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プーチンにあしらわれた
安倍外交の惨めな失敗

坂本 陸郎

 安倍晋三氏は、黒帯のプーチンに見事に「一本」取られた恰好だった。足元を見られた安倍首相はまんまとしてやられた。ロシアの外交に詳しい識者がテレビで、その外交術について次のように話していた。
 「相手に弱みがあるとみると、巧みにそれを利用して自国の利益を最大限引き出す」。 プーチン氏は、安倍首相が持ち出すであろう「歯舞、色丹返還」問題を難なくかわして経済協力を約束させた。安倍首相の外交術は歓待と供応、釣りに例えれば、経済協力という「すり餌」を撒いて、千島返還(それも2島のみ)の針に食いつくのを心待ちにするというものだった。だが、「すり餌」だけがさんざん食われて、プーチン氏は針のついた餌には見向きもしなかった。
 プーチン氏は以前から「領土問題は存在しない」と言っていたのだから、覇権主義的傾向を強めるプーチンのロシアが、千島の返還を会談の俎上に乗せるはずがなかったのだ。相手に無知な安倍晋三氏が、故郷で歓待これつとめ、温泉など勧めても相手が折れてくるはずもなく、あしらわれるのがオチで、惨めな失敗に終わるのは当然のことであった。 会談後に自民党の二階俊博幹事長の「国民の大半ががっかりしている。われわれも心に刻む必要がある」とする談話があった。
 「われわれ」とは現政権の政治家のことであろう。彼らは、日ロ「平和条約」をしばしば口にするのだが、何故か、史実と国際法に基づいて、北千島も南千島も日本の領土であることを主張しようとしない。それを曖昧にしたままでは、南千島も北千島も帰ってこないことになる。「心に刻む必要がある」のは、自らの無知と外交の無能さではないのだろうか。
 一方、プーチン氏は、米国をはじめとする西欧各国の、クリミア武力併合に対する経済制裁に風穴を開けることができた。伊勢志摩サミットで安倍晋三氏は主催国の首相として、ロシアに対する経済制裁の旗振り役を演じたのに、その半年後にロシアにたいする経済協力に踏み出すというのだから、クリミア併合非難というG7の一致を踏み外したことになる。今後は、G7とEU諸国から安倍晋三氏に対する不信感が持たれるのは避けられない。プーチンに親和性を持つトランプが、プーチンと仲良くすれば喜ぶだろうという思惑があったのかもしれないが、アメリカばかりに目が向いていると、今後も、とんだ外交上の失敗を招きかねない。

 安倍首相が持ち出した千島でのインフラ整備、交通システムの改善、地熱発電、漁業、水産加工業など60件余の共同実施は、3000億円の日本からの投資によって利益を得るロシアと、そのことによって日本の一部民間企業を儲けさせるだけである。しかも、共同実施によって、投資先の千島がロシアの領土であることを事実上認めたことになるのだから、千島返還がいっそう遠のくばかりである。
 北海道大学名誉教授の木村汎氏が、会談の結果について次のように述べている。
「会談は日本側の完敗だった。平和条約交渉は事実上行われず、同条約に関する声明や文書が出なかったばかりか、四島での共同経済活動の協議開始にすら合意してしまった。今後日本は、これらの負の遺産をもとにして、対ロ交渉を行わねばならなくなった。どうすれば日本の主権を損なわない形で、四島での共同活動が可能になるのか。妙案があるとは思えない。平和条約締結にむけての重要な一歩どころか、むしろマイナス効果を及ぼすことが危惧される。主権の所在はどうでもよいとの気分が醸成され、ロシアの実効支配が強化されるからだ」。(東京新聞12月17日)。
 政府関係者が「みなさん、がっかりすることになりますよ」と予告した通り、プーチンと安倍晋三との首脳会談は、共同声明さえ出すことができず、国民が期待した領土問題で何の進展も見られなかった。プーチン氏は会談後の記者会見で、さっそく経済協力の一つひとつを列挙し、会談の成果を確認し、自国の国民に伝えた。
 ロシア側は領土問題で一歩も譲らず、領土問題と経済協力を切り離す戦略であった。3000億円の見返りを当てにする、道理のない交渉は完全に失敗したのだった。

 では、道理に基づく交渉とはどのようなものでなければならなかったのか。
 はじめに、北千島、南千島が日本の領土であることを定めた1855年の日露通好条約と、1875年の樺太・千島交換条約を相互に確認し合うべきであった。 日露戦争で日本が奪った南樺太が敗戦と同時にロシに変換されるのは当然だが、全千島はその両条約締結以来、日本の領土であった。
 その日本の領土であった千島の引き渡しを、スターリンが1945年2月のヤルタ会談で、米国の要請による対日参戦の条件として要求し、それをルーズベルト米大統領、チャーチル英首相が受け入れた。さらに、その後のポツダム宣言で、全千島のロシアへの帰属が、不当にも合意された。こうした歴史的事実を日本とロシアが確認することが前提とされるべきであった。
 ポツダム宣言にはこう書かれている。
「日本国の主権は本州、北海道、九州、四国、そして我々が決定する島に限定する」。 「限定する島」としたのは小笠原諸島などだったのだが、千島と沖縄は除かれている。千島が沖縄とともに日本から切り離されたのだった。その後、沖縄は戦後の1972年に日本に返還された。だが、歴史的にも国際法上も日本の領土であった北千島、南千島は、現在もロシアの領土となっている。
 さらに、千島の返還を困難にしている原因として、1951年のサンフランシスコ平和条約がアメリカとの間で締結されたときに、当時の吉田政権が、ポツダム宣言に沿って千島を放棄することを誓約したことを挙げなければならない(サンフランシスコ平和条約第2条C項)。
 それについて安倍首相は、11月25日の国会での質疑で、「サンフランシスコ平和条約第2条C項を一方的に破棄して、千島列島の返還を求めることはなしえない」と答弁している(質問は共産党井上議員)。
 政府は、それ以来、このサンフランシスコ条約の全千島放棄条項を動かしがたいものとして不問に付してきたのだが、それでは、返されるべき領土が返されるはずがない。今までに自民党政権は、「歯舞、色丹は千島ではない」などとごまかして、その二島のみの返還を求めてきた。しかしそれにも無理があった。
 ポツダム宣言では、前述のように日本国の主権の及ぶ範囲は、北海道、本州、四国、九州のみとされ、その他の島は連合国(ソ連を含む)が決定する、とある。歯舞、色丹二島の帰属も連合国の判断次第だった。
戦後まもなく、鳩山一郎内閣が二島返還と平和条約締結をロシアに求めたときに、ダレスがそれに反対した(ソ連と平和条約を結べば沖縄は日本に返還しないという「ダレスの恫喝」)。千島問題が米ソ冷戦下の米国極東戦略にとって無視できない問題だったのだ。

 現在、プーチンの千島に対する外交姿勢は、ゴルバチョフ、エリチン時代のそれとは異なり、スターリン時代のヤルタ協定を固守するものとなっている。
 前述のように、千島問題の歴史的根源は、初めにスターリンが参戦の条件として、全千島のロシアへの譲渡を求め、米英両国がそれを受け入れ、さらに、その後のポツダム宣言が出されたとき、日本が全千島を放棄したことによるものだった。それらは、「領土不拡大」を謳った戦前の大西洋憲章と太平洋戦争の戦後処理の原則にも反するものだった。 したがって現在、日ロ両国ともに、歴史のまき戻しと見直しが必要となっている。その太平洋戦争の戦後処理と深く関わる史実を不問に付して、会議を何度重ねても千島問題は前進しないだろう。
 安倍晋三氏の、選挙目当ての“外交ショー”が失敗したことで、年明け解散総選挙のスケジュールに狂いが生じている。その後、安倍晋三氏はせわしなく、トランプ次期大統領のもとを訪れ会談し、オバマ大統領とともにパールハーバーで米兵戦没者の慰霊を行った。果たしてこれらの外交が、政権維持に役立ったかどうかは疑わしい。(2016年12月21日記)


劣悪な日本の労働環境、
その背後にあるもの

坂本 陸郎

   業界トップ電通の女性新入社員の過労自殺が痛ましい。何故こんなことに・・・と、誰もが胸を痛めることだろう。彼女が死を遂げる前に書き残したSNS の書き込みが反響をよんでいる。
 「誰もが朝の4時退勤とか徹夜とかしている中で、新入社員が眠いとか疲れたとか言えない雰囲気」、「ぶっつづけで19時間とか仕事していて、お昼はコンビニか、お昼抜き」、「土日も出勤しなければならないことが、また決定し、本気で死んでしまいたい」。
 この最初の書き込みの時間が午前3時40分、次が午後11時21分、三番目の書き込みが午後11時50分となっている。いずれの時間もふつうなら睡眠中の深夜である。人が人として生きていくうえで必要な眠るための時間が無残に奪われている。1日単位の生活時間のサイクルが壊され、貴重な一日のほとんどの時間が、労働によって塗りつぶされ、休日さえもが休日ではなくなっている。
 この状態は異常というほかない。だが、電通ではすでに1991年に入社3年目の社員の過労自殺が起きていた。それに対して最高裁は遺族に対して1億6800万円の損害賠償の支払いを電通に求める判決を下している。だが、2013年にも同様の過労自殺が起きている。異常な長時間労働が放置され、過労自殺に歯止めがかからなかったのだ。 だが、その異常さは電通だけのものだろうか。このような長時間労働はさまざまな業界で見られるのではないだろうか。

 現在の日本では、誰もが自らの健康を維持しながら働き続けるという当たり前の日常生活をおくることは容易ではない。次の事実がそれを物語っている。
 過労死ラインとされる週60時間以上の残業に就く労働者は、全労働者の約1割、男性 30台では2割近いという。今回過労自殺した電通社員のように、労働が深夜に及ぶ労働者は、1997年の就業者中13%だったのが、2012年には22%、5年間で1200万人へと増加している。現在はどうだろうか。では、労働が連日深夜におよぶと、どうなるのだろう。
 長時間残業と過重ノルマが原因で、居酒屋チエーン店「和民」でも過労自殺が起きている。関西電力では、月150時間の残業記録を残して課長が自殺している。厚生労働省が認定した過労死ラインをはるかに超える例が、多くの職種に広がっていることをうかがわせるものだ。
民間団体”ストップ過労死実行委員会“が調査したところによると、現在働いている人の4分の1が過労死ラインを超えているという。過労死・過労自殺の労災申請件数だけを見ても、その数2000件前後、労災補償金支給件数が毎年約200件だというのだから、今のままでは、過労死・過労自殺は避けられないであろう。

 過労自殺がきっかけとなって、電通が注目され、報道によって社内の実態も徐々に明らかになってきた。だが、電通でなぜそのような無法が可能だったのかを究明する報道は、「殺されても離すな」といった社訓(電通鬼十則)を取り上げる以外は、ほんど見当たらない。
 「カローシ」が国際用語になっているのだという。日本の労働実態への関心がうかがえる。では、諸外国の労働事情はどのようなものなのか。ドイツ、フランスを例として見てみる。
 自動車メーカー、フオルクスワーゲン社は、3500人余の社員に社用のスマートフオンを所持させているのだが、午後6時15分から翌朝7時までのあいだはサーバーを停止し、仕事に関するメールができないようにしている。ダイムラーベンツ社は、社員が休暇中に受けた仕事に関するメールを自動的に消去し、送信者にはその旨を伝えている。この、労働時間とそれ以外の私的時間を区別するという企業姿勢をドイツ政府が評価し、夜6時以降の仕事に関するメールを禁止する法改正が進められている。労働大臣が、「社員が会社と連絡がとれる状態にずっとおかれていることと精神疾患とのあいだに関連性があることは明らかだ」「企業が就業時間外に社員にメールで連絡をとることを禁止したい」と語っている。
 バカンスで知られるフランスでは、まず週35時間労働制を政府の指導で、すでに定着させている。例外として残業がある場合も、次の就業までに11時間のインターバルを与える義務を経営者に課している。同時に、経済団体と労働組合が話し合い、協定によって、午前9時以前と夜6時以降の仕事に関するメールが禁止されている。(労働者教育協会筒井晴彦氏稿から)
 以上からも、独仏両国と日本との違いが歴然としている。カローシが国際用語となるのも、なるほどと思わざるを得ない。

 日本では長時間労働がほとんど無制限にまかり通っているのが現状である。残業時間のごまかしが目こぼしされ、法の網を潜り抜けている。「わが社は労基法はやっていない」と平然と言う社長の企業さえ問題とされない。さらに、夜勤労働の規制がない、青天井となっている残業時間の規制が事実上ないなど、労働基準法そのものが抜け穴だらけのザル法なのである。残業は週15時間、月45時間が限度とされているのに、それを超えた労働が、労使協定(36協定)によって認められている。また、実際の労働時間ではなく「みなし労働時間」による労働時間の算定が合法化され、さらに「裁量労働制」が法改悪によって一部認められている。それらが、残業野放し状態の原因となっている。
 政府が国会審議入りを予定している「改正」法案には、裁量労働制の適用を拡大する規制緩和(残業代ゼロ法案)が盛り込まれ、いままで、まがりなりにもあった深夜割増賃金、休日・休憩時間付与の規定まで外している。もちろん、EU加盟国で導入されている11時間の「インターバル規制」はない。
 これでは、政府自らが、長時間労働の規制どころか、その蔓延を助長していると言わざるを得ない。長時間労働の背景には、このような、事態を悪化させる労働法制の度重なる改悪と同時に、人手不足と、長時間残業なしには生活が維持できない低賃金の問題が横たわっていることも指摘しなければならない。
 この劣悪な日本の労働環境問題は、憲法上の基本的人権と生存権を犯すものとなっている。今回の電通社員の過労自殺を契機として、日本の異常な労働環境にたいする国民の関心がいっそう高まるものと思われる。 (11月21日記)


TPPは米多国籍企業による
日本の主権と経済の強奪

坂本 陸郎

 TPP国会承認へと突き進む安倍政権の姿勢は無謀、その言動は欺瞞である。
 2015年10月の参加国閣僚による「大筋合意」の成立後、野党の求めに応じて、その合意内容の一部を国会に提出したのだが、肝心な部分はすべて黒塗りで隠している。
 安倍首相は、2013年の春、TPP交渉参加にあたって、「重要農産物は守る」「自民党には交渉能力がある」と胸を張り、関税撤廃の「除外」または「再協議」を公約し、それが満たされない場合は「撤退も辞さない」と言明していた。その後の「大筋合意」を受けた記者会見でも、「国益にかなう最善の結果」「関税撤廃の例外(聖域)はしっかり確保できた」と成果を誇るかのように語っている。
 果たして結果はどうだったのか。その後の国会での論議を通じて、聖域とされていた日本の基幹作物である重要農産物5項目(米、麦、牛、豚肉、乳製品、甘味資源作物)が護られたどころが、ほとんど総崩れとなっていることが明らかとなった。
 まず、重要5項目の品目のうち、174品目で関税がゼロとなることが判明した。牛肉では51品目のうち、焼肉でお馴染みの牛ハラミとコンビーフなど37品目で関税撤廃、豚肉も49品目のうち、ベーコン、ハムなど33品目で関税ゼロ、実に、関税の撤廃率は67%を占めている。今後は、それが抜け道となって、肉そのものが関税ゼロになりかねない。
 現に、安倍政権は2014年に日豪EPA二国間協定を結んだ際、オーストラリアに対して、将来、牛肉の関税を現在の38,5%から9%まで引き下げることを約束している。であれば、米国やニュージーランドなどが、自国の輸入肉の関税も下げろと言ってくることは必至である。それも断れないということになる。
 さすがに政府は世論を恐れて、米、乳製品など重要品目すべての即時関税撤廃には応じていない。だが、その代わりとして,米については、政府が国庫から輸入業者に補助金を渡し、それが卸売り業者にひそかに流れ、国産米より安値(2割安)で流通させている。さらに、現行のミニマムアクセス輸入米77万トンに加えて、今回、米豪に7万8400トンの特別輸入枠を設定するなどして、TPPへの地ならしをしているのである。 政府は、国内消費が年々減少し、売るに売れない過剰在庫を抱えて、米価の暴落を恐れるコメ農家を保護するつもりなどさらさらないのである。

 最大交渉相手国アメリカでは、失業増大への懸念などから、TPPに反対する動きが広がっている。与党の民主党内でも反対議員が多数を占めている。クリントン、トランプのどちらの候補が大統領になっても、公約を反故にしない限り、TPPがアメリカで成立する見込みはない。任期末期のオバマ政権下でTPPが成立する可能性も低い。だが楽観はできない。
 国会の公聴会で意見陳述した鈴木宣告弘東大教授が、論文「背筋凍るTPPの真実」の中で次のように警告している。
 「クリントン大統領の場合は、現状のTPPには反対なのだから、日本が一層譲歩させられてTPPが成立することになりかねない。かたや、トランプが大統領なら、TPPには署名しない。二国間FTAでよい、ということだから、日本が一層譲歩させられたTPPが成立することになりかねない。米国で批准できそうにないから大丈夫という他力本願は通用しない。対米従属の呪縛から解放されない限り、問題は永続する」
一方、日本政府はどう動いているのだろうか。駐米大使がこのように述べている。 「いま条文の再交渉はできないが、日本が水面下で米国の要求をまだまだ呑んで、米国の議会でTPP賛成派が増えるようにすることは可能だ。米国の要求を受け入れれば、米国議員の態度を変えることができる」(前出の鈴木宣弘論文から)
 同論文の中で鈴木氏は、米紙ブルームバーグ(015・5・21)の記事を引用して、次のような驚くべき事実を明らかにしている。
 「重大な事実がある。一昨年の秋に米国議会で、オバマ大統領に一括交渉権限を与える法案がぎりぎり一票差で通った。あの時、日本政府はロビイストを通じて民主党のTPP反対議員に多額のお金を配って賛成を促したという。日本は牛肉、豚肉をはじめ農産物でこんなに譲ったのだから、賛成しないと米国が損をしますよ、とでも説得したのであろうか。かたや、日本国内では、農家に対して、何も影響はないから大丈夫、と言っている。これが二枚舌の売国の実態である」。

