いま元気! 一押しのHP ニュース&オピニオン 行動案内 北から南から
永田町斜眼氏

 

いまこそ本物の北朝鮮カードを

大野 博

 アメリカが北朝鮮をテロ国家指定から解除したことから「日本は北朝鮮カードをなくした」」とオロオロしている。なんとも情けない。これから本物の北朝鮮カードを出すときであり、それは日朝正常化交渉に本腰を入れることである。
 世界各国の外交官が異口同音に「日本は拉致問題の交渉が下手だ」という。「まず拉致問題を解決し、その次に正常化に入るというプロセスでは話が進まない。双方を同時に議題にし、交互に話を進めれば確実に進展する」というわけ。日本でも山崎拓元自民党副総裁がこの路線を主張している。
 ここで考えられることは「もし中国軍部が人民戦争論にこだわっていたらどうだろうか」ということである。到底このような対応はできなかったであろう。
 日朝正常化交渉と言えば、いかにも難航すると予想されがちだが、どうもそうではなさそうである。「着地点は補償額だ」との見解が多い。1965年12月の日韓基本条約が発効した。これにより日本は有償無償合計で5億ドルを韓国に払った。当時は1ドル360円であった。それから43年経た現在、北朝鮮と正常化した暁には、確実に50億ドルは払わざるを得まい。いま1ドルが106〜7円程度であるから日本にとってさほど大きな負担ではなさそうである。
 「日本からは経済力(もちろんお金のこと)を差し引いたら残るものは何もない」といったのは渡辺美智雄外相(当時・故人)である。金権行政(岩国基地問題で見せたアメとムチの姿勢を見よ)、金権外交との2枚カードを並べて拉致問題も解決だろうか。
(ジャーナリスト)



フランス海軍を見習おう

大野 博

 石油相場の高騰はひどい。この原因は投機資本(ホットマネー)が原油市場に投入されているからであり、石油の需給関係ではないとの見解は一致している。ならば高騰を抑えるにはどうしたらよいか。この先鞭!を切ったのはなんとフランス海軍である。「他国との軍艦の共同演習には参加しない」という。まさにフランス的スマートさである。
 その理由は二つ。燃料の節約と他国と演習する必要のない情勢という。
 軍艦は大量に燃料を使う。だからその節約は石油の需要減少に大いに役立つだろう。今度のフランス海軍のような燃料節約は世界で初めてである。軍縮とはいえないまでも各国の海軍もぜひ見習ってほしいものである。
(ジャーナリスト)



C130の活用は幻想だったか

大野 博

 重慶・成都・輸送機〜といえばなにやら三題噺的になる。しかし5・12四川大地震の復興にあたって実に密接な関係が生じたことに気がつくのである。
 その復興の早からんことを切望したことから「自衛隊のC130輸送機で食糧、医薬品などを被災地に送るべきだ」と考えた。しかし次の瞬間「彼の地は日本の飛行機とご縁が深い。どう反応するか」と心配になった。案の定「自衛隊の輸送機は断る」と回答してきた。
 無理もない。重慶は日中全面戦争の期間(1937年7月〜45年8月)のクライマックスというべき日本軍飛行機による無差別爆撃を受けた都市である。その開始は1939年5月3日だったる。また成都飛行場は1944年6月16日に初めてB29が北九州・八幡製鉄所爆撃のため発進したところである。この飛行場建設のため付近一帯の住民が大動員され、重労働を強いられことも付言しておきたい。
 そんなわけでC130による輸送は実現しなかった。しかし斜眼氏はいまでも残念に思っている。というのはこの飛行機は大型で輸送量が多く、しかも足回りの強いのが特徴である。ヒマラヤ山中やモンゴル真草原に離着陸したこともある。それゆえC130なら被災地に物資をより多く、より早く送れただろうにと。
 この大構想!幻想だっただろうか。ここで想起するのは当時の米中関係である。両国は友好国であった。だから自衛隊のC130を米軍または米民間会社にチャーターして活用したらどうだっただろうか。
 四川大地震からは1ヶ月たつ。とにかく一時も早い復興が望まれる。
*稿を暖めている間に岩手・宮城内陸地震が発生した。被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一日も早い立ち直りを念じるものです。
(ジャーナリスト)



遠因は農地改革・ネパールの王制崩壊

大野 博

   二世紀半近く続いたネパールの王政が崩壊した(5月28日)。その遠因が農地改革というのはご存知だろうか。
 1944年11月、ネパールでは共産党が単独で政権を握った。世界で社会主義体制が崩壊している中での希有なケースであった。その共産主義政権は「王制はそのまま存続させる。農地改革だけを実施する」との路線をとった。
 しかし実施方法をめぐって急進派と穏健派に分かれた。双方の調整がつかないまま95年9月に共産党政権は崩壊した。急進派は毛沢東主義を名乗り、王制打倒を掲げて武闘路線をとり、各地の役所などを攻撃した。
 これでは穏健派も否応なく武力で防衛せざるを得ない。それが嵩じて王制派と反王制派の闘争という構図になった。この間、王室内で銃を撃ち合うスキャンダルがあり、王制も自壊作用を起こした。そして最終的には王制廃止の憲法制定となった。王制崩壊から共和制への移行は戦争か革命による場合がほとんどである。ネパールのようにその遠因が農地改革というのは、世界史的にも珍しい例ではないか。
  
(ジャーナリスト)



威力示した「4つの近代化」

大野 博

 四川大地震は痛ましい限りである。阪神淡路大震災の30倍の破壊力というから、その惨状はメディアの報道だけではわからないだろう。しかしテレビで見て感じられるのは「4つの近代化が効果を上げているなぁ」ということである。
 中国の軍部は毛沢東の没を機に、毛沢東路線である「人民戦争論(これはゲリラ戦のことである)」と完全に縁を切った。そして4つの近代化路線を進むことになる。火力の近代化、機動力の近代化、通信力の近代化、後方(兵站)の近代化である。
 四川大地震では人民解放軍の出動は早かった。とくに注目されたのは空挺部隊が被害地に降下したり、飛行機から援助物資を落下傘で投下したことである。さらに成都、重慶など被災の中心部にもブルドーザーその他の重機を投入していることである。これらの災害援助に果たす役割は大きい。
 ここで考えられることは「もし中国軍部が人民戦争論にこだわっていたらどうだろうか」ということである。到底このような対応はできなかったであろう。
 「4つの近代化」の因縁は深い。朝鮮戦争に介入して軍部が痛感したことは「人民戦争論」では国防は不可能」と言うことであった。その急先鋒は参謀総長だった膨徳懐だった。しかし毛沢東が固執したため膨氏は失脚した。そして毛没後とともに復活した。
 4つの近代化路線は単に中国一国の問題ではない。同国の軍部はこれを実行するためには、どうしても米国との協調を必要としてのである。米中蜜月の原点はここにある。米の産軍複合体は案外これを歓迎しているのである。
(ジャーナリスト)



