8・16の国会召集日の光景をテレビで見た。「まるで女子大学の入学式のようだ」と思った。午前8時の開門というのに、午前2時には門前に立っていたという。長い選挙運動を経ての栄冠だからはしゃぐ気持ちは理解できる。しかしいかようにも国会議員だ。品格をわきまえてほしいものである。
ここで斜眼氏は大平正芳さん(故人・首相を歴任)の話を思い出した。「人はだれでも毎日平々凡々と生きているもの。しかし気がついたら、自分が世界の歴史を動かすイスに座っていた。歴史上の人物などみなそうだ」と。
新人議員――だけでなく国会議員のほとんど――にこの言葉はピタリとあてはまる。率直にいって「物のはずみで政界――つまり選挙戦にかつがれた」という人である。あまり過去を持ち出すのはメディアの品格を落とすことにならないだろうか。
民主・社会民主・国民新党の連立政権は成立の運びとなった。斜眼氏の見るところ「政界に義理人情が復活したか」である。
総選挙の結果、民主党は308議席を得た。感動的な過半数である。なにも他党に気を遣う必要はない。だが鳩山民主党代表は「野党時代3党は協力し合った。今更無視でない」とのこと。これはまさに義理人情の論理である。
「いまの若い代議士は選挙の応援に行っても、なんのお礼のあいさつもない」と政界長老はいう。中央政界はかくのごとし。
では地方政界はどうか。1990年頃の自民党は「安竹宮」といわれた。この時期の山口県民の関心は「安倍晋太郎さんが首相になるのと、田中竜夫さんが衆院議長になるのと、どちらが早いか」であった。田中さんは田中義一元首相・陸軍大将の御曹司で長州閥の正統であり、名門中の名門。衆院議長のイスに最も近かった。
問題は自民党県議の動きである。安倍、田中両氏を天秤にかけた。安倍系(昔流にいえば親分子分)は田中議長が早いとみるや、安倍さんに「お世話になりました」といい、その足で田中さんに行き、「お世話になります」と系統替えである。
要するに安倍・田中双方を行ったり、また戻ったりしていたのである。山口県といえば薩長時代を築き、日本の近代史に主役を演じた土地柄。いまではこのていたらくである。
このようにいまは中央・地方政界とも「義理人情」という言葉は死語になっている。それを今度の3党連立で復活したというしだい。どうせ政治は1プラス1は2,100掛ける5は500――と数字通りにはいかないもの。ならば義理人情も必要という訳か。
(ジャーナリスト)
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至上の命題、年内予算編成
大野 博
総選挙の結果は民主党の大勝となった。鳩山内閣の実現は月内だろう。直ちに今年度の補正予算の修正に着手するという。それもよし。しかし斜眼氏の不安は「細川内閣(1998年8月9日成立)の二の舞をやらかすのではないか」ということである。
このとき小澤一郎氏は新生党(民主党の前身)の幹事長であった。政策全般の総指揮を執っていたものである。
だが、ここで大チョンボをやらかした。それは予算の年内編成を怠ったことである。
日本の政治システムでは年末の最重要政治課題は予算の編成なのは高校生でも知っている。なのに小沢氏はそれをほったらかして、政治改革論に熱中していた。
おかげで予算の編成は越年した。以後国会提出、審議、暫定予算となり、肝心の本予算の成立は6月になった。不況のときであり、景気回復を遅らせた。「小沢一郎氏がこんなに政治・経済オンチとは知らなかった」との声があふれ、小沢評価は大暴落した。
いまや小沢一郎氏は政界の大御所的存在である。2010年の予算の年内編成の総指揮をとってほしいものである。
(ジャーナリスト)
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鳩山「首相」は霞ヶ関オンチ?
大野 博
多少なりとも霞ヶ関の内情を知る向きは8・27付きの読売新聞をの一面トップの記事を見て「鳩山サンこれほど霞ヶ関オンチなのか」と思ったに違いない。斜眼氏もこれまで再三「国家戦略局」の愚を指摘してきたかが、ここに改めてそれを指摘したい。
読売紙によると、「国家戦略局」にし国会議員、学識経験者など民間人、党政調職員、それに各省からの首相秘書官、現在6名を10人に増員し、総勢で20名という。問題はこの秘書官である。
ふつう首席秘書官と呼ばれるのは、長年首相とともに政治活動をしてきた者が起用される。他の6名は各省からの出向者であり、エリートである。確実に事務次官に昇進する。たとえばいま某省からの秘書官は官房総務課長から来た。このポストは課長職の筆頭である。他の省からの秘書官も同様である。
さて「君を首相秘書官にする」といわれたとき、次にいわれることは何か。それは「わが省の権限と組織を絶対に守ることである」と。何のことはない。自分の母屋の利益擁護役である。各省のワクを超えた調整など期待すべくもない。
「鳩山内閣」の実現は時間の問題である。鳩山「首相」も霞ヶ関の正体を正確に見てほしいものである。
(ジャーナリスト)
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鳩山サン、まさかソ連のマネでは!
大野 博
8・18付けの小稿で鳩山民主党代表の「国家戦略局」構想を批判した。8・23付けの読売新聞によると、この局は予算、外交、人事まで関与するという。そして10名の国会議員を常時勤務させるとのこと。「あれっ、民主党サンは旧ソ連のマネをしたいの」と思ったしだいである。
1973年、田中・ブレジネフ会談が行われた。このときソ連は「日ソ間に戦後未解決の問題がある」と切り出した。これは大事(おおごと)である。ソ連は決して領土問題とはいわない。戦後未解決の問題というのがせいぜいである。
そのソ連がなぜそれを言い出したのか。一つは前年に日中正常化を実現した田中首相(当時)に一目置いたこと。他はソ連共産党政治局(おなじみのポリトビューロー)がこと領土問題について広範な裁量権をソ連政府に保証していたことである。
ソ連の政治システムは内政、外交、軍事など全権を握るのは共産党政治局である。ソ連政府はその出先に過ぎない。閣僚といっても日本なら各省の課長クラスでしかない。
こんなことを思い出したのは「国家戦略局」が日本の政治局になるのでは―との疑念が生じたからである。
さらに思い出したことがある。それはゴルバチョフ・ソ連大統領の言葉である。いわく「日本は世界で唯一社会主義に成功した国である」と。まさか鳩山サンがソ連を見習ったわけではないだろうが。
(ジャーナリスト)
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民主は陰り現象に注意せよ!
大野 博
「敵のエラーはわが得点]―これはスポーツの原理である。いよいよ本格化する選挙運動を見ると、どうも民主党に当てはまりそうである。つまり同党の支持率は、自民党麻生政権のパッとしないことの反対現象に過ぎないのでないか―との疑問が生じている。民主党ブームに陰りが生じていないだろうか。
このような疑念が生じたのは、鳩山由紀夫同党代表かかかが「政権獲得後、直ちに国家戦略局を創設する。ここで国の戦略と予算編成の方針をつくる」という。オイオイそれは本当なのかとの声を聞くのである。
「国の戦略、予算編成の方針などは総理大臣が自分自身で決めることじゃないの」と言うわけ。局を創ってそこで討議しても、出る案はしょせん通り一遍の官僚の当たりさわりのない作文でしかないことは目に見えている。「鳩山さん、こんなこと分かっていないのだろうか」との疑念である。いまからでも遅くない。「国家戦略局」案は撤回すべきである。
さらに奇怪なことが起きた。8月9日付の読売新聞にM某のインタビュー記事が掲載されている。「防衛費は減らすな」といっている。M某は新設の防衛相補佐官である。いまの政治情勢で一介の公務員のこの発言はなにごとか。鳩山代表は「民主党が政権を取ったらM某は即刻罷免する」と断固言うべきである。さらに新聞テレビにもM某は登場している。これは不当である。見合わせるべきではないか。
(ジャーナリスト)
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鳩山ユキオさん、
青島ユキオさんを見習って
大野 博
民主党はマニフェストを発表した。この中で「インド洋での燃料補給は直ちに打ち切る」とあり、これが問題化した。反対党は「そんなことをすれば対米関係を損ねる」という。友党からは「約束が違う」と苦言。この騒動に鳩山民主党代表もいささかあわてた様子で「政権を取っても直ぐに――ということではない」と弁明している。
外交と政策の関係では非常にわかりやすい例がある。かつての青島ユキオ(幸男)さんが都知事選に立候補した。このとき都は都市博の準備を着々と進めていた。青島候補は都市博中止をスローガンに掲げた。反対候補は「都市博は予定通り行う。都市博は国際公約。中止は外交上まずい」と主張した。
結果は青島ユキオさんが当選した。さて、外国はどうでたか。「政権が変わったのだから、政策が変わるのは当然である」といい、どこの国も不満を言わなかった。鳩山ユキオ(由起夫さん)はこのときの青島ユキオさんを見習ってほしい。
インド洋補給をめぐっても、日本の政権が変われば、政策が変わるのは当然と考えるのが普通である。それとも某国はあくまで現状維持を希望して「南米型」をとるだろうか。
南米型とは、つい近年までよく行われたことで、南米の各国で反某国政権が樹立(もとより合法的に)すると某国は親某国派をそそのかし、クーデタを起こして政権を転覆させることである。日本で民主党が政権を取ったら、こんなことが起きるとは「真夏の夜の夢」なのだろうか。
(ジャーナリスト)
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官僚は作られたオポチュニスト
大野 博
迫水久常(さこみず・ひさつね)――戦後も64年たつと知る人は少ない。終戦のときの鈴木貫太郎内閣の書記官長(いまの官房長官にあたる)であった。戦前は大蔵官僚、戦後は参議院議員として活躍した。毎年8・15になると「戦争を終わらせたのはオレだ」と説き回るので政界では「終戦屋久常(きゅうじょう)」とヤユされた。昭和天皇も「迫水には苦労かけた」といっていたから、終戦屋はお墨付きというもの。
さてここで迫水さんにご登場いただくのは、8・15が近いからではない。8・30に総選挙があり、どうやら政権が交代しそうだからである。7月26日付読売新聞には「民主政権?戸惑う官僚」とある。
そこで思い出したのが迫水さんの言葉―「官僚は作られたオポチュニストである」がある。オポチュニスト(以後”オポ”と省略)といっても天性のものでなく、官僚たるもの否が応でもオポにならざるを得ない―と言うわけ。
世人、だれもがオポというと彼のジョゼフ・フーシェを想起する。しかし彼は政治家の範疇に入れられており、官僚のオポとは見なされていない。
ドイツにマイスナーという人がいた。官僚である。第一次大戦中に難問を処理し名を上げた。その後、つまり帝政ドイツ、共和国ドイツ、ナチスドイツとおよそ水と油の政治体制にあって、一貫して行政の中枢にいたというから「作られたオポの見本」だったわけである。戦後連合軍から長時間尋問されたが、結局戦犯にはされなかった。これもマイスナーさんが政治家でなく、官僚の範疇に入っていたからである。
さて、8・30を機に民主党政権ができたら、わが官僚各位はどうするのか。天性のオポぶりを発揮して「日本のマイスナー」になるか、それとも既往の政権に殉じて「操守の人」としての評価を得る!かである。
*ジョゼフ・フーシェ:革命期フランスの政治家。ナポレオンの第一帝政では、タレーランと共にフランス帝政の中心人物であった。秘密警察を組織して政権中枢を渡り歩いた謀略家として有名である。時の権力者に取り入りながら、常に一定の距離を保って激動の時代を生き抜いた人物であった。
(ジャーナリスト)
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福田・GHQ構想を生かせ
大野 博
解散・総選挙で目玉法案の一つ、公務員制度改革を目指す公務員法改正案は廃案になった。そもそもこの論議、官僚の天下りがどうのなどミミッチイ話ばかりだったなぁ―というのが斜眼氏の感想であった。そこで思い出すのは福田赳夫(元首相・故人)の話である。
福田さんが戦後大蔵省(現財務省)の官房長のときだだった。戦前からの高等文官試験制度に代わる新しい公務員試験制度をどうすべきかが課題となった。GHQは3点注文してきたという。@上級と非上級の区分を作ってはいけない。単一分類とせよ。A試験科目は法律学偏重ではいけない。他の科目をできるだけ出せ。Bペーパーテストだけではいけない。それ以外つまりPTによらない選考(当時は銓衡といったった)方式もとれ―といったもの。「3点はいかにもアメリカらしい」と福田さんは笑っていた。
そして福田さん「困ったのは@だ」と。当時の大蔵省は毎年150名採用していた。うち上級職はせいぜい15,6名、20名採用したことはなかった。しかし区分がないから採用された者全員が「自分は上級職として採用されたと思い込んだ} 週刊誌には「戦後の大蔵省は上級職だけでも150名採用した」と書かれた。これは間違いだ」と。しかし区分なしだから間違いではないと言える。
と言うわけで選考採用者も多くいたようである。電気工学出身者で経済官庁の事務次官までなった人も何人かいる。明治以来の役所の法科万能にクギを指したものである。
いまの官庁には選考採用者は星の数しかいない。試験採用、選考採用は半々にすべきだろう。前者は能力を客観的に判定できる。しかしこの合格者はどうしても同じ発想しかできないステレオタイプである。「日本の官僚は規格品だ」といわれるゆえんである。もちろん選考採用もコネ、ヒキは絶対にダメなのはいうまでもない。
総選挙後の新政権で公務員制度はふたたび検討されよう。その場合 福田・GHQ構想を俎上に載せるべきである。
(ジャーナリスト)
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時の氏神は来るか
大野 博
麻生首相は7月13日、8月30日を投票日とすることに決めた。間もなく衆院は解散される。ここで注意すべきは投票日までざっと50日あることである。斜眼氏が心配!なのはこの間に「時の氏神」が現れはしないかである。一寸先はヤミという政界で50日先を予想するのは不可能である。
前例がある。三木内閣(74年12月9日成立)のときロッキード事件が起きた。その渦中は田中角栄さんであった。その余波を受けたのが三木首相である。田中角栄の逮捕を認めたことから、党内の親田中議員が寄ってたかって「三木降ろし」に奔走した。三木内閣は倒閣寸前まで追い込まれた。
しかしこのとき「時の氏神」が舞い降りた。サミット、それも第1回のである。招集の声がかかった。場所はランブイエ(75.11.15)。時の氏神の見本のような話であった。党内の三木降ろしは急速に沈静した。
結局三木首相は76年12月17日に退陣した。戦後唯一衆院の任期満了選挙をした人として「さすが議会の子」との評価を定着させた。
さて麻生首相にこれからの50日間に「時の氏神」は訪れるだろうか。
