが率直な気持ち」(930朝日)といい、伊吹氏の落差を示している。
 自民党では幹事長は万能の権力者。そのためには党内に強固な基盤を持つことが必要である。しかし伊吹氏にはそれがない。一応「師水会」なる派閥の会長ではある。この派閥は旧福田、旧中曽根派を集めたもの。伊吹氏はこの派閥内でも基盤は弱い。旧中曽根派プロパーではないからである。故渡辺美智雄氏の「温知会」育ちである。プロパーの島村宣伸元農水相とはウマが合わず、結局同氏は離脱した。先の総裁選挙で派として福田支援と決めたものの、5名の麻生候補支援者を出している。教科書問題の進展は予断を許さないが、党内、派閥双方の基盤の弱い伊吹氏に風当たり強まりそうでいる。

(ジャーナリスト)

 

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福田首相の黒衣・越智通雄氏

大野 博

   自民党総裁戦は終わり、福田康夫氏が選ばれ、続いて首相に就任した。総裁選中どのメディアも報道しなかったことがある。
 それは今年が福田首相の父、赳夫首相の没後17年であり、その17回忌の法要が6月某日都内のホテルで開かれたことである。1000名ほども参加しただろうか、盛大であった。安部首相(当時)、森元首相、町村外相(当時)、塩川元財務相、今井敬新日鉄名誉会長らが福田元首相を偲ぶあいさつをしていた。会のホストは康夫氏である。定位置を動かず参会者と握手したり、会話を交わしていた。
 だが会場で足繁く動き回り、あいさつをしている人がいた。故福田元首相の女婿でもあり、福田康夫首相の義兄でもある越智通雄氏である。同氏は一高・東大・大蔵省と典型的なエリートコースを歩き、福田元首相に見込まれて女婿になったもの。
 大蔵省でも順調に昇進した。主計局の課長の時、賀屋興宣氏が引退したのでその地盤を継いで政界に進出した。経済企画庁長官などを勤めたが、同氏が政界で一目置かれたのは何といっても福田元首相の女婿だったからである。前回の総選挙を機を引退したが、77歳にもかかわらず健康そのものである。
「政界一寸先は闇」との格言がある。しかし逆もまた真なのである。「政界一寸先は光」ということである。6月の集まりの時、誰が3ヶ月後に安部首相が退陣し、福田康夫氏が首相になると考えただろうか。「神のみぞ知る」とはこのようなことだろうか。  こうなると水平線上にかすかに見えてくるのが越智通雄氏の存在である。そのキャリアからみて、福田首相の財政金融経済政策の黒衣とみても不自然でない。

(ジャーナリスト)

 

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「祖父は孫より少しマシ」

大野 博

 60年安保の主役は岸信介首相(当時)であった。安部晋三首相はその孫である。安保で岸首相が退陣したのはアイゼンハワー大統領の訪日阻止が原因なのは疑問の余地のないことだった。これで岸首相は「米政府の信用をなくした」と感じたからである。
 後日、当時のマッカーサー駐日米大使がア大統領に会い、このときの模様を話し合った。この席でア大統領はいったという――「この国の政治家は無責任より少しマシというものだね」と。
 さて、912日安部首相は突如退陣を表明した。これに対する各界各層の反応は「なぜ参院選大敗とわかったときに辞職しなかったのか」「国会史上例のない無責任さ」といった具合である。アイゼンハワー大統領流にいうと「祖父は孫より少しマシだった」ということになるか。

(ジャーナリスト)

*アイゼンハワー大統領の訪日中止(ハガティ事件)
日米修好条約100周年記念に岸信介首相はアイゼンハワー大統領を招待していた。1960520日に衆議院で日米安全保障条約の新条約案が強行採決されると,「民主主義の破壊である」として一般市民の間にも反対の運動が高まった。610日、その渦中に大統領来日の準備をするために特使,ハガティ新聞係秘書(大統領報道官)が来日したが、羽田で群衆に包囲されてアメリカ海兵隊のヘリコプターで救出され避難する事態となった。アイゼンハワー大統領の訪日は中止に追い込まれた。

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弁護士と「増量質落」

大野 博

 「量を増やせば質は落ちる」――この命題は正しいか否か。
 最高裁判所が9月3日に発表した、今年の司法試験の合格者を見ると興味深い(9月4日付朝日新聞による)。
 合格者は1500名で不合格者は71名という。一世代前の合格者は500名だったというから、3倍に増えたということか。さらに3000名まで増やす計画という。では質はどうなのか。最高裁は「合否の判定基準は変えていない」といっている。
 しかしベテラン弁護士によると明らかに質は低下しているという。その原因は法科大学院制度だという。ここを終了していないと受験できない。さらに問題なのは試験科目。司法試験の科目は六法(憲法・民法・刑法・商法・民訴法・刑訴法)だけ。労働法、破産法は素通りである。受験者は六法しか勉強しない。「最近の裁判官は労働法を知らないものが多い」ともいっている。
 ほかにも問題がある。裁判官、検事への登用人数である。司法試験合格者を増やしても、判事、検事、さらに司法関係の書記官、事務官、技官を増やさないことには裁判は停滞するばかりである。07年度で見ると06年からの増員は判事35名、検事30名、司法職員は356名である。この数字を司法試験合格者1500名と対比してほしい。弁護士だけがやたらに増えそうである。
 いま判事一人が持つ事件は170件という。かつてある判事が病気で入院することとなった。しかし予定の時刻が近づいても来ない。やっと駆けつけてきたが、その手に書類カバンを持っていた。聞くと「担当事件を他の判事に依頼するのに時間がかかった」とのこと。すごい労働強化である。これでは公正な裁判は出来ない。
 司法試験の合格者を増やすのはよい。でも「増量質落」は全体に避ける。判検事もバランスのとれた増員をするべきだろう。