所得区分方式のご検討を

大野 博

 後期高齢者(実に妙な表現!)問題で日本全国大揺れである。この原因どうやら現行の健康保険制度は高齢者、現役世代といった文言がしきりに出るように、年齢区分方式をとっているのが原因といえる。この区分方式を所得区分方式に代えてはどうだろうか。
 所得の多寡は年齢に無関係である。所得を高額順に第1から第5分位に分ける。そうして第1分位は保険外つまり自費診療、第2〜4分位は保険診療、そして第5分位は完全公費診療としてはどうだろうか。ただし、生活保護受給者に後発医薬品の使用を強要したような医療制限を設けることは論外であるが。保険数理や統計の専門家にぜひご検討いただきたいことである。
 蛇足ながら政治についてのことわざを一つ――「政治というものは、すべてをよくしようとすると、結果としてすべてを悪くするものである。」
(ジャーナリスト)

 


日露戦争時代と同じ役人の頭脳

大野 博

   「驚いたなぁ。役人のあたま(頭脳)は日露戦争の時代と変わらないんだよ」――これは橋本竜太郎さん(元首相・故人)が自民党の行政調査会会長であったときの言葉である。
 このとき同調査会は電電公社の分割民営化を論議していた。冒頭の発言はある日の記者会見でのものである。(民営化法は84年4月成立、NTTは85年4月発足)。
 日本は日露戦争の後、政府は「南満州鉄道株式会社」を設立した。そのポイントは@株式会社の資本金は1億円とするAその51%を日本政府が持つB残りをもてるのは日本人と中国人に限るというもの。
 これはつまりアメリカ人には持たせないと言うことであり、さらに満州(いまの中国東北部)からアメリカ資本を締め出すと言うことでもあった。
 これはアメリカを怒らせた。開国以来友好的だった日米関係はこれを機に冷却し、後日の日米戦争の遠因ともなった。政府の電電民営化も南満州鉄道方式を参考にした。つまり外国人には株を持たせないという。案の定外国の反発を招き、日米協議でも問題にされ、その後修正されている
   さて、政府は4月15日の外資審議会でTCIM(ザ・チルドレン・インベストメント・マスター・ファンド)のJパワー(株)(旧電電開発)の株式買い増しを拒否した。「国の安全、公の秩序」を理由としている。安全保障やインフラに対する外資規制は各国とも設けており、日本だけの特殊性ではない。しかし、納得のいく理由説明がなされなければ、日本市場の「閉鎖性」を印象づけることになりかねない。閣僚の中にも疑問視する向きもあるそうで、渡辺喜美行革担当相も不満の様子である。
 それにしてもこの決定は橋本さんの「役人の頭(頭脳)は日露戦争の時代と同じ」との発言を証明していないだろうか。
 ちなみに今年は日露戦争後104年たっている。
(ジャーナリスト)

 


ケンカを売られた小沢さん

大野 博

 日銀総裁、副総裁をめぐる人事騒動は一応決着がついた。つまり小沢一郎民主党代表にとってはケンカを売られたもので、引くに引けなかったと言うことである。
 政府与党の示した人事に小沢さんが反対したのは「天下りだから」というものだった。しかし真の反対理由は福田首相が財政金融一体論から推した人だったからである。財金分離論者である小沢さんにしてみれば「この人事はおれにケンカを売ってきたのと同じ」と受け取ったのは無理もない。かくして党内の異論も「ご聖断」によって押し切ったというもの。福田首相も相当な人事オンチを露呈したといえる。
 さて、その小沢さんも相当な人事オンチなのである。海部内閣(1990年)のとき小沢さんは自民党の幹事長であった。歴代最年少であった。都知事選があり、自民党は内閣官房副長官を長く務めた石原信雄さんを推すと決めていた。
 ところが小沢さんは突如としてNHKタレントの某氏(「原稿を読むタレント」といわれた)を推した。各界がア然としたものである。その結果、ほかになんの取り柄もないが、鋭い選挙感覚を持つ青島幸男さん(そのときの参議院議員)に出馬された。青島さんは本領!発揮し、都市博反対だけを訴えて当選した。行政のベテランたる石原さんはその後も出番の機会は来なかった。「小沢さんの人事オンチ」とよく知られているところである。
 小沢さん、今度の日銀人事問題を機に、ご自身の人事オンチを克服するだろうか。
(ジャーナリスト)




2.6兆円の国債を発行せよ

大野 博

 ガソリンの暫定税率は一応決着がついた。さて、その2.6兆円の歳入の穴をどう埋めるが課題である。福田首相は「早期に再編成して、暫定税率を元に戻す」といい、小沢民主党代表は「知事市町村長の裁量に任すべきだ」といっている。この問題で国債増発論が話題にならないことに注意すべきである。宮沢喜一さん(故人、元首相)が、さる有力米財界人と話し合ったときのこと「日本政府の国債政策はおよそ近代国家にふさわしくない。時代遅れのものである」といわれたという。いま2.6兆円問題を聞くとつくづくこの指摘を思い出す。
 日本の国債は建設国債、赤字国債と区分されている。公共事業費が前者、経常費分が後者である。これは財政のチエである。さらに建設国債は「資産を物として持つ」性質がある。
 1971年8月、1ドル360円の固定レートは崩壊し、変動制に移行した。それまでの日本はせっせとドルを貯め込んでいた。「早晩、紙くず同然になるかもしれないドルを、日本はなぜ貯めるのか」と外国人からいわれていた。日本には資産を物として持つ考えはなかったといえる。
 暫定税率は道路財源である。その穴埋め分は当然道路整備費であり、建設国債の対象になる。なんの遠慮もいらない。思い切り2.6兆円の国債を発行すべきである。
(ジャーナリスト)




小沢さん、いまこそ生地で意地を!

大野 博

 案の定というべきか、果たせるかなと言うべきかガソリン税の一般財源化(以下一般化と省略)、同暫定税率(同じく暫定と省略)をめぐる大手紙の社説は、問題の本質を理解せず、目前のことにとらわれる悪しき伝統を露呈している。
 福田首相の提案は@一般化は09年度からA暫定は維持するB10年間59兆円の道路計画は見直すというもの。そしてこれを実現するため小沢一郎民主党代表との会談を希望するという。
 大手紙の社説は総じて「小沢党首は応じるへきだ」という。対する小沢代表は「党首会談で解決できることではない」といっている。民主党は一般化、暫定廃止の即時実施を主張している。
 そもそも財政の大改革は革命を起こす気構えでなくてはダメである。さらに言えば生命を的にしなければ不可能である。前例がある。2・26事件である。当時の高橋是清蔵相は閣議で「軍事費は多い。削減すべきだ」と発言した。これを伝え聞いた軍部ファシストが激怒し、蔵相にテロを加えて惨殺した。
 一般化、暫定の鍵を握るのは小沢党首であることははっきりしている。
 小沢党首は「政界ぶちこわし屋」「因業」といわれてきた。いまこそその生地(きじ)を出して意地を張るべきである。これが真の問題打開の道である。目前の妥協は禍根を残すのみである。
(ジャーナリスト)