(ジャーナリスト)
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生かせ、ケネディの才覚を
大野 博
税には租税原則がある。もっともよく知られているのは、アダム・スミス以来の「エコノミクスの原則」である。普通徴税費最小の原則ともいわれる。税収がどんなに多くとも、そのために費用が多いのは悪税というわけ。
いまの消費税はどうか。悪税の見本である。年に10兆円の税収を確保するために個人・自営業者、企業・税務当局など官民が直接間接に費やす額は優に10兆円である。こんなバカな税があるか。政府の税制調査会長を務めた小倉武一さん(故人・農林官僚出身)は「消費税は地獄税だ」といっていた。即刻廃止すべきである。
と言っても間接税なしというわけにも行かない。そこでここはケネディ米大統領、水田三喜男政調会長(いずれも当時、故人)にご登場いただこう。
ケネディさんは1961年2月にドル防衛策として金利平衡税を提案した。およそ借金というものにはすべて利子が付く。その利子に税金分として1%上乗せする。たとえば1000万円を5%の利子で貸しているとする。借りては利子50万円の上に、借入金の1%を税金分として合計60万円を払うことになる。いま日本の金融資産は1400兆円といわれる。1000兆円が流通しているならば金利平衡税1%としても10兆円、1.5%なら15兆円の税収である。消費税率を2倍の10%に上げても倍の税収になるとは考えにくい。
逆進性が高く庶民いじめの消費税だけが間接税ではない。いまからでも遅くない。麻生、与謝野コンビはケネディ構想を実現すべきではないのか。
(ジャーナリスト)
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ノーネクタイ服のファッション化を
大野 博
ボルシェヴィキ―この言葉を知る人は少ない。ロシア革命史の主役で多数派をいう。戦後この言葉は廃止され、ソ連共産党が公式の用語になった。その反対はメンシェヴィキで少数派という。
そんないわれだが「ボルシェヴィキスタイル」なる言葉を知る人はさらに少なく、よほどのソ連通である。革命直後のソ連は物資欠乏に直面した。この時期、男性は背広服にネクタイを着けなかった。ネクタイなしの服装をボルシェヴィキスタイルといったものである。
昨今、日本の政治家だけでなく、外国の政治家もそうだが、ノーネクタイの服装が多い。グーグルという。目的は省エネのこと。それはそれで有意義である。
だが日本のノーネクタイスタイルが「ファッション」として評価されるためには、シャツの上ボタンをきちんと締めてほしいものである。いまの着方では「なんともだらしがない」としか感じない。
(ジャーナリスト)
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家康式か 天皇式か
大野 博
鳩山邦夫総務相と西川善文日本郵政社長が「西川氏は退任せよ」「退任しない」とケンカをしている。斜眼氏はこの問題の見所は、麻生首相にまで持ち込まれるかどうかにあるとみる。徳川家康の教えた「ケンカ両成敗」とするか、太平洋戦争中に軍部がとった「天皇一任方式」のどれをとるかである。
徳川時代のごたごた裁きの基本は両成敗方式だった。神君家康の遺訓として長く守られていた。戦時中陸海軍は鉄鋼などの重要資材の奪い合いをした。どうにも決まらず、最後は天皇のご裁断によった。一度このようなことをすると、以後すべての資材配分に天皇が関与しなくてはならないことになった。燃料、軽金属などである。このやり方の帰するところは天皇の権威を落とすことになった。
食糧管理制度が行われていたとき、米価をめぐり党と政府が衝突した。「引き上げよ」「据え置きやむなし」の対立である。しかし「この問題を絶対に官邸に持ち込むな」が双方の認識だった。官邸とは首相のこと。「首相裁断を求めることはしない」というわけ。当時の政界にはこれだけの見識があった。最後は何とかまとめ、官邸持ち込みは避けられた。
さていまの鳩山・西川騒動はどうなるのか。それにしても実力者不在を痛感させるものである。
(ジャーナリスト)
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オモチャ政治の象徴 補正予算
大野 博
09年度補正予算は5月28日に成立した。本予算成立後わずかに2ヶ月後である。それも規模13.9兆円という空前のもの。本予算88.5兆円と合わせ102.5兆円でとうとう100兆円を超えた。そしてその目玉といえば117億円を投じて都内に建設する通称「アニメの殿堂」こと国立メディア芸術総合センター(仮称)である。
1920年代(この時期は1次と2次の大戦の間なので戦間期といわれる)にドイツの財政学界で活躍したゴールドシャイドという人がいた。このゴ氏の説はよく知られている。いわく「予算とは一切の虚飾を排除した、その国の剥き出しの姿である」というもの。ある国は「わが国を平和を欲している。決して戦争を好まない」といってもこの国の予算を見ると巨額の軍事予算が計上されていれば「この国は戦争を準備している」と判断できるわけ。
このゴ説を補正予算に当てはめてみよう。アニメのオモチャが目玉という予算はまさに麻生首相好み!であり、そしてそれは麻生内閣の重厚さのない軽チャー政治の象徴そのものではないろうか。
(ジャーナリスト)
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名門 最後の花を咲かせるか
大野 博
政界は民主党小沢一郎代表の辞任で大騒ぎである。もっとも同党内には既定ののこととみている向きが多く、さして驚いていない。問題はポスト小沢で「鳩山由紀夫氏が『一門の最後の花』を咲かせるか」に関心が集まっている。
鳩山ファミリーの名門秀才ぶりはよく知られている。曾祖父和夫は衆議院議長、祖父一郎は首相・文相、父威一郎は外相、弟邦夫は文相を歴任して現在総務相である。(肩書きは当時、敬称は省略、以下同じ)
家系の絢爛さとともに、秀才ぶりも有名である。すべて東大卒であり、祖父・父は法学部を首席で卒業している。
ところがである。威一郎は父たる一郎のことを「あれは天下の大バカ者だった」と公言してはばからなかったとのことである。なぜか、一郎は大正14年普通選挙法が上程されたとき、議場で大暴れしたのである。絶対反対だったからである。昭和5年のロンドン軍縮会議の折には、統帥権干犯を理由に軍懐柔に反対して軍部を増長させた。同8年には文相として滝川事件を起こした。京都大学の滝川幸辰教授の『刑法読本』を共産主義だとして発禁にし、同教授を免職にした。戦後この事件は学問弾圧の例とされた。一郎は首相就任を目前にしてGHQから追放された。これだけのキャリアを見れば子息から「天下の大バカ者」といわれるのも止むなしか。
いま4代目の由起夫、邦夫が活躍しているが、ここで要注意なのは「鳩山ファミリーが名門秀才」であることを知る世代は70代が最後ただと言うことである。後の世代はまず知らない。邦夫が長年東京の音羽御殿―歴代の鳩山邸のある選挙区から九州(福岡)に移った。このことを同じ選挙区のライバルが「鳩山を東京から追放した」と自慢していた。由起夫ははじめから北海道である。
ポスト小沢争いは本格化するが、由起夫が名門の最後を飾るか―関心の的である。
(ジャーナリスト)
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世襲解消は完全な党営選挙のみ
大野 博
世襲議員をなくせ―こんな論議が自民党内に沸騰している。確かに全議員の3分の2が2世か3世か、中には4世もいるからにはそうだろう。しかしこの解決策は英の選挙、つまり完全な党営選挙を実現するしかない。
「ぼくのお父さんは東京第1区から立候補していた。だからぼくも東京1区から立候補したい」―これが典型的な世襲議員の論理である。しかし英の場合は「ダメだ。党全体の見地で、あなたは大阪1区から出馬してほしい」となる。英では2世政治家が生まれないのはこのためである。
選挙の運動活動、資金はすべて党が面倒を見る。有権者も訓練されていて労働保守両党の政策を見て投票を決める。
日本ではどうか。実質的に個人営選挙である。運動母体は自ら育てた後援会である。後援会費という選挙資金集めである。それゆえ後援会は私有財産である。有権者の投票行動も地縁血縁に左右される。後援会という組織を他人に使われてはたまらないというのが議員の本音である。相続は2世に限るというもの。
椎名悦三郎さん(外相などを歴任、故人)は「この後援会はみんなのものだ。私だけのものでない」といっていた。それはそうだろう。「これはオレのものだ」といおうものなら、組織はばらばらになる。しかしこれは建前。実際は息子の素夫さんにゆずっている。多くの議員も似たり寄ったりである。
日本も早く英のようになりたいものである 。ただし「だから単純小選挙区が好ましい」というのは短絡だが。
(ジャーナリスト)
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安易な招集 安全保障会議
大野 博
北朝鮮の「ミサイル」発射騒動は、しょせん一幕のドタバタ喜劇であった。各国の評価は「かの国の”ミサイル技術”はこの程度のもの」とごく平静である。
各国とも「日本は騒ぎすぎ」という見方である。誤発射騒動(この表現はおかしい、「誤報」と言うべきである)がその典型である。
唯一の収穫!は3月26日に安全保障会議を招集したことである。同会議の前身は国防会議といっていた。それを改称(改組ではない)もの。しかし以前から「国防会議は開かないことに意義」といわれていた。開くと騒ぎが大きくなるから―というのがその理由。なんとも他愛のない話である。
海部内閣の1991年1月17日湾岸戦争が勃発した。この戦争の日本への影響は、北朝鮮ミサイルの発射よりもはるかに大きい。石油直結ルートだからである。政府は掃海艇を派遣した。
各界からしきりに安保会議を招集すべきである」との声が出た。しかし政府はとうとう招集しなかった。それに引き替え、こんどの安保保障会議招集は敏速だった。ほとんど招集の意味がないのだから、北朝鮮のミサイル脅威論に悪のりした安保アレルギーの解消を狙ったものであろう。ソマリア海域への自衛艦派遣といい軍事的コーミットメントが目立つ。要注意である。
(ジャーナリスト)
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相続税を全廃せよ
大野 博
麻生首相の「相続税・贈与は軽減したい」の発言をきっかけに自民党内では、同税の大幅軽減を検討するという。ちなみに予算費目の上では贈与税はなく相続税に含まれていて、その額は年一兆円前後である。
「日本は世界で唯一社会主義に成功した国である」といったのはゴルバチョフソ連大統領(当時)である。「日本は所得再配分のうまくいっている国です」は宮沢喜一首相(当時・故人)の言葉。両者の視点は一致している。
資本主義国と社会主義国の際だった違いは何か。それは私有財産を認めるか否かである。
さてわが国の相続税課税では相続三代で相続財産がゼロになる。松下幸之助さんが100億の財産を残しても、孫の代では無である。こういう国は私有財産を認めていると言えるのだろうか。ゴルバチョフさん流に言えば、日本は立派な社会主義国である。
国会でも相続税の重さはしばしば問題にされた。財務省の答弁は「相続税の対象になるのは100世帯のうち7世帯である。ゆえに負担力は十分にある」というものである。しかしこの論理には盲点がある。士農工商の徳川時代とは異なり、だれもが7世帯になる可能性がある。あるいはいうかもしれない―「そんなことは幻想である」と。確かに100世帯のうち7世帯になる確率は天文学的数字である。
しかし幻想であっても国民に夢と希望を持たせること手が無用だろうか」「わが党は国民に夢も希望も与えません」などという政党があるわけがない。
世界各国は総じて相続税を軽減またはゼロにする方向であるという。これはどういうことなのか。麻生は発言を機に相続税の廃止を真剣に検討すべきである。
(ジャーナリスト)
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救い難い政府の
国際・雇用感覚の欠如
大野 博
フィリピンのカルデロン一家の問題ほど日本政府の国際感覚の欠如、さらに雇用問題で時代遅れかを示したものはない。加えて斜眼氏は「戦争世代はいなくなったなぁ」と感じざるをえないのである。
ドイツ、イギリス、フランス、アメリカの先進国では外国人就労者は、完全にその国の就労システムに組み込まれている。つまり外国人労働者がいなくては国の産業経済が成立しないまでになっている。
とはいうもの、国によって外国人労働者問題には温度差があるのも事実。もっとも成熟しているのはドイツである。旧西ドイツ時代、同国には50万人の外国人労働者がいた。不況で失業者が増えた。各地で外国人労働者は排斥運動が起きた。ネオナチによる暴行が頻発した。
いまそのドイツは500万の失業者がいる。その対策は政治の最大課題になっている。それでいて外国人労働者排除の動きはない。ドイツ全体に「失業者問題と外国人労働者問題は無関係」とのコンセンサスができたからである。
イギリスでは工業地帯で外国人労働者排斥の運動がある。しかしロンドンを見よ。同市の70%が非イギリス人という。ロンドンから外国人労働者がいなくなったらどうなるか。
パリの一画には外国人労働者が50万人いる。かつてこの地域で騒動が起きたが、どうもそれは外国人労働者の間のトラブルが原因だったようである。
ところがわが国では外国人労働者問題はどうか。「じゅうたんにこぼした水」という状態である。机の上に水をこぼしても吸い取れる。しかしじゅうたんにこぼした水はたちまち浸しみこんで絶対に吸い取れない。外国人労働者問題はじゅうたんに浸透した水と言われるゆえんである。
この状態ではいつまでも外国人労働者を不法入国不法就労といっていては取り締まりの対象でしかない。そのために09年度は入国警備官を、199名増員し、入管職員は3439名(定員ベース)にしている。もはや年に5万人程度の外国人労働者受け入れは必要である。難民でもよい。「難民鎖国日本」の国際的評価も返上できる。
現に自民党・財界には労働資源の十分な確保とコスト削減の観点から、「外国人労働者を受け入るれべきだ」との声は結構多い。しかし単なる労働力の代替策に過ぎず、これでは就労システムに組み込んだものとは言えない。21世紀は労働や雇用の国際間の移動は自由になる時代である。
人はあるいはいうかもしれない。「いま日本人だけで空前の失業者が出ているではないか」「こんな情勢で外国人労働者を受け入れるというのか」と。しかしこの見解は近視眼的である。日本も早く景気を回復させ、経済を成長軌道に乗せることが必要である。そのためには外国人労働者は不要だろうか。ノーである。自動車とその関連産業の失職者でわかるように、自動車、工作機械などの機械工業には外国人労働者は完全に組み込まれているのである。斜眼氏がつくづく思うのは「戦争世代がいなくなったなぁ」と言うことである。太平洋戦争中、日本はフィリピンでもひどいことをした。倉庫に何人も押し込めて火を放ったことがある。もちろん皆殺しである。南京大虐殺に劣らない非道な行為である。これを考えればカルデロン一家のことも「戦争の罪ほろぼし」の見地から解決できなかっただろうか。これから増えるはずの東アジアからの労働者に応対するときに欠かせない配慮であろう。