 安倍政権は、今回の「大筋合意」による関税撤廃率81%(全品目に対して)が、日本以外のTPP参加11カ国を下回ったことを、成果のごとく言っている。果たしてそうだろうか。
 まず、安倍政権は、関税撤廃率は他国に合わせて決めるべきものではないことを認識すべきであり、国内の産業を大切にする多くの国が、TPP参加を拒んでいる理由も理解すべきである。まして、現在のTPP参加国を見ると、その主要国がアメリカやオーストラリア、ニュージーランド、カナダなど農産物の輸出大国である。これらの国と日本の自由化率を比較するなどは、日本の農業を護ろうとする気持ちがまるでないことを自ら語るものでしかない。
 日本の農業は過保護などとも言っている。では、次の事実をどう考えたらよいのだろうか日本の農家所得のうち補助金が占める割合は4割弱、先進国のなかでは最低である。しかも際立って低い。EU諸国で農業所得に占める補助金の割合は、英仏が90%前後、スイスが100%である。環境を保護し国民の食生活を保証するために、国が責任を負うのは当然とされている。
 政府は輸出で儲ければよいというが、日本の農家には輸出補助金がない。それに対して米国では、穀物3品目だけでも国家が出す補助金は1兆円を超える。こんな状況で日本の農産物の関税を撤廃したり、引き下げたりしたら、日本の基幹産業である農業が立ちいかなくなるのは明々白々である。それのみに止まらない。国土と環境の荒廃を招き、国民の安全で安心できる食生活そのものの土台が奪われることになる。
 すでに我が国の農業、畜産業は、歴代自民党政権による輸入自由化によって経営が危ぶまれる状況となっている。TPPは、それに一層拍車をかけることになるのは間違いない。 TPPによって関税が下がり、それによって牛丼や豚丼の値段が下がっても、喜んでばかりはいられない。関税が撤廃されたり下がるなどすれば、当然、国家の収入も縮小する。約1兆2000億円と言われる日本の関税収入が、TPPによってその相当額が失われることになるからだ。その減収の埋め合わせとして、消費者の税負担が増えざるを得ない。 賃金が低迷し、家計が逼迫する現在、TPPで食料品が値下がりすることを、国民は歓迎するかもしれない。だが、安全な食料は日本の国土で作られるのが本来である。そうでなければ食生活の安全と安心は得られない。日本は食料自給率が世界最低水準の国なのだから、まずは、TPPより先進諸国並みの食糧自給率向上を目指すべきではないのだろうか。

 食品の安全性は国民の健康にとって必要条件である。その点で、輸入食品が果たして安全なのだろうかという不安を国民は感じている。前出の鈴木宣弘教授が、同論文のなかで次のような指摘をしている。それを列挙する。

・米国では牛の飼育のために女性ホルモンのエストロゲンなどが投与されている。これは発がん性があるとしてEUでは国内での使用も輸入も禁止されている。実際、EUでは米国産牛肉の輸入を禁止してから6年間で、乳がんによる死亡率が大きく下がった。日本では国内使用は認可されていないが、輸入は許可されているため国内に入ってきている。
・またラクトパミンという牛や豚の飼料に混ぜる成長促進剤が、人間に直接に中毒症状を起こすとして、ヨーロッパだけではなく、中国やロシアでも国内使用と輸入が禁止されている。日本でも国内使用は認可されていないが、輸入は素通りになっている。
・米国の乳牛には遺伝子組み換えの牛成長ホルモンが注射されている。米国ではこれが認可された1994年から数年後に、乳がん発生率が4倍、前立腺癌発生率が7倍という論文が出されたため、スターバックスやウオルマートでも、「成長ホルモンを投与した牛乳・乳製品は扱っていません」と表示することになった。日本ではこの成長ホルモンは認可されていないが、輸入を通してどんどん入ってきている。フランスのカーン大学の実験では、2年間M社の遺伝子組み換えのトウモロコシをラットに食べさせたところ、ラットが癌だらけになり、長期的影響が見られた。
・米国の牛にはBSE(狂牛病)の危険性がある。日本ではBSEの発症例がほとんどない20カ月の輸入を認めていたが、「TPPに参加したいなら規制をゆるめろ」と言われたため、30カ月まで規制を緩めてしまった。米国ではBS検査率は1%未満で、ほとんど検査されておらず、危険部位の除去も行われていない。
・日本では畦の草取りにのみ使われているグリホサート系薬剤が、現在大量に輸入されている遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシにかけられている。近年、我々が食べる大豆やトウモロコシのグリホサート系薬剤の濃度はさらに高まっている。
・日本では収穫後の農薬散布は認められていないが、米国産のレモンなどの果物や穀物には、長期間の日本への輸送の間にカビが生えないように毒性を含む防カビ剤がかけられている。TPP付属文書には、日本政府が2年前に米国の要求に応えて、規制を緩和すると約束したと書かれている。それで、防カビ剤を食品添加物に分類することで輸入を許可している。
・政府は、医療保険制度は対象から外れたとしているが、「大筋合意」の概要では、薬価を決める審議過程の「透明性、手続きの構成な実施を促進する」とあり、製薬企業に「意見提出のための合理的な機会を与える」となっている。アメリカの薬価は日本の倍を超え、製薬企業の言い値になる恐れがある。日米二国間の文書では、医薬品や医療機器の保険制度を想定し、「あらゆる事項について協議する用意があることを確認する」としており、今後の火種になりかねない。

 さらに重大なのは、投資の分野で、米国などの多国籍企業が条約国を訴えることができるとするISDS(投資家対国家紛争処理)条項である。それが、オーストラリア政府などの反対を押し切って、米日の協力によって「大筋合意」の中に盛り込まれた。
 米多国籍企業は今までにも、このISDS条項を使って他国の政府を提訴し、莫大な損害補償金を得てきた。今後、国民皆保険制度などの日本の社会保障制度がターゲットになるだろう。自治体の建設事業などに外資の参入を拒否した場合などに、自治体が狙われる可能性がある。
 政府はISDS条項に対して、訴えを制限する濫訴防止策を設けるといっているが、提訴するのは多国籍企業であり、司法判断はアメリカの影響下にある国際法廷にゆだねられていることから、歯止めの効果は疑問視されている。そもそも、ISDSは一企業による他国の国家主権に対する侵害なのだから、許されないのが当然なのである。
 今までにも米国資本は、「簡保生命保険」が日本の保険市場の競争を妨げているとして、執拗に市場参入を狙ってきた。その結果、日本のがん保険のほとんどをアフラック(アメリカンフアミリー)が占めるまでになっている。クルマの安全基準にしても、現在、日本の基準をクリアーすることが義務付けられている輸入車について、一定の条件の下でアメリカの基準を満たせば輸入できる規定を設けている。
 日米関係を気にする日本政府は、ISDSに歯止めをかけるどころか、今までにも、米多国籍企業に国益をすでに売り渡しているのである。もしTPPに加盟したら、国家の主権を守れない政府のもとで、日本の市場は食い荒らされ、国民の生活はいっそう不安定さを増すことだろう。

 国連の人権問題特別報告書が今年6月に、TPPを含む自由貿易協定や投資協定について次のように述べている。「健康保険、食品の安全、労働基準を引き下げ、医薬品を独占する権益を企業に与え、知的財産権の保護期間を延長することなどによって、人権の保護と促進に逆行する影響をもたらしかねない」(橋本正一「TPP大筋合意と安倍政権の暴走」)
 「TPP断固反対。ウソつかない自民党」、これが自民党選挙ポスターのキャッチフレーズだった。自民党議員の多くがTPP反対を公約して当選した。その後は、国民の多くが「慎重審議」を求めている。特に農村地域では政権に対する不信が高まっている。「大筋合意」を「評価しない」とする世論が8割を占め、「大筋合意」後、安倍政権の支持率が18%に急落している(「日本農業新聞」調査)。それ以外の各紙世論調査でも内閣支持率は低下し、世論の変化がうかがえる。安倍政権にTPP断念を迫る国民的運動の成否は、このひと月間にかかっている。
(10月30日記)

安倍政権の焦りと苛立ち、
辺野古もヘリパッドも建設は困難

坂本 陸郎

 安倍政権の焦りが感じられる。沖縄名護市の辺野古基地建設も、来年の3月前までの完了予定の東村高江のオスプレイヘリパッド(着陸隊)建設も容易に進まない。3月から6月までは天然記念物ノグチゲラの営巣期だから、遅くとも来年2月までには、すべての機材の搬入を終わらせなければならない。にもかかわらず、抵抗する人々にさえぎられて、搬入予定に大幅なくるいが生じている。建設に必要な砂利は10トン積載ダンプ約千300台分だというのだが、いまだに900台分が残っている。期限までの搬入終了はきわめて困難である。
 必要な資材は砂利だけではない。ガードレールの機材なども運ばなければならない。稲田防衛大臣は自衛隊法の勝手な解釈で、クレーンなどの機材を自衛隊にヘリコプターで吊るし上げて運ばせた。その間も、沖縄防衛局は県に無届で、貴重なヤンバルの森の樹木を乱暴に伐採して道をつけている。だが、大型ダンプは急造の通路を通れない。
 政府としては反対派の排除は絶対に必要だ。基地建設のためには県民の意思をくじかねばならない。そのためには暴力をふるう。全国から動員した500人の機動隊が、車椅子の人も老人もいるというのに、座り込む人々をゴボウヌキするわ、取材する地元記者を拘束するわ、なのである。その暴行を安倍晋三氏は見て見ぬふりをし、暴力行為について遺憾の一言もない。国家のやることに盾突く者には暴力で報いるのが当然とでも思っているのだろうか。国民を目の敵にする国などが国といえるのだろうか。政府はいったい誰のための政府なのか。

 高江の住民は今でもヘリパッドに離着陸するヘリの轟音に悩まされている。そのヘリパッドがさらに増えれば、低空で飛行する訓練機の飛来回数はますます増え、昼夜の別なく轟音と恐怖に住民がいっそう苦しむことになる。
 安倍首相は、面積を過小に計算して、わずか0,96ヘクタールのヘリパッドを造れば、4000ヘクタールの北部訓練場の返還が可能になるなどと言っている。面積の比較でごまかしているのだ。沖縄県民の負担軽減とでも言いたいのだろうが、返還されるはずの4000ヘクタールの区域は現在、米軍が必要としない区域である。米海兵隊の報告書「戦略展望2020」に、その地域は「使用不可能」と書かれている。
 返還されたとしても、その地域の上空を低空飛行することは妨げられないのだから、米軍としては返還しようがしまいが、同じことなのである。米軍は、その不要な訓練地域を恩着せがましく返還の条件にしてヘリパッド建設を日本政府に押し付けた。安倍首相は沖縄県民の意思を無視してヘリパッド建設を米国に約束した。それが沖縄県民の負担軽減などとよくも言えたものだ。
 ヘリパッド建設は米日従属同盟の合作なのだ。北部訓練場返還をエサに新たに基地建設を日本政府に迫るのは、普天間基地返還を条件に、辺野古に新基地を造らせると同様の米国の手口である。ヘリパッドなど造らせないで北部訓練場を返還させれば、それですむ話ではなかったのか。

 「唖然としている。あまりに国に偏った判断だ」、福岡高裁那覇支部は名護市辺野古の新米軍基地建設の政府方針をすべて採用し、丸呑みする判決を下した。それに対し、翁長沖縄県知事は憤りを隠さなかった。判決は、前回の訴訟が双方の和解と協議を求めたことさえ覆し、国地方係争処理委員会が「真摯な協議」を求めたことにも逆行する判決であり、憲法上の地方自治の精神に背き、国と地方の対等をうたった地方自治法にも反する判決であった。判決が出た後、翁長知事は「地方自治制度を軽視し、県民の気持ちを踏みにじる判決だ」と語った。
 その記者会見で翁長知事は「長いたたかいになるだろうが、辺野古基地は絶対に造らせない」と、その決意を語っている。今後の「長いたたかい」はどのようなものか。

 まず、「埋め立て承認取り消し」に代わる埋め立て承認の「撤回」が考えられる。仲井真前知事による承認に「瑕疵」があったことが「取り消し」の根拠であった。司法が瑕疵を認めないのであれば、前知事の埋め立て承認を撤回するしかない。撤回はなかったものとするもので、ふだん世間でも議会でもしばしば使われる常用語である。知事の意思表明があれば可能である。
 また、今後、沖縄防衛局から設計変更の申請が県側に出された際には不承認が可能である。(岩国基地沖合滑走路の建設変更申請は8回出され、その都度承認が求められている)。それに、国は今後、地方自治法に従って岩礁破壊承認更新の申請を県に出さなければならない。現知事が、仲井真前知事が承認した岩礁破壊承認の期限である来年3月以降の更新を認めることは考えにくい。
 以上のほかにも、国が新基地建設のために越えなければならない山がいくつかある。最大の難題と言われているのが、キャンプシュワッブ内を流れる美謝(みじゃ)川の水路変更工事の着工手続きである。水路を変えなければ新基地は水浸しとなり、埋め立て工事はできない。だが、基地敷地外の名護市内に水路を造るのだから、名護市の承認と協力を当然必要とする。

 さらに、厄介なことが現在生じている。今年7月に沖縄県教育委員会が、基地建設予定地の海岸一帯を古代「遺物散布地」と指定した。陸上と海域で土器や石器が発見されたからである。その結果、文化財保護法に基づいて、基地建設のために名護市との協議が不可欠となった。果たして、名護市と市民が文化遺産の消失を認めるだろうか。 まだある。沖縄防衛局の計画では、埋め立て用の土砂を辺野古ダム周辺から名護市を通るベルトコンベアーで海に流し込む予定であった。だが、名護市の協力を得られずに断念せざるを得なくなっている。であれば、土砂はどこから、どのように運び込むのだろうか。
(以上の事実は赤旗9月23日付からの引用)

 ことほど左様に、高江のヘリパッド建設も辺野古新基地建設も、実は、暗礁に乗り上げた状態なのだ。そうさせているのは、司法の判断がどうであれ、まだまだ法制上もたたかうことできる余地がさまざま残されているからなのだが、なによりも沖縄県民の声が基地建設を阻んでいるからである。その結果、工事予定が大幅に遅れている。安倍政権の県民弾圧策が裏目に出ているともいえるだろう。先の参院選挙で、沖縄では現職の閣僚が落選し、衆参両院で沖縄選出の自民党国会議員がゼロとなった。そのことからも明らかなように、米軍基地に反対する沖縄の世論の強まりが、日米両政府が進める米軍基地建設を困難なものにしているのである。  (10月2日)


   

広がる社会保障の空洞化と
国民生活の貧困化

坂本 陸郎

 本来、社会保障は格差と貧困の解消を目的とするものである。であるのに、この国では社会保障の空洞化がすすんでいる。その結果、経済不況の長期化のもとで、生活の困難がさまざまな社会問題を引き起こしている。「子供の貧困」「ワーキングプア」「下流老人」「老後破産」などが言われているように、この20年の間に貧困化が広がった。とりわけ、3年間の安倍政権のもとで、国民各層、特に子供と若者、高齢者の中での貧困化が著しい。社会保障制度が解体の危機に直面する状況といえるだろう。
 「おにぎりが食べたい」と言い残して、老人が人知れず餓死している。数百万円から1千万円近い学費ローンを背負って、日夜アルバイトに追われ、単位をとれずに大学を中途退学せざるを得ない学生が少なからずいる。卒業できたとしても、多額のローン返済を迫られる学生は将来に希望が持てない。
 高等教育を受ける権利は保障されなければならない。そのための学費の無償化は国際社会の流れとなっている。現に、授業料無償化を実現している国は世界で13か国に及んでいる。授業料が無償でなくとも、欧米では多くの国が学費をできるだけ安価に抑え、給付制奨学金をそれに充てるなどしている。給付制奨学金のなかった韓国でも、2008年に学費の半減を政府が約束し、現在3割の低所得家庭の学生が給付制奨学金を受け取っている。チリでは、中道左派の大統領が2020年までの学費無償化の法律を成立させている。
 OECD34か国では、ほとんどの国で学費無償化、または給付制奨学金制度を実現させているのが現状である。授業料が高額で、しかも給付制奨学金がないのは日本だけとなっている。