キャリア制度は有用か無用か

大野 博

   いま渡辺喜美行革担当相の下で公務員制度改革案が検討されている。その中心はキャリア(上級職)制度をどうするかであるという。しかし戦後の一時期この制度は実質的に廃止されたものである。この経験を参考にすることが必要である。
 福田赳夫さん―福田首相の父、故人、元首相―は戦後大蔵省(現財務省)の官房長だった。戦前の高等文官試験制度に代わる公務員試験制度をどうするかが問題になった。GHQは3点注文してきたという。(1)上級職と非上級職の区別はつくるな(2)試験問題は法律学偏重ではいけない。法律学以外の問題をたくさん出せ(3)ペーパーテストだけはだめ、テストによらない選考採用もとれ―というものだった。「いかにもアメリカらしいと思った」と福田さんはいっていた。
 さて困ったのはその後である。当時の大蔵省は例年150名を採用していたが、うち上級職は十数名だった。区分がないものだから、採用された全員が「自分は上級職として採用された」と思い込んだ。福田さんは「週刊誌に『戦後の大蔵省は上級職だけで150名も採用した』と書かれた。あれは間違いだ」といっていた。しかし、区分がないのだから間違いでない。
 そして採用後の処遇に困った。同期と差を付けられたものが「なぜだ」とねじ込んできたという。同様な例は他の省庁でもあったようである。キャリア制度は廃止しても、キャリア信仰は根いものがある。
 この教訓!渡辺行革相はどう生かすか。
(ジャーナリスト)




首相・蔵相・日銀総裁不用の国

大野 博

 1979年10月7日に行われた「一般消費税選挙」で自民党は大敗し、議席の過半数を割った。当然ながら大平正芳首相の責任問題が出た。党内非主流派は退陣を要求した。結局11月6日の衆議院での首班指名で大平正芳氏が福田赳夫氏を破り続投となった。同じ党から首班候補が二人立つという珍事であった。この一幕9月17日の総選挙告示からのもので「40日抗争」といわれる。
 つまり40日間首相が決まらなかったわけだが、この間、行政や国民の日常生活はビクともしなかった。「こんな国は世界に例がない」とも言われたものである。蛇足ながら、このときの福田氏は閣僚だった。記者会見で「こんなことで混乱が起きないか」と質問され、「どこかで混乱が起きているなら教えてほしい」と返して一同を笑わせていた。
 1991年11月、宮沢喜一内閣が発足した。蔵相(いまなら財務相)に羽田孜氏が就任した。ところがこの羽田蔵相肝心の財政のことは放ったらかし。もっぱら政治改革―それは小選挙区制の実現―に熱中していた。「こんな蔵相でいいのか」との声が方々で起きた。しかし国の財政が混乱したことはなかった。結局、羽田氏は小選挙区制で墓穴を掘ることになる。
 さて、日銀総裁はとうとう後任が決まらず総裁不在の状態になった。確かに醜態ではある。しかし果たして日本の金融は混乱するだろうか。日銀総裁は必要な国だろうか。

(ジャーナリスト)



ゲッペルスよりはマシ

大野 博

   ドキュメンタリー映画「靖国」は、予定していた都内の1映画館が上映を中止したという(朝日3月18日)。どうやら原因は自民党有志議員(当然タカ派)の試写会という名目の検閲*にあると見られる。この映画の制作費の一部が国庫補助金から支出されていることも、議員連中を強気にさせているのは自明である。だがこの中止圧力の方法はゲッペルスのやり方より、少しはましというものである。
 1933年1月、ナチスは政権を獲得した。それからのドイツの命運はご承知の通りである。そのナチス政権の前に、ドイツではレマルク原作の「西部戦線異常なし」の映画が大ヒットしていた。観客の多くが上映後に泣き出したといわれるほどである。
 これに対してナチス党はゲッペルスの総指揮のもと、党の暴力組織である親衛隊や突撃隊に平服を着せ、カバンを持たせ、観客を装って入場させた。
 そしてである。上映たけなわの頃合いをみはからってカバンを開けた。何が出てきたか――”ヘビ”である。劇場が大騒ぎになったのはいうまでもない。当局もこの事態を看過できず映画は上映禁止になった。ナチス蛮行の一幕である。これに比べれば「靖国」の中止圧力はご愛嬌というべきだが、その蛮行まであと何歩残されているのか。




日独に見る司法の守旧性

大野 博

 横浜事件について最高裁判所は3月14日「免訴」の判断をした。無罪を要求していた元被告、弁護団、「横浜事件の再審を求める会」の運動を裏切るものだった。これで斜眼氏が想起したのはかの「白バラ事件」である。
 1943年、ドイツのミュンヘン大学でショル兄妹が、大学構内で反戦ビラをまいた。ゲシュタポに逮捕された兄妹を含む大学教授ら十数名が、ギロチンで処刑された。同44年7月20日の反ナチス将校団による「ヒットラー暗殺未遂事件」と並ぶ二大抵抗運動と言われている。
 ところがである。戦後の旧西ドイツ(以下は旧西を省略)最高裁は白バラ事件の再審申し立てに対し「この裁判は正当であり、判決は妥当である」との判決を出している。これは戦後のドイツの司法がナチス時代の司法に何の反省もないこととして、厳しく非難された。ただし、ドイツ司法界にも反省の機運が出ているという。注目したいものである。
 さて、日本の最高裁はどうか。横浜事件免訴判決に対し「法技術的な論理に終始した不当判決」(弁護団)の批判は当然であり、「過去の過ちを直視しようとしない最高裁の姿勢に不安を感じる。最高裁は国民の信頼を得る後期をみすみす見逃したというほかない」(3月15日朝日社説)はけだし至言である。日本の司法に反省の機運は生まれるのだろうか。
(ジャーナリスト)



石原都知事に桐一葉

大野 博

 新銀行東京の乱脈ぶりはひどいものである。全額都が出資する資本金1000億円で不良債権がなんと285億円というからあきれる。この銀行は相手企業の数字だけ、たぶん貸借・損益の二表だけだろう。それで融資を決めていたという。実この話で斜眼氏は三つのことを思い出した。
 ある席での税務署の第一線で貢(みつぎ)取りに精を出している人の話――「新聞に掲載されている企業の決算公告、あれ はでたらめです。あんなものを信用していては税金は一円も取れませんよ」。  ある工場を見学していたときのこと。10数名のグループが工場内を鋭い目つきで見回していた。単なる見学者でなさそうと感じた。「あれは何者?」と聞いたら「銀行の人たちです」とのことだった。銀行が融資の是非を決めるのにこうして調べるものか、と思ったものである。
 ある大学の経営学の教授の話――「会社が利益を上げているか、損をしているかを判断するのは倉庫をみることである」。倉庫が空っぽなら売れ行き好調、満杯なら売れ行き不振というわけである。「帳簿をいくらていねいに見ても企業の実態はわからない」ともいっていた。
 この三題噺!から新銀行の経営がいかに放漫だったかがわかるというものである。
 石原都知事は400億円の追加出資を都議会に要請しているが各党は冷淡である。各紙の社説も一致して撤退を主張している。当然である。さらに都知事と銀行経営者間で責任のなすりあいまで始まっている。醜態の極みである。テレビに映ると知事の顔は引きつっていて、これまでの高慢さはない。
 三期目約10年の都知事だがこれまでの順風満帆から何となく桐一葉の様相になってきた。
(ジャーナリスト)