(ジャーナリスト)
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意外!ペンタゴン通 小沢氏
大野 博
小沢一郎民主党代表が「米の極東でのプレゼンスは第7艦隊だけで十分だ」と言ったことが波紋を呼んでいる。「小沢さん意外にペンタゴン通だなぁ。実はこの見解ペンタゴンにもあるのだ}という評論家もいる。
「日米安保もういいよ」の声は米にも結構ある。「20世紀j末をもって安保を打ち切るべきだ」と言っていたカリフォルニア大学の教授がいたことはよく知られている。かつてペンタゴンを訪問したある政治評論家(彼は国務省の招待で訪米した)はここで「日本の基地は横須賀とカデナがあれば十分だ」といわれたという。米にすれば「日米安保堅持」はお題目といえば言い過ぎか。それとも「日本に巨額の国債を買ってもらうため」ということか。日本政府が「日米安保を破棄します」といえば「ああそうですか」と受け入れるだろう。
米には日米安保に別の見解がある。「ビンのふた」論である。「在日米軍は日本軍国主義阻止の役割を持つ」というもの。言い出しっぺは在沖縄の海兵隊司令官である。慌てたペンタゴンは「それは個人の見解」と釈明した。
小沢見解への反応は早かった。朝日2・27によると町村信孝前官房長官は「防衛費が2倍3倍になってもいいのか」といっている。
事実最近「日米安保条約に賛成、なぜならなくなると防衛費が増えるから」という声が増えている。かつての軍部横暴に重ね合わせて「自衛隊に威張られるのはいやだ」との感情もある。
小沢氏の「第7艦隊だけで十分」、町村氏の「防衛費が2,3倍になる」ーーまもなく行われる総選挙で有権者はどちらに賛成するか。
(ジャーナリスト)
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灯火の消える寸前は明るい
大野 博
「灯火(ともしび)の消えんとするや、いっそう明るくなる」。この格言どうやら麻生太郎首相に当てはまりそうである。2月18日サハリンで行われた日ロ首脳会談でのことである。
朝日2・29日付朝刊によると、首相は領土問題について「2島、4島の交渉では進展しない」「政治家が決断する以外にない」と語ったという。1956年10月の鳩山・フルシチョフ会談以来48年ぶりに出た2島4島論である。
同年に行われた日ソ(当時はソ連)国交回復交渉で領土問題について、日本は4島一括変換を、ソ連は「まず歯舞、色丹を返還し、日ソ平和条約締結後に国後、択捉を返還する」とそれぞれ主張した。4島一括か、2島先行かと言われるもの。この議論はその後絶えていたが、麻生首相が生き返らせたといえる。その功績!は大きい。
だがその首相の身辺はどうか。風前の灯火といえば酷だろうか。とすれば領土問題の発言は、灯火消えんとするや一際明るくなる現象といえばさらに残酷だろうか。
さらに「官僚では解決しない」との言も斜眼氏には思い当たるフシがある。
日ソ宣言の交渉には鳩山首相、河野一郎農相、重光葵外相が当たり、官僚には一切関与させなかった。
1978年10月に田中・ブレジネフ会談が行われた。このときソ連は「日ソ間には戦後未解決の問題がある」と言った。ソ連は絶対に領土問題とはいわない。未解決の問題というのが最大の譲歩である。前年田中首相が日中正常化を実現なしたことで、ソ連も同首相には一目置いたことでもあっただろう。他の原因としてはソ連共産党政治局が、交渉では広範な裁量権を政府に保証していたことである。日本の外務官僚はこれを見抜けず、領土問題前進の絶好の機会を逃がした。
1991年4月、海部・ゴルバチョフ会談が行われた。共同声明では「日ソ両国は両国の国境画定作業に着手する」とあった。これは「両国で国境問題の話し合いを始めましょう」ということである。
ところがである。ポスト海部の宮沢喜一首相は、こともあろうに「領土問題解決に協力を求める」としてフランス、ドイツ両国を訪問したのである。「よりによってこの2カ国に行くとは」との声が多かった。
この2国ほど領土問題に敏感な国はない。かのアルザス、ローレンをめぐって1871年(普仏戦争)、1914(第1次世界大戦)の2回も戦争をした。そのたびに両国は数十万の戦死者を出した。とくにドイツは第2次大戦後はプロシヤといわれた地域はすべてソ連にとられて泣くに泣けない状態だ。
何より反発したのはソ連である。「両国(日ソ)で静かに話し合おうというのに」といい事実上交渉を破棄した。
この仏独訪問をお膳立てしたのはT元外務次官である。「外務省これほど外交官感覚のないものが事務次官まで昇進するのか」とあきれさせたものである。
(ジャーナリスト)
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潜水艦沈没!露呈した防衛オンチ
大野 博
09年度の予算案の審議は大詰めを迎えている。年末の予算案決定のときから現在に至るまでメディア、評論家が全く触れていないことがある。それは防衛予算で潜水艦の新規着工が見送られていることである。これまで毎年潜水艦は1隻ずつ新規に着工してきたことを想起すると、なんとも異例である。
潜水艦の建造費はほぼ550億円で後期は5年、この間は継続費が認められている。09年度に完成するのは04年度着工艦である。ちなみに09年度新規着工艦は甲型警備艦(建造費総額1456億円、完工は2014年度)のみである。
潜水艦新規着工なしをどうみるか。ハト派なら「麻生首相がそんな平和路線を取るとは知らなかった」というべきだろう。タカ派なら「日本の防衛を累卵の危うきにおくもの。許せない」と怒るべきである。どちらの議論も起きなかったことは、日本人が防衛オンチなのを露呈したわけである。良いことか、悪いことか。
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罪滅ぼしか小泉発言
大野 博
小泉元首相は2月12日に「定額給付金は『3分の2』を行使してまで成立させることはない」と発言した。野党に同調したようなもので、野党が喜んだのはもっともである。斜眼氏の見るところ「これは小泉さんの罪滅ぼしと、さらに点数稼ぎの発想だなぁ」ということである。
麻生首相の「実は郵政民営化には反対だった」との発言には、多くの人があ然としたものである。定額給付金は麻生政策の目玉である。だがこの法案は参議院で否決必至である。しかし首相は衆議院で3分の2の武器!で成立させようとしている。
小泉発言はこの情勢の下で行われたもの。つまり定額給付金と3分の2の二つの要素は表裏の関係にある。そしてその立役者は他ならぬ小泉元首相である。
郵政民営化法案は参議院で否決された。本来なら元首相はこのとき民営化を断念すべきだった。それが憲政の常道である。しかし「直接国民に問う」といい衆議院を解散した(05年9月衆議院選挙)。そして3分の2の議席を得たものの、議会政治の汚点といわれた。
いま与党が「武器」を行使してまで成立させたら、まさに暴挙中の暴挙といわれるだろう。とばっちりが元首相にくるのを自明である。「3分の2を使ってまで成立させることはない」との発言は泣かせる。小泉株は急騰しそうである。早くも「政界引退は撤回するだろう」との見方もある。後がまに据えるねらいの子息の評判が悪いことも気にしている。
(ジャーナリスト)
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見苦しい事大主義
大野 博
クリントン米国国務長官は二月中旬に日本、韓国、中国を訪問するという。日本のメディアは最初に訪日するというので「日本重視の現れ」とはしゃいでいる。「見苦しい、丸出しの事大主義ではないか」というのが斜眼氏の率直な感想である。
太平洋の地図を見よ。米から三カ国を訪問するとすれば、最初に日本になるのはごく自然である。これをもって日本重視というのは事大主義というべきである。
確かにクリントン長官は以前、外交専門誌フォーリン・アフェアーズのインタビューで「21世紀の外交の基軸は米中関係である」といっている。しかもこのインタビューの中で、クリントン長官は「日本」には一言も触れていないことが話題になった。この反響は意外に大きく、クリントン周辺はいささか慌て気味に「クリントン氏は日本を軽視していない、重視している」と弁明している。
しかし、米中基軸論はだれもがそう考えることで、クリントン長官の特異な発想ではない。米のある歴史家は日本の真珠湾襲撃の原因を「それまでの日中関係の論理的帰結である」といっている。明治以来アジアの政治状況では日中米の関係は相互に絡み合っている。戦後はそれに韓国が加わっている。夫君が大統領のときから、あまりアジアが好きそうでなかったクリントン国務長官のこれからのアジア外交が注目される。
(ジャーナリスト)
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虚構だった終身雇用制
読み違えた雇用の流動性
大野 博
一連の経済混乱の中で「日本の終身雇用制は崩壊した」との声を聞く。だが、いままでいわれていた終身雇用制は実は虚構だったのである。
そもそも終身雇用のためには三つの条件が必要である。@いまの会社を辞めたくない。Aいまの職種を変えたくないBいまの企業が永遠!に存続する――である。
いまの会社を辞めたい、いまの職種を変えたい―と言う人はいつの世にもいる。好不況に関係なくである。問題は企業である。およそ永遠に続く企業など存在するだろうか。企業の終r末は必ずしも倒産と限らない。鉱山会社は鉱脈がつきれば閉山を余儀なくされる。社員もそれまでと異なる職種に就かざるを得ない。技術の変遷などにより、鉱山会社と同じ場面に直面する例は多い。かつてある労働の専門家が「いまは一企業一職種で一生の職業生活を全うできるものは100万人に1人いるかいないかの幸運児だ」といっていた。肯定せざるを得ない。
雇用の流動性(あるいは労働の移動性)の意義も正確に理解されていない。いまの会社を辞めたいという人に「やめるな」という。やめたくない人に「やめろ」という。これが雇用の流動性と思う向きが多い。しかし雇用の流動性とは、企業の流動性と表裏なのである。存続不能になった企業の社員の再雇用をどう進めるか―などである。新規企業を立ち上げ、それに関連する職業訓練などが必要になる。とくに後者は行政の役割である。
米の勤労者は生涯に平均7回職を変えるという。これは雇用慣行というべきで、雇用の流動性とは異質なのである。
(ジャーナリスト)
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派遣法は二大原則無視の国恥もの
大野 博
現在の労働法問題は二つの原則を無視したことである。ひとつは職業紹介無料の原則、もうひとつは同一労働同一賃金である。いずれも近代国家のもっとも基本的な社会政策である。
派遣業者(派遣元)から労働者を派遣したとする企業(派遣先)。この派遣元と派遣先の権利義務の関係をはっきりさせないまま、同法を成立させた。だから派遣先で「もう必要ない」と言われれば即派遣元もクビになる。本来なら派遣先をクビにされても、派遣元の社員であり、給与も支給されるべきである。
派遣業界の売り上げは5兆円という。この差はどこから出るのか。派遣手数料である。当時の労働省はこれについて「10%が妥当とみている」と答弁している。なんのことはない。10%のヒンハネである。派遣労働者の所得は50兆円に及ぶとみてよいだろう。
派遣業者は事実上職業紹介業である。紹介されたものは給与をピンハネされている。国恥ものである。
戦前日本では同じ労働をしていても男女の賃金格差ははっきりしていた。同じ電話の交換女性でも公立女学校出身と私立出身では差別されていた。この反対闘争の先頭に立っていたのが山川菊栄さんである。戦後初代労働省婦人局長になった。
それが現在でも正社員と派遣社員と同じ労働しているのに、賃金格差あるとはなにごとか。派遣法は国恥ものである。即刻廃止すべきである。
(ジャーナリスト)
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佐藤賢了の亡霊浮上しつつあり
大野 博
12.9日付の朝日新聞によると、防衛省は野党の要求した幹部自衛官(以下制服組という)の国会招致を拒否したという。この問題、つまり制服組の国会答弁を認めるかどうかは、戦前に「黙れ事件」があり、戦後もそれが尾をひいている。防衛省は今後の検討課題にするという(朝日12.23付け)。
発端は1938年3月3日帝国議会(当時の名称)で国家総動員の審議のときである。陸軍省軍務局の高級課員である佐藤賢了中佐が議員の質問に「黙れ」と一喝したことである。
役人の国会答弁は局長クラスが政府委員、課長クラスが説明員という。課長でないものが答弁に立つことはない。
しかし、このときの佐藤賢了は軍務局の課長でもなかった。それが答弁に立ちしかも暴言を吐いたのである。この事件は軍部ファッショの象徴であった。
佐藤賢了は後に軍務局長になり、東条の懐刀となった。戦後戦犯にされ終身刑を宣告された。 1950年6月25日朝鮮戦戦争が勃発した。マッカーサー指令により警察予備隊が創設された。失業していた旧陸海軍人は「待ってました」と入隊した。そして幹部ポストを占め、かつ年ごとにポスト数を増加させた。
ところが彼ら制服組が本当に目指したのは、自分たちによる国会答弁だったのである。ここで大いに中ソの軍事的脅威」を強調したかったのである。つまりプロパガンダの場の確保である。
これに抵抗したのが内局(旧内務官僚が主体)であった。「そんなことになったら2・26の前夜になる」と。
結局今日まで制服組の国会答弁は実現していないわけだが、彼らはあきらめていない。かつての来栖発言(自衛隊は超法規的措置をとる―という)*や最近の田母神発言の根底には、「シビリアンコントロールなどおかしくて」というものがある。
制服組の国会発言をめぐる内局との確執は、今後も尾を引くものである。
*註:1978年7月19日、来栖弘臣=統合幕僚会議議長が、「週刊ポスト」誌上で発言
(ジャーナリスト)
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ニューディールの亡霊を防ごう
大野 博
米のオバマ政権は新年早々に発足する。早くも「大規模なニューでイール(ND)政策が行われるだろう」との予想―というより既定の事実―がされている。まさにルーズベルトの再来というわけである。しかし果たしてND政策で景気が良くなり、失業が解消されるだろうか。かつてのND政策の彼方に戦争という妖怪が存在していたことを知る斜眼氏にはいささか心配なのである。
公共投資による景気回復策は一名「ポンプの呼び水」という。枯れた古井戸のポンプに水を注入すると、ポンプが動き出し、水が出る。つまり公共投資によって民間の設備投資を呼び起こす。これが本物の好景気というもの。
しかしこの状態を救ったの!のは1939年9月4日のナチスドイツのポーランド侵攻、つまり第2次世界大戦の勃発である。