 子供と高齢者の貧困化も広がっている。親たちの収入が乏しいことから、教材費の支出さえもままならない。子供は金のかかる部活には参加できない。給食費を払うのも苦しい。就学旅行の費用も捻出できない、といった家族は少なくない。義務とされる義務教育の現場でさえ、格差と貧困が影を落としているのだ。
 高齢者の年金支給額は年々減額され続けている。2015年に導入された「マクロ経済スライド」によって、厚生年金の平均受給額はさらに減り、この10年間で14パーセント減額された。130兆円もプールされている年金基金は何に使われているのだろうか。
 安倍首相は2013年の国会施政方針演説でこのように言っている。「どんなに意欲を持っていても、病気や加齢などにより、思い通りにならない方々がいらっしゃいます。こうした方々にも安心感をもっていただくため、持続可能な社会保障制度を創らねばなりません。少子高齢化がすすむ中、安定財源を確保し、受益と負担の均衡に公助を組み合わせ、弱い立場の人には、しっかりと援助の手を差し伸べます」。いかにも空々しい。

 国民皆保険の医療制度の崩壊も著しい。国民が月々支払う国民健康保険額(税)の滞納世帯数は約360万世帯、全世帯の17,2%に上る。支払いができない人が全額負担する「短期証」発行世帯は114万3000世帯、短期の証明書交付世帯は26万5千世帯に及んでいる。払いたくとも毎日の食費が精いっぱいで、払いたくとも払えないのだ。だから医療にかかれずに手遅れになって命をおとす例が後を絶たない。2015年8月に、団地の部屋にウジがわいて異臭を放つ状態で餓死していた老人が発見されている。医療と介護に見放された老人の死が痛ましい。
 厚生省による最近の国民生活基礎調査では、「生活が苦しい」と答えた人は62%、暮らしぶりが「ふつう」と答えた人は34%となっている。1997年に「苦しい」と答えた人は45パーセントだった。生活が苦しいのが当たり前の時代となったのだ。安倍首相の言う、「安心感」などは夢のまた夢となっている。

 「持続可能な社会保障」の謳い文句とは裏腹に、年金の崩壊が危惧されている。安倍内閣の支持率は株価に支えられているという。安倍政権は、潤沢な年金基金を社会保障の充実のために使うのではなく、株の投資に注ぎ込んでいる。2014年に「基本ポートフォリオ」を見直し、年金基金からの株購入額を24%から50パーセントに倍増させた。株価の高値安定のために、国民の命綱である年金基金の半分を、元本保証のない株の購入資金に回しているのだ。株への投資は当然リスクを伴う。2015年には5、3兆円の損出、今年4〜6月期では、すでに5,2兆円の巨額な損出を出している。
 安倍首相は「想定の利益が出ないなら、当然(年金の)支払いに影響する。給付で調整するしかない」と国会で平然と述べている。社会保障の充実などどこ吹く風で、国民から預った資金を投機筋に提供して恥じるところがない。 このような株への流用は、日本が手本とするアメリカでさえご法度なのだ。国が巨額な積立金を株で運用すると、どうなるのか。取引を不正常にするばかりか、損出が発生する。国民の命綱である年金基金の半分を株に投資するなどは、憲法13条の個人の尊厳と幸福追求権、25条の生存権、29条の財産権にかかわる問題であり、社会保障制度の否定ともいえるだろう。
 このような、公的年金資金の無謀な投機は、アベノミクスの成功を演出するためだった。だが、アベノミクスは完全に破たんした。そもそも、社会保障充実のために使われるべき公的年金積立金が130兆円という巨額に積みあがっていること自体が問題なのだ。手元資金が潤沢だからと言って、それを投機で運用すれば、持続可能な社会保障は遠のくだろう。一方、運用を任された金融機関は巨額な手数料でボロ儲けする。現在、厚生労働省の年金部会では、インフラや未上場企業といった、さらに危険性の高い投資先に公的年金を投資できるようにするための議論が進んでいる(赤旗9月3日付)。巨額な損出を取り戻そうとでもいうのだろうか。

 憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については(中略)最大の尊重を必要とする」と定めている。これは、政府に対して国民が持つ権利の尊重を求めているものだ。また、憲法25条には、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と書かれている。社会保障の充実が政府の義務として位置づけられなければならない。 (9月5日)


京都にか広島にか
 ―原爆投下をめぐるトルーマンと軍部の確執

坂本 陸郎

(以下は、今年8月6日にオンエアーされたNHKスペシャル「決断なき原発投下・未公開テープが明かす衝撃の事実!― 米大統領と軍の知られざる攻防」を、筆者のメモをもとに、番組の流れに沿って書いたものである)

 広島、長崎への原発投下が米兵の命を救うためだと戦後言い続けてきたトルーマン大統領が「人々を皆殺しにしたことを後悔している。わたしにも慈悲の気持ちがある」と語ったとする記録が残されている。それにについて、レスリーグローブス准将が、「大統領は原爆投下を止めることができなかった」と語っている。「大統領は明確な判断ができないまま投下が実施された」とも語っている。原爆投下に先立ってトルーマンは、軍事地域に限定すべきだと主張した。それにたいしてグローブスは「都市の隅々までの破壊」を主張した。米国では毎年、退役軍人のパレードが行われ、「今生きているのは原爆のおかげだ。トルーマンは多くの米国人を救うため原爆投下を決定した」と理解されている。

 米陸軍士官学校の施設に未公開のまま、当時のインタビュー記録が残されていた。そのレスリーグローブス準将のインビューは2時間に及ぶ。そこで語ったことが「マンハッタン計画はルーズベルト大統領が計画した。その責任は私グローブスにある。21億ドルの予算を議会に求めた。1945年ルーズベルトが死去しトルーマンが引き継いだのだが、マンハッタン計画についてトルーマンは何も知らされなかった。何も知らない大統領が最終責任を負わされたのだ」。
 トルーマン就任から13日後、グローブス准将が初めて原爆投下の計画についてトルーマンに説明し、文民統制下の承認を求めた。報告書は24ページ、原爆の仕組み、それに必要な予算と、その兵器が決定的な勝利をもたらすことが書かれていた。そのときトルーマンは、「報告書を読むのは嫌だ」と言って知ろうとしなかったので、グローブスは計画の変更は必要ないと判断し、7月中に投下の準備をし、8月1日ごろまでに17発の原爆投下を計画した。

 ミズーリー州の「トルーマン博物館」にはトルーマンの不安をうかがわせる記録が残されている。重圧がのしかかっていたと自ら記している。トルーマンは戦争がどう進んでいるのか知らなかった。軍がトルーマンをどう見ているのかについても確信がなかった。
 ヨーロッパでの戦争が激化し、ソ連との対立が深まっていたそのころ、グローブスを中心に軍内部では、マンハッタン計画は次の段階へと進み、軍人や科学者がいつどこに落とすのかを検討していた。日本の6月は梅雨時で最悪、8月になると天候はよくなる。人口が集中し、8月までに空爆で破壊されていない17の、京都を含む大都市が挙げられ、被害が及ぶ範囲は5キロとされた。広島には広い平地と軍事基地があり、爆風の効果が実験できる。京都は住民の知的水準が高いから住民は被害の事実を理解できる。したがって効果が高い。京都駅西口を投下地点にしたい。だが、この京都をめぐっては、トルーマンと軍との攻防があった。軍内部でも反対意見があった。ヘンリーステイムソン准将が6月6日の日記に、「遂行するに当たって気がかりなことがある。おびただしい死者を出すだろう。ヒットラーをしのぐ残虐行為を行ったことになる」。
 その後、グローブス準将は無差別都市爆撃の非難を避けるために、京都の織物工場などを軍事施設だとする虚偽の報告をした。
 7月16日、ニューメキシコで初の原爆投下実験が行われ、日本の大都市への原爆投下が現実味をおびてきた。米国議会では、原爆を使わなければ、21億ドルの予算が無駄になるではないかという議論がされていた。グローブスは、トルーマンと面会するステイムソンに緊急電報を打った。それについてステイムソンは、「グローブスはお気に入りの京都にしようとしている。だが私はトルーマン大統領に、京都に投下すれば日本が反米国家になるだろうといった。それにたいして、トルーマンは同感だといった」と記している。

 トルーマンは日記に、「投下は軍事施設に限る。女性と子供たちをターゲットにすべきではない」と記している。結局、原爆投下都市は、当時軍司令部が置かれた34万都市広島となった。広島は有数の軍事施設が集中し、34万の市民が住む都市であった。ジョン・マローイ(カリフオルニア大教授)は、当時についてこのように述べている。
 「軍は一般市民をターゲットにしていない」と報告したので、トルーマンは広島への投下に反対しなかった。最初の一発は、広島、小倉、長崎のうちのいずれか、二発目は準備ができ次第ということになったのだが、トルーマンがそれを認めた記録はない」
 ただちに、テニアン島ノースフイルド空港に509混成軍団が配備された。司令官レイキャラガーが、相生橋を投下目標に広島を徹底的、最大限に破壊せよと命令した。広島上空に近づくとだれもが口を利かなくなった。二度と見たくなかった光景だったからだ。トルーマンはポツダムでの会議の帰りに、原爆は軍の施設に投下されたという報告を受けた。軍の思惑と事実に気づいていなかった。グローブスは部下に向って「君たちを誇りに思う」と語っている。ステイムソンの日記には、「私はトルーマンに直径5キロメートルがことごとく破壊された広島の写真を見せた。そのとき、トルーマンはこんな破壊行為を行った責任は私にあると話した」と記されている。
 8月8日、テニアン島では二発目の準備がされていた。だがトルーマンはそれを止めることができなかったため、長崎への原爆投下となった。トルーマンの日記に、「日本の女性や子供への慈悲は私にもある。人々を皆殺しにしたことを私は後悔している。新たに10万人、特に子供たちを殺すのは考えただけでも恐ろしい」とある。

 8月10日、トルーマンは全閣僚を集めた席で、これ以上の原爆投下を禁じた。グローブスも「3発目の投下は禁じられた」と言い残している。(グローブスはインタビュー3か月後に死去)
 広島、長崎では数千度の熱が地表を覆い、いたるところ焼け焦げた死体が散乱した。トルーマンはその後、明確な決断がなかったことを覆い隠し、「多くのアメリカ人を救うために原爆を投下した」と語るようになった。後付けの説明である。物語と世論操作が始まった。世論はそれを信じた。その後は原爆投下の真実が伝わらないまま、米ソ冷戦の時代、核競争の時代となった。
トルーマンは、その18年後に一度だけ広島を訪れ、被爆者と面談し、「原爆投下は日本人のためでもあった。50万人の犠牲を避けるためだった」と、被爆者に目を合わせずに語った。被爆者森下弘氏は「落胆した。あっけなかった。幼い命のことを考えなかったのか」と話している。
 トルーマンは日記に、「女性、子供のことに思いを致さなかったわけではない。押し切られたのだ。残念であった」と書いている。71前、兵器の効果を示すために原爆が落とされた。その後は事実が書き換えられ原爆投下は正当化された。広島、長崎の重い問いかけは何だったのか。(8月10日記)


なぜ沖縄は基地の島になったのか
なぜ今も変わらないのか

坂本 陸郎

 (以下は8月20日にオンエアーされた番組「NHKスペシャル・沖縄空白の1年、新資料で迫る終戦直後、何故基地はつくられたのか、撤退を考えていた米軍」が伝えた内容の要約である。記述は筆者のメモと記憶に依るものだが、視聴された方もいることと思う)

 8月15日、沖縄県民は終戦を心から喜んで迎えた。人々は集って歓喜した。だが、そこには彼らを指揮する米兵の姿があった。
沖縄はどのようにして基地の島になったのか。何故いまも変わらないのか。1945年から1946年の1年の間に、現在の沖縄の原型は作られたことが明らかになった。それは知られざる空白の1年であった。
 沖縄の統治にかかわった海軍将校が、「米軍はすぐにも撤退することを考えていた」と証言している。だが、その1年の間に国際情勢は変化した。冷戦の始まりであった。本土には民主主義がもたらされた。だが、沖縄はそのようなものとは無縁であった。沖縄は本土から切り離された。

 沖縄戦では県民の4人に一人、民間人12万人が犠牲となった。戦争が終結すると、米軍は家から住民を立ち退かせ、彼らを12の収容所に送り込み、沖縄戦終結後の6月には県民の90%、30万人がそれぞれの収容所に収容された。当時を知る仲村元信さんは、収容所内は豚小屋同然だったと語っている。環境は劣悪、食糧らしきものも与えられず、飢えに苦しみ、マラリアが蔓延し、6300人が命を落とした。空腹を我慢できずに収容所を抜け出して海岸に行くと、米兵が食べ残したパンくず、ハンバーグ、くだものが流れ着いていた。大人も子供もそれを拾って口にし、パンは乾かして食べた。
 収容は島民の生存を保証するためではなかった。1万5000人が住んでいた読谷村では日本本土攻撃のための滑走路が造成されていた。そのため民家はすべて壊された。中部と南部は読谷村同様に民家が密集する地域であったが、町と家はすべて破壊され、その跡地に18本の滑走路が造られた。だが、8月15日の日本国の降伏で滑走路建設の目的がなくなった。にもかかわらず、その後も米軍は沖縄駐留を続けた。米軍による沖縄統治の始まりであった。

 終戦直後の沖縄では、戦後の統治について異なる二つの方針が1年近く対立していた。海軍をバックとする米国務省は、沖縄は米軍の撤退とともに非武装化し、日本国へ返還すべきと考えていた。一方、陸軍が主体の統合参謀本部は占領の継続と米軍の引き続く駐留を主張した。当時沖縄の戦後をめぐって米国内で意見の対立があったのだった。
 県民による自治を計画する海軍軍政府は、国内の学者、専門家を沖縄に派遣し、より民主主義的な沖縄の自治を構想し、沖縄の識者による「諮詢会」をつくらせ、住民による自治を後押しした。当時、その任務に当たったワーナーバーズオフ(91歳ハーバード大)は、「海軍政府は進歩的だった。本土から差別され、地位が低い沖縄と本土の溝を埋めようと考えていた」と語っている。番組では、「諮詢会」のメンバーだった県民の一人が、うるま市での諮詢会で沖縄県民の福祉政策が検討されたこと、沖縄の自由のための憲法制定が俎上に上ったこと、米国の大統領のような大統領制が検討され、女性の参政権についても論じられたことを語っていた。そうした諮詢会での様子は、収容所で暮らす人々に希望を与えた。海軍軍政府は諮詢会での検討をもとに、1946年1月1日に再定住計画と南部での食糧増産計画を発表する予定であった。

 収容所でまだ12万人が暮らしていたそのころ、世界情勢の変化が沖縄の戦後に重大な影響を及ぼすことになった。米ソ冷戦の始まりであった。海軍軍政府と対立する沖縄統合陸軍本部にたいして嘉手納と普天間に空軍基地建設の命令が下った。と、ともに本格的民家の破壊が開始されることになる。
当時、日本政府はどう対処したのか。吉田茂政権のもとに、「平和条約問題研究幹事会」が設置され論議された。そこでは、沖縄が日本に戻ってこないのでは、という危機感が広がっていた。ダグラスマッカーサーが、「沖縄は米国の出先機関ではない、沖縄は米軍の最重要拠点になる」と言明していたからだった。国際社会への復帰が最大の関心事であった政府内で議論が重ねられ、現実的解決の方途が模索された。その結果、米国が沖縄を日本の領土と認めれば、沖縄の基地化に反対しないという結論に達した。

 住民が収容所から戻ると、美しい普天間の町は影も形もなかった。働くあてもなく、生活の糧を失った住民を、米軍は基地労働者として使う方針であった。
無償で配給されていた食料は、B通貨(その後沖縄ドルが通貨)の導入とともに有償となり、現金がなければ食料を得ることができない状態となった。住民はやむを得ず、米軍が必要とする仕事につかなければならなかった。男は基地施設内の労働、女は将校家庭のハウスメイドなど、基地関係の職種はさまざまであった。
 本土で農地改革や財閥解体など戦後の民主化施策が行われていた当時、マッカーサーは本土に在住する沖縄出身者を沖縄に戻す計画を立てていた。基地を維持するための労働力が必要であった。その数約10万人。だが沖縄では住民は極貧状態にあり、食料の補給が必要であったから、国務省海軍政府は沖縄出身者の沖縄帰還に反対した。しかし、住民の自治を尊重する海軍政府の方針は退けられ、軍による統治方針が優位となっていく。 沖縄に引き戻された沖縄出身者はそこに帰っても、家は壊され、住むところと言えば収容所しかなかった。男たちは港湾での米軍物資の荷下ろしなどの軍作業を仕事とするしかなかった。
 ヤマト(本土)では民主化が進んだのだが、沖縄は米軍統治となり、アメリカに翻弄され続けてきた沖縄は、本土の基地負担を押し付けられ、戦後日本の民主化から除外された。 マッカーサーはかつてこう言ったのだという「沖縄の占領に沖縄人は反対しない。なぜなら、沖縄人は日本人ではないからだ」。
その後、沖縄は米軍の出撃拠点基地となった。その間、本土は急速な経済成長を遂げた。その空白の溝は70年たった今も埋められていない。溝はそのまま残されている。 (8月21日記)