ロス疑惑・ 日本政府はどうでるか

大野 博

 三浦知義さんが何と27年前の事件で米官憲に逮捕された。今後の展開は予断を許さないが、関心は日本の司法は独立性を発揮できるか」である。
 一事不再理は司法の鉄則である。この点を質問された米官憲は「米の司法は日本の司法に束縛されない」と答えている。「それはそうだろうという」向きも多い。
 では「この場合はどうなのか」と疑念も生じるはずである。それは、もし米が三浦裁判に関係する裁判や捜査の資料を日本政府に要求してきたらどうするかである。日本政府は一事不再理をタテに拒否するか、それとも応じるかである。実はここが日本にとっての三浦問題の核心である。
 あまり理解されていないが、一国の裁判官の法理水準は他国からその国が尊敬されるか、バカにされるかの基準になる。 英の研究家は徳川時代の判官の法理は同時代の英の裁判官のそれと同じだったといっている。
 司法の独立と言えば誰もが思い浮かべるのは、かの大津事件である。1891(明治24)訪日中のロシア皇太子(後のニコライ二世)が滋賀県大津市を通過した際、津田三蔵巡査に斬りつけられた。時の政府は不敬罪の適用、つまり死刑を強く求めた。しかし児玉惟謙裁判長はこれを拒否し、殺人未遂として無期懲役の判決を出したことである。この判決には当時のロシア皇帝も納得したほどである。三浦事件で日本政府はどうでるだろうか。
(ジャーナリスト)


マニュアル幹部と組織の悲劇

大野 博

   「全艦船あて、真珠湾は空襲を受けつつあり、これは演習に非ず」――1941年12月8日(日本時間)に日本軍の爆撃を受けたとき、米海軍が発して第一報である。この電文は米海軍がいかに有事即応臨機応変に優れているかの象徴とされている。
 2月19日千葉県沖で海自のイージス艦が漁船と衝突した。漁船の父子はいぜん行方不明である。このときのイージス艦の対応について究明がつづいている。しかし、はっきりしていることは海自には人、組織双方の面で有事即応の能力がまるでないと言うことだった。  戦前米海軍にウイリアム・プラットという提督がいた。日本海軍では野村吉三郎さんにあたる米海軍の長老であった。そのプラット提督は「日本の海軍士官は与えられた任務を遂行することは優れているが、臨機応変の能力はゼロだ」と評していた。
   真珠湾作戦は万事マニュアル通りだったので大成功だった。しかし次のミッドウエイ作戦はマニュアルにない事態が次から次へと起きた。これに対する艦隊の司令官、参謀はなんら臨機応変の指揮ができず、機動部隊は全滅させられた。まさにプラット提督の言葉を立証したわけ。
 今度のイージス艦と漁船の衝突でも、原因は見張りがどうの、レーダーがどうの、指揮系統がどうのといった次元の話ではない。艦長ら幹部と海自組織の臨機応変の能力の欠如が根本問題である。
 アメリカンフットボールを見た人は、このスポーツの荒っぽさに驚く。実はこのスポーツは臨機応変と集団攻撃、集団防御の感覚を養うことを目的に、米士官学校では必須の体育となっている。米軍はそれほど臨機応変を重視している。
 かつて防衛庁の天皇と言われたさる人にこの話をして「防衛大学校ではアメフットをやらせていますか」と質問したら「同好会としてやっているようだ」という。呑気なものだと思った。
(ジャーナリスト)



官僚は国家社会主義者!

大野 博

   「官僚は本質的に社会主義者だ。彼らの夢と描く理想の国家とは国家社会主義国、つまりナチス国家だ」――亀井静香国民新党代表代行である。ちなみに夫子ご自身は警察官僚の出身である。
 「デイトレーダーはバカで浮気で無責任」「競輪場や競馬場に行っている人が、パソコンもって証券市場にきたもっとも堕落した株主の典型 ――北畑経産事務次官の言である。双方の発言を重ねるとピタリと一致する。
 後者はデイトレイダーに対する悪罵予断偏見である。根底にあるのは投機の否定である。投機は健全か不健全かと問われれば「不健全」と答えるのは自然である。しかし投機は資本主義の魂なのも否定できない。資本主義が存続しているのは投機行為を肯定しているからである。投機の原理を否定し、その行為を禁止したかつてのソ連の経済制度が結局ダメになったのもこのためである。(ただはソ連も革命直後は投機を認めている。この時期の経済誌安定している。)
 経産次官は投機を否定する。社会主義者は投機を認めない。官僚は国家社会主義者である。実に見事な三段論法ではないか。   
(ジャーナリスト)



近代目的税の発案者 田中角栄氏

大野 博

  ガソリン税は目的税か一般財源かの論議が盛んである。案外知られていないのが、もっとも近代的な目的税を発案したのは田中角栄氏なのである。1970年頃自民党の幹事長のときの自動車重量税がそれである。
 道路財源財源論の主流は受益者負担論であった。「道路が良くなって利益を受けるのは自動車だ。だからガソリン税の増徴はスジがとおる」というもの。
 これに反発したのが運輸省(現国土交通省)である。「道路が良くなって利益を受けるのは自動車だけではない。国民経済全体に及ぶ」と主張した。さらに中山伊知郎経済審議会会長(当時)も「受益者負担というのは19世紀の租税思想だ」と強調した。道路にせよ、何にせよそれが良くなることで利益を得るもの、得ないもの――そんな区分は現代社会では不可能という。かくしてガソリン税の受益者負担論消えた。

 そんな折、田中角栄氏が発案したのが自動車重量税である。自動車は重さによって道路に与える損傷の度合いが違う。この度合いに応じて課税するもの。この税は一名道路損傷税とも言われるのはこのためである。建設省(現国土交通省)によると、一定の距離を走る乗用車の道路損傷を1とすると、トラックのそれは200という。この数字は物理計算で出る。それ故、この税制は物理税制ともいう。
 乗用車の税金が1万円ならトラックは200万円、1千円なら20万円である。この比率を厳格に守るのがこの税の理念である。
 そして最も重要なことは、この税はいかなる名分をもってしても道路財源にしか使えないことである。一般財源化など議論の余地もない。毎年の自動車従量税は1兆1000億円。税額の計算は科学的、その使途は明白に限定される――というわけで、もっとも近代的な目的税である。これを発案した田中角栄氏は偉かった、といっても許されるだろう。
(ジャーナリスト)