米は表面的には中立だったが、中立法を成立させ(1938年11月)武器禁輸を撤廃した。さらにレンド・リース(武器貸与法)成立させ(1941年3月)、軍需生産を本格化した。民主主義の兵器廠を名乗った。
これでは失業がなくなるのは当然である。
同様なことはドイツにも言える。ナチスはアウトバーン建設で雇用を創出したといわれる。しかし同時にベルサイユ条約を破棄し、徴兵制を実施して50万人を兵隊にしたことも、失業の解消!になっている。そして戦争に突入した。
米の学者には「ルーズベルトより日本の高橋是清の方がND政策は早かったという向きがある。その高橋大蔵大臣は公債の増加を心配し、そり漸減と軍事費の削減を閣議の席で堂々と発言した。それを伝え聞いた軍部テロリストは激怒し、その襲撃目標に同大臣を加えて殺害した(2.26事件)。そしてその後に来たのは日中全面戦争である(1937年7月)。
かつてのND政策の亡霊が現れることのないようにしてもらいたいものである。
(ジャーナリスト)
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小沢さんに悪評再現の恐れ
大野 博
93年8月細川内閣が成立した。実に8会派からなる連立内閣である。だがこの内閣を真に牛耳っていたのは小沢一郎新進党(当時)幹事長である。
ところがである。この内閣なんと予算編成を越年させてしまったのである。何故か小沢一郎氏が12月の段階で政治改革なるものに熱中したからである。
日本の政治システムでは、例年12月の最重要課題は予算編成であることは高校生でも知っている。小沢氏はここに気がつかなかったのだろうか。おかげでさんは編成・暫定予算・審議が順遅れとなり、本予算の成立は6月にズレ込んだ。ひどい不況のときであり、これが景気回復を遅らせた。「小沢一郎氏がこんな経済オンチだとは知らなかった」と政界全体でいわれたことである。さらに経済界では小沢株大暴落であった。
いま政界でも早期解散論がある。その理由はもっともである。しかし時期が悪い。それも二つ重なっている。一つは国際金融の混乱である。他は12〜3月は日本の政治システムでは予算の編成と、国会提出し、審議する時期である。いま総選挙となれば、細川内閣の二の舞である。この点をついた麻生首相の指摘は正しい。小沢氏があまり解散論をいうと、悪評を再現させますよ。
(ジャーナリスト)
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資産家はケチですよ
大野 博
定額給付金の配分をめぐって、政府と与党がもめている。総額2兆円、標準世帯で6万円という。「高額所得者にもか」というわけで所得制限論が出たが、結局処理は市町村に一任することになった。それでも麻生首相の意向は「年収1800万円以上の人には自発的に辞退してもらいたい」らしい。どっこい、そうは簡単にいきそうもないですよ――といいたいのである。何故か。
斜眼氏の記者時代のこと。塩川正十郎さん(当時代議士)の話を聞いた。塩川さんは大阪選出である。国民年金のことである女性が抗議に来た。「Aさんはかくかくの額、Bさんはこれこれの額の年金をもらっている。なのに何故わたしには一銭もないのか」という。
そこで塩川さんは「あんたはたくさん家作をもっているやないか。年金をもらわなくても困りゃせんやろ」といった。しかし女性の納得は得られなかったよし。
某氏の子女は創業百年の歴史を持つ旧家に嫁いだ。もちろん大資産家である。周囲が羨望したのももっともである。しかし、某氏いわく「資産家はケチだ」と―。そこで半畳が入った。「それはそうだな。ケチだから資産家になれたんだよなぁ」と。一同大笑いしたしだい。
麻生首相の「高額所得者に辞退してもらう」との意向は、高額所得者や資産家各位に通用するものでしょうか。
(ジャーナリスト)
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ND(ニューディール)成否の
カギは軍事費の削減
大野 博
米の大統領選はオバマ氏が圧勝した。これまで米で黒人大統領が実現するのは、21世紀中葉で南北戦争(1861〜64)から200年たった頃だろうといわれてきた。この予想を50年も早く実現したわけ。日本人たる斜眼氏も米の歴史的場面に会えて良かったとの感をつ。
ところがである。そのオバマ大統領は1929年大恐慌以来の困難に直面しているさてどうするかである。誰しも考えつくのは、1933年に大統領に就任したルーズベルトのニューディール(ND)政策である。
ND政策の柱は巨額の公債を出し、それを公共事業に投入し、雇用機会を作り出すというもの。1925〜35年つまり昭和の1ケタの時代は基本的にロンドン軍縮条約(1930年)が象徴するように、世界はデタント(緊張緩和)であった。米も軍事費は国の予算の30%以下ではなかったか。
他方失業者は実に800万人もいた。財政にも余裕があり、巨額の公債も発行できた。つまりND政策が可能だったわけである。
いまはどうか。米のー経済学者は「いま33年のND政策をとるとした場合の失業者は何人か」と研究している。それによると大規模の軍縮をした場合の除隊者X万人、注文の大幅減による軍需工場の離職者Y万人、国防総省の陸海空三軍の担当職員とそれ以外の省庁で軍事関係仕事をしている文官の離職者Z万人、XYZ合計で1000万人が職を失うという。つまり最低でもこれだけの雇用の創出が必要なのである。
これに要する費用は公債に依存せねばならない。米の財政赤字は4400億ドル、GDP比4.5倍という。完全に硬直化している。
しかし突破口はある。それは軍事費の削減である。この費用はブッシュ政権では4000〜6000億ドルに達している。イラク、アフガン派兵が原因であることはいうまでもない。
オバマ新大統領が新ND政策を成功させるカギは、軍事費の大規模削減を断行することである。
(ジャーナリスト)
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投票の瞬間と人種意識
大野 博
米大統領選はあと1週間となった(米時間では11月3日)。この選挙の最後の瞬間、つまり投票のときに有権者に人種意識がでるかどうかが注目されよう。
オバマ候補はアフリカ系アメリカ人である。この表現は昔からあったものではない。1980年代になって使われるようになった。反射的に黒人、二グロ、カラードなどの表現が消えた。ヒスパニックとは南米系のアメリカ人のことである。
映画通はご存知と思う。15,6年前のこと、白人と黒人がグルになって銀行強盗をしでかす。万事うまくいき大金をせしめそうになる。だがその瞬間、白人が反黒人意識を出してしまう。そのため計画はオジャンになり、あえなく逮捕されるというしだい。
人種対立は宿痾といわれた。しかし現実では公的な対立はなくなったといえる。閣僚、州知事、市長、議員……に黒人が起用されたり、選出されてもなんの問題もない。
しかし私的にはどうか。たとえば自分の隣に黒人が住むことには抵抗が大きいという。私的生活ではまだ人種意識が強いというものである。
その最たるものは学校である。米の最高裁判所は「たとえ私立学校でも、白人しか入学させないのは憲法違反である」との判決を出している。私立大学では黒人を少数しか入学させない例が多いという。
だが公立学校ではそうはいかない。あくまでも人種は無差別である。しかし保護者の中にはこれをいやがる者が多い。これらの人たちは子弟を自宅で勉強させている。これをホームスクールといい、全米で300万あるという。
米大統領選挙に歴史上初のアフリカ系アメリカ人が立候補した。だが選挙中は人種問題は話題のワの字にもならなかった。各界が牽制したからである。
さて公人の中の公人たる大統領を選ぶ投票で、有権者は私人として人種意識は出さないだろうか。
(ジャーナリスト)
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三浦氏自殺の意外な余波
大野 博
妻殺人事件の「共謀者」容疑でロスアンゼルスで身柄を拘束された三浦和義さんが自殺した。この問題これからも余波が広がるだろう。
しかしこれで喜んだ!のは実は日本の最高裁判所、法務省である。何故か、米から「三浦氏の裁判記録を提供してほしい」といわれることがなくなったからである。「ヤレヤレ」という思いであろう。
もし三浦裁判が本格化したら、米からの要求は必至である。その場合、日本の司法は「この事件は決着している」として意断固拒否するか、米の要求はやむを得ない」として提供するかである。どちらにするか大いに悩んだことだろう。三浦氏の自殺でこの悩みから解放されたということか。
(ジャーナリスト)
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またも露呈した無節操
大野 博
補正予算は10月8日衆議院を通過した。ここになんとも奇怪なことが起きた。民主党が賛成したことである。「あれっ民主党は野党でなかったの?」と思う向きは多かった。ちなみに共産、社民両党は反対している。
そもそも野党と与党の違いは何か、政権担当非担当の相違であろう。これを端的に表すのは政府提案の予算案に賛成するか、反対するかである。法律案には野党も賛成することはある。しかし予算案に賛成すれば、野党ではなく与党である。民主党は賛成の理由として「解散圧力を強める」という。スジの通らない駆け引きである。選挙戦で政府・自民党批判はできないだろう。予算案に賛成しているからである。
小沢一郎民主党代表は福田首相(当時)と党首会談をした。「大連立をしよう」というわけ。失敗すると「党代表を辞任したい」と言い出す始末。「小沢さん、もっとシャンとしてほしい」の声が起きたものである。
党首会談といい、今度の予算案賛成といい、民主党の無節操には困ったものである。
(ジャーナリスト)
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根本は外交オンチが原因
大野 博
汚染米の流通が問題になっている。この問題、元をただせば日本がいかに外交オンチかを露呈している。
十数年前、米からコメ輸入の自由化を強く求められた。このとき「一粒のコメも輸入させない」という言葉がしきりに言われたことを、思い出す向きし多いだろう。
この時期、コメは例年1300万トンの収穫があった。対する需要はせいぜい1000万トン、30%の在庫ができた。このため政府は年に3000億円の財政資金を投じて減反政策をとった。輸入反対は無理もなかつた。
しかし、専門家の間では「コメを輸入しても、売れるのはせいぜい30〜50万トン、需要の3〜5%で市場にはほとんど影響ないとの見解が多かった。さらに都合の良いことに輸入コメは、売れなければ「売れませんでした」で済んだことである。
だが、93年のウルグアイ・ラウンドによって情勢は一変する。ミニマム・アクセスである。これにより日本は年に77万トンのコメ輸入を義務づけられたのである。最大予想需要の50%超過である。さらに重要なことは、売れなければその赤字は財政で補填が必要になったことである。いまの汚染米問題で農水省がコメの押し売り!をしたのもこれが原因だろう。
汚染米問題は目先のことにとらわれて、先の展望を持たない日本政府の外交オンチの所産である。
あるいは「有毒コメかどうか、流通段階で検査すれば問題ない」との見方もあるだろう。しかし、実務的にいって不可能である。毒性の検査はコメの在庫段階でするしかないといえる。
(ジャーナリスト)
大麻問題とウソ発見器
大野 博
斜眼氏の友人某氏は健康診断を受けた。その結果を医師に聞いた。医師はモニターをみていた。その画面には数字がびっしり映っていた。そして医師はいった。「脳こうそくはその後どうですか」と。某氏はびっくり仰天。脳こうそくなど覚えがなかったからである。しかし医師はは数字によると脳こうそくの気があるという。
露鵬、白露山(以下両力士)について「大麻を吸った」「いや吸わない」と紛糾している。尿検査の結果は黒だったという。斜眼氏は尿検査をした「MKM」が斯界の権威であることに異存はない。しかし両力士が「吸っていない」と言うことも無視できないのである。何人が両力士に面と向かい「MKMが黒とした。だから大麻を吸っている」と断言できるだろうか。
ここで想起されるのは、戦後の一時期にハバを効かせた「ウソ発見器」である。被疑者に電流をあてて尋問する。オシログラフが激しく上下すれば「真犯人」。変動しなければ無罪―と、まぁこんなこと似なる。
この機械には決定的な盲点があることがほどなく指摘された。「真犯人」であっても、神経を図太くしていれば、オシログラフは変動しない。客に神経の細い者は、事件に無関係でもグラフは大きく動く。たちまち「真犯人」にされてします。人権蹂躙の最たるものである。最近はほとんど利用されていないのではないか。それでも検査は検査である。
両力士の尿検が黒と出た。が、当人たち飽くまで否定を続け、提訴の構えをとっている。それなら「ウソ発見器」にかけろ」と要求したらどうだろうか。
(ジャーナリスト)
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陸士海兵の亡霊現れる
大野 博
日本ジャーナリスト会議(JCJ)の機関紙『ジャーナリスト』の8月号に、代表委員の亀井淳さんが8・15の新聞に掲載された『陸軍士官学校』『海軍兵学校』を記念する一万円の豪華本の広告を批判的に記述している。実は斜眼氏もこの広告を見て「陸士海兵」の亡霊が現れたのかと思った一人である。
陸士海兵とは「陸軍士官学校」「海軍兵学校」の略称であることを知る人は少ないし、どんな学校あったかを知っているのも昭和一桁生まれの年代(1935年まで)で、それ以後の年代、まして戦後生まれの世代はまず知らない。
1970年ごろ政界では5次防(第5次防衛力整備5カ年計画の略)が話題になっていた。防衛庁長官は中曽根康弘さんだった。中曽根さんは「全国8カ所に防衛高校をつくる」といっていた。記者団から「防衛高校とはどんな学校か」との質問が出た。中曽根さんは「昔の幼年学校のようなものだ」と答えた。戦後25年も経ていたときだから、記者の中には幼年学校を知るものはほとんどいなかった。(結局防衛高校は実現せず)
ある新聞の外報部記者が「ミリタリ・アカデミーを陸軍士官学校と訳すのに、ネイバル・アカデミーを海軍兵学校と訳すのはおかしい」といったという。この疑問もっともである。しかし海軍士官学校と訳したら、日本人にはピンとこない。この世代になると陸士海兵の区別がつかなくなったというべきである。
戦後30年までは政財界、官界、そしてジャーナリストにも陸士海兵経験者が大勢いた。とくに自衛隊にである。しかしその自衛隊でもそのころの海上幕僚長が「海兵経験者は私が最後になった」とさびしそうにいっていた。ある大企業の広報部長は海兵経験があった。記者団招待の宴席で「江田島健児の歌」を高唱しご機嫌だった。いまは各界ともいない。斜眼氏の知る範囲ではNK新聞のMHさんが仙台陸軍幼年学校に在学だった程度である。
戦後63年の8・15に陸士海兵の記念豪華本の広告を見たときは、まさに旧陸海軍の亡霊が出てきた思いである。
(ジャーナリスト)