(ジャーナリスト)

 

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医師は増やすより偏在性是正を

大野 博

 厚生労働省は08年から3年かけて医師3万人を増やす計画という。これは辺地の医師不足を解消するためという。しかしこの路線には疑問がある。医師を増やすより、その偏在性是正にチエを出すべきである。
 医師は16万人いる。だがその勤務地は都市の中心部が多く、周辺部には少ないのが実情である。
 太平洋戦争前、無医村解消は医療行政の中心課題であった。種々対策を講じたものの、あまり効果はなかった。現在でも郡部の6割は無医状態だという。
 戦後、町村の多くは合併して市になった。かつての村は行政上は市の一部とはいえ、周辺部であり実質的には「村」である。医師も市の中心部には多いが郡部には少ない。
 また、産婦人科や小児科の医師不足がメディアの話題になっている。これなどは医療制度の構造上の問題であり、単に医師を増やせば偏在性は解消されるのか、はなはだ疑問である。
 「量を増やせば質が落ちる」という不滅の真理!も銘記すべきであろう。

(ジャーナリスト)

 

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自民党三役の寸描

大野 博

打点ゼロのタレント打者・石原伸晃政調会長
 石原氏ほど役職運に恵まれた議長はいない。行革相、国交相、道路調査会長、幹事長代理と黄金コースを歩いてきた。だが「ちょっと待てよ」ととの感じが起きる。どのポストでも「さすが石原さんだ」と感服する場面があっただろうか。トンと思い当たらないのである。  どの問題でも自分自身の定見がないからである。野球でいえば打席に裁つ機会は多いが、ヒットが打てない。それはまた打点がないことである。
 米大リーグは打率より打点数を重視するという。打点つまり得点が多い選手ほどチームに貢献しているからである。石原政調会長も得点を稼いでほしいものである。  参院選の責任をとり、中川秀直幹事長は辞任した。石原幹事長代理は逆に昇格である。さすがに安部側近というべきか。「伸晃から石原都知事を差し引いたら、残るものはなにもない」などといわれないようになってほしいのである。

角福怨念の目撃者・二階俊博総務会長
 19726月佐藤栄作首相が退陣した。すぐ始まったのが田中角栄、福田赳夫両氏のポスト佐藤争いである。世にいう角福怨念(角福戦争)である。
 これは事実上の金権闘争であった。中間派のA議員がいたとする。票を獲得するために田中派から100万円出る。すると福田派からも150万円、またまた田中派から200万円といった具合である。「金権政治」とはこのときに生まれた言葉ではないか。  二階氏はまだ議員でなく、遠藤三郎議員(当時)の秘書だった。同議員は藤山派に属していたがこの派閥は名ぞ存実亡の存在で、角福の絶好の草刈り場だったわけ。
 二階氏はこうした角福怨念・権力闘争のすさまじさを見ながら議員秘書から議員生活に入ってゆく。離党、そして復党。運輸相、経産相の政治歴を持ち、与野党に豊富な人脈を持ち、二階グループ(グループとは派閥より格落ちの集団)を率いている。崖っぷちの自民党を支えて、坊秀男、早川嵩の両氏以来久々の和歌山選出の実力者になれるかどうか。

やっぱり派閥の長にならねば・麻生太郎幹事長
 吉田茂元首相の孫、麻生財閥の直系という毛並みの良さだが、広池会という大派閥にいたせいか、存在感はなかった。しかしどう派閥が三つに分裂し、麻生氏は最小の河野洋平氏のグループに属した。
 トップの河野氏が衆議院議長になり、その跡を継いで麻生派を名乗ったところで、がぜん存在感が出てきた。政調会長、総務相、外相と順風満帆である。しかし砂上の楼閣ともいわれる安部内閣である。幹事長として党を切り盛りしていけるだろうか。

(ジャーナリスト)

827日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
 729日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
 両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
 臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。

 蛇足だが19674月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
 両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。

(ジャーナリスト

827日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
 729日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
 両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
 臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。

 蛇足だが19674月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
 両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。

(ジャーナリスト)

 

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参院選結果がテロ特措法論議の基礎

大野 博

 827日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
 729日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
 両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
 臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。

 蛇足だが19674月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
 両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。

(ジャーナリスト)

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大臣の事務次官の決め方

大野 博

 官庁では事務次官はじめ幹部の人事をどのように決めるのか。大別して4型がある。
・A型:田村元氏が通産大臣になった。「人事には一切口を出さない」と宣言した。
・B型:田中六助氏が通産大臣の時、課長クラスの人事にまで注文をつけた。事務次官、官房長が大いに困ったものだ。
・C型:大臣は人事に介入しなかった。しかし労働省OBの某国会議員が、しきりに注文をつけた。事務次官、官房長も困っていた。
・D型:一万田尚登蔵相は森永貞一郎官房長を事務次官に登用しようとした。しかし同氏は「スジの通らない人事は引き受けられない」と抵抗した。スジが通らないとは「年次を無視するな」ということ。
さすがは大蔵省、官僚の牙城であった。大臣も人事に口を出せないというわけである。
 さて、防衛省の次期事務次官をめぐる小池百合子大臣と守屋武昌事務次官の軋轢は、首相官邸が仲裁する形で何とか決着した。A〜Dのどの型にもはまらない新型!というべきか。

(ジャーナリスト)

[註]・通産省=現在の経産省:労働省=現在の厚生労働省:大蔵省=現在の財務省

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