恥の上塗り 成田空港

大野 博

 国土交通省は成田羽田空港の運営会社(空港ビルのこと)の株式の外国人所有は全株式の3分の1以下に制限したいと発表した。その理由として、国の安全保障政策上必要という。いかにも官僚らしい発想である。同時に゛成田空港のことでまた恥をかくのか」とも思った。
 戦後、新幹線、高速道路、黒四ダムなど大規模プロジェクトが相次いだが、成田空港は「戦後最大の失敗作」と言われている。カネ(資金)は大食い、日時をかけ過ぎ、それでいて狭い――などである。斜眼氏は二度空港管制塔に上がる機会を得たが、大型旅客機が踵を接するように離着陸しているのをみてヒヤヒヤしたものである。外国から「世界最悪の国際空港」と言われているのももっともである。ついでながら着陸料は世界最高だという。
 さて、その成田空港運営会社の外国人持ち株を、安全保障論を持ち出して制限するという。さっそく閣内から渡辺喜美金融相が「時代錯誤の考えだ」とかみついた。この見解は世間一般のものである。B29に竹槍で立ち向かう愚である。
 どうしても安全保障論にこだわるならアメリカの例を参考にすべきだろう。同国では有事の際は、大統領が製鉄所と鉄道を接収する権限を持っている。朝鮮戦争のとき、鉄鋼の労働組合がストに入ろうとした。しかしトルーマン大統領は製鉄所を接収した。ストは不可能になった。ベトナム戦争の時鉄鋼会社が鋼材の値上げを発表した。起こったケネディ大統領は強く中止を求めた。接収権を意識したものである。国交省の大臣、官僚にこのマネをする度胸があるかな?
(ジャーナリスト)



角福怨念の亡霊現れる

大野 博

   大砲かバターか」はゲーリングの言葉である。優先すべきは軍事費か社会保障費かの論議によく引用されている。いまのガソリンの暫定税率をめぐる論争は「道路か、パン・ミルク」かというわけである。それにしてもこの問題は30年前の田中角栄首相と福田赳夫氏の対立の構図とそっくりである。
 ガソリンの暫定税率は1973年のオイルショックが原因で生まれた。「石油は一滴も来なくなる」との風評でパニックが起きた(実際は大型タンカーが続々日本なら向かっていた)。トイレットペーパーの買い占めに端を発し、この年の物価は前年比25%高というインフレになった。これを「狂乱物価」と呼んだのが福田赳夫氏であった。
 そこで「とにかくガソリンの需要を抑えよう」という趣旨で、規定のガソリン税に上乗せしたのが暫定税率である。これも日本の行政の悪弊で暫定、当分の間、時限立法などというと、いかにも短期間という感じを与えるが、実際は恒久と言うことである。この暫定税率は34年も続いている。
 いまこの廃止、継続で紛糾している。廃止の大将格は小沢一郎氏で田中首相の秘蔵っ子だっだ。その参謀格の藤井裕久氏は田中内閣の二階堂官房長官の秘書官だった。大蔵省出身で暫定税率のお膳立てをした。他方、継続の大将は福田首相であり、福田赳夫元首相の息子さんである。町村官房長官の父君は町村金吾北海道知事、自治大臣を歴任した人で、福田派の大幹部だった。福田・町村vs.小沢・藤井の構図は角福怨念の亡霊が現れたものである。
(ジャーナリスト)

ゲーリング=ヘルマン・ゲーリング:ナチスドイツの空軍総司令官、国家元帥、ヒトラーに次ぐ地位にあった。ナチス戦争犯罪を裁くニュールンベルク裁判で絞首刑を宣告されるが、刑の執行前の1946年10月15日に自殺。



賃貸住宅は「破壊」だけでいいのか

大野 博

  「住宅問題はセミの泣きから」「あと30年たてば住宅破壊公団が必要になりますよ」「日本で一番遅れている社会政策は住宅問題」――初めのは自民党代議士、あとの二つは建設省(現国土交通省)幹部、いずれもいまから30年前の言葉である。いまがその30年後にあたるわけだが、さすが建設官僚と言うべきか、ずばり的中である。
 セミの泣きからとは住宅はあらゆる要素の変化に対応(脱皮)することが必要との趣旨。住民の所得水準の変化、家族構成はどうか――独身か、結婚直後か、銀婚か、金婚か、子供の数と年齢構成、現役世代か引退世代か、土地は市部か郡部か――などなどの変数によって住宅政策の対応は異なるという意味。また、この見解には「住宅問題は永遠に続くことで、これで解決と言うことはあり得ない」との意味もある。

 日本での産業革命といえば、ワットの蒸気機関の発明から始まる技術革新のことである。
 しかし、欧米各国では都市問題、住宅問題、労働問題の三者は同根であり、それは産業革命の原因といわれている。住宅問題は社会政策の範疇といわれているのはこのためだろう。しかし日本でその認識がないというわけ。
 冒頭に記した三者の発言を現在に当てはめたらどうなるか。
 朝日新聞07年12月27日によるとUR(都市再生機構・旧住宅公団)は今後10年間に5万戸の賃貸住宅を削減(破壊)するという。これは従来の老朽団地を建て替え、維持していくとの方針の転換だという。
 しかしこの路線は「セミの泣きから論」から納得できない。30年前と比較すれば住民の所得水準は向上している。より広い、よりよい住宅を希望している。URはこれに応えるべきである。
 
(ジャーナリスト)


ODAに温故知新を

大野 博

 12月23日付の朝日新聞の社説は「ODAの予算漸減を憂える」の趣旨である。「これでは日本の外交力も衰える」とも強調している。しかし「この社説には盲点がある」と率直に感じた次第である。
 かねて各界から「ODAには理念がない」と言われてきた。伏魔殿との酷評もあるほど。
 それは現状のODAは日本メーカー、商社にとって単に「市場」に過ぎないからである。つまりプロジェクトにせよプラントにせよ、業者が建設を終わると、その代金をODA予算から受け取る。それで万事終わりとなる。
 しかしその後の「プロジェクト」「プラント」の維持管理操業はどうなるのか。相手国にその能力があればよい。しかし大半の国はそれがない。それゆえに「プロジェクト」「プラント」は宝の持ち腐れとなっている場合が多い。
 ODAが朝日社説のように「日本外交の威力」になるためにはどうすべきか。それは完成後の「プロジェクト」「プラント」の維持管理操業の能力をつけることにも、ODAが協力することである。
 実はこのモデル!は明治時代の日本にある。明治5年(1873)、新橋―横浜間に鉄道が建設された。この鉄道が日本人だけで運転できるようになったのは5年後である。この間イギリス人に何かと指導されたわけである。もしイギリス人が完成とともに引き揚げたらどうなったか。宝の持ち腐れである。
 温故知新―現代のODAはこのことを参考にすべきではないか。
(ジャーナリスト)



御内蔵金見っけた!