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アフリカ援助に厳重監視を
大野 博
7月8、9日行われたサミットでアフリカ援助が主要な議題となった。南アフリカのムガベ大統領も出席した。アフリカ諸国は石油、食糧の高騰で苦しんでいる。サミットも緊急援助を決定した。
ところがである。どの国もだれも口にしなかったことがある。それは「アフリカ諸国への援助は本当に国民に届くだろうか」ということである。この地域の国の政治家、官僚は腐敗しており、援助の資金、物資を横領しないだろうかとの不安がいつもつきまとう。
典型的な例は二つある。ひとつはガーナ(旧ベルギー領のコンゴ)である。独立後エンクルマが大統領になった。しかし、側近に多数身内を登用した。彼らが汚職をしでかし、当然国中に不満が充満した。そして1966年2月、エンクルマ大統領は、こともあろうに中国訪問中にクーデターを起こされて失脚した。当時自民党の派閥のボスが「うっかり外遊できない。エンクルマのようになるからな」といっていたものである。
もう一つはジンバブエ(旧ローデシア)のムガベ大統領である。1980年の独立以来5期目の長期政権である。「独立の英雄」との評価もあるというものの。横暴のし放題である。こんな政権への援助は民衆に届くだろうか。
そんなわけで各国ともアフリカ援助は厳重に監視すべきである。この点で奇怪なのは日本政府である。以前から会計検査院、行政管理庁が援助国に検査のメスを入れようとすると「相手国の主権を侵す」といって反対してきた。自国の税金の使途を検査するのががなぜ悪いのか、現地での使途を徹底的に監視すべきである。
(ジャーナリスト)
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いまこそ本物の北朝鮮カードを
大野 博
アメリカが北朝鮮をテロ国家指定から解除したことから「日本は北朝鮮カードをなくした」」とオロオロしている。なんとも情けない。これから本物の北朝鮮カードを出すときであり、それは日朝正常化交渉に本腰を入れることである。
世界各国の外交官が異口同音に「日本は拉致問題の交渉が下手だ」という。「まず拉致問題を解決し、その次に正常化に入るというプロセスでは話が進まない。双方を同時に議題にし、交互に話を進めれば確実に進展する」というわけ。日本でも山崎拓元自民党副総裁がこの路線を主張している。
ここで考えられることは「もし中国軍部が人民戦争論にこだわっていたらどうだろうか」ということである。到底このような対応はできなかったであろう。
日朝正常化交渉と言えば、いかにも難航すると予想されがちだが、どうもそうではなさそうである。「着地点は補償額だ」との見解が多い。1965年12月の日韓基本条約が発効した。これにより日本は有償無償合計で5億ドルを韓国に払った。当時は1ドル360円であった。それから43年経た現在、北朝鮮と正常化した暁には、確実に50億ドルは払わざるを得まい。いま1ドルが106〜7円程度であるから日本にとってさほど大きな負担ではなさそうである。
「日本からは経済力(もちろんお金のこと)を差し引いたら残るものは何もない」といったのは渡辺美智雄外相(当時・故人)である。金権行政(岩国基地問題で見せたアメとムチの姿勢を見よ)、金権外交との2枚カードを並べて拉致問題も解決だろうか。
(ジャーナリスト)
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フランス海軍を見習おう
大野 博
石油相場の高騰はひどい。この原因は投機資本(ホットマネー)が原油市場に投入されているからであり、石油の需給関係ではないとの見解は一致している。ならば高騰を抑えるにはどうしたらよいか。この先鞭!を切ったのはなんとフランス海軍である。「他国との軍艦の共同演習には参加しない」という。まさにフランス的スマートさである。
その理由は二つ。燃料の節約と他国と演習する必要のない情勢という。
軍艦は大量に燃料を使う。だからその節約は石油の需要減少に大いに役立つだろう。今度のフランス海軍のような燃料節約は世界で初めてである。軍縮とはいえないまでも各国の海軍もぜひ見習ってほしいものである。
(ジャーナリスト)
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C130の活用は幻想だったか
大野 博
重慶・成都・輸送機〜といえばなにやら三題噺的になる。しかし5・12四川大地震の復興にあたって実に密接な関係が生じたことに気がつくのである。
その復興の早からんことを切望したことから「自衛隊のC130輸送機で食糧、医薬品などを被災地に送るべきだ」と考えた。しかし次の瞬間「彼の地は日本の飛行機とご縁が深い。どう反応するか」と心配になった。案の定「自衛隊の輸送機は断る」と回答してきた。
無理もない。重慶は日中全面戦争の期間(1937年7月〜45年8月)のクライマックスというべき日本軍飛行機による無差別爆撃を受けた都市である。その開始は1939年5月3日だったる。また成都飛行場は1944年6月16日に初めてB29が北九州・八幡製鉄所爆撃のため発進したところである。この飛行場建設のため付近一帯の住民が大動員され、重労働を強いられことも付言しておきたい。
そんなわけでC130による輸送は実現しなかった。しかし斜眼氏はいまでも残念に思っている。というのはこの飛行機は大型で輸送量が多く、しかも足回りの強いのが特徴である。ヒマラヤ山中やモンゴル真草原に離着陸したこともある。それゆえC130なら被災地に物資をより多く、より早く送れただろうにと。
この大構想!幻想だっただろうか。ここで想起するのは当時の米中関係である。両国は友好国であった。だから自衛隊のC130を米軍または米民間会社にチャーターして活用したらどうだっただろうか。
四川大地震からは1ヶ月たつ。とにかく一時も早い復興が望まれる。
*稿を暖めている間に岩手・宮城内陸地震が発生した。被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一日も早い立ち直りを念じるものです。
(ジャーナリスト)
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遠因は農地改革・ネパールの王制崩壊
大野 博
二世紀半近く続いたネパールの王政が崩壊した(5月28日)。その遠因が農地改革というのはご存知だろうか。
1944年11月、ネパールでは共産党が単独で政権を握った。世界で社会主義体制が崩壊している中での希有なケースであった。その共産主義政権は「王制はそのまま存続させる。農地改革だけを実施する」との路線をとった。
しかし実施方法をめぐって急進派と穏健派に分かれた。双方の調整がつかないまま95年9月に共産党政権は崩壊した。急進派は毛沢東主義を名乗り、王制打倒を掲げて武闘路線をとり、各地の役所などを攻撃した。
これでは穏健派も否応なく武力で防衛せざるを得ない。それが嵩じて王制派と反王制派の闘争という構図になった。この間、王室内で銃を撃ち合うスキャンダルがあり、王制も自壊作用を起こした。そして最終的には王制廃止の憲法制定となった。王制崩壊から共和制への移行は戦争か革命による場合がほとんどである。ネパールのようにその遠因が農地改革というのは、世界史的にも珍しい例ではないか。
(ジャーナリスト)
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威力示した「4つの近代化」
大野 博
四川大地震は痛ましい限りである。阪神淡路大震災の30倍の破壊力というから、その惨状はメディアの報道だけではわからないだろう。しかしテレビで見て感じられるのは「4つの近代化が効果を上げているなぁ」ということである。
中国の軍部は毛沢東の没を機に、毛沢東路線である「人民戦争論(これはゲリラ戦のことである)」と完全に縁を切った。そして4つの近代化路線を進むことになる。火力の近代化、機動力の近代化、通信力の近代化、後方(兵站)の近代化である。
四川大地震では人民解放軍の出動は早かった。とくに注目されたのは空挺部隊が被害地に降下したり、飛行機から援助物資を落下傘で投下したことである。さらに成都、重慶など被災の中心部にもブルドーザーその他の重機を投入していることである。これらの災害援助に果たす役割は大きい。
ここで考えられることは「もし中国軍部が人民戦争論にこだわっていたらどうだろうか」ということである。到底このような対応はできなかったであろう。
「4つの近代化」の因縁は深い。朝鮮戦争に介入して軍部が痛感したことは「人民戦争論」では国防は不可能」と言うことであった。その急先鋒は参謀総長だった膨徳懐だった。しかし毛沢東が固執したため膨氏は失脚した。そして毛没後とともに復活した。
4つの近代化路線は単に中国一国の問題ではない。同国の軍部はこれを実行するためには、どうしても米国との協調を必要としてのである。米中蜜月の原点はここにある。米の産軍複合体は案外これを歓迎しているのである。
(ジャーナリスト)
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所得区分方式のご検討を
大野 博
後期高齢者(実に妙な表現!)問題で日本全国大揺れである。この原因どうやら現行の健康保険制度は高齢者、現役世代といった文言がしきりに出るように、年齢区分方式をとっているのが原因といえる。この区分方式を所得区分方式に代えてはどうだろうか。
所得の多寡は年齢に無関係である。所得を高額順に第1から第5分位に分ける。そうして第1分位は保険外つまり自費診療、第2〜4分位は保険診療、そして第5分位は完全公費診療としてはどうだろうか。ただし、生活保護受給者に後発医薬品の使用を強要したような医療制限を設けることは論外であるが。保険数理や統計の専門家にぜひご検討いただきたいことである。
蛇足ながら政治についてのことわざを一つ――「政治というものは、すべてをよくしようとすると、結果としてすべてを悪くするものである。」
(ジャーナリスト)
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日露戦争時代と同じ役人の頭脳
大野 博
「驚いたなぁ。役人のあたま(頭脳)は日露戦争の時代と変わらないんだよ」――これは橋本竜太郎さん(元首相・故人)が自民党の行政調査会会長であったときの言葉である。
このとき同調査会は電電公社の分割民営化を論議していた。冒頭の発言はある日の記者会見でのものである。(民営化法は84年4月成立、NTTは85年4月発足)。
日本は日露戦争の後、政府は「南満州鉄道株式会社」を設立した。そのポイントは@株式会社の資本金は1億円とするAその51%を日本政府が持つB残りをもてるのは日本人と中国人に限るというもの。
これはつまりアメリカ人には持たせないと言うことであり、さらに満州(いまの中国東北部)からアメリカ資本を締め出すと言うことでもあった。
これはアメリカを怒らせた。開国以来友好的だった日米関係はこれを機に冷却し、後日の日米戦争の遠因ともなった。政府の電電民営化も南満州鉄道方式を参考にした。つまり外国人には株を持たせないという。案の定外国の反発を招き、日米協議でも問題にされ、その後修正されている
さて、政府は4月15日の外資審議会でTCIM(ザ・チルドレン・インベストメント・マスター・ファンド)のJパワー(株)(旧電電開発)の株式買い増しを拒否した。「国の安全、公の秩序」を理由としている。安全保障やインフラに対する外資規制は各国とも設けており、日本だけの特殊性ではない。しかし、納得のいく理由説明がなされなければ、日本市場の「閉鎖性」を印象づけることになりかねない。閣僚の中にも疑問視する向きもあるそうで、渡辺喜美行革担当相も不満の様子である。
それにしてもこの決定は橋本さんの「役人の頭(頭脳)は日露戦争の時代と同じ」との発言を証明していないだろうか。
ちなみに今年は日露戦争後104年たっている。
(ジャーナリスト)
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ケンカを売られた小沢さん
大野 博
日銀総裁、副総裁をめぐる人事騒動は一応決着がついた。つまり小沢一郎民主党代表にとってはケンカを売られたもので、引くに引けなかったと言うことである。
政府与党の示した人事に小沢さんが反対したのは「天下りだから」というものだった。しかし真の反対理由は福田首相が財政金融一体論から推した人だったからである。財金分離論者である小沢さんにしてみれば「この人事はおれにケンカを売ってきたのと同じ」と受け取ったのは無理もない。かくして党内の異論も「ご聖断」によって押し切ったというもの。福田首相も相当な人事オンチを露呈したといえる。
さて、その小沢さんも相当な人事オンチなのである。海部内閣(1990年)のとき小沢さんは自民党の幹事長であった。歴代最年少であった。都知事選があり、自民党は内閣官房副長官を長く務めた石原信雄さんを推すと決めていた。
ところが小沢さんは突如としてNHKタレントの某氏(「原稿を読むタレント」といわれた)を推した。各界がア然としたものである。その結果、ほかになんの取り柄もないが、鋭い選挙感覚を持つ青島幸男さん(そのときの参議院議員)に出馬された。青島さんは本領!発揮し、都市博反対だけを訴えて当選した。行政のベテランたる石原さんはその後も出番の機会は来なかった。「小沢さんの人事オンチ」とよく知られているところである。
小沢さん、今度の日銀人事問題を機に、ご自身の人事オンチを克服するだろうか。
(ジャーナリスト)
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2.6兆円の国債を発行せよ
大野 博
ガソリンの暫定税率は一応決着がついた。さて、その2.6兆円の歳入の穴をどう埋めるが課題である。福田首相は「早期に再編成して、暫定税率を元に戻す」といい、小沢民主党代表は「知事市町村長の裁量に任すべきだ」といっている。この問題で国債増発論が話題にならないことに注意すべきである。宮沢喜一さん(故人、元首相)が、さる有力米財界人と話し合ったときのこと「日本政府の国債政策はおよそ近代国家にふさわしくない。時代遅れのものである」といわれたという。いま2.6兆円問題を聞くとつくづくこの指摘を思い出す。
日本の国債は建設国債、赤字国債と区分されている。公共事業費が前者、経常費分が後者である。これは財政のチエである。さらに建設国債は「資産を物として持つ」性質がある。
1971年8月、1ドル360円の固定レートは崩壊し、変動制に移行した。それまでの日本はせっせとドルを貯め込んでいた。「早晩、紙くず同然になるかもしれないドルを、日本はなぜ貯めるのか」と外国人からいわれていた。日本には資産を物として持つ考えはなかったといえる。
暫定税率は道路財源である。その穴埋め分は当然道路整備費であり、建設国債の対象になる。なんの遠慮もいらない。思い切り2.6兆円の国債を発行すべきである。
(ジャーナリスト)
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小沢さん、いまこそ生地で意地を!