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改憲右翼の総結集――
安倍政権を支える日本会議

坂本 陸郎

 2015年11月10日、東京の武道館で1万人を超える大集会が開かれた。壇上のプラカードには「今こそ憲法改正を!1万人集会」と書かれている。主催は「美しい日本をつくる国民の会」、だが実態は宗教団体の連合体だという。
 上杉聡著「日本会議とは何か」によれば、それらの宗教団体とは、神社本庁、霊友会、念法眞教、解脱会、黒住教、佛所護念会、新生仏教教団、手かざしで病気を治すという崇教真光(すうきょうまひかり)、倫理研究所、日本青年協議会(成長の家の部会)それに、遺族会、郷友連盟などである。著者上杉聡氏は「教主の一存で動くこうした宗教団体が、その動員数を誇らしげに語り、参加する姿がここにある」と書いている。
 この集会で、主催者を代表して桜井よしこが冒頭の挨拶に立った。その壇上右側に89人の国会議員が並び、中国の海洋進出に危機感を抱くベトナム外務省関係者や、在日米国人で右派論者ケント・ギルバートなどの面々が壇上で紹介された。続いて同会の事務総長が、現在31都道府県の議会が憲法改正の決議を採択したことをはじめに報告した。
 会場を一段と盛り上げたのが安倍首相のビデオメッセージであった。そのメッセージが、「21世紀にふさわしい憲法を追及する時期にきていると思います。第二次安倍政権で宿願とされていた投票年齢の18歳への引き下げが実現し、憲法改正に向けて渡っていく橋は整備されたのであります。そして今、憲法改正に向けた議論が始まっています。全国で憲法改正1千万賛同者の拡大運動を推進し、国民的議論を盛り上げていただいて、憲法改正に向けて、ともに着実に歩みを進めてまいりましょう」。18歳への選挙権引き下げの目的が改憲であったことに注目したい。
 続いて事務総長が活動方針を報告した。「現在445万人の署名を2016年3月末に1000万人に増やす方針である。国会議員の署名は現在、衆参合わせて422人なのだが、さらに増やす方針である。参院選までに改正点の絞り込みについて政党間合意する」と報告した。百田尚樹が憲法改正ドキュメント映画を製作中で、近く上映運動が始まることも予告された。壇上では、列席した国会議員(自民、民主、次世代の党、大阪維新)への改憲の要請文が渡され、最後に参加者全員が腰に手を当て「がんばろう」を三唱し閉会した。(以上は前掲上杉聡著の要約)
 このように、安倍政権を支える日本本会議が、神社本庁をはじめとするさまざまな教団を基盤とする政治団体であることを知る人は多くはないであろう。

 その宗教団体として、まず全国の寺社8万を束ねる神社本庁を挙げなければならない。神社本庁は、日本会議が発足する1997年までの長きにわたって政界との人脈をつくり、資金面と会場を貸すなどの便宜を図り、その組織拡大に寄与してきた。神道を国教としていた戦前は、侵略戦争翼賛の立場から、靖国を中心として精神的支柱としての役割を果たしてきた。戦後においても、かつての権益や戦時体制への郷愁を引きずっている。「この戦前への親和性と天皇主義こそが、のちの日本会議に結集する宗教団体や個人の全体的特徴となっていく」と上杉氏は同著で述べている。では、彼らの運動の目的は何だったのか。
 神社本庁は60年代から70年代にかけて、元号法制化運動を展開した。そこへ合流したのが「成長の家」に所属する元学生たちであった。彼らは「日本青年協議会」(日青協)を名乗り、地方議会へ働きかけるなどに日本会議のセンターとしての役割を担ってきた。70年代末には、46都道府県と1600余の市町村(当時の市町村の半数以上)議会で元号法制化の決議を上げさせ、中央でもロビー活動を活発化させ、保守政党との日常的協力関係をつくっていった。
 神社本庁は日本会議の裾野を広げる役割を担い、一方、「日青協」がその実動部隊のセンターとなって、保守政党と地方議員との結びつきを強め、戦後における最大右翼組織としての「日本会議」をつくり上げていった。

 今年の年初、「美しい日本をつくる会」「国民の会」が浅草の浅草寺など、初詣で客が集まる境内で、改憲に賛同する署名を訴えていた。それらの「会」は日本会議が2014年10月1日に設立した改憲運動を実行する団体名である。彼らは中央と地方の議員に働きかけ、「日本会議国会議員連盟」、同「地方議員連盟」を組織していった。その一方で、神社本庁管轄下の8万の寺社を通じて改憲に賛同する署名を広げ、信徒や参拝客を取り込もうとしている。
 日本会議は今までにも、元号法制化、日の丸掲揚の義務化、教育基本法改悪、教科書記述への干渉、夫婦別姓反対など、保守政権が進める時々の政治課題と深くかかわり、その実現のための運動を進めてきた。以下は俵義文著「日本会議の全貌」の中の記述(筆者の要約)である。 ―日本会議は2013年の全国代表者会議で「3年以内の憲法改正を誓う」と決議し、その決議文で「憲法改正の国民投票2分の1を獲得するため、全国の300小選挙区に憲法改正本部を設置し、さらに国民大連合の結成を図り、改憲の「国民賛成行動」を推進する」としていた。この目的のために1年後に立ち上げたのが、先に触れた「国民の会」であった。その設立総会で共同代表の櫻井よしこが「魂をこめて」と決意表明し、代表発起人の長谷川三千子(埼玉大名誉教授、NHK経営委員)が「独立国家の条件と9条2項」と題して講演を行った。―
 インターネットで「国民の会」を検索すると、「憲法改正を実現する1000万人のネットワーク」というキャッチが出てくる。現在、1000万賛同署名運動を展開していることがわかる。来るべき国民投票で投票総数を6000万と予測し、過半数の賛成票3000万の基礎票1000万人が各自2人に働きかけて3000万を確保するという戦略である。署名用紙には富士山の写真を載せて「あなたのご協力で、憲法改正を実現する1000万人参道の署名を」と書かれている。A4三つ折りのカラー版リーフレットも作られ,櫻井よしこのメッセージ「美しい日本への希望の虹を、憲法改正を国民の力で」といった文言が書かれている。また、同種のチラシも作られている(俵義文氏の著書から)。

「日本会議」が発足した90年代を振り返ると、93年に非自民8党派の細川連立政権が誕生する。首班に指名された細川首相は、日本の過去の戦争を「侵略戦争であった」と公式発言した。その後、細川首相は政権運営をめぐる軋轢と、佐川急便疑惑によって1年たらずで辞意表明、その後を引き継いだ羽田内閣はわずか2か月余りで総辞職する。続いて、その年に自民党、社会党、さきがけによる社会党の村山富一氏を首班とする内閣が発足し、村山首相が、日本が起こした過去の戦争に対して深い反省とお詫びの気持ちを表す談話を発表した。右派勢力にとっては逆風が吹く時期であった。
 そうした政局の動きを背景に、1997年に日本会議がつくられた。右派勢力が危機感を募らせていたことが推測できるのではないだろうか。同時期、「9条の会」がつくられたことが右派勢力の危機感をいっそう深め、それに対する対抗勢力が台頭することになった。バックラッシュと言われる流れであった。
 このような歴史を逆戻りさせようとする運動は、90年代に従軍慰安婦と南京事件の記述が教科書から削除されたことに見られるように、その後一定の成功を得たといえるだろう。だが右翼の結集体である「日本会議」が悲願とする改憲は未だ実現されていない。道半ばである。
 彼らに光と希望を与えたのが第一次安倍政権の誕生であった。「日本会議」が安倍政権をささえるのは、安倍政権が悲願を実現できる最後の機会だからである。
 8月3日に発足した安倍改造内閣の閣僚は、安倍首相をはじめとする閣僚20人のうち、石井国交相(公明党)を除く15人が日本会議国会議員懇談会に属し、その他の4閣僚も、日本会議に連なる「神道政治連盟国会議員懇談会」「みんなで靖国神社に参拝するに国会議員の会」に所属している。政権が右翼集団で占められ、改憲政治右翼とそれをささえる在野の改憲勢力「日本会議」が日本の将来を左右しようとしている。彼らの悲願を達成させてはならない。
(8月6日 広島原爆投下の日に)



英米国民の反乱――
 グローバリズムの様相

坂本 陸郎

 国民投票の結果、予想に反してイギリスのEU離脱が多数を占めたことが世界に衝撃を与えている。英国はEU内でドイツに次ぐ経済規模を有し、ロンドン中心街の「シテイー」は、世界とヨーロッパ市場にアクセスする金融センターの役割を担っていたのだから、今回の国民投票の結果がEU諸国に深刻な影響を与えたのも当然であった。その影響はイギリスに生産拠点を置き、EU市場への進出を計画する日本企業にも少なからず動揺をきたしている。イギリスからEU域内へ輸出する商品に関税がかけられるだろうからだ。 イギリスとEU諸国に与える影響は特に大きい。イギリスがヨーロッパ市場への自由なアクセスを失うと、ヨーロッパ全体でGDPは今後17%縮小し、英国のGDPも2019年には最大5,6%押し下げられるとも予測されている。
にもかかわらず、EUのほとんどの国(独仏も)の国民の半数以上がEUの経済政策を支持していないのはなぜだろうか。今後はデンマーク、オランダ、イタリアなどでEU離脱の動きが強まるかもしれず、国民投票の連鎖も起こりかねない。EU残留を望むスコットランドや北アイルランドの分離独立の動きも取りざたされている。トウスクEU大統領が、EUがばらばらになりかねないと警告している。経済のグローバル化がEUの結束を揺るがす状況だ。

 イギリスのEU離脱の背景には、国民の反EU感情の高まりがあったと伝えられている。それについて、EU経済圏を「セミグローバリゼイション」と特徴づける西谷修立大教授が、「グローバル化に伴い、あらゆる問題の指標が政治から経済に移った。その経済を動かしているのは国家ではない。投機筋や多国籍企業だ。世界のそうした側面が如実に表れた」としたうえで、「人、物、金の動きが自由になり、当然、格差の問題が起きている」と指摘する。
 イギリスもグローバリゼイションの例外ではなかった。同教授は「150年かけて獲得した労働者の権利は雲散霧消した」とイギリスの現状について述べている。(東京新聞7月1日付)
 離脱派のキャンペーンが国民のナショナリズムを刺激したとも考えられる。その結果、愛国的中高年層は「離脱」へと傾き、国内での就労に不安を抱く青年層はEU「残留」を選んだ。離脱、残留の双方にグローバリゼイションが影を落としている。
 離脱派は、ギリシャの救済に自国の税金を充てることに異議を唱え、EU諸国からの移民受け入れに反対した。東欧諸国からの移民が多く働くロンドン近郊のボストン市では、離脱票が60%以上を占めたことが報道されている。
 04年の東欧諸国のEU加盟以来、イギリスは東欧諸国から100万人を超える経済移民(出稼ぎ労働者)をすでに受け入れている。その結果、移民に単純労働の職場を奪われ、移民たちが自国の社会保障の恩恵を受けていることにたいする不満が蓄積していた。さらに昨年来、中東などからの難民が増加することへの将来不安もあったといえるだろう。
 移民問題のみならず、EU離脱の背景として、サッチャー政権以来の新自由主義的構造改革の影響が指摘されている。鉄道、エネルギー、電気通信など基幹産業の民営化が進み、石炭など地方産業が衰退し、それに代わり、経済のグローバル化によって金融業やサービス業がイギリス経済の主流となった。その結果、国内での経済格差が拡大した。それがEU不信となって、残留を主導するキャメロン首相不信任と連動し、想定外のEU離脱となった。英ロイター通信が、「グローバル化に取り残された数百万人の人たちが離脱に走った」と伝えている。英公共放送BBCも、「EUの恩恵を感じず、置き去りにされていると感じている人が多かった」と分析している。
 EUは当初、域内の労働力の移動を自由にし、域内の関税を撤廃し、各国間の経済協調を目的としていたのだが、93年には、さらに政治的統合を目指し、その後、統一通貨ユーロを導入したのだが、加盟国間の経済力格差は依然として大きく、政治的統一の課題は後退した。
 最近では、ギリシャ危機の救済策も必ずしも功を奏さなかった。融資の焦げ付きを避けるための条件として過重な緊縮財政が押し付けられたため、膨大な数の公務員がリストラされ、失業率が急上昇し、物価の上昇とともに経済不況が深刻化した。ドイツに次ぐ経済力を持つイギリスでもグローバリズムの影響は免れなかった。就労が不安定化し、青年の失業率が高まり、低賃金で働く移民の増大とともに、国民全体の賃金水準は上がらず、格差が広がっていた。

 世界の耳目を集めたイギリスのEU離脱決定は、現在進行中のアメリカ大統領予備選の様相とも一脈通じるところがありそうだ
 アメリカ大統領予備選で二人の候補者が注目されている。その一人がドナルドトランプ氏、もう一人がバーニーサンダース氏だが、いずれも党内主流派ではない。いわばアウトサイダーなのである。二人の候補に共通するのは「いまの政治への怒り」と「既存の政治エリートへの怒り」である。米誌ウオールストリートジャーナルが「米国はいま反乱の真っただ中にある。最下層と中間層が最上流層に立ち向かっている」と書いている。
予備選の当初、サンダース氏の支持率は一ケタ前半、クリントン氏が60%だったのが、たちまちのうちに互角のたたかいとなった。自称「社会民主主義者」サンダース氏の主張は、弱肉強食の市場原理むき出しの社会に対する抗議である。彼はこのように言っている。「米国を本気で変えようと思うなら、政治運動を生み出す必要がある。私たちの国を破壊する貪欲な支配階級に挑み、打ち負かす覚悟のある運動だ」。
 米国では青年層の占める割合は30%以上ともいわれている。彼らが、当選の見込みがなくなった現在もサンダース氏を支持する政治活動を続けている。一方で「トランプ旋風」が吹き荒れている。彼は今や中間層の救世主のような存在だ。トランプ氏はヘッジフアンドで税金逃れをする連中を激しく攻撃する。また、メキシコからの移民に対して壁を作るべきだとも言い、米国企業が他国に拠点を移し、米国内の雇用を奪っていることを非難している。サンダース氏は若者、青年層の圧倒的共感と支持を集め、トランプ氏は貧困化する中間層の熱烈な支持を得ている。
 アメリカでは格差の広がりとともに、夢と希望が消え去り、多くの家計が借金を増大させている。イギリスでは、グローバル化の傾向を強めるEUに対する不信が広がっている。国民との間の矛盾対立を深めつつ、グローバリズズムの道を進もうとするイギリスとアメリカ、それらの国は大きな曲がり角に差し掛かっているといえるだろう。日本もまた例外ではない。(7月9日)


文春から謀略が始まった

都知事選あらかると−8

 けさの新聞や、電車の中づり広告を見て、驚いた人も多いだろう。今日発売の「週刊文春」の「鳥越俊太郎『女子大生淫行』疑惑」だ。けさの新聞には、毎日は2社面、朝日は3社面に小さく「鳥越氏が抗議文」と載っているが、全面の下3分の1を占めた広告の宣伝力とは比べるべくもない。
 全く事実無根のデマを、ここで打ってくる「闇の権力」と、ものの考え方からか、商業主義からか、それに飛びつく「文春ジャーナリズム」には、恐れ入るばかりだが、放置するわけにはいかない。われわれが今、鳥越さんと一緒に立ち向かっているのは、この「謀略」を操る集団なのだ。
 鳥越弁護団の弘中惇一郎、藤田謹也両弁護士の抗議文は、「記事にある『疑惑』と称する案件については、事前にFAXによる取材があり、本人に確認の上、弁護団から事実無根であると文書で明確に否定する回答をし、無責任に記事化すれば選挙妨害になると強く警告した。しかし、記事は、『疑惑』を事実だとは断定せず、一方的な証言と思わせぶりな記述だけで、真実であるかのような印象を与えるものとなっている」と指摘。「こうした手法で有権者に事実と異なる印象を与えようとする行為は、明確な選挙妨害で、公選法違反。名誉棄損罪にも当たる」と述べ、「東京地検に刑事告訴する準備を進めている」としている。
 今回の選挙戦では、数日前から、どこから出た情報かわからないが、「当局が鳥越スキャンダルを探している」といううわさが流れていた。その「成果」だろう。しかも、訴えられるのを避けて「疑惑」。探してもいいネタが見つからず、この程度にしたのだろう。
 「週刊文春」は発行部数70万部弱。ことし、甘利TPP担当相や舛添都知事のカネの「疑惑」を告発し話題になった。そこで言われているのは、人数も少なくとてもそんな体制はとれない他の週刊誌と違って、情報にカネをかけ、情報の「タレこみ料」は他紙に比べて相当高いうえ、「これは行ける」と思われる情報には、5-10人のチームを組み、潤沢な取材費で、時間をかけ入念に取材を進めるといわれている。当然、公安や官僚など、市民運動を監視している情報源も多く、権力とのタッグはお手の物だ。
 問題ははっきりしている。「健康」スキャンダルから、こんな「汚い手」まで使って、たたき落そうとしているのは、鳥越さんが都知事になると困るからだ。考えられることは2つ。「鳥越勝利」で、「憲法を守ろう」「安倍改憲阻止」の民衆の運動が大きく高まり、全国に広がるのが怖いからだし、もうひとつ、何年もの間、意のままにしてきた東京都政の「伏魔殿」に、手を突っ込まれるのが怖いからだ。
 支持者から「あれどうなの?」と聞かれたら、「事実無根。とにかく大きく中傷するのが狙いですよ」と答えよう。都政の話、憲法の話をさせないのも、相手の作戦の一つなのだ。 まだ、これからも全く違う汚いタマを打ってくるかもしれない。それは、相手が追い詰められてきているからである。
 (7月21日・ M)