大野 博

 08年度政府予算の編成は目前である。そこで話題になっていることは「特別会計に10兆円の御内蔵金がある」と言うことである。ところが永田町斜眼氏が見つけたのは、10兆円どころか、実に60兆円である。どこにか――年金特別会計のうちの厚生年金勘定である。
 07年度予算(以下の額はすべて同じ)で厚生年金保険料の収入は21兆4356億円、ほかに国庫負担額が5兆1659億円ある。対する保険給付額は23兆5684億円である。
特別会計が一般会計と異なるのは積立金が予算に計上できることである。厚生年金のその額は実に131兆8827億円である。保険給付費用の5.6倍つまり5.6年分あるというわけ。
 欧州各国の場合、年金準備金は3年分だという。準備金は70兆円余りあれば十分である。ざっと60兆円が積み立て過ぎである。 斜眼氏が「60兆円の御内蔵金」というのはこれである。
あるいは人はいうかもしれない。「積立金を運用して利子を得れば、保険財政に寄与する」と。しかし年金は国民生活の長い歴史の積み重ねのうえに成り立っており、いわば文化の問題である。断じて経済の問題ではない。まして金融問題と考えることは絶対に誤りである。
(ジャーナリスト)



支払い方法から見直す年金報道を

大野 博

 12月11日付の朝日新聞で、星浩編集委員が元NHK海外特派員・二ユースキャスターで外務報道官を歴任して高島肇氏のメディア分析を紹介している。「問題の解説や分析が少ない。もっと意味を掘り下げた長い記事を」(要約)という。星氏は「耳の痛い批評」といっている。すべてのメディアも同じ思いだろう。
 高島批判が当てはまる例として「年金」があげられる。この問題は5000万人の記録紛失と、その追跡がどうなっているかなどの報道が主である。しかし、問題の基軸は実は保険料の取り方にある。この視点がメディア報道に欠けている。
  厚生年金などの社会保険料は給料から天引きである。それを会社などの担当者が社会保険事務所に持って行ってくれる。払うご当人は素通りである。これが5000万にもの年金を行方不明にして原因ではないのか。つまり本人にはどうしても「年金保険料は払っている、だから自分の受け取る年金はかくかくの額だ」との自覚が出ない。さらなる年金行政の怠慢を許すことにもなっている。
 自分の保険料は自分で計算し、自分の時間をつぶし、自分の足で社会保険事務所に持って行く―このプロセスを経てこそ「年金は確実に受け取るぞ!」の自覚が出る。高島批判に答えるためにも、メディアは年金保険料の天引き廃止を主張してはどうだろうか。
(ジャーナリスト)



見え隠れする戦中戦後用語

大野 博

 「ほしがりません勝つまでは」「耐乏生活」―いずれも戦中戦後を経験した世代にはおなじみの言葉である。この二語、どうやら再び姿を現しそうな近況である。
 ことの端緒は消費税問題である。「財政再建のため」「年金その他社会保障にあてるため」として、現行5%を10%にアップすべきだというもの。
 どのような税でも、税率と税収は山型のカーブを描く。横軸に税率、縦軸に税収をとる。しかしある税率以上になると税収は反転してダウンカーブを描くようになる。
 今消費税率は5%で税収は10兆円である。これを10%にしたら税収は20兆円になるだろうか。とんでもない話である。絶対あり得ない。1,2兆円増さえおぼつかない。
 なぜか。サブプライム、石油高、株安、円高と不安なニュースが押し寄せる昨今である。庶民は早くも生活防衛の構えである。消費税を1%でもアップしたら、たちまち「ほしがりません勝つまでは」「耐乏生活」の感覚が呼び戻される。つづいて買い控えが強まる。個人消費が落ち込む。と、生産が後退する。着地点は経済全体の萎縮である。民のカマドから火が消えるのは自明である。
 「〜勝つまでは」とは何か。予想されるのは総選挙で野党が与党に勝つことである。
(ジャーナリスト)



破綻の原因は住宅政策

大野 博

 世界の金融が揺れている。発端は米のサブプライムローン(低所得者向け住宅金融)だという。しかしこの見方は皮相である。真の原因は住宅政策の誤りである。日本もこの轍を踏まないようにすべきである。
 住宅政策は大別して持ち家推進と公共賃貸推進の二路線がある。この源流は産業革命である。住宅が政治問題化したのはここからである。資本はできるだけ持ち家を望んだ。労働者は低賃金でも、自分の家があれば動きたがらないからである。他方、労働者は公共賃貸を要求した。低賃金ならさっさとほかに移動できるからである。
 住宅金融(ローン)は持ち家政策の基軸である。勢い住宅建設は収益事業となる。住宅環境は無視される。
 公共賃貸ではどうか。公費だから収益は副次的である。住宅環境は優先的に考慮される。
 米の場合、よりによって低所得層住宅に手当てした。そして返済不能か続出してサブプライムショックとなった。低所得者住宅はあくまで公共賃貸を建設すべきである。もとよりそれは高質・低家賃であるべきは当然である。
 日本の場合はどうか。保守政党が持ち家を、革新政党が公共賃貸を主張しているのはもっともである。
 だが意外とする向きが多いが、行政レベルは実は公共賃貸路線なのである。この筋は以前から「自民党の住宅政策は本来の住宅政策ではない。党勢拡張に利用しているだけ。こんなことを押しつけられて迷惑していると言っている。
 自民党は住宅減税に熱心である。今それは10年で500万円、年平均50万円、月平均4万円。さすがら07年度の税制論議では「これ以上の優遇は賃貸との均衡上問題である」と見送られた。
 今のサブプライム問題の真因が住宅金融政策の誤りであることに気がつき、今後の住宅政策の手がかりにしたいものである。
(ジャーナリスト)



連立政権理念の欠如を露呈

大野 博

 小沢一郎氏を軸にした大連立騒動は何とかケリがついた。一連の動きではっきりしたことは、日本ではまだ連立政権とはどのようなものかとの理解がないことである。
 そもそも連立政権とは、一政党の議席だけでは過半数がなく、比較多数議席のときに、必要になるものである。複数政党が政策をきちんと協定し、過半数議席を構成する。これが連立政権の理念である。
 いま、衆議院は自民党が、参議院では民主党がそれぞれ多数を占めている。なぜ連立政権が必要なのか。「ねじれ国会では重要法案が成立しないから―」という。
 しかし、ねじれ国会での対応は二つある。一つは衆議院可決、参院否決の法案は衆院に回す。そして三分の二多数で再議決し、成立させることである。これは憲法の規定するところである。
 二つめは法案を断念することである。この例は鳩山内閣にある。小選挙区法案は衆院で可決されたが、参院で否決された(1956年4月)。さすがは党人政治家鳩山一郎氏である。小選挙区制はそのままお蔵入りにした。
 その逆が小泉純一郎首相(当時)である。郵政民営化法案は衆院で可決されたが、参院で否決された。小泉氏は直ちに衆院を解散した。確かに選挙の結果は自民党が三分の二多数を占めてた(05年9月)。
 しかし、この例は日本の議会史に大きな汚点を残し、外国から笑いものにされた。下院で可決、上院で否決したので下院を解散するなどは、およそ議会制度の論理に合わないからである。
 福田首相、小沢代表とも姑息な発想はせず、正面からねじれ国会に立ち向かうべきである。
 蛇足ながら、今度の連立政権劇に新聞界の実力者が一枚かんでいる。日本の新聞の権威のためにご自重願いたいものである。
(ジャーナリスト)