大野 博
案の定というべきか、果たせるかなと言うべきかガソリン税の一般財源化(以下一般化と省略)、同暫定税率(同じく暫定と省略)をめぐる大手紙の社説は、問題の本質を理解せず、目前のことにとらわれる悪しき伝統を露呈している。
福田首相の提案は@一般化は09年度からA暫定は維持するB10年間59兆円の道路計画は見直すというもの。そしてこれを実現するため小沢一郎民主党代表との会談を希望するという。
大手紙の社説は総じて「小沢党首は応じるへきだ」という。対する小沢代表は「党首会談で解決できることではない」といっている。民主党は一般化、暫定廃止の即時実施を主張している。
そもそも財政の大改革は革命を起こす気構えでなくてはダメである。さらに言えば生命を的にしなければ不可能である。前例がある。2・26事件である。当時の高橋是清蔵相は閣議で「軍事費は多い。削減すべきだ」と発言した。これを伝え聞いた軍部ファシストが激怒し、蔵相にテロを加えて惨殺した。
一般化、暫定の鍵を握るのは小沢党首であることははっきりしている。
小沢党首は「政界ぶちこわし屋」「因業」といわれてきた。いまこそその生地(きじ)を出して意地を張るべきである。これが真の問題打開の道である。目前の妥協は禍根を残すのみである。
(ジャーナリスト)
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キャリア制度は有用か無用か
大野 博
いま渡辺喜美行革担当相の下で公務員制度改革案が検討されている。その中心はキャリア(上級職)制度をどうするかであるという。しかし戦後の一時期この制度は実質的に廃止されたものである。この経験を参考にすることが必要である。
福田赳夫さん―福田首相の父、故人、元首相―は戦後大蔵省(現財務省)の官房長だった。戦前の高等文官試験制度に代わる公務員試験制度をどうするかが問題になった。GHQは3点注文してきたという。(1)上級職と非上級職の区別はつくるな(2)試験問題は法律学偏重ではいけない。法律学以外の問題をたくさん出せ(3)ペーパーテストだけはだめ、テストによらない選考採用もとれ―というものだった。「いかにもアメリカらしいと思った」と福田さんはいっていた。
さて困ったのはその後である。当時の大蔵省は例年150名を採用していたが、うち上級職は十数名だった。区分がないものだから、採用された全員が「自分は上級職として採用された」と思い込んだ。福田さんは「週刊誌に『戦後の大蔵省は上級職だけで150名も採用した』と書かれた。あれは間違いだ」といっていた。しかし、区分がないのだから間違いでない。
そして採用後の処遇に困った。同期と差を付けられたものが「なぜだ」とねじ込んできたという。同様な例は他の省庁でもあったようである。キャリア制度は廃止しても、キャリア信仰は根いものがある。
この教訓!渡辺行革相はどう生かすか。
(ジャーナリスト)
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首相・蔵相・日銀総裁不用の国
大野 博
1979年10月7日に行われた「一般消費税選挙」で自民党は大敗し、議席の過半数を割った。当然ながら大平正芳首相の責任問題が出た。党内非主流派は退陣を要求した。結局11月6日の衆議院での首班指名で大平正芳氏が福田赳夫氏を破り続投となった。同じ党から首班候補が二人立つという珍事であった。この一幕9月17日の総選挙告示からのもので「40日抗争」といわれる。
つまり40日間首相が決まらなかったわけだが、この間、行政や国民の日常生活はビクともしなかった。「こんな国は世界に例がない」とも言われたものである。蛇足ながら、このときの福田氏は閣僚だった。記者会見で「こんなことで混乱が起きないか」と質問され、「どこかで混乱が起きているなら教えてほしい」と返して一同を笑わせていた。
1991年11月、宮沢喜一内閣が発足した。蔵相(いまなら財務相)に羽田孜氏が就任した。ところがこの羽田蔵相肝心の財政のことは放ったらかし。もっぱら政治改革―それは小選挙区制の実現―に熱中していた。「こんな蔵相でいいのか」との声が方々で起きた。しかし国の財政が混乱したことはなかった。結局、羽田氏は小選挙区制で墓穴を掘ることになる。
さて、日銀総裁はとうとう後任が決まらず総裁不在の状態になった。確かに醜態ではある。しかし果たして日本の金融は混乱するだろうか。日銀総裁は必要な国だろうか。
(ジャーナリスト)
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ゲッペルスよりはマシ
大野 博
ドキュメンタリー映画「靖国」は、予定していた都内の1映画館が上映を中止したという(朝日3月18日)。どうやら原因は自民党有志議員(当然タカ派)の試写会という名目の検閲*にあると見られる。この映画の制作費の一部が国庫補助金から支出されていることも、議員連中を強気にさせているのは自明である。だがこの中止圧力の方法はゲッペルスのやり方より、少しはましというものである。
1933年1月、ナチスは政権を獲得した。それからのドイツの命運はご承知の通りである。そのナチス政権の前に、ドイツではレマルク原作の「西部戦線異常なし」の映画が大ヒットしていた。観客の多くが上映後に泣き出したといわれるほどである。
これに対してナチス党はゲッペルスの総指揮のもと、党の暴力組織である親衛隊や突撃隊に平服を着せ、カバンを持たせ、観客を装って入場させた。
そしてである。上映たけなわの頃合いをみはからってカバンを開けた。何が出てきたか――”ヘビ”である。劇場が大騒ぎになったのはいうまでもない。当局もこの事態を看過できず映画は上映禁止になった。ナチス蛮行の一幕である。これに比べれば「靖国」の中止圧力はご愛嬌というべきだが、その蛮行まであと何歩残されているのか。
参照:ブログ「世界の片隅でニュースを読む/映画「靖国」上映妨害問題=http://sekakata.exblog.jp/d2008-03-19
(ジャーナリスト)
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日独に見る司法の守旧性
大野 博
横浜事件について最高裁判所は3月14日「免訴」の判断をした。無罪を要求していた元被告、弁護団、「横浜事件の再審を求める会」の運動を裏切るものだった。これで斜眼氏が想起したのはかの「白バラ事件」である。
1943年、ドイツのミュンヘン大学でショル兄妹が、大学構内で反戦ビラをまいた。ゲシュタポに逮捕された兄妹を含む大学教授ら十数名が、ギロチンで処刑された。同44年7月20日の反ナチス将校団による「ヒットラー暗殺未遂事件」と並ぶ二大抵抗運動と言われている。
ところがである。戦後の旧西ドイツ(以下は旧西を省略)最高裁は白バラ事件の再審申し立てに対し「この裁判は正当であり、判決は妥当である」との判決を出している。これは戦後のドイツの司法がナチス時代の司法に何の反省もないこととして、厳しく非難された。ただし、ドイツ司法界にも反省の機運が出ているという。注目したいものである。
さて、日本の最高裁はどうか。横浜事件免訴判決に対し「法技術的な論理に終始した不当判決」(弁護団)の批判は当然であり、「過去の過ちを直視しようとしない最高裁の姿勢に不安を感じる。最高裁は国民の信頼を得る後期をみすみす見逃したというほかない」(3月15日朝日社説)はけだし至言である。日本の司法に反省の機運は生まれるのだろうか。
(ジャーナリスト)
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石原都知事に桐一葉
大野 博
新銀行東京の乱脈ぶりはひどいものである。全額都が出資する資本金1000億円で不良債権がなんと285億円というからあきれる。この銀行は相手企業の数字だけ、たぶん貸借・損益の二表だけだろう。それで融資を決めていたという。実この話で斜眼氏は三つのことを思い出した。
ある席での税務署の第一線で貢(みつぎ)取りに精を出している人の話――「新聞に掲載されている企業の決算公告、あれ はでたらめです。あんなものを信用していては税金は一円も取れませんよ」。
ある工場を見学していたときのこと。10数名のグループが工場内を鋭い目つきで見回していた。単なる見学者でなさそうと感じた。「あれは何者?」と聞いたら「銀行の人たちです」とのことだった。銀行が融資の是非を決めるのにこうして調べるものか、と思ったものである。
ある大学の経営学の教授の話――「会社が利益を上げているか、損をしているかを判断するのは倉庫をみることである」。倉庫が空っぽなら売れ行き好調、満杯なら売れ行き不振というわけである。「帳簿をいくらていねいに見ても企業の実態はわからない」ともいっていた。
この三題噺!から新銀行の経営がいかに放漫だったかがわかるというものである。
石原都知事は400億円の追加出資を都議会に要請しているが各党は冷淡である。各紙の社説も一致して撤退を主張している。当然である。さらに都知事と銀行経営者間で責任のなすりあいまで始まっている。醜態の極みである。テレビに映ると知事の顔は引きつっていて、これまでの高慢さはない。
三期目約10年の都知事だがこれまでの順風満帆から何となく桐一葉の様相になってきた。
(ジャーナリスト)
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ロス疑惑・ 日本政府はどうでるか
大野 博
三浦知義さんが何と27年前の事件で米官憲に逮捕された。今後の展開は予断を許さないが、関心は日本の司法は独立性を発揮できるか」である。
一事不再理は司法の鉄則である。この点を質問された米官憲は「米の司法は日本の司法に束縛されない」と答えている。「それはそうだろうという」向きも多い。
では「この場合はどうなのか」と疑念も生じるはずである。それは、もし米が三浦裁判に関係する裁判や捜査の資料を日本政府に要求してきたらどうするかである。日本政府は一事不再理をタテに拒否するか、それとも応じるかである。実はここが日本にとっての三浦問題の核心である。
あまり理解されていないが、一国の裁判官の法理水準は他国からその国が尊敬されるか、バカにされるかの基準になる。 英の研究家は徳川時代の判官の法理は同時代の英の裁判官のそれと同じだったといっている。
司法の独立と言えば誰もが思い浮かべるのは、かの大津事件である。1891(明治24)訪日中のロシア皇太子(後のニコライ二世)が滋賀県大津市を通過した際、津田三蔵巡査に斬りつけられた。時の政府は不敬罪の適用、つまり死刑を強く求めた。しかし児玉惟謙裁判長はこれを拒否し、殺人未遂として無期懲役の判決を出したことである。この判決には当時のロシア皇帝も納得したほどである。三浦事件で日本政府はどうでるだろうか。
(ジャーナリスト)
マニュアル幹部と組織の悲劇
大野 博
「全艦船あて、真珠湾は空襲を受けつつあり、これは演習に非ず」――1941年12月8日(日本時間)に日本軍の爆撃を受けたとき、米海軍が発して第一報である。この電文は米海軍がいかに有事即応臨機応変に優れているかの象徴とされている。
2月19日千葉県沖で海自のイージス艦が漁船と衝突した。漁船の父子はいぜん行方不明である。このときのイージス艦の対応について究明がつづいている。しかし、はっきりしていることは海自には人、組織双方の面で有事即応の能力がまるでないと言うことだった。
戦前米海軍にウイリアム・プラットという提督がいた。日本海軍では野村吉三郎さんにあたる米海軍の長老であった。そのプラット提督は「日本の海軍士官は与えられた任務を遂行することは優れているが、臨機応変の能力はゼロだ」と評していた。
真珠湾作戦は万事マニュアル通りだったので大成功だった。しかし次のミッドウエイ作戦はマニュアルにない事態が次から次へと起きた。これに対する艦隊の司令官、参謀はなんら臨機応変の指揮ができず、機動部隊は全滅させられた。まさにプラット提督の言葉を立証したわけ。
今度のイージス艦と漁船の衝突でも、原因は見張りがどうの、レーダーがどうの、指揮系統がどうのといった次元の話ではない。艦長ら幹部と海自組織の臨機応変の能力の欠如が根本問題である。
アメリカンフットボールを見た人は、このスポーツの荒っぽさに驚く。実はこのスポーツは臨機応変と集団攻撃、集団防御の感覚を養うことを目的に、米士官学校では必須の体育となっている。米軍はそれほど臨機応変を重視している。
かつて防衛庁の天皇と言われたさる人にこの話をして「防衛大学校ではアメフットをやらせていますか」と質問したら「同好会としてやっているようだ」という。呑気なものだと思った。
(ジャーナリスト)
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官僚は国家社会主義者!
大野 博
「官僚は本質的に社会主義者だ。彼らの夢と描く理想の国家とは国家社会主義国、つまりナチス国家だ」――亀井静香国民新党代表代行である。ちなみに夫子ご自身は警察官僚の出身である。
「デイトレーダーはバカで浮気で無責任」「競輪場や競馬場に行っている人が、パソコンもって証券市場にきたもっとも堕落した株主の典型 ――北畑経産事務次官の言である。双方の発言を重ねるとピタリと一致する。
後者はデイトレイダーに対する悪罵予断偏見である。根底にあるのは投機の否定である。投機は健全か不健全かと問われれば「不健全」と答えるのは自然である。しかし投機は資本主義の魂なのも否定できない。資本主義が存続しているのは投機行為を肯定しているからである。投機の原理を否定し、その行為を禁止したかつてのソ連の経済制度が結局ダメになったのもこのためである。(ただはソ連も革命直後は投機を認めている。この時期の経済誌安定している。)
経産次官は投機を否定する。社会主義者は投機を認めない。官僚は国家社会主義者である。実に見事な三段論法ではないか。
(ジャーナリスト)
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近代目的税の発案者 田中角栄氏
大野 博
ガソリン税は目的税か一般財源かの論議が盛んである。案外知られていないのが、もっとも近代的な目的税を発案したのは田中角栄氏なのである。1970年頃自民党の幹事長のときの自動車重量税がそれである。
道路財源財源論の主流は受益者負担論であった。「道路が良くなって利益を受けるのは自動車だ。だからガソリン税の増徴はスジがとおる」というもの。
これに反発したのが運輸省(現国土交通省)である。「道路が良くなって利益を受けるのは自動車だけではない。国民経済全体に及ぶ」と主張した。さらに中山伊知郎経済審議会会長(当時)も「受益者負担というのは19世紀の租税思想だ」と強調した。道路にせよ、何にせよそれが良くなることで利益を得るもの、得ないもの――そんな区分は現代社会では不可能という。かくしてガソリン税の受益者負担論消えた。
そんな折、田中角栄氏が発案したのが自動車重量税である。自動車は重さによって道路に与える損傷の度合いが違う。この度合いに応じて課税するもの。この税は一名道路損傷税とも言われるのはこのためである。建設省(現国土交通省)によると、一定の距離を走る乗用車の道路損傷を1とすると、トラックのそれは200という。この数字は物理計算で出る。それ故、この税制は物理税制ともいう。
乗用車の税金が1万円ならトラックは200万円、1千円なら20万円である。この比率を厳格に守るのがこの税の理念である。
そして最も重要なことは、この税はいかなる名分をもってしても道路財源にしか使えないことである。一般財源化など議論の余地もない。毎年の自動車従量税は1兆1000億円。税額の計算は科学的、その使途は明白に限定される――というわけで、もっとも近代的な目的税である。これを発案した田中角栄氏は偉かった、といっても許されるだろう。
(ジャーナリスト)
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恥の上塗り 成田空港
大野 博
国土交通省は成田羽田空港の運営会社(空港ビルのこと)の株式の外国人所有は全株式の3分の1以下に制限したいと発表した。その理由として、国の安全保障政策上必要という。いかにも官僚らしい発想である。同時に゛成田空港のことでまた恥をかくのか」とも思った。
戦後、新幹線、高速道路、黒四ダムなど大規模プロジェクトが相次いだが、成田空港は「戦後最大の失敗作」と言われている。カネ(資金)は大食い、日時をかけ過ぎ、それでいて狭い――などである。斜眼氏は二度空港管制塔に上がる機会を得たが、大型旅客機が踵を接するように離着陸しているのをみてヒヤヒヤしたものである。外国から「世界最悪の国際空港」と言われているのももっともである。ついでながら着陸料は世界最高だという。
さて、その成田空港運営会社の外国人持ち株を、安全保障論を持ち出して制限するという。さっそく閣内から渡辺喜美金融相が「時代錯誤の考えだ」とかみついた。この見解は世間一般のものである。B29に竹槍で立ち向かう愚である。
どうしても安全保障論にこだわるならアメリカの例を参考にすべきだろう。同国では有事の際は、大統領が製鉄所と鉄道を接収する権限を持っている。朝鮮戦争のとき、鉄鋼の労働組合がストに入ろうとした。しかしトルーマン大統領は製鉄所を接収した。ストは不可能になった。ベトナム戦争の時鉄鋼会社が鋼材の値上げを発表した。起こったケネディ大統領は強く中止を求めた。接収権を意識したものである。国交省の大臣、官僚にこのマネをする度胸があるかな?