OMOIYARIという名の対米従属

坂本 陸郎

 沖縄で日本女性殺害事件が起きたことで日米地位協定見直しの声が高まっている。その協定によれば、米兵が犯罪を起こしても、公務中であれば日本側に裁判権がない、犯人が基地内に逃げ込んだ場合、日本国内で起訴されない限り日本の警察は拘束できない。罪を犯した米兵が帰国すれば、ほとんどが処罰は免れる。日本では日米地位協定による治外法権のもとで、米兵の犯罪が野放しとなっているのである。
 在日米軍基地維持のための日米の経費負担の現状も異常かつ屈辱的である。「日本に負担をかけない」とする日米地位協定にさえ反するものとなっている。 日米地位協定では、米軍基地の自由使用、税金の免除、刑事裁判の免除など、米兵のための数々の特権を認め、米軍基地用地は無料で日本側が提供するが、基地内の費用はすべて米国政府と米軍が負担することになっている。だが、協定で示された約束が、その後、米国の圧力で覆され続けてきた。日米地位協定24条には次のように書かれている。
 「日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、に規定するところにより日本国が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中は日本に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される」
 「2に規定するところ」とあるのは、先に触れた基地提供にかかわる日本側負担を指す。だが、これとて一方的で認めがたい。沖縄の軍用地地主の地代は日本側が肩代わりし、米軍は住民から奪った土地を無料で使っているのだから、これも異常である。
 米軍基地の維持経費を米国が負担するとする合意が破られたのは1978年であった。米国政府は財政赤字を理由に米軍駐留経費の日本側負担を要求してきた。その要求に応えたのが、佐川急便汚職で失脚した金丸信元防衛庁長官だった。彼は「思いやりの精神があってもいいじゃないか」と、筋違いの人情論にすり替えて受け入れたのである。それが「思いやり予算」のは始まりであった。

 しかし当時、この「思いやり予算」は国民の批判に晒されることになる。日本の数倍の経済力を持つ米国にたいする「思いやり」を、当然のこととして多くの国民は納得しなかった。その後1988年の参院外務委員会で宇野元外務大臣が「思いやり」の意味を問われて、このように答弁していた。10年後の政府見解からしてこんな具合だった。
 「思いやりという言葉の意味はいろいろございましょうが、英語に訳せば、ボランタリーというような意味もある。ボランタリーバジエットとアメリカで呼ばれたこともある」。藤井元北米局長も衆院外務委員会で次のように答弁している。
 「アメリカには思いやりという言葉はございませんので、どうしても必要なときには、ローマ字でOMOIYARIと書くこともございます」
 では、この「思いやり」の意味を米国はどう理解しただろうか。残念なことに同盟国アメリカはそれを喜ばなかった。シンパシー(あわれむ)とは何事かと、不興をあらわにし、それに反対する日本国内の世論を誤解だとして、米軍に対する経済負担を同盟国の義務だと正当化した。フオーリー元駐日大使などは、「在日米軍支援は謝意として米国に提供されるものではなく、日米安全保障同盟にたいする基本的貢献である」と強弁し、「思いやり」という表現の曖昧さを逆手に取って、米国の国益に沿う同盟強化を押しつける発言をした。
 その後アメリカは、自衛隊の「領域外防衛」を求め、ガイドラインに沿って、米国の戦争への自衛隊の役割分担を度々求めた。それとともに、「おもいやり予算」は増額の一途をたどることになる。

 トランプ氏が共和党の大統領指名獲得の選挙戦で、「同盟国は駐留する米軍の経費すべてを負担すべきだ。さもなければ撤退するしかない」と言っている。だが、この発言は米国の本心を語るものとして、特に目新しいものではない。「思いやり予算」が始まったその2年後の80年3月の米下院・軍事関連委員会で、米国防省ピンクニー東アジア・太平洋局長が次のように証言している。
 「われわれの目標は、日本に、日本で働く我が国要員の給与以外の、すべての基地維持費を受け入れさせることだ」。
 現在、アメリカの対日要求はほぼ達成されているといえるだろう。ドイツや韓国などの同盟国に比べて、日本の駐留米軍経費負担額はダントツなのである。「直接支援」額で比較すると、世界で最も多くの駐留米兵を受け入れているドイツの、なんと111倍、駐留米兵数が日本よりやや少ない韓国の6,6倍なのである。(安保破棄中央実行委員会編パンフレット10ページ)。
山根隆志氏の論考「米軍思いやり予算の40年」が、この間の増額ぶりを次のように書いている。
 「思いやり予算は1978年当時、62億円だったのが、特別協定によって増大し、2000年には2千7百56億円に膨張した。その後、若干減ったものの、2016年までの39年間の合計は約6兆8千億円になる。SACO経費や米軍再編関連経費を加えた米軍関連経費は、39年間で約8兆三千億円にのぼる。日本が負担している米軍駐留経費は防衛相の「思いやり予算」だけではない。基地周辺対策費や土地借り上げ費、他省庁の予算、国有地資産などを含めた米軍駐留経費総額は、思いやり予算がはじまった78年の千七百五十九億円から2015年には七千二百八十億円に膨張し、38年間で約20兆円もの税金が投入された」。
 日本側が負担する米軍駐留経費は限りなく膨張し続けた。92年の米国防省の報告書が、「日本は、どの同盟国と比べても飛びぬけて気前のよい受け入れ国支援を実施しており、米国内も含めた世界中で、日本が米軍駐留費の最も安い場所になっている」と書いている。「思いやり予算」に寄生する在日米軍にとって日本は天国となっているのも当然だろう。その予算の財源は国民が支払う税金である。果たしてこれがいつまで許されるのだろうか。 (6月10日)


トリクルダウンと「資本国家」

坂本 陸郎

 国民の多くが政府の経済政策に失望を深めている。アベノミクス効果がいっこうに現れてこないからだ。大企業の利益が増えても暮らし向きは少しもよくならない。それに、食料品などの値上げが目白押しである。各家庭のエンゲル係数は上昇し、家計はひっ迫、非正規労働者が増えるばかりで肝心の賃金がさっぱり上がらない。政府が賃金の引き上げに後ろ向きだからある。企業の儲けはしたたり落ちてこなかった。トリクルダウンはまやかしだったのだ。
 そのトリクルダウンの言葉の由来だが、「そもそもこのトリクルダウンという言葉を経済政策との関わりで初めて使ったのは、アメリカの俳優兼漫談家、ウイリアム・ロジャースだったといわれている」(浜矩子『国民なき経済成長』)。そのウイリアム・ロジャースはこう言ったそうだ。
「いずれは貧乏人にもしたたり落ちるんだという期待の下に、カネはすべて金持ちに回されたわけさ」。それを浜矩子氏が、「馬に食わせりゃスズメも餌にありつける」と揶揄している。これは、最近評判の衝撃的タイトルの著書、『資本主義の終焉、その先の世界』(榊原英資、水野和夫共著)からの引用なのだが、その著書の中で経済学者水野氏はトリクルダウンの意味を説明し、それを口にする者をこき下ろしている。 「先進国経済が成熟して、セイの法則(供給自ら需要をつくる)が成立しないようになると、国内で非正規労働をつくりだし、貧困問題が生じるのは資本主義の必然なのです。資本主義の誕生の経緯を知っていれば、トリクルダウン“理論”などを口にすることは無知をさらけ出しているようなものです」「トリクルダウンという言葉を平気で使っている日本の新自由主義者たちは教養のなさをさらけ出しているのです」。
 続いて「人文科学系の学部はいらないなどという文部科学省もそうであって、そういう教育を受けた”優秀“な人が官僚や政治家となって21世紀の日本を担うことになるのですから、それが日本にとって最大のリスクかもしれない」とも言っている。
水野氏は、トリクルダウンを言う官僚や政治家は無知だから信じてはいけないと警告している。俳優兼漫談家が1930年代の大恐慌時代に言ったことの方が真実なのである。
 だが、このトリクルダウン”理論“は戦後においてもハバを利かせてきた。日本では歴代政権の「大企業に厚く、庶民に薄く」という経済政策がそうであった。米国でもストックマンという当時のレーガン政権側の人物が、80年代のレーガンの経済政策について、次のように語ったのだという。「あれ(レーガノミクス)はトリクルダウン政策に間違いなかった。でも、トリクルダウンでは受けが悪いので、サプライサイド政策と言い換えることになった」。なぜ具合が悪かったのか。それについて、水野氏は「差別的精神性が潜んでいるということをストックマン知っていたのです」と書いている。
 安倍晋三氏は「企業が利益を上げれば賃金も上がり、景気の好循環が実現する」と、一つ覚えのように繰り返し言っている。教養のなさと「差別的精神性」は安倍晋三氏持前の人格的特性なのである。

 経済の先行きを見る目に陰りが出始めている。大企業、中小企業ともに、昨年の12月に比べて景況観は低下し、今後の景気悪化を懸念している(日銀調査による短観調査)。 消費の低迷、購買力の低下は歴然である。それが経済界の悲観的な経済予測に反映しているとみるべきだろう。新浪剛史サントリーホールデイング会長も「個人の消費力は非常に厳しい」と語っている。
 緩和マネーは金融市場に流れはしたものの、景気の好循環にはつながらなかった。国債を日銀が買い込み、挙句は政府が年金資金までつぎ込んだ。その膨大な額のマネーは株価を釣り上げたのだが、その利益の多くが、株取引の7割を占める外国人投資家の儲けとして提供された。
 それに対する保守派の経済学者、論者のなかで批判が生じるのも当然のことであった。日銀審議委員からも「金融機関や預金者の混乱、不安を高める」という声が上がっている。 前掲著『資本主義の終焉、その先の世界』の「あとがき」に、元内閣府大臣官房審議官で国家戦略室の審議官でもあった水野和夫氏がこのように書いている。
「いまや日本銀行を落城させ城主となり、我が世を謳歌するリフレ派の経済学者が2003年暮に著した『エコノミスト・ミシュラン』で、トンデモ経済学者・エコノミストをやり玉に挙げたのです。ワースト一位が榊原英資先生、二位が私でした」。
 リフレ派とは「緩慢なインフレによって経済の安定成長を図ることができるとするマクロ経済学の理論を喧伝し、もしくは政策に取り入れようとする人々のこと」とされる(インターネット上の定義)。「リフレ」はリフレーションの略で再膨張を意味する。そのリフレ派の経済政策が、「緩慢な物価上昇率をインフレターゲットとして意図的に定めるとともに、長期国債を発行して一定期間これを中央銀行が無制限に買い上げることで、通貨供給量を増加させて不況から抜け出すことが可能だとするもの」、なのである(同インターネット)。
 このリフレ派の主張、つまりはその後のアベノミクスをめぐる理論対立が、10年以上前からあったことは注目すべきだろう。
そのリフレ派に反旗を翻した水野和夫氏は次のように述べている。
「来るべき利潤率ゼロ社会は望ましい社会である。ゼロ金利が定着するということは投下資本が過剰,過多の状態だ、日本は投資する必要のない社会になった。企業の利益はゼロでよい。新設投資は将来の不良債権になる可能性が大きい。付加価値の分配は資本の維持費と雇用報酬で十分。企業会計上、雇用者報酬が残差として扱われている現在の日本は国民国家ではなく資本国家になっている」
 100人を超える財界関係者が同行する安倍首相の外国訪問を思い浮かべれば、日本が資本国家だとの指摘は肯けるだろう。不況打開のための賃上げさえ残差とみる企業に対する批判は的確である。共著のもう一人、元大蔵省金融局長の榊原英資氏も、現状を資本主義の窒息状態だとする見方から、経済成長のみに固執する立場を批判している。いずれも新自由主義の「その先の世界」を示唆するものとして興味深い。(4月7日)


          

南スーダンで何が起きているのか

坂本 陸郎

 中谷防衛相が、「ジュバ(自衛隊駐屯地)は平穏である。武力紛争が発生しているとは考えていない」と繰り返し言明している。これは無責任な戯言である。首都ジュバでも2013年に武力紛争が起きていたからである(後述)。
現在、南スーダンで何が起きているのだろうか。現地で活動する国際医療支援団体「国境なき医師団」(MSP)が、昨年7月に南スーダンの現状を次のように伝えている(AFP通信)。
――内戦状態に陥っている南スーダンでは、多数の入院患者が処刑されるなど「人間の尊厳に対する侮辱」といえる状況にあり、ここ数十年で最悪の情勢に陥っている。入院患者が病床で銃殺されたり、救命用の医療設備に火がつけられたりしており、数十万人が医療を受けられない状態になっていることから、今後への影響は計り知れない。
 昨年12月中旬からの内戦による死亡者が数千人を超え、家を離れた人の数は150万人を超えた。現在の状態は、3年前の南スーダン独立につながった内戦当時でさえ、これほどではなかった。現在の紛争において特に憂慮すべきは暴力の規模と範囲だ。今後も戦闘が継続すれば、飢餓が発生する恐れがある。国内ではコレラも流行しており、すでに50人近くの死者が出ている。サルバ・キール大統領が率いる政府軍と、リヤク・マシャール前副大統領が率いる反政府勢力とが続ける戦闘では、国内各地で残虐行為が報告されている。両者は先月、3度目となる停戦合意を発表、60日以内に暫定政府を発足させることで合意はしたものの、その後も戦闘は続いている。――


 戦後における内戦の歴史を振り返ってみる。
 1955年から1972年の長期にわたるスーダン南北の内戦が終結すると、その後も 1983年に第2次内戦が勃発、それが、さらに20年近く続いた。その間、2003年にはアラブ系民兵とアフリカ系民兵の最大規模の武力衝突が起きている。死者30万人、国内避難民200万人を出したともいわれている。背景には、イスラム教徒が占める北部が、キリスト教徒が多い北部を支配するという政治体制への反発があったことが指摘されている。
 だが、2005年に停戦合意が成立し、南部に暫定自治政府がつくられ、将来的に独立国となることが約束された。その6年後の2011年7月に、住民投票によって南スーダン国が成立する。世界でもっとも若い国家の誕生である。
 しかし、内戦は南スーダン独立後も止まなかった。キール大統領とマシャール副大統領が対立し、二人の政治指導者が率いるゲリラ武装組織「人民解放運動(SPLM)」が分裂、内戦へと発展した。
 キール大統領は、南スーダンの最大部族デインカの出身であり、それに対してマシャール副大統領は、次に大きい部族ヌエルの出身であった。一時はマシャールが副大統領に就任したことで部族間争いは沈静化したかに見えたのだが、それもつかの間で、再び政権内部での対立が表面化し、2013年にキール大統領がマシャール副大統領を罷免したことがきっかけとなって、マシャール派のゲリラ兵が蜂起し、部族間の武力対立が一気に拡大し、4か月にわたる内戦で数千人の死者と数百万人の難民が生み出され、政府軍と反政府軍双方で9000人以上の子供たちが戦闘要員として動員されるという深刻な事態となっている。(ナバデセム国連人権委員会高等弁務官の報告)

 スーダンの歴史を遠く遡ってみると、紀元前2000年頃にはスーダン帝国が隆盛し,現在の遺跡群に見られるような高い文明が栄えていた。現存するピラミッドの数はエジプトよりも多く、1000近くにも上っている。
スーダンは古くから地中海世界とアフリカを結ぶ役割を担ってきた。そこに暮らす人々は多様であり、肥沃なナイル川流域には農耕民、草原地帯の中西部は遊牧民が暮らしていた。 宗教も、アラビア半島に近い北部はイスラム教、南部はアフリカ系の土着信仰、キリスト教とさまざまである。北部には、アラブ系スーダン人が多数を占め、西部にはフール人がダルフール大国をつくっていた。そのほかにも、ナイル川流域にヌビア人などが住んでいて、その大半がイスラム教徒であった。
 現在、人口は約4000万人、部族は数百ともいわれている。そのスーダンを最初に植民地にしたのがエジプトだった。エジプトは、無国家のスーダン南部地域を支配下に置いた。その後、イスラム救世主を名乗るアフマドという人物が現れ、エジプト軍とそれを支援するイギリス軍を駆逐する。だが救世主アフマドはすぐに死亡し、スーダンは再びエジプトとイギリスの支配下となった。だが、エジプトがイギリスの保護国であったことから、スーダンはイギリスの植民地となり、南北「分割統治」のもとに置かれることになる。
 イギリスは、宗主国に対する不満を逸らすためにスーダンの分断を策し、北部では、かつての救世主の子孫などの権威を利用し、イスラム教の定着を図る一方、南部では北部から南部への移住を禁止したうえで、キリスト教を布教、非アラブ化政策を推し進めた。その分断による植民地政策が後の南北対立につながることになった。