”モッタイナイ”!!学力調査

大野 博

 文科省は四月に行った全国学力調査の結果を発表した。
 まず驚いたことはこの調査は222万人の学童・生徒全員を対象にしたことである。「そんなに必要なの?」というわけ。ちなみに総務省が実施している全国家計調査消費者物価調査は全国3800万世帯からわずか1800世帯を抽出したものである。統計理論からこれで十分全体状況が掌握できるという。
 滑稽!だったのは文科省の結論である。「基礎的な知識に比べ、活用する力が弱い」とのこと。「知識を活用する力が弱いのは文科省ご自身ではないの」といいたいところである。同省は08年度もそれも学年早々の4月に行うという。学力の増進減退は一年や二年で変わるものなのだろうか。今回と同じような結果が出ることは目に見えている。しかも年度始めに実施するとは「予算を早く使おう」という役人根性が見え見えである。
 さらに我慢ならないのは、この調査に77億円も費やされていることである。国立大学の創設には50億円かかるという。77億円は1.5校作れる計算である。どちらが有用な税金の使い方かを考えてほしい。
 テストは何度もやると受験技術化する。学力増進にはならない。また学力調査の弊害の最たるものがカンニングである。43年前の学力調査では、四国某県で公然カンニングが行われたと問題になった。こんな調査は今回限りにすべきである。
(ジャーナリスト)



真の親子二代首相となるために

大野 博

 福田康夫首相は憲政史上初の親子二代政権である。まずはおめでとうといおう。祖父・孫、兄弟の政権は例がある。いずれの例も奇しくも岸信介氏の一族である。
 そこで福田首相に父・福田赳夫首相(以下父首相)の何を受け継いでほしいかである。それは「強きを挫き弱きを助ける」上州精神である。
 戦後レッドパージが吹き荒れた。反動攻勢の第一歩である。大手工作機械メーカーの池貝鉄工でも大勢のパージ者を出した。
 このときこれらの人々の再就職に骨折ったのが父首相だという。父首相にこのような一面があったことはほとんど知られていない。まさに「弱きを助ける」上州精神の権化と言ってよいだろう。福田首相もぜひこの父首相を見習い、受け継いでほしい。それでこそ真の親子二代首相といえるからである。
(ジャーナリスト)




強まる伊吹幹事長への風当たり

大野 博

 「沖縄戦の住民の集団自決は軍の命令ではない」との教科書検定には、地元沖縄はもとより、各界から反発が出ている。政界でもそうである。とくに自民党でこの問題で糾弾!されるのは伊吹文明幹事長のようである。同氏のただでさえ弱い党内基盤はいっそう弱まりそうである。
 福田総裁が幹事長に伊吹氏を起用したのは意外中の意外だった。同氏は「なぜぼくが起用されたのかは総裁に聞いてほしい」ととぼけている。前安部内閣では文科相だった。教科書検定問題はこのとき起きた。批判に対して「大臣が検定に介入したら国家は成り立たない」と完璧な国家主義官僚にしてかつ無責任な発言をしていた。その安部首相のもとでの参院選では自民党は大敗した。当の沖縄では自民党候補は落選した。教科書検定が原因である。伊吹氏とは無関係であり得ない。
 福田内閣で文化相となった渡海紀三朗氏は「県民感情を考えたとき、より慎重に取り扱おうと思うのが率直な気持ち」(9.30朝日)といい、伊吹氏の落差を示している。
 自民党では幹事長は万能の権力者。そのためには党内に強固な基盤を持つことが必要である。しかし伊吹氏にはそれがない。一応「師水会」なる派閥の会長ではある。この派閥は旧福田、旧中曽根派を集めたもの。伊吹氏はこの派閥内でも基盤は弱い。旧中曽根派プロパーではないからである。故渡辺美智雄氏の「温知会」育ちである。プロパーの島村宣伸元農水相とはウマが合わず、結局同氏は離脱した。先の総裁選挙で派として福田支援と決めたものの、5名の麻生候補支援者を出している。教科書問題の進展は予断を許さないが、党内、派閥双方の基盤の弱い伊吹氏に風当たり強まりそうでいる。
(ジャーナリスト)



福田首相の黒衣・越智通雄氏

大野 博

   自民党総裁戦は終わり、福田康夫氏が選ばれ、続いて首相に就任した。総裁選中どのメディアも報道しなかったことがある。
 それは今年が福田首相の父、赳夫首相の没後17年であり、その17回忌の法要が6月某日都内のホテルで開かれたことである。1000名ほども参加しただろうか、盛大であった。安部首相(当時)、森元首相、町村外相(当時)、塩川元財務相、今井敬新日鉄名誉会長らが福田元首相を偲ぶあいさつをしていた。会のホストは康夫氏である。定位置を動かず参会者と握手したり、会話を交わしていた。
 だが会場で足繁く動き回り、あいさつをしている人がいた。故福田元首相の女婿でもあり、福田康夫首相の義兄でもある越智通雄氏である。同氏は一高・東大・大蔵省と典型的なエリートコースを歩き、福田元首相に見込まれて女婿になったもの。
 大蔵省でも順調に昇進した。主計局の課長の時、賀屋興宣氏が引退したのでその地盤を継いで政界に進出した。経済企画庁長官などを勤めたが、同氏が政界で一目置かれたのは何といっても福田元首相の女婿だったからである。前回の総選挙を機を引退したが、77歳にもかかわらず健康そのものである。
「政界一寸先は闇」との格言がある。しかし逆もまた真なのである。「政界一寸先は光」ということである。6月の集まりの時、誰が3ヶ月後に安部首相が退陣し、福田康夫氏が首相になると考えただろうか。「神のみぞ知る」とはこのようなことだろうか。  こうなると水平線上にかすかに見えてくるのが越智通雄氏の存在である。そのキャリアからみて、福田首相の財政金融経済政策の黒衣とみても不自然でない。
(ジャーナリスト)



「祖父は孫より少しマシ」

大野 博

 60年安保の主役は岸信介首相(当時)であった。安部晋三首相はその孫である。安保で岸首相が退陣したのはアイゼンハワー大統領の訪日阻止が原因なのは疑問の余地のないことだった。これで岸首相は「米政府の信用をなくした」と感じたからである。
 後日、当時のマッカーサー駐日米大使がア大統領に会い、このときの模様を話し合った。この席でア大統領はいったという――「この国の政治家は無責任より少しマシというものだね」と。
 さて、9月12日安部首相は突如退陣を表明した。これに対する各界各層の反応は「なぜ参院選大敗とわかったときに辞職しなかったのか」「国会史上例のない無責任さ」といった具合である。アイゼンハワー大統領流にいうと「祖父は孫より少しマシだった」ということになるか。
(ジャーナリスト)

    *アイゼンハワー大統領の訪日中止(ハガティ事件)
    日米修好条約100周年記念に岸信介首相はアイゼンハワー大統領を招待していた。1960年5月20日に衆議院で日米安全保障条約の新条約案が強行採決されると,「民主主義の破壊である」として一般市民の間にも反対の運動が高まった。6月10日、その渦中に大統領来日の準備をするために特使,ハガティ新聞係秘書(大統領報道官)が来日したが、羽田で群衆に包囲されてアメリカ海兵隊のヘリコプターで救出され避難する事態となった。アイゼンハワー大統領の訪日は中止に追い込まれた。