(ジャーナリスト)
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角福怨念の亡霊現れる
大野 博
大砲かバターか」はゲーリングの言葉である。優先すべきは軍事費か社会保障費かの論議によく引用されている。いまのガソリンの暫定税率をめぐる論争は「道路か、パン・ミルク」かというわけである。それにしてもこの問題は30年前の田中角栄首相と福田赳夫氏の対立の構図とそっくりである。
ガソリンの暫定税率は1973年のオイルショックが原因で生まれた。「石油は一滴も来なくなる」との風評でパニックが起きた(実際は大型タンカーが続々日本なら向かっていた)。トイレットペーパーの買い占めに端を発し、この年の物価は前年比25%高というインフレになった。これを「狂乱物価」と呼んだのが福田赳夫氏であった。
そこで「とにかくガソリンの需要を抑えよう」という趣旨で、規定のガソリン税に上乗せしたのが暫定税率である。これも日本の行政の悪弊で暫定、当分の間、時限立法などというと、いかにも短期間という感じを与えるが、実際は恒久と言うことである。この暫定税率は34年も続いている。
いまこの廃止、継続で紛糾している。廃止の大将格は小沢一郎氏で田中首相の秘蔵っ子だっだ。その参謀格の藤井裕久氏は田中内閣の二階堂官房長官の秘書官だった。大蔵省出身で暫定税率のお膳立てをした。他方、継続の大将は福田首相であり、福田赳夫元首相の息子さんである。町村官房長官の父君は町村金吾北海道知事、自治大臣を歴任した人で、福田派の大幹部だった。福田・町村vs.小沢・藤井の構図は角福怨念の亡霊が現れたものである。
(ジャーナリスト)
●ゲーリング=ヘルマン・ゲーリング:ナチスドイツの空軍総司令官、国家元帥、ヒトラーに次ぐ地位にあった。ナチス戦争犯罪を裁くニュールンベルク裁判で絞首刑を宣告されるが、刑の執行前の1946年10月15日に自殺。
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賃貸住宅は「破壊」だけでいいのか
大野 博
「住宅問題はセミの泣きから」「あと30年たてば住宅破壊公団が必要になりますよ」「日本で一番遅れている社会政策は住宅問題」――初めのは自民党代議士、あとの二つは建設省(現国土交通省)幹部、いずれもいまから30年前の言葉である。いまがその30年後にあたるわけだが、さすが建設官僚と言うべきか、ずばり的中である。
セミの泣きからとは住宅はあらゆる要素の変化に対応(脱皮)することが必要との趣旨。住民の所得水準の変化、家族構成はどうか――独身か、結婚直後か、銀婚か、金婚か、子供の数と年齢構成、現役世代か引退世代か、土地は市部か郡部か――などなどの変数によって住宅政策の対応は異なるという意味。また、この見解には「住宅問題は永遠に続くことで、これで解決と言うことはあり得ない」との意味もある。
日本での産業革命といえば、ワットの蒸気機関の発明から始まる技術革新のことである。
しかし、欧米各国では都市問題、住宅問題、労働問題の三者は同根であり、それは産業革命の原因といわれている。住宅問題は社会政策の範疇といわれているのはこのためだろう。しかし日本でその認識がないというわけ。
冒頭に記した三者の発言を現在に当てはめたらどうなるか。
朝日新聞07年12月27日によるとUR(都市再生機構・旧住宅公団)は今後10年間に5万戸の賃貸住宅を削減(破壊)するという。これは従来の老朽団地を建て替え、維持していくとの方針の転換だという。
しかしこの路線は「セミの泣きから論」から納得できない。30年前と比較すれば住民の所得水準は向上している。より広い、よりよい住宅を希望している。URはこれに応えるべきである。
(ジャーナリスト)
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ODAに温故知新を
大野 博
12月23日付の朝日新聞の社説は「ODAの予算漸減を憂える」の趣旨である。「これでは日本の外交力も衰える」とも強調している。しかし「この社説には盲点がある」と率直に感じた次第である。
かねて各界から「ODAには理念がない」と言われてきた。伏魔殿との酷評もあるほど。
それは現状のODAは日本メーカー、商社にとって単に「市場」に過ぎないからである。つまりプロジェクトにせよプラントにせよ、業者が建設を終わると、その代金をODA予算から受け取る。それで万事終わりとなる。
しかしその後の「プロジェクト」「プラント」の維持管理操業はどうなるのか。相手国にその能力があればよい。しかし大半の国はそれがない。それゆえに「プロジェクト」「プラント」は宝の持ち腐れとなっている場合が多い。
ODAが朝日社説のように「日本外交の威力」になるためにはどうすべきか。それは完成後の「プロジェクト」「プラント」の維持管理操業の能力をつけることにも、ODAが協力することである。
実はこのモデル!は明治時代の日本にある。明治5年(1873)、新橋―横浜間に鉄道が建設された。この鉄道が日本人だけで運転できるようになったのは5年後である。この間イギリス人に何かと指導されたわけである。もしイギリス人が完成とともに引き揚げたらどうなったか。宝の持ち腐れである。
温故知新―現代のODAはこのことを参考にすべきではないか。
(ジャーナリスト)
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御内蔵金見っけた!
大野 博
08年度政府予算の編成は目前である。そこで話題になっていることは「特別会計に10兆円の御内蔵金がある」と言うことである。ところが永田町斜眼氏が見つけたのは、10兆円どころか、実に60兆円である。どこにか――年金特別会計のうちの厚生年金勘定である。
07年度予算(以下の額はすべて同じ)で厚生年金保険料の収入は21兆4356億円、ほかに国庫負担額が5兆1659億円ある。対する保険給付額は23兆5684億円である。
特別会計が一般会計と異なるのは積立金が予算に計上できることである。厚生年金のその額は実に131兆8827億円である。保険給付費用の5.6倍つまり5.6年分あるというわけ。
欧州各国の場合、年金準備金は3年分だという。準備金は70兆円余りあれば十分である。ざっと60兆円が積み立て過ぎである。 斜眼氏が「60兆円の御内蔵金」というのはこれである。
あるいは人はいうかもしれない。「積立金を運用して利子を得れば、保険財政に寄与する」と。しかし年金は国民生活の長い歴史の積み重ねのうえに成り立っており、いわば文化の問題である。断じて経済の問題ではない。まして金融問題と考えることは絶対に誤りである。
(ジャーナリスト)
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支払い方法から見直す年金報道を
大野 博
12月11日付の朝日新聞で、星浩編集委員が元NHK海外特派員・二ユースキャスターで外務報道官を歴任して高島肇氏のメディア分析を紹介している。「問題の解説や分析が少ない。もっと意味を掘り下げた長い記事を」(要約)という。星氏は「耳の痛い批評」といっている。すべてのメディアも同じ思いだろう。
高島批判が当てはまる例として「年金」があげられる。この問題は5000万人の記録紛失と、その追跡がどうなっているかなどの報道が主である。しかし、問題の基軸は実は保険料の取り方にある。この視点がメディア報道に欠けている。
厚生年金などの社会保険料は給料から天引きである。それを会社などの担当者が社会保険事務所に持って行ってくれる。払うご当人は素通りである。これが5000万にもの年金を行方不明にして原因ではないのか。つまり本人にはどうしても「年金保険料は払っている、だから自分の受け取る年金はかくかくの額だ」との自覚が出ない。さらなる年金行政の怠慢を許すことにもなっている。
自分の保険料は自分で計算し、自分の時間をつぶし、自分の足で社会保険事務所に持って行く―このプロセスを経てこそ「年金は確実に受け取るぞ!」の自覚が出る。高島批判に答えるためにも、メディアは年金保険料の天引き廃止を主張してはどうだろうか。
(ジャーナリスト)
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見え隠れする戦中戦後用語
大野 博
「ほしがりません勝つまでは」「耐乏生活」―いずれも戦中戦後を経験した世代にはおなじみの言葉である。この二語、どうやら再び姿を現しそうな近況である。
ことの端緒は消費税問題である。「財政再建のため」「年金その他社会保障にあてるため」として、現行5%を10%にアップすべきだというもの。
どのような税でも、税率と税収は山型のカーブを描く。横軸に税率、縦軸に税収をとる。しかしある税率以上になると税収は反転してダウンカーブを描くようになる。
今消費税率は5%で税収は10兆円である。これを10%にしたら税収は20兆円になるだろうか。とんでもない話である。絶対あり得ない。1,2兆円増さえおぼつかない。
なぜか。サブプライム、石油高、株安、円高と不安なニュースが押し寄せる昨今である。庶民は早くも生活防衛の構えである。消費税を1%でもアップしたら、たちまち「ほしがりません勝つまでは」「耐乏生活」の感覚が呼び戻される。つづいて買い控えが強まる。個人消費が落ち込む。と、生産が後退する。着地点は経済全体の萎縮である。民のカマドから火が消えるのは自明である。
「〜勝つまでは」とは何か。予想されるのは総選挙で野党が与党に勝つことである。
(ジャーナリスト)
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破綻の原因は住宅政策
大野 博
世界の金融が揺れている。発端は米のサブプライムローン(低所得者向け住宅金融)だという。しかしこの見方は皮相である。真の原因は住宅政策の誤りである。日本もこの轍を踏まないようにすべきである。
住宅政策は大別して持ち家推進と公共賃貸推進の二路線がある。この源流は産業革命である。住宅が政治問題化したのはここからである。資本はできるだけ持ち家を望んだ。労働者は低賃金でも、自分の家があれば動きたがらないからである。他方、労働者は公共賃貸を要求した。低賃金ならさっさとほかに移動できるからである。
住宅金融(ローン)は持ち家政策の基軸である。勢い住宅建設は収益事業となる。住宅環境は無視される。
公共賃貸ではどうか。公費だから収益は副次的である。住宅環境は優先的に考慮される。
米の場合、よりによって低所得層住宅に手当てした。そして返済不能か続出してサブプライムショックとなった。低所得者住宅はあくまで公共賃貸を建設すべきである。もとよりそれは高質・低家賃であるべきは当然である。
日本の場合はどうか。保守政党が持ち家を、革新政党が公共賃貸を主張しているのはもっともである。
だが意外とする向きが多いが、行政レベルは実は公共賃貸路線なのである。この筋は以前から「自民党の住宅政策は本来の住宅政策ではない。党勢拡張に利用しているだけ。こんなことを押しつけられて迷惑していると言っている。
自民党は住宅減税に熱心である。今それは10年で500万円、年平均50万円、月平均4万円。さすがら07年度の税制論議では「これ以上の優遇は賃貸との均衡上問題である」と見送られた。
今のサブプライム問題の真因が住宅金融政策の誤りであることに気がつき、今後の住宅政策の手がかりにしたいものである。
(ジャーナリスト)
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連立政権理念の欠如を露呈
大野 博
小沢一郎氏を軸にした大連立騒動は何とかケリがついた。一連の動きではっきりしたことは、日本ではまだ連立政権とはどのようなものかとの理解がないことである。
そもそも連立政権とは、一政党の議席だけでは過半数がなく、比較多数議席のときに、必要になるものである。複数政党が政策をきちんと協定し、過半数議席を構成する。これが連立政権の理念である。
いま、衆議院は自民党が、参議院では民主党がそれぞれ多数を占めている。なぜ連立政権が必要なのか。「ねじれ国会では重要法案が成立しないから―」という。
しかし、ねじれ国会での対応は二つある。一つは衆議院可決、参院否決の法案は衆院に回す。そして三分の二多数で再議決し、成立させることである。これは憲法の規定するところである。
二つめは法案を断念することである。この例は鳩山内閣にある。小選挙区法案は衆院で可決されたが、参院で否決された(1956年4月)。さすがは党人政治家鳩山一郎氏である。小選挙区制はそのままお蔵入りにした。
その逆が小泉純一郎首相(当時)である。郵政民営化法案は衆院で可決されたが、参院で否決された。小泉氏は直ちに衆院を解散した。確かに選挙の結果は自民党が三分の二多数を占めてた(05年9月)。
しかし、この例は日本の議会史に大きな汚点を残し、外国から笑いものにされた。下院で可決、上院で否決したので下院を解散するなどは、およそ議会制度の論理に合わないからである。
福田首相、小沢代表とも姑息な発想はせず、正面からねじれ国会に立ち向かうべきである。
蛇足ながら、今度の連立政権劇に新聞界の実力者が一枚かんでいる。日本の新聞の権威のためにご自重願いたいものである。
(ジャーナリスト)
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”モッタイナイ”!!学力調査
大野 博
文科省は四月に行った全国学力調査の結果を発表した。
まず驚いたことはこの調査は222万人の学童・生徒全員を対象にしたことである。「そんなに必要なの?」というわけ。ちなみに総務省が実施している全国家計調査消費者物価調査は全国3800万世帯からわずか1800世帯を抽出したものである。統計理論からこれで十分全体状況が掌握できるという。
滑稽!だったのは文科省の結論である。「基礎的な知識に比べ、活用する力が弱い」とのこと。「知識を活用する力が弱いのは文科省ご自身ではないの」といいたいところである。同省は08年度もそれも学年早々の4月に行うという。学力の増進減退は一年や二年で変わるものなのだろうか。今回と同じような結果が出ることは目に見えている。しかも年度始めに実施するとは「予算を早く使おう」という役人根性が見え見えである。
さらに我慢ならないのは、この調査に77億円も費やされていることである。国立大学の創設には50億円かかるという。77億円は1.5校作れる計算である。どちらが有用な税金の使い方かを考えてほしい。
テストは何度もやると受験技術化する。学力増進にはならない。また学力調査の弊害の最たるものがカンニングである。43年前の学力調査では、四国某県で公然カンニングが行われたと問題になった。こんな調査は今回限りにすべきである。
(ジャーナリスト)
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真の親子二代首相となるために
大野 博
福田康夫首相は憲政史上初の親子二代政権である。まずはおめでとうといおう。祖父・孫、兄弟の政権は例がある。いずれの例も奇しくも岸信介氏の一族である。
そこで福田首相に父・福田赳夫首相(以下父首相)の何を受け継いでほしいかである。それは「強きを挫き弱きを助ける」上州精神である。
戦後レッドパージが吹き荒れた。反動攻勢の第一歩である。大手工作機械メーカーの池貝鉄工でも大勢のパージ者を出した。