 南北分断前のスーダン共和国は、日本の約7倍の国土を持ち、北はエジプト、東はエチオピアなど9か国に隣接するアフリカ最大の国であった。
 北部は乾燥地帯、南部は熱帯である。国内でも気候は大きく異なっている。ナイル川流域には穀倉地帯が広がり、小麦や綿花、ゴム、ゴマが生産され、ハイビスカスなどが栽培され、農業生産はGDPの40パーセントを占めていた。国内には未耕地も多く残され、近年では海外からの農業投資も盛んであった。
 スーダンはアフリカ有数の産油国でもある。1999年に南部の産油地と紅海をむすぶパイプラインの完成によって原油の輸出が始まり、それが輸出の大部分を占める重要産業となっていて、今後も原油生産が大きく伸びる可能性を秘めている。加えて、金や鉄なども採取できることから、スーダンは経済発展の可能性を秘めた国として注目され、中国、アメリカなどが技術援助に乗り出している。
 都市部では経済成長を見越して、海外資本による高級ホテルの建設も進んでいた。だが、そうした状況は一変した。内戦が激化してからは、工事は完全にストップし、建設途中の建物は放置され、周辺は雑草に覆われている。治安の悪化で海外からの投資は激減し、産油地帯での激しい戦闘で石油産出量は3分の2に減少、国も税収不足で、首都中心の道路はほとんど舗装されていない。(外務省その他のサイトから)

 現在、南スーダンには約350名の自衛隊員が駐屯し、国連平和維持活動(PKO)に参加している。派兵は2011年に民主党野田政権下で初めて検討され、その後、安倍政権下の2012年以降、350名から400名規模の自衛隊員が駐留を続けている。
 2013年に首都ジュバで武力衝突のあった際、政府内で自衛隊の撤退も検討されたのだが、安保法制が施行される今年3月以降に、「駆けつけ警護」や「安全確保業務」の付与を検討していることが明らかになった。安保法案(戦争法)が廃止されない限り、現地自衛隊の任務が拡大されることは必至である。
今年2月、南スーダン北東部マラカルの国連保護施設が攻撃され、多数の死者と負傷者を出した。国連安保理が「PKO要員に対する攻撃は南スーダン政府軍によるものだった」とする声明を出し、国連事務所が「(戦闘は)新たな地域にも拡大している」とする見方を示した。PKOと南スーダン政府軍が対立する状況である。  自衛隊が駐屯する首都ジュバにも危険が迫っている。マラカルでの襲撃事件後、ジュバで大規模なデモが起き、市街地内外で緊張が高まっている模様である。そのような、敵味方さえわからない紛争地で、自衛隊は戦争当事者として、どちらの側に立って武力行使するのだろうか。自衛隊はスーダンの少年兵にも銃を向けるのだろうか。
 停戦が急がれる。だが、外部からの武力介入のみで紛争は解決しないであろう。避難民と傷ついた人々の保護に最大限の力が注がれなければならない。
 最近の報道によれば、内戦はますます激化し、犠牲者の数は増加している。国連の高官が、「南スーダンでは5万人かそれ以上の人が殺され、220万人が難民や国内避難民になっている。数か月以内に飢饉が起こるだろう」と述べている。今後の見通しについても、「これまで平穏だった地域にまで民族グループの暴力が広がっている。和平協定の履行がどこまで来たのか。まったく前進はない」と語っている。
 自衛隊の武力行使は、南スーダンの人々にとって無益であろう。日本の国益にもつながらない。
 なによりも自衛隊員の戦死は避けなければならない。自衛隊は一刻も早く撤退すべきである。
(2016年3月5日)



オイルと殺戮― 中東を考える

坂本 陸郎

 人類文明発祥の地は日本からは遥か遠く、中東のことはわかりにくい。くわえて宗教がまるで違う。まして、イスラムの国の人と接する機会は日本ではほとんどない。したがって事があっても、その後の関心は薄れがちである。
 9,11後にブッシュがアフガンに報復戦争をしかけ、続いてイラクに先制攻撃を始めると、自衛隊がインド洋での給油活動など米軍の後方を支援し、サモアに基地を建設し、自衛隊を派兵した。現在、ジブチの自衛隊基地増強が伝えられている。 これらのことは、「すっかり過去の出来事のようだ。危機意識が遠ざかれば関心は薄れる。報道されることも減り、断片的な報道しか入らないから、中東情勢はますますわからない」
(酒井啓子『中東の考え方』)

 ひと口に中東といっても、そこには数多くの国が存在し、それぞれの国の利害が複雑にからみあっている。そこにはどのような国があるのだろうか。地図から拾い出してみる。
 アラビア半島の中心には大国サウジアラビアがあり、ペルシャ湾岸には、クエイトやカタール、アラブ首長国連邦といった湾岸諸国がひしめき、対岸はイラン。アラビア海に面して、オマーン、イエメン、アデン湾の先には「アフリカの角」ソマリア、地中海側にはシリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル、パレスチナ自治区があり、アラビア半島とアフリカ大陸の間に長く伸びる紅海の向こうはアフリカだ。その北アフリカにはジブチ、エリトリア、スーダン、そしてエジプト、その西はリビア、アルジエリアの諸国。これだけの国家を地図の上に正しくプロットできる人は少ないのではないだろうか。
 中東(ミドルイースト)はこのように、アラビア半島とアフリカ大陸にまたがる広大な地域であり、ヨーロッパから見ると、かつての植民地インドに至る東の方角とされ、古くは回廊とみなされていた。

 アラブ諸国の多くは王制、ないしは独裁国家である。したがって、彼らは「アラブの春」を歓迎しなかった。自国の政治体制が揺らぐことを恐れ、周辺国の民主化運動を抑えるために、反体制派の一部に武器、財政を援助し,武力衝突をつくり出し、弾圧を誘発した。それによって中東での革命の機運を潰しにかかった。
 アラブ半島の親米国家サウジアラビアは、シリアへの軍事介入を強硬に主張したのだが、アメリカは一時、ロシアを意識して躊躇し、サウジの後ろ盾にならず、シエールガス発掘の成功でサウジの石油を当てにする必要がなくなった米国は、反米国家(ブッシュの言う“ならず者国家”)イランの核開発制限交渉に乗りだし、経済封鎖を解くなどイラン側に傾いた。それが、同じ産油国サウジとイランの関係を険悪化させる結果を招いた。アメリカの振り子がペルシャ湾を挟んで、サウジからイランの方向に振れたことが遠因とされている。
 フランスも揺れ動いた。ISによるパリ多発襲撃事件後、オランド大統領はISに対して宣戦布告し空爆を激化させた。9,11後のブッシュと同様である。
 空爆後ISは、瓦礫の隙間から身動きできない少年を救出する画像をネットで拡散した。それをアルジャジーラがニュース番組でオンエアーすると、ISへ志願する青年が増加した。ISの望むところであった。今までに600万人(フランス総人口の約10%)のアラブ系の人々を受け入れ、米国のイラク先制攻撃への参加を断固拒否したかつてのフランスの面影はない。

 2001年以降、「テロとのたたかい」を掲げた米国主導のアフガン、イラクに対する軍事介入がISを生み出すと、その後、戦火はシリアに及び、米英仏がIS支配地域への空爆を開始した。とともに、米国などが反政府側に武器、資金を供与し、反政府勢力に軍事訓練を行った。だが米国が期待した「ISと戦う穏健な」兵士は育たなかった。彼らはISではなくアサド政府軍と敵対していた。米国の判断が狂いを生じた。供与された武器の一部がISに流れたことが報じられている。
 続いて、アサド政権の側に立つロシアが反政府武装勢力の拠点を空爆する。中東に対する大国の思惑と利害が錯綜し、シリアは中東地域のさまざまな動乱を映し出す鏡のようになった。
 空爆は今も続いている。その空爆と内戦による死者は20万人を超え、避難民は国内で650万人、国外に逃れた難民は400万人を超え、シリアは国家の消滅事態となっている。
 イラクの戦乱も同様だ。イラクでの宗派間対立は米国の軍事介入が招いたものだった。米国の軍事介入によってフセイン政権が倒され、政権を支えていたバース党の軍人、官僚がイラク北部の住民を統治し、反政府勢力を形成した。解体されたフセイン政権の旧軍部がテロリストに武器を供与しているとも伝えられ、中東は米欧、ロシア、アラブ諸国の利害が渦巻くるつぼとなっている。チュニジアに続く「アラブの春」は続かなかった。テロに対する戦争は、さらなるテロと報復戦争の連鎖となり、空爆と内戦によって殺戮は止むことがない。

 中東は富と紛争が混在する地域だ。中東への要路ドバイの光景をテレビなどで見た方もいることだろう。海面からほぼ水平に続く陸の上には摩天楼が並び立ち、地上50階のタワービルや、800メートルの世界一高いドバイの塔が空高くそそり立つ。世界最大規模のショッピングモールがあり,人工の広大なスキー場まであるそうだ。ドバイは、オイルで儲けたセレブたちの天国なのだ。「虚像と実態の乖離―このギャップは何だろう。現代のバベルの塔か、はたまた砂上の楼閣か」と、『中東の考え方』の著者酒井啓子氏は言っている。
オイルが生み出す富は巨大である。その富をめぐる西欧、ロシアの思惑が錯綜し、軍事介入と内戦が日々、人々の命を奪い、国家を破壊し、シリアのみならず、おびただしい難民を生み出している。それが中東の現実だ。
 テロリズムはなぜ起きるのか。その温床がなぜ中東なのか。それらは国際政治と深くかかわっている。中東のことは中東の人々のイニシャテイブに任せるべきではないのだろうか。欧米とロシア、そして日本もそうだが、そのイニシャテイブを促す平和的援助が求められる。(2016.2.7)


北朝鮮ミサイル発射問題をめぐる
常識的な疑問

梅田 正己

 2月7日、北朝鮮が予告していたミサイルを発射した。北朝鮮は「地球観測衛星だ」と言い、世界は「長距離弾道ミサイルだ」と言う。
 その正否についてはここではふれない。
 取り上げるのは日本政府の対応についてである。

 まず、中谷防衛相が出したという「破壊措置命令」だ。この「命令」については自衛隊法第82条の3項にこうある(要約)。
 「防衛大臣は、弾道ミサイル等(航空機以外の物で、その落下により人命または財産に重大な被害が生じると認められる物体)がわが国に飛来する恐れがあるときは上空において破壊する措置をとるよう命令することができる。」

 これにもとづき、自衛隊は大気圏外での迎撃ミサイル・SM3を装備したイージス艦2隻を東シナ海に、1隻を日本海に配備した。
 しかし今回の北朝鮮のミサイルは長距離弾道ミサイルで、南へ向けて発射されることになっている。そのため北朝鮮は、ロンドンの国際海事機関(IMO,国連の専門機関)に対し、噴射を終えたロケットなどの落下地点を通告し、了承を得ていた。(そして実際、用済みの機体はほぼ予告通りの地点に落下した。)

 それなのに自衛隊は、ミサイルはもとより用済み機体が落下してくるはずもない海域に、3隻のイージス艦を配置した。一体、何のための配置だったのだろうか。

 だいたいイージス艦のミサイルは、大気圏外を飛行するミサイルを打ち落とすための迎撃ミサイルだ。中谷防衛相は、自国へ向かってきもしない他国のミサイルを、宣戦布告なしに撃ち落とすつもりだったのだろうか。

 一方、自衛隊は、市ケ谷ほか首都圏の2地点と、沖縄本島の2カ所、それに石垣島と宮古島にパトリオット・ミサイル(PAC3)を配備した。
 たしかに今回の北朝鮮ミサイルは沖縄の南端をかすめて飛んだ。しかしPAC3は、大気圏内に再突入して飛んでくるミサイルを迎撃するミサイルだ。長距離弾道ミサイルが、こんな近くで落ちてくるはずもない。
 いや、失敗して途中で落ちてくるかも、というのだろうか。
 かりにそうだとしても、首都圏はもちろん、沖縄本島への配備だって、ずいぶん見当違いではないか。
 要するに今回の「破壊措置命令」にもとづく2種類の迎撃ミサイルの配備は、北朝鮮のミサイル発射を利用しての自衛隊の「演習」だったと見るほかない。
 それともう一つ、日本の安全保障環境が緊迫した状態にあるということを、私たち国民に「認識」させるための演出だったろうということだ。振り返れば、「戦争法」制定の第一の理由とされたのが、「わが国の安全保障環境の変化」だった。今回の北朝鮮のミサイル発射を、安倍政権はその「変化」を実証する有力材料としたわけだ。

 もともと北朝鮮のミサイルは、日本なんかを標的にしたものではない。日本攻撃のためなら、すでに実戦配備しているノドン(射程1300キロ)やムスダン(同3000キロ以上)で十分だ。
 日本海に面した列島の原発群に向けて、通常爆薬の弾頭でも撃ち込めば、どういうことになるか、想像するだけでも戦慄する。そういう意味で、日本はもうとうに戦争のできない国になっているのだ。

 北朝鮮の長距離弾道ミサイルの目標は米国である。なぜ米国なのか。米国を直接交渉の席につかせたいためだ。1953年の朝鮮戦争の停戦協定から、すでに63年がたつ。60年以上も“潜在的戦争状態”が続いているのは、世界史上でも例のない異常・異様な状態と言うしかない。
 この異常な状態に終止符を打つために、北朝鮮は米国との直接交渉による平和条約の締結を求めてきた。しかし米国は拒否し続ける。その米国を何とかして直接交渉の席につかせるため、北朝鮮は米国本土にとどくミサイルの開発に躍起になっているのである。

 北朝鮮の政治状況は最悪と言うほかない。拉致問題はじめ無法・非道な行為ももちろん許せない。しかし、そのミサイル開発と核実験を非難し、責めるだけでは事態は解決の方向には向かわない。解決の糸口は、米国が直接交渉に応じることしかない。(2月8日記)


アベノミクスの第二ステージ
「新三本の矢」のまやかし

坂本 陸郎

第一ステージの破たん
 安倍政権は去年の6月に「日本再興戦略・改定2015」を発表した。それから3か月もたたない9月24日、記者会見で「新三本の矢」なるものを披露した。政府はこの間のアベノミクスの三本の矢、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「成長戦略」、の結果を、どう見ているのか。なぜ「新三本の矢」が必要となったのだろうか。
 安倍首相は「日本再興・改定2015」の発表に際して次のように話している。
「GDPギャップが急速に縮小するとともに、デフレからの脱却が実現していくことが予想される。経済の好循環は着実に回り始めているのである。この意味でアベノミクスはデフレを脱却して、専ら需要不足の解消に重きを置いてきたステージから、人口減少下における供給制約のくびきを乗り越えるための、腰を据えた対策を講ずる新たな第二ステージに入ったのである」。
 まず、第一ステージのアベノミクスが需要不足の解消を目的としていたのかどうか疑わしい。アベノミクスを二段構えにしたうえで、次は供給の壁を取り払い、さらに供給を増やすとしている。需要不足の原因である国民の購買力低下など眼中にない。 これまで「異次元の金融緩和」などと言って日銀にマネーを流し続けてきたのだが、だぶついた金が株価を引き上げ、使い道のない膨大な内部留保を積み上げただけだった。巨額なマネーが株の売り買いに回ったのである。
 その結果、資本金10億円以上の大企業の経常利益は37,4兆円(2014年度)と過去最高を更新、株主配当の総額も12,1兆円で過去最高、内部留保も300兆円の大台に乗った。
 それでも、大企業や一部の金持ち以外の国民は少しも豊かにはならなかった。民間投資も雇用も広がらなかった。購買力は低迷し、経済は好循環どころか、去年4〜6月期の実質GDPは年率換算で前期比1,2%の減となった。四半期のマイナス成長は安倍政権下で四度目である。
 一方、国民の生活は消費税増税や円安による物価高で家計は火の車、だいいち、賃金がいっこうに上がらない。2013年の2か月のみが微増、それ以降、実質賃金は下がる一方である。2014年4月に消費税が5%から8%に上がってからは、消費はさらに落ち込んだ。低賃金の非正規雇用ばかりが増えた結果、全体の賃金水準を押し下げ、まじめに働いても、まともに食べていけないワーキングプアーが1139万人と増加し、雇用人口の約24%(国税庁調査)を占めるに至った。アベノミクスは国民の暮らしを向上させなかった。経済は循環しなかったのだ。
 賃金は、財政危機を脱したといわれるアメリカでも、緊縮策をとるEU先進国でも確実に上がっている。2000年を100とすると、フランスが146,8%、アメリカが139,4%、ドイツが129,1%、イギリスが126,1%なのである。それに反して日本は、わずかに101,2%でしかない。(製造業1時間当たり賃金)。
 萩原伸次郎横浜国立大学教授はこう述べている。
「(安倍首相が言うように)需要不足が解消し、労働需給がタイト化し、というなら賃金は上昇するはずですし、消費者物価は上昇するはずです。物価が上がったのは、消費税増税と円安による輸入物価の上昇によるもので、需要不足が解消されたからではありません」
 政府は当初、アベノミクスで物価を3パーセント上げれば景気は回復すると言っていたのだが、そもそも物価を上げて不況が解消されるはずもない。最低賃金の引き上げと賃金上昇で消費が活発化することで産業分野の生産も上昇し、生産性の向上が図られるのではないのか。萩原伸次郎氏はアベノミクスを批判し、日本経済の実態を見ない「空理空論」「逆立ち」だと言っている。

看板の塗り替え
 アベノミクスの失敗に懲りない安倍政権は、「アベノミクス第二のステージ」を演出して、国民を騙そうとしている。「戦争法」が争点の選挙では不利と考えて、国民の関心を経済に向けようとして、「GDP600兆円目標」「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」「一億総活躍」などの麗しい標語で国民を惑わしている。社会保障を管轄する厚生労働省までもが、破綻したトリクルダウンの理論に取りつかれているようだ。
 安倍政権は、前述のように、需要不足は基本的に解消されたという認識に立っているのだから、供給をさらに増やせば、経済は回復すると思っている。したがって、市中に転化することのないマネタリーベースをさらに増やしている。それでは、景気は回復しないと同時に財政悪化を招く。
 国政選挙が近いとあって、今度は、大した財源の裏付けもないまま、選挙目当てに、子育て支援や社会保障を口にする。「安心につながる」「夢を紡ぐ」などの空文句に騙されてはいけない。
 「新アベノミクス」は「介護離職ゼロ社会」などと口先三寸で言っている。介護離職ゼロを目指す「生涯現役社会」の構築が目的なのだそうだが、それを、「介護を理由とする、望まない離職の解消を目指すことによって実現する」のだという。無内容である。それを萩原伸次郎教授は同義反復だと評して、次のように述べている。
「これも逆立ちした議論だと言わざるを得ません。なぜなら、必要な介護サービスが確保され、働く家族などを支える環境づくりがあり、多様な就労機会、年金を含めた所得全体の底上げがあって初めて、介護を理由とする望まない離職の解消ができるからです」。
 また「夢を紡ぐ子育て支援」について、同氏はこのように言っている。
「希望出生率1,8がかなう社会の実現ですが、仕事と結婚、妊娠、出産、子育てが二者択一の構想から同時実現の構想への転換を図ることによって可能となるという当たり前のことを言い、その結果、両立支援や総合的子育て支援ができるようになる、という、これまた逆立ちした議論を展開しています」。
 同義反復にはうんざりするが、要するに政府は、国民が求める社会保障の整備や充実の考えがまったくないのである。だから、言っていることは「絵に描いた餅」である。その証拠に、安倍政権は昨年の4月に介護事業所に支払われる介護報酬を全体で2.,27%、特別養護老人ホームの基本報酬を6%、要介護支援者のための介護報酬を5〜20%、引き下げ、子育て新制度で年10万円以上の保育料値上げを続出させた。9月に強行採決した改悪労働者派遣法は生涯派遣とさらなる低賃金への道を開くものとなっている。真逆を言って事実を隠す、「新アベノミクス」は化粧直しの紅を添える、まやかしなのである。

アベノミクスの隠された目的
 当初のアベノミクスは、大企業と一部の投資家に利益をもたらしたものの、多くの国民は、その恩恵に浴さなかった。したがって、国民のアベノミクスに対する疑問と批判も広がった。であるのに、安倍首相は何故、「新アベノミクス」などといって、それをなお続けようとするのか。
 米国の有力なシンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長が去年、都内での講演で次のように語っている。
「アベノミクスは、アジアの秩序を構築するために、日本がより強力な役割を果たせるようになることが動機だ。アベノミクスの目的は日本を豊かにすることでも、債務を返済することでもない。安全保障面で日本が米国との同盟関係を強化し、中国の影響力を緩和するというのが真の動機であり、これは成長する経済があって初めて可能になる」
 単刀直入で分かりやすい。米国は、中国に対抗してアジアにおける米国主導の経済圏をつくろうとしていることがうかがえる。そのために日本をいいように使う魂胆である。 安倍政権が、GDP名目600兆円という途方もない目標を掲げた理由もわかろうというものである。だがこれは、同盟国アメリカが自国の国益のために他国の経済を牛耳る強奪である。
 安倍首相は昨年4月、訪米した際の講演で、「私の外交安全保障政策はアベノミクスと表裏一体」だと語っている。国内で言わなかったことを同盟国の米国で言う。売国の政治というほかない。そのために、国民に対しては、耳当たりのいいことを並べ、増税と社会保障を削減する。一方、軍事費を5兆円の大台に乗せ、経済の軍事化を進める。安倍政権は、アベノミクスによって、軍事面のみならず、経済でも対米従属をいっそう深めつつあるといえるだろう。
(2015年12月末)


沖縄新基地建設のゴリ押しと
安倍政権の非常識

坂本 陸郎

 安倍政権の常軌を逸した政治姿勢がますます露骨になってきた。沖縄県民の民意を無視し、恬として恥じるところがない。なにがなんでも辺野古に新基地を造ろうというのだ。
  政府は仲井真前知事の約束さえ無視している。埋め立てを承認した際に、普天間基地の「5年以内の運用停止」を条件として挙げたにもかかわらず、それ以後、政府は「5年以内」どころか「運用停止」について、いちども米国と交渉していない。それどころか米国に伝えてもいない。「普天間基地の危険除去」は空文句なのだ。
 政府は、新基地建設の必要性について「米国との信頼関係」をなんども口にする。それが損なわれるからと言って世論を欺く。既存の法理を無視し、自らの言明も覆す。いったい政府は、それでも新基地を合法的につくることができるとでも思っているのだろうか。
 翁長知事が千数ページの詳細な環境調査報告書をそえて「新基地承認取り消し」の意見書を政府に提出したのに、そのわずか5日後に、政府は「承認取り消し」の効力無効を決定した。意見書もろくに読んでいないのだろう。
 政府の新基地建設の法的根拠というのも、私人の権利と利益を擁護するための「行政不服申請」を悪用し、政府権力が私人になりすますというもの。沖縄防衛局が新基地建設の権利が侵害されたとして「救済」を求めた先が国土交通相なのだから「猿芝居」である。身内の国交相が一人二役を演じる見え見えの茶番だった。それで、国交相が知事の権限行使「一時停止」の審判を下して、今度は同じ国交相が、知事の上級機関として埋め立て工事を指示する。「国策だから口を挟むな」と言わんばかりである。
 沖縄防衛局を「救済」し、政府が県知事の処分を直に取り消すと、さっそく代執行の挙に出た。これは地方自治の否定であり、憲法上あり得ないことである。国の代執行が決まると、沖縄防衛局は早速とばかり、10月29日に「本体工事着工」を沖縄県に通告し、それを知らせるフアックスを一斉にメデイアに流した。予定通りの行動だった。
巻き返そうと必死なのである。名護市の頭越しに、名護市内三区の代表を官邸に呼び寄せ、公金を渡し分断を図るという念の入れようである。終いには、代執行を押し通すために県を相手として司法に訴えた。裁判官もなめられたものである。

 1995年、沖縄で14歳の少女が、普天間基地に所属する海兵隊員三人に輪姦されるという事件が起きた。その後、当時の橋本首相とモンデール駐日大使との日米会談が行われたのだが、米兵の凶悪犯罪を糾弾する10万の県民抗議集会の直後だけに、さすがにアメリカも、日本政府が普天間基地運用停止ぐらいは言い出すものと覚悟していたらしい。
 ところが日本政府は、普天間基地問題を曖昧にし、米国側が「代替基地の提供を条件とする」と言ったことに諾々と従い、辺野古に新たに基地を造ることを提案したのだという。米国にとっては、もっけの幸いであっただろう。辺野古新基地建設が頓挫でもしたら、モンデールと交わした「合意」に背くことになる。普天間基地は、もともと米国による沖縄占領と同時に学校や市役所、畑や先祖を祀る墓があった土地を強奪して造った基地だったのだから「返せ」と言えば、事態は違ったものになっていただろう。

 安倍政権は2013年4月に、辺野古新基地建設に関して「代執行は行わない」と閣議決定していた。にもかかわらず、司法に訴えて「代執行」を行い、知事の権限をまるごと奪おうとしている。本体工事着工前に国と県の「事前協議」も約束していたのだが、菅官房長官が翁長知事と対面し、お互いの言い分を述べ合っただけで、協議とは程遠いものだった。
 政府は、アメリカに見放されることが沖縄県民に背かれる以上に怖しいらしい。安倍首相や閣僚は、アメリカに不安を与えまいと苦心しているのだ。だから、米国が信じているかどうかはともかくとして、新基地建設が粛々と進んでいるかのようなことをアメリカに言い続けている。菅官房長官は10月末、早手回しに、グアムで米高官らと相次いで会談し、辺野古新基地建設を迅速に進める考えを伝えているのだが、本体工事をこれ以上進めるのはきわめて困難である。そのためには、大浦湾を埋め立てなければならない。それで、どうして環境への影響は少ないなどと言えるのか。埋め立てに必要な10トントラック350万台、東京ドーム17個分に相当する土砂は、一体どこから運んでくる計画なのだろうか。
 それに、県の岩礁破砕許可、埋め立て承認許可が立ちはだかっている。翁長知事や名護市長が権限を行使して許可しなければ、工事はできない。あとは問答無用の暴力に訴えるしかない。政府は東京の機動隊精鋭120人を辺野古に差し向けてごぼう抜きを行った。琉球処分の時も、明治政府は本土から大勢の警官を差し向けたというのだから、暴力の脅しで事を決しようとする姿勢は当時と変わらない。安倍政権の対米従属ぶりは国民に対する暴力に行き着くことになった。
 安倍政権の中国・北朝鮮脅威論、在日米軍の抑止力論はどれもが根拠に乏しい。同盟国アメリカとの間でも齟齬が生じている。現在、日中の経済関係は、“持ちつ持たれつ”である。中国と戦闘状態になったら日本はどうなるのだろうか。抑止力論は欺瞞である。中國は米国債の最多保有国であり、米国の財政を支える戦略的重要パートナーである。在日米軍は日本防衛を目的としていない。尖閣諸島周辺の局地戦に巻き込まれるのは極力避けたいのが本音なのである。
 安倍晋三氏は国家としての独立を意に介さず、「アメリカあっての日本」と考える軽薄さを持前としている。このような資質は戦後の保守政治家に、ある程度共通して見られるものだが、安倍晋三氏の場合は、民主主義にたいする無理解が根底にあるため、その行動が常軌を逸したものとならざるを得ない。その無軌道が進むと、日本の政治がフアシズムになりかねない。安倍晋三氏が多少なりとも常識を備えているのであれば、翁長知事がしたように、沖縄県民の民意を相手国に伝えるべきなのだが、それは無理というものである。
 今年4月はじめ、NHKの世論調査で、22%だった新基地建設反対の世論が、同月末から5月にかけての全国各紙の調査では、軒並み40%前後に跳ね上がっている。共同通信の調査では、「工事を中止し、県側とよく話し合うべきだ」が、48%、「政府の方針通り建設を進めるべきだ」は35%に下がっている。無関心と言われてきた世論が急速に変わりつつある。安倍政権のゴリ押し姿勢が裏目に出る日は近い。ハードルが壁となって立ちふさがっている。(12月5日)


強行から「逃げ」に転じた安倍政権

――臨時国会回避で政権維持か――

坂本 陸郎

 安倍政権は先の通常国会で安保法制(戦争法)を通すために、国会の会期を戦後最長の95日に延長した。その後は、野党が要求する、通例の臨時国会を開こうとしない。憲法53条では「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣はその召集を決定しなければならない」とあるのだから、明らかに憲法違反ということになる。
 その開かない理由が曖昧である。「安倍首相の外遊日程が立て込んでいるから」「予算編成が云々」と言っているのだが、本会議は外遊の日を除いて開くことができる。国会の会期中を通して首相が貼りつく必要はない。不在であっても各委員会の開催は可能である。予算編成は臨時国会が開かれるまでに準備すればよいのではないのか。
 外遊を優先するのなら(そのこと自体が問題だが)、国会は外遊が一通り終わる11月末から12月の年末にかけて、あるいは年明けに継続してでも開けるはずである。安倍首相は11月7日に半数の閣僚を入れ替えて、第3次安倍政権を発足させたのだから、所信を表明する義務がある、国民としては、新閣僚がどのような方針で国政に臨むのかも知りたいところである。
 安倍首相の国会をないがしろにする姿勢が露骨である。国会は法案を通すためのセレモニーであって、審議内容はたいして意味をなさないと理解しているようである。その一方、国会を欺瞞的宣伝の舞台として利用している。それを、メデイアが批判抜きに報じるから、北朝鮮や中国に対する脅威や在日米軍の抑止力論、戦争法合憲論などのまやかしが振りまかれるわけだ。 だが、そのような世論操作が、国会審議のなかで破綻をきたしてきた。それに伴って、戦争法に反対する世論がいやが上にも高揚した。安倍首相の誤算であった。或る自民党議員が「国会が始まると、また、国会前がデモで騒がしくなる。そんななかでの国会審議は避けたいのだろう」と漏らしている。

 先の通常国会では、安倍政権は「政府として丁寧に説明する努力を続けていきたい」と度々言ったものだったが、論戦が不利となると、強行採決しか打つ手がなくなった。
 国会最終盤、委員会採決と本会議採決を一気に狙う鴻池議長が、野党の了解なしに委員会採決の場を委員会室から本会議場に移した。続いて議長不信任案が否決され、採決の場面になると、待機する助っ人の自民党議員たちが議長を取り囲みガードした。民主党議員が議長席に駆け寄った。議長の「賛成多数」の声は聞こえない。議事録には、「議場騒然」「聴取不能」としか記載されていない。果たして戦争法案は正式に採決されていたのだろうか、疑わざるを得ない。
 ともかくも、戦争法が通ったとなると、安倍政権にとって臨時国会は不必要となる。そこでは、秘密交渉で「大筋合意」したTPPや、南スーダンでの自衛隊の任務の拡大(駆けつけ警護)、難航する沖縄米軍新基地建設問題への対応、「新三本の矢」、「一億総活躍社会」等々が論議されるのだから、安倍政権が「逃げ」に転じるのも頷けるというものである。  一方、通常国会後の「安倍政治を許さない」とする世論は衰えるどころか、市民運動がさらに広がりを見せている。臨時国会召集に尻込みする姿勢が運動に弾みをつけかねない状況だ。
 さすがにメデイアも安倍政権の国会軽視を批判せざるを得なくなった。「毎日」(10月18日付)がその社説で「国会召集見送りは立法府を軽視している」と評し、「朝日」もまた、「国会軽視と言われても仕方がない」(20日付)と批判、安倍政権の片棒を担いできた「産経」でさえ、「(臨時国会の)召集の必要性を感じない、と口にする政権の鈍感さには呆れる」、「国会を開けば、よほど都合の悪いことがあるのか」と、同紙にしてはめずらしく政権を批判している。

 産経新聞が「よほど都合の悪いこと」と暗示的に書いたのは、多分、次のような新閣僚たちのスキャンダルにかかわる事実ともとれる。
先週発売の「週刊文春」に、「ああー『一億総活躍』という名の的外れ」「パンツ泥棒の 常習犯!高木毅復興大臣」「新政権の目玉河野太郎 脱原発はどうした?」「紅の新大臣丸川珠代がすがるパワーストーン」「馳浩文科相 本誌だけが掴んだ献金疑惑」の文字が躍っている。「週刊新潮」も同様に、「下着ドロボーが大臣閣下に御出世で、高木毅復興相の資質」」。さらに「暴力団事務所に出入りの過去がある株成金の森山裕農水相」と書いている。
 安倍政権の原発推進政策を「見るも無残で恥ずかしい」と批判していたのに、入閣後に態度を豹変した河野大臣を含めると、9人の新入閣大臣のうち、5人の閣僚が並んでいる。 週刊誌二誌が取り上げた高木復興大臣のスキャンダルは口にするのもおぞましい。地元の福井県敦賀市で20代女性の自宅の合鍵を作って侵入し、下着を盗んで警察沙汰になったのを当時の敦賀市長だった父親が示談に持ち込んで解決した(テレ朝「報道ステイション」による)のだそうだ。当の高木氏は,一度は口を濁し、その後は事実ではないとは言ったものの、週刊誌を告訴もできないでいる。
 森山農水相は企業からの違法献金を受領した。それも、談合で指名停止処分を受けた企業から3年間で698万円を受け取っていたのだから悪質だ。しかも暴力団との付き合いまであった。
 馳文科相も、国や県からの補助基金が交付された企業からの献金を受領している。
 島尻安伊子沖縄北方相は、名前と顔写真の入ったカレンダーを選挙区内に配布した。公職選挙法違反である。以前、辞任させられた松島みどり法務相とは団扇とカレンダーの違いである。
 彼らは大臣不適格の烙印を押されるにふさわしい。違法献金は返せば、それで済むというものではない。国から補助金をもらった企業から献金を受けた西川農水相は辞任させられている。
 それにしても、安倍首相は何故、このような不適格閣僚を揃えたのだろうか。安倍首相は内閣改造を発表した際に、「自民党は人材の宝庫だ」と言ってのけた。いったい安倍晋三首相の言う「人材」とは何を意味するのだろうか。
臨時国会が開かれることになれば、先に述べたいくつかの国政にかかわる問題のみならず、これらの違法献金や公職選挙法違反、大臣の資質に関わる問題で、安倍政権は劣勢に立たされることになるだろう。
 自民党支持率は現在35%、野党は「国民連合政権へ選挙協力すべき」が48%となっている(朝日10月20日調査)。政治の刷新と転換が見えてきたのではないだろうか。
(10月26日)


安倍政権の「地方創生」で
地方は蘇るのか

――地方経済の衰退とその原因――

坂本 陸郎

空き地通り
 地方の衰退は著しい。多くの中小都市の商店街ではシャッターを下ろした店舗が点々とし、店を取り壊した跡地が、櫛の歯が欠けたように放置され、空き地となっている。以前の賑わいを失っているのだ。そうした市や町が全国いたるところにみられるようになった。その結果、町の発展への住民の希望が失われてきている。
 地方の住民の不安感も広がらざるをえない。内閣府の最近の調査によれば、都市規模別にみると、東京23区と政令指定都市では、「不安」「どちらかといえば不安」が計34,3%に対し、地方町村では、58,0パーセントとなっている。その地方住民の不安の理由として「地域を支える担い手の不足」が55,7%、「商店街などのにぎわいの不足」が48,0%、「医療、介護施設の不足」が38,4パーセントとなっている。(東京新聞10月19日付)

自治体消滅
   最近は地方の衰退を反映して「自治体消滅」という恐ろしげな言葉がマスコミに登場するようになった。それは、政府の諮問機関である「日本創生会議」の「ストップ少子化・地方元気戦略」が、2040年までに約半数の自治体に「消滅可能性」の危険があるとし、その自治体リストを発表したことによるもので、政府自身がその深刻さを認めたものであった。だが真剣に「自治体消滅」を防ぎとめようとしているとはとうてい思えない。その「自治体消滅」予測の根拠が、2040年時点で20〜30歳台女性の人口が半減する自治体を「消滅可能性自治体」としているだけのものなのである。若い女性が減少すれば、当然、地方での次世代人口も減少する。だが政府はそれにたいする具体策を示していない。
 安倍政権は「ローカルアベノミクス」と称して、道州制を念頭に地方拠点都市への公共投資の「選択と集中」や地方行財政制度の「改革」論議を始めたのだが、実効性は乏しい。むしろ人口減少による「地方消滅」を道州制導入の呼び水としているようにもとれる。道州制は財界の年来の要望によるもので、地方自治を弱体化し、乃至は否定し、地方行政を国家の一元的管理下に置こうとするもので、地方自治を柱とする憲法に反するものであることは言うまでもない。

スローガン空き地通り
 遡ると、政府は今までにも「ふるさと創生」や「田園都市構想」といった耳触りの良いスローガンを選挙のたびに掲げてきたのだが、地方の衰退を防ぎとめることができなかった。それどころか、衰退をいっそう深刻化させてきた。今回の「まち、ひと、しごと創生」もそれと似たようなもので、「タテ割を排す」「ばらまきを排す」「異次元の取り組み」などと言っているのだが、中身は地方への企業誘致、公共事業といった、財界の利益を第一とする旧態依然のものである。それらが「地方創生」とはならないことは今までの結果からも明らかである。
 問題は、なぜこれほどまでに地方が衰退したのかである。その原因の解明なしには地方創生などあり得ない。解決をいっそう困難にするだけである。<

地方衰退の原因
 「日本創生会議」がいう女性の人口減少傾向について言えば、減少しているのはなにも若い女性の人口に限ったことではない。国政調査報告書によれば、2005年から2011年までの県別人口は、東京と沖縄を除いてすべての県で減少している。地域で働き口がなくなれば当然、人口は都市部へと流出する。地方での雇用の減少は、経済のグローバル化によって地方から海外へと生産拠点が移ったからである。結果、海外で現地法人が稼ぐ利益は、本社のある大都市に吸収され、海外売上高の七割が東京へ、一割が大阪へ、一割が名古屋へと集中し、地方自治体の税収が減少した。さらに、農産物や繊維製品の市場開放と輸入政策が地方の産地をいっそう衰退させ、地方での企業縮小と倒産を招き、地方での働き口を奪った。
 地方衰退の原因は重層的である。その他にも大型店の出店規制緩和が挙げられる。それによって、地方の小都市に大型店が続々と出店し、小売店が大打撃を受け、小店舗がつぎつぎに閉鎖に追い込まれ、車を持たない高齢者の「買い物難民」を生み出した。 小売業不振の原因はそれだけではなかった。そのおおもとには、雇用者報酬の減少と、消費税増税による購買力の低下が売れゆき不振に影響を与えている。
 さらに、市町村合併と地方交付税交付金、補助金の削減が地方行政の打撃となった。建設事業が中止させられ、地方自治体の経常的経費の確保が困難となった。各自治体で職員の削減と住民サービス部門の民営化がすすんだのもそのためである。本来、地方交付税は地方での税収の減少を補って、都市と地方財政の不均等を調整するのが目的なのだが、政権内でそれを減らそうという主張が根強く存在し、無くすべきだとする意見もあり、事実、今までに削減が行われてきた。
以上から明らかなように、地方経済の衰退をもたらした主な原因は、経済のグローバル化と企業の海外進出、小泉政権下での「三位一体の構造改革」下での市町村合併(3232の市町村が1718へと減少)と、農業切り捨てによる周辺村落の過疎化、地方財源の縮減であった。それらが地場産業を疲弊させ、地域での雇用を減少させ、地方の衰退を招いたことは否めない。

地域循環型の経済を
 安倍政権は来年の統一地方選挙を意識して「地方創生」を掲げている。中身は何なのか。その主たるものが、「世界で一番、企業が活動しやすい国」を目指すなどといって、地方に企業を誘致するというもので、その誘致する企業にはカジノも含まれ、アメリカなどからの投資が見込まれている。それと並ぶのが、相も変わらず幹線道路建設などの公共事業なのである。だが、その種の大型公共事業にしても、大都市に本社を置くゼノコンの利益は生み出すものの、地方を潤す経済効果は乏しい。そのような手法は、かつて失敗したテクノポリス、リゾート構想などとなんら変わらず、地方で生み出された利益が大手企業本社のある大都市に集中されるだけである。
 「地方再生」を実現するためには、それとは別の方策に依らなければならない。それは、地域の経済を担っている地場産業を育て、中小企業家と農業従事者の営業と暮らしを支え、協同組合の再投資を高める地域重視、地域循環型の経済政策である。それによって雇用も増え、人口の減少も解消に向かうだろう。
 地域住民の購買力低下は著しい。円安による物価高と消費税増税、社会保障の切り捨てが都市住民に対すると同様に、地域住民の生活を直撃している。購買力が改善されなければ地方も発展しないのは当然である。
 現在は、大企業へのバラマキや庶民増税をやめ、国民の懐を潤す経済政策への根本的転換が必要とされるのだが、同時に地方では、公共事業と企業誘致という旧来の手法からの脱却と、地域循環が可能な経済政策への転換が急がれているといえよう。(10月28日)


民主主義って何だ!」「憲法守れ!」
立ち上がる若者たち

坂本 陸郎

怒りと行動
 戦争法案が衆院で強行採決された日の夜、国会前はシールズの若者たちであふれかえった。彼らはライトアップされた国会議事堂前でコールを繰り返した。リーダーが「民主主義って何だ」の音頭をとると、若者がそれにこたえて「何だ」「これだ、これだ」のコールで応える。「憲法守れ」「フアシスト通すな」「奴らを通すな」、そして「あ・べ・は・やめろ!」のコール。彼らは終電車の時刻が過ぎても立ち去ろうとしない。
 SEALDSとは「民主義のための学生緊急行動」の英語訳の頭文字をつなげた呼び名だが、それまでの若者の行動グループ、サスプル(SASPL「秘密保護法に反対する有志の会」)を発展させたものだった。沖縄新基地建設に反対し抗議行動を行ってきたサスプルは、安倍政権の暴走とともに日に日に数を増し、シールズへと膨らんだ。
シールズは高校生にも影響を与え、高校生たちはシールズの抗議行動に呼応し、T―nsSOWLを立ち上げ、渋谷での5000人の制服パレードを実行した。  彼らを行動に駆り立てたのは何だったのか。シールズ中心メンバーの一人奥田愛基青年(23歳)はこう話している。
 「俺たちは何か革命を起こそうとか、国家を転覆しようとか、そんなことを言っていないんです。ただ憲法を守ってほしいということです。コントロールの効かない安倍政権を見ていると、第二次世界大戦と同じ過ちを繰り返しそうで・・・」。
 そのような不安を抱く若者の怒りは激しい。彼らはその怒りを若者らしい行動によって表す。「俺ら言っていることは、勝手に決めるなということです。賛成派議員は、三連休を超えたら、どうせ忘れるとか言ってましたけど、ふ・ざ・け・ん・な・ぼけ!」、国会前で奥田青年は怒りをぶつけている。
 その国会前抗議行動は、瞬く間に全国主要都市に広がった。国会前で12万人の抗議行動のあった8月30日、シールズ関西の女子大生寺田ともかさんが、平和を求める心情を切々と訴えている。
 「安倍首相、私たちの声が聞こえていますか。この国の主権者の声が聞こえていますか。自由と民主主義を求めるひとたちの声が聞こえていますか。人の命を奪う権利を持つことを拒否する人間の声が聞こえていますか。イラクでの米軍の無差別殺人は戦争犯罪です。この法案が通ることによって、こういった殺人に日本が積極的に関与していくのではないかと、ほんとうにいてもたってもいられない気持ちです」「この法案を許すということは、私にとって自分が責任のとれないことを許す、ということです。それだけは絶対にできません。私はこの国の主権者であり、この国の進む道に責任を負っている人間の一人だからです」「私の払った税金が弾薬の提供のために使われ、遠い国の子どもたちが傷つくのだけは絶対に止めたい。人の命を救いたいと自衛隊に入った友人が国防にすらならないことのために、犬死するような法案は絶対に止めたい」「国家の名のもとに人の命が消費されるような未来を絶対に止めたい。敵に銃口を向け、やられたらやるぞと威嚇するのではなく、そもそも敵をつくらない努力を諦めない国でいたい。平和憲法に根差した新しい安全保障の在り方を示し続ける国でありたい」

掲げるビジョン
 彼ら若者たちは何を主張しているのだろうか。それは、「憲法守れ」、「戦争法反対」のコールからも理解できるだろう。しかし、その声はシールズ関西の女子大生のスピーチからうかがえるように、「戦争法案反対」だけにとどまらない。
シールズのホームページから拾い出してみる。
 彼らはまず若者として国のビジョンの必要性を強調する。つまり「若い世代こそが政治問題を真剣に考え、現実的なビジョンを打ち出さなければならない」としたうえで、「日本国憲法を未完のプロジエクトであると位置づけ、その価値を実現するとともに、危機に瀕している憲法を守り、立憲主義、生活保障、安全保障の3分野で明確なビジョンを表明する」と宣言し、そうした立場から、「日本のすべてのリベラル勢力よ、団結せよ」と訴えている。
 ビジョンは、戦争法反対を超えて自民党政治そのものの否定と、それに代わる政治の具体的方向を示している。
シールズは3分野を次のように展開する。
「持続可能で健全な成長と公平な分配によって、人々の生活の保障を実現する政治を求める。いびつな成長戦略を批判し、労働者派遣法改正に反対し、消費税引き上げにも反対する。対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障を求め、平和の理念を現実的なビジョンとともに発信し、北東アジアの協調的安全保障体制の構築に向けてイニシアテイブを発揮する。集団的自衛権の行使、武器輸出政策の緩和、日米新ガイドライン改定などの、これまでの安保政策を大幅に転換する」
 シールズのビジョンが自民党政治に対する批判と同時に、その根本的転換をもととめていることに注目したい。
しかも彼らは、戦争法に賛成した議員を次の選挙で落とすなど行動を具体化し、彼らのビジョンと同じ立場の野党を応援することをためらわない。運動は建設的である。

新しい運動体
 シールズの抗議行動が注目され、人々の眼に新鮮なものとして映っている。その理由が、それに参加する世代が若い世代であることはもちろんだが、その抗議行動が、いわば自然発生的とも思える素早さで起きた点である。大人たちの多くは話し合い、誘い合い、あるいは組織の一員として行動参加するであろう。それにたいしてシールズはまず「行動」において手をつなぐという方法論を前面に押し出す。シールズの名称が「自由と民主主義のための学生緊急行動」であることに注目したい。行動は思想信条を超えあらゆる市民、団体との共同が可能である。そのための「緊急行動」は他ともつながりたいとする意志を表している。
 その点で言えば、何らかの社会的不満が原因で具体的な生活条件の改善を求めて行動する住民運動とは異なっている。国民的課題について行動を前面に押し出す点で、一般の市民運動ともやや異なっている。シールズの運動は、労働運動が職場を基礎とするように必ずしも学園を基礎としていない。大学当局は戦うべき相手ではないからだ。
 彼らはSNS,携帯メールなどを使って横へ横へとつながりを広げている。国会前抗議行動に参加した学生がその動機を次のように話している。
「今年の春、ツイッターに安倍は辞めろと書いたプリクラをアップしている人がいました。18歳の女子高生なんですけど、そのことでメールでつながったら、友達の輪が広がりました。ある日、そのうちの一人が、きょう金曜日だから国会前に行ってと書き込みをしているのを見つけて僕もはじめてデモに行きました」。(尾崎孝史のフオトリポートからの引用)。この青年の話から、抗議行動への参加が日常の延長線上にあることがわかる。 彼らは抗議行動に参加し、主権者としての意識をより確かなものとするだろう。このようにして若者の政治参加が広がれば、シールズの存在価値はいっそう高まるだろう。
 シールズには組織というべきものはなく、行動の参加に垣根がない。リーダーはいても司令塔はない。シールズの運動形態は市民的、近代的であり、戦後日本でも稀な新しい社会運動の形と言えるだろう。

シールズと学者
 シールズと学者の連携がすすんでいる。今年6月に1万人以上の学者の賛同を得て、安全保障関連法案に反対する「学者の会」が結成され、7月末、国会周辺で「安全保障関連法案に反対する学生と学者の共同行動」がおこなわれた。そこで学者たちが平和と民主主義を語りながら「一緒に手を携えて、たたかっていきましょう」と学生たちに語りかけると、その後は学生と学者との共同行動が全国の大学に広がった。
 若者の行動力と学識との結合である。教壇が国会周辺や地方の公共の場に移され、学者が学生を励ます。学生は抗議行動という実践の場で学び、自己の行動に確信を持つ。こうした場面は戦後において、ほとんどなかったのではないのだろうか。
「学生も、かつて学生だった皆さんも『学問と良識の名において』国会前へ」と、シールズのツイッターが書いている。
だが、若者は学生に限らない。進学をあきらめ、あるいは働くことを選んで日々の労働につく若者と、同じ若者である学生とが、今後どのようにして連帯できるのかが今後の課題のようにも思われる。
(9月30日)


世論に応える報道、乖離する報道
     ――テレビ番組を中心に

坂本 陸郎

戦争を伝えるいくつかの番組
 戦後70年の夏、戦前戦後を振り返る各局の番組に見応えのあるものが多く見られた。そのどれもが、安保法案が国会で論議され国民の平和と戦争にたいする関心と運動の高まりにこたえるものであった。
 綾瀬はるかの朗読によるドキュメンタリー番組「いしぶみ」(日本テレビ系、8月1日放映)は、原爆で命を落とした広島二中一年生の遺族たちの、わが子の最後を綴ったものだった。NHKも特番「きのこ雲の下で何が起きていたのか」で、原爆による死者がもっとも多かったのは12歳から13歳の子どもたちであった事実を伝えた。
 「女たちの太平洋戦争」(NHK13日放映)は、南方の戦場に送られた看護婦たちに戦地での日常を生々しく語らせていた。重い傷を負い、マラリヤに冒された兵たちは看護婦を母親のように慕ったのだという。だが彼らは部隊の転戦とともに置き去りにされた。あるいは死を早める「処置」が看護婦たちに命ぜられ、それによって命を絶った。「注射針で空気を入れると簡単に死ぬのです。とても苦しみましたが」と元従軍看護婦は語っていた。番組は戦線に送られた看護婦は5万人に及んだとも伝えていた。「レッドクロス 女たちの赤紙」(TBS系8月1に放映)も同じように戦地に送られた看護婦たちの体験を伝えるものだった。
 若手の俳優が戦争体験者を訪ねる番組「私たちに戦争を教えてください」(フジTV系8月15日)は、戦争を知らない世代が戦争を体験した世代の老人たちと心を通わせるという番組だった。戦争を語り継ぐ大切さを伝える優れた試みだった。
 ドラマ仕立てのNHK番組「一番電車が走った」は知られざる事実を伝えて感動を誘った。被爆後の広島で路面電車を運転したのは14,5歳の女学生たちだった。戦争末期に運転者は徴用されているか、被ばくによって命を失っていた。
印象的だったのは原爆直後の広島でトラックが路上の被ばく者を乗せて運ぶ映像であった。救助を求めてすがりつく少女をトラックは振り払い、乗せようとしない。トラックは壮年の男を選んで乗せていた。原爆投下後も戦争の継続を想定していたのだろうか。カメラが戦争の非情さをとらえた一瞬の光景であった。
 NHKBS放送と民放で優れた映画もいくつか放映されていた。「黒い雨」、「火垂るの墓」、「帽子」などだったのだが、いずれも戦争の悲しみを伝えて涙を誘うものだった。 このような映像