    弁護士と「増量質落」

    大野 博

     「量を増やせば質は落ちる」――この命題は正しいか否か。
     最高裁判所が9月3日に発表した、今年の司法試験の合格者を見ると興味深い(9月4日付朝日新聞による)。
     合格者は1500名で不合格者は71名という。一世代前の合格者は500名だったというから、3倍に増えたということか。さらに3000名まで増やす計画という。では質はどうなのか。最高裁は「合否の判定基準は変えていない」といっている。
     しかしベテラン弁護士によると明らかに質は低下しているという。その原因は法科大学院制度だという。ここを終了していないと受験できない。さらに問題なのは試験科目。司法試験の科目は六法(憲法・民法・刑法・商法・民訴法・刑訴法)だけ。労働法、破産法は素通りである。受験者は六法しか勉強しない。「最近の裁判官は労働法を知らないものが多い」ともいっている。
     ほかにも問題がある。裁判官、検事への登用人数である。司法試験合格者を増やしても、判事、検事、さらに司法関係の書記官、事務官、技官を増やさないことには裁判は停滞するばかりである。07年度で見ると06年からの増員は判事35名、検事30名、司法職員は356名である。この数字を司法試験合格者1500名と対比してほしい。弁護士だけがやたらに増えそうである。
     いま判事一人が持つ事件は170件という。かつてある判事が病気で入院することとなった。しかし予定の時刻が近づいても来ない。やっと駆けつけてきたが、その手に書類カバンを持っていた。聞くと「担当事件を他の判事に依頼するのに時間がかかった」とのこと。すごい労働強化である。これでは公正な裁判は出来ない。
     司法試験の合格者を増やすのはよい。でも「増量質落」は全体に避ける。判検事もバランスのとれた増員をするべきだろう。
    (ジャーナリスト)



    医師は増やすより偏在性是正を

    大野 博

     厚生労働省は08年から3年かけて医師3万人を増やす計画という。これは辺地の医師不足を解消するためという。しかしこの路線には疑問がある。医師を増やすより、その偏在性是正にチエを出すべきである。
     医師は16万人いる。だがその勤務地は都市の中心部が多く、周辺部には少ないのが実情である。
     太平洋戦争前、無医村解消は医療行政の中心課題であった。種々対策を講じたものの、あまり効果はなかった。現在でも郡部の6割は無医状態だという。
     戦後、町村の多くは合併して市になった。かつての村は行政上は市の一部とはいえ、周辺部であり実質的には「村」である。医師も市の中心部には多いが郡部には少ない。
     また、産婦人科や小児科の医師不足がメディアの話題になっている。これなどは医療制度の構造上の問題であり、単に医師を増やせば偏在性は解消されるのか、はなはだ疑問である。
     「量を増やせば質が落ちる」という不滅の真理!も銘記すべきであろう。
    (ジャーナリスト)



    自民党三役の寸描

    大野 博

    打点ゼロのタレント打者・石原伸晃政調会長
     石原氏ほど役職運に恵まれた議長はいない。行革相、国交相、道路調査会長、幹事長代理と黄金コースを歩いてきた。だが「ちょっと待てよ」ととの感じが起きる。どのポストでも「さすが石原さんだ」と感服する場面があっただろうか。トンと思い当たらないのである。  どの問題でも自分自身の定見がないからである。野球でいえば打席に裁つ機会は多いが、ヒットが打てない。それはまた打点がないことである。
     米大リーグは打率より打点数を重視するという。打点つまり得点が多い選手ほどチームに貢献しているからである。石原政調会長も得点を稼いでほしいものである。  参院選の責任をとり、中川秀直幹事長は辞任した。石原幹事長代理は逆に昇格である。さすがに安部側近というべきか。「伸晃から石原都知事を差し引いたら、残るものはなにもない」などといわれないようになってほしいのである。

    角福怨念の目撃者・二階俊博総務会長
     1972年6月佐藤栄作首相が退陣した。すぐ始まったのが田中角栄、福田赳夫両氏のポスト佐藤争いである。世にいう角福怨念(角福戦争)である。
     これは事実上の金権闘争であった。中間派のA議員がいたとする。票を獲得するために田中派から100万円出る。すると福田派からも150万円、またまた田中派から200万円といった具合である。「金権政治」とはこのときに生まれた言葉ではないか。  二階氏はまだ議員でなく、遠藤三郎議員(当時)の秘書だった。同議員は藤山派に属していたがこの派閥は名ぞ存実亡の存在で、角福の絶好の草刈り場だったわけ。
     二階氏はこうした角福怨念・権力闘争のすさまじさを見ながら議員秘書から議員生活に入ってゆく。離党、そして復党。運輸相、経産相の政治歴を持ち、与野党に豊富な人脈を持ち、二階グループ(グループとは派閥より格落ちの集団)を率いている。崖っぷちの自民党を支えて、坊秀男、早川嵩の両氏以来久々の和歌山選出の実力者になれるかどうか。

    やっぱり派閥の長にならねば・麻生太郎幹事長
     吉田茂元首相の孫、麻生財閥の直系という毛並みの良さだが、広池会という大派閥にいたせいか、存在感はなかった。しかしどう派閥が三つに分裂し、麻生氏は最小の河野洋平氏のグループに属した。
     トップの河野氏が衆議院議長になり、その跡を継いで麻生派を名乗ったところで、がぜん存在感が出てきた。政調会長、総務相、外相と順風満帆である。しかし砂上の楼閣ともいわれる安部内閣である。幹事長として党を切り盛りしていけるだろうか。
    (ジャーナリスト)
    8月27日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
     7月29日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
     両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
     臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。

     蛇足だが1967年4月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
     両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。
    (ジャーナリスト
    8月27日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
     7月29日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
     両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
     臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。

     蛇足だが1967年4月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
     両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。
    (ジャーナリスト)



    参院選結果がテロ特措法論議の基礎

    大野 博

     8月27日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
     7月29日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
     両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
     臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。

     蛇足だが1967年4月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
     両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。
    (ジャーナリスト)


    大臣の事務次官の決め方

    大野 博

     官庁では事務次官はじめ幹部の人事をどのように決めるのか。大別して4型がある。
    ・A型:田村元氏が通産大臣になった。「人事には一切口を出さない」と宣言した。
    ・B型:田中六助氏が通産大臣の時、課長クラスの人事にまで注文をつけた。事務次官、官房長が大いに困ったものだ。
    ・C型:大臣は人事に介入しなかった。しかし労働省OBの某国会議員が、しきりに注文をつけた。事務次官、官房長も困っていた。
    ・D型:一万田尚登蔵相は森永貞一郎官房長を事務次官に登用しようとした。しかし同氏は「スジの通らない人事は引き受けられない」と抵抗した。スジが通らないとは「年次を無視するな」ということ。
    さすがは大蔵省、官僚の牙城であった。大臣も人事に口を出せないというわけである。
     さて、防衛省の次期事務次官をめぐる小池百合子大臣と守屋武昌事務次官の軋轢は、首相官邸が仲裁する形で何とか決着した。A〜Dのどの型にもはまらない新型!というべきか。
    (ジャーナリスト)

    [註]・通産省=現在の経産省:労働省=現在の厚生労働省:大蔵省=現在の財務省