このときこれらの人々の再就職に骨折ったのが父首相だという。父首相にこのような一面があったことはほとんど知られていない。まさに「弱きを助ける」上州精神の権化と言ってよいだろう。福田首相もぜひこの父首相を見習い、受け継いでほしい。それでこそ真の親子二代首相といえるからである。
(ジャーナリスト)
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強まる伊吹幹事長への風当たり
大野 博
「沖縄戦の住民の集団自決は軍の命令ではない」との教科書検定には、地元沖縄はもとより、各界から反発が出ている。政界でもそうである。とくに自民党でこの問題で糾弾!されるのは伊吹文明幹事長のようである。同氏のただでさえ弱い党内基盤はいっそう弱まりそうである。
福田総裁が幹事長に伊吹氏を起用したのは意外中の意外だった。同氏は「なぜぼくが起用されたのかは総裁に聞いてほしい」ととぼけている。前安部内閣では文科相だった。教科書検定問題はこのとき起きた。批判に対して「大臣が検定に介入したら国家は成り立たない」と完璧な国家主義官僚にしてかつ無責任な発言をしていた。その安部首相のもとでの参院選では自民党は大敗した。当の沖縄では自民党候補は落選した。教科書検定が原因である。伊吹氏とは無関係であり得ない。
福田内閣で文化相となった渡海紀三朗氏は「県民感情を考えたとき、より慎重に取り扱おうと思うのが率直な気持ち」(9.30朝日)といい、伊吹氏の落差を示している。
自民党では幹事長は万能の権力者。そのためには党内に強固な基盤を持つことが必要である。しかし伊吹氏にはそれがない。一応「師水会」なる派閥の会長ではある。この派閥は旧福田、旧中曽根派を集めたもの。伊吹氏はこの派閥内でも基盤は弱い。旧中曽根派プロパーではないからである。故渡辺美智雄氏の「温知会」育ちである。プロパーの島村宣伸元農水相とはウマが合わず、結局同氏は離脱した。先の総裁選挙で派として福田支援と決めたものの、5名の麻生候補支援者を出している。教科書問題の進展は予断を許さないが、党内、派閥双方の基盤の弱い伊吹氏に風当たり強まりそうでいる。
(ジャーナリスト)
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福田首相の黒衣・越智通雄氏
大野 博
自民党総裁戦は終わり、福田康夫氏が選ばれ、続いて首相に就任した。総裁選中どのメディアも報道しなかったことがある。
それは今年が福田首相の父、赳夫首相の没後17年であり、その17回忌の法要が6月某日都内のホテルで開かれたことである。1000名ほども参加しただろうか、盛大であった。安部首相(当時)、森元首相、町村外相(当時)、塩川元財務相、今井敬新日鉄名誉会長らが福田元首相を偲ぶあいさつをしていた。会のホストは康夫氏である。定位置を動かず参会者と握手したり、会話を交わしていた。
だが会場で足繁く動き回り、あいさつをしている人がいた。故福田元首相の女婿でもあり、福田康夫首相の義兄でもある越智通雄氏である。同氏は一高・東大・大蔵省と典型的なエリートコースを歩き、福田元首相に見込まれて女婿になったもの。
大蔵省でも順調に昇進した。主計局の課長の時、賀屋興宣氏が引退したのでその地盤を継いで政界に進出した。経済企画庁長官などを勤めたが、同氏が政界で一目置かれたのは何といっても福田元首相の女婿だったからである。前回の総選挙を機を引退したが、77歳にもかかわらず健康そのものである。
「政界一寸先は闇」との格言がある。しかし逆もまた真なのである。「政界一寸先は光」ということである。6月の集まりの時、誰が3ヶ月後に安部首相が退陣し、福田康夫氏が首相になると考えただろうか。「神のみぞ知る」とはこのようなことだろうか。 こうなると水平線上にかすかに見えてくるのが越智通雄氏の存在である。そのキャリアからみて、福田首相の財政金融経済政策の黒衣とみても不自然でない。
(ジャーナリスト)
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「祖父は孫より少しマシ」
大野 博
60年安保の主役は岸信介首相(当時)であった。安部晋三首相はその孫である。安保で岸首相が退陣したのはアイゼンハワー大統領の訪日阻止が原因なのは疑問の余地のないことだった。これで岸首相は「米政府の信用をなくした」と感じたからである。
後日、当時のマッカーサー駐日米大使がア大統領に会い、このときの模様を話し合った。この席でア大統領はいったという――「この国の政治家は無責任より少しマシというものだね」と。
さて、9月12日安部首相は突如退陣を表明した。これに対する各界各層の反応は「なぜ参院選大敗とわかったときに辞職しなかったのか」「国会史上例のない無責任さ」といった具合である。アイゼンハワー大統領流にいうと「祖父は孫より少しマシだった」ということになるか。
(ジャーナリスト)
*アイゼンハワー大統領の訪日中止(ハガティ事件)
日米修好条約100周年記念に岸信介首相はアイゼンハワー大統領を招待していた。1960年5月20日に衆議院で日米安全保障条約の新条約案が強行採決されると,「民主主義の破壊である」として一般市民の間にも反対の運動が高まった。6月10日、その渦中に大統領来日の準備をするために特使,ハガティ新聞係秘書(大統領報道官)が来日したが、羽田で群衆に包囲されてアメリカ海兵隊のヘリコプターで救出され避難する事態となった。アイゼンハワー大統領の訪日は中止に追い込まれた。
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弁護士と「増量質落」
大野 博
「量を増やせば質は落ちる」――この命題は正しいか否か。
最高裁判所が9月3日に発表した、今年の司法試験の合格者を見ると興味深い(9月4日付朝日新聞による)。
合格者は1500名で不合格者は71名という。一世代前の合格者は500名だったというから、3倍に増えたということか。さらに3000名まで増やす計画という。では質はどうなのか。最高裁は「合否の判定基準は変えていない」といっている。
しかしベテラン弁護士によると明らかに質は低下しているという。その原因は法科大学院制度だという。ここを終了していないと受験できない。さらに問題なのは試験科目。司法試験の科目は六法(憲法・民法・刑法・商法・民訴法・刑訴法)だけ。労働法、破産法は素通りである。受験者は六法しか勉強しない。「最近の裁判官は労働法を知らないものが多い」ともいっている。
ほかにも問題がある。裁判官、検事への登用人数である。司法試験合格者を増やしても、判事、検事、さらに司法関係の書記官、事務官、技官を増やさないことには裁判は停滞するばかりである。07年度で見ると06年からの増員は判事35名、検事30名、司法職員は356名である。この数字を司法試験合格者1500名と対比してほしい。弁護士だけがやたらに増えそうである。
いま判事一人が持つ事件は170件という。かつてある判事が病気で入院することとなった。しかし予定の時刻が近づいても来ない。やっと駆けつけてきたが、その手に書類カバンを持っていた。聞くと「担当事件を他の判事に依頼するのに時間がかかった」とのこと。すごい労働強化である。これでは公正な裁判は出来ない。
司法試験の合格者を増やすのはよい。でも「増量質落」は全体に避ける。判検事もバランスのとれた増員をするべきだろう。
(ジャーナリスト)
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医師は増やすより偏在性是正を
大野 博
厚生労働省は08年から3年かけて医師3万人を増やす計画という。これは辺地の医師不足を解消するためという。しかしこの路線には疑問がある。医師を増やすより、その偏在性是正にチエを出すべきである。
医師は16万人いる。だがその勤務地は都市の中心部が多く、周辺部には少ないのが実情である。
太平洋戦争前、無医村解消は医療行政の中心課題であった。種々対策を講じたものの、あまり効果はなかった。現在でも郡部の6割は無医状態だという。
戦後、町村の多くは合併して市になった。かつての村は行政上は市の一部とはいえ、周辺部であり実質的には「村」である。医師も市の中心部には多いが郡部には少ない。
また、産婦人科や小児科の医師不足がメディアの話題になっている。これなどは医療制度の構造上の問題であり、単に医師を増やせば偏在性は解消されるのか、はなはだ疑問である。
「量を増やせば質が落ちる」という不滅の真理!も銘記すべきであろう。
(ジャーナリスト)
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自民党三役の寸描
大野 博
打点ゼロのタレント打者・石原伸晃政調会長
石原氏ほど役職運に恵まれた議長はいない。行革相、国交相、道路調査会長、幹事長代理と黄金コースを歩いてきた。だが「ちょっと待てよ」ととの感じが起きる。どのポストでも「さすが石原さんだ」と感服する場面があっただろうか。トンと思い当たらないのである。
どの問題でも自分自身の定見がないからである。野球でいえば打席に裁つ機会は多いが、ヒットが打てない。それはまた打点がないことである。
米大リーグは打率より打点数を重視するという。打点つまり得点が多い選手ほどチームに貢献しているからである。石原政調会長も得点を稼いでほしいものである。
参院選の責任をとり、中川秀直幹事長は辞任した。石原幹事長代理は逆に昇格である。さすがに安部側近というべきか。「伸晃から石原都知事を差し引いたら、残るものはなにもない」などといわれないようになってほしいのである。
角福怨念の目撃者・二階俊博総務会長
1972年6月佐藤栄作首相が退陣した。すぐ始まったのが田中角栄、福田赳夫両氏のポスト佐藤争いである。世にいう角福怨念(角福戦争)である。
これは事実上の金権闘争であった。中間派のA議員がいたとする。票を獲得するために田中派から100万円出る。すると福田派からも150万円、またまた田中派から200万円といった具合である。「金権政治」とはこのときに生まれた言葉ではないか。
二階氏はまだ議員でなく、遠藤三郎議員(当時)の秘書だった。同議員は藤山派に属していたがこの派閥は名ぞ存実亡の存在で、角福の絶好の草刈り場だったわけ。
二階氏はこうした角福怨念・権力闘争のすさまじさを見ながら議員秘書から議員生活に入ってゆく。離党、そして復党。運輸相、経産相の政治歴を持ち、与野党に豊富な人脈を持ち、二階グループ(グループとは派閥より格落ちの集団)を率いている。崖っぷちの自民党を支えて、坊秀男、早川嵩の両氏以来久々の和歌山選出の実力者になれるかどうか。
やっぱり派閥の長にならねば・麻生太郎幹事長
吉田茂元首相の孫、麻生財閥の直系という毛並みの良さだが、広池会という大派閥にいたせいか、存在感はなかった。しかしどう派閥が三つに分裂し、麻生氏は最小の河野洋平氏のグループに属した。
トップの河野氏が衆議院議長になり、その跡を継いで麻生派を名乗ったところで、がぜん存在感が出てきた。政調会長、総務相、外相と順風満帆である。しかし砂上の楼閣ともいわれる安部内閣である。幹事長として党を切り盛りしていけるだろうか。
(ジャーナリスト)
8月27日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
7月29日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。
蛇足だが1967年4月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。
(ジャーナリスト
8月27日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
7月29日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。
蛇足だが1967年4月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。
(ジャーナリスト)
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参院選結果がテロ特措法論議の基礎
大野 博
8月27日付朝日新聞「私の視点欄」にカート・キャンベル元米国防次官補代理、マイケル・グリーン前国家安全保障会議上級部長(以下単に両氏とする)まテロ対策特別措置法(以下テロ法)についての「日本は長期的影響を考えよ」との寄稿が掲載されている。要約すると「小沢一郎氏は再考しテロ法継続に賛成すべきだ」というもの。一読して「両氏は議会制度、さらに民主主義の何たるかを忘れたのか」と思った。
7月29日に行われた参院選で小沢一郎氏の民主党が多数議席を獲得した。テロ法継続反対を訴えてのことである。このことは有権者の意志なのも自明である。選挙の結果を無視するなど民主主義の政治にはあり得ないことである。両氏の「再考せよ」との提言は日本の有権者を愚弄するものである。
両氏のこの論文は参院選の開始前に公表すべきだった。参院選中に公表すれば明白な選挙干渉になる。参院選の結果が明らかになったからには、この意見は少なくとも日本のメディアに公表すべきではなかった。
臨時国会に向けてのテロ法論議は活発になる。この場合論議の基礎は参院選の結果におくべきである。
蛇足だが1967年4月都知事選が行われた。佐藤内閣のときである。反自民候補は美濃部亮吉氏だった。スローガンに「ストップ・ザ・佐藤」を掲げた。一米人新聞記者がこんな英語はない」といったのには驚いた。当時米大リーグではヤンキースが連勝していた。「ストップ・ザ・ヤンキース」を合い言葉にした。立派な英語ではないか。くだんの米記者は大リーグをみたことがないのかと思った。
両氏も米では選挙結果が政治にどう影響するかはご存じのはず。この感覚で日本の政治を見守ってほしいものである。
(ジャーナリスト)
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大臣の事務次官の決め方
大野 博
官庁では事務次官はじめ幹部の人事をどのように決めるのか。大別して4型がある。
・A型:田村元氏が通産大臣になった。「人事には一切口を出さない」と宣言した。
・B型:田中六助氏が通産大臣の時、課長クラスの人事にまで注文をつけた。事務次官、官房長が大いに困ったものだ。
・C型:大臣は人事に介入しなかった。しかし労働省OBの某国会議員が、しきりに注文をつけた。事務次官、官房長も困っていた。
・D型:一万田尚登蔵相は森永貞一郎官房長を事務次官に登用しようとした。しかし同氏は「スジの通らない人事は引き受けられない」と抵抗した。スジが通らないとは「年次を無視するな」ということ。
さすがは大蔵省、官僚の牙城であった。大臣も人事に口を出せないというわけである。
さて、防衛省の次期事務次官をめぐる小池百合子大臣と守屋武昌事務次官の軋轢は、首相官邸が仲裁する形で何とか決着した。A〜Dのどの型にもはまらない新型!というべきか。
(ジャーナリスト)
[註]・通産省=現在の経産省:労働省=現在の厚生労働省:大蔵省=現在の財務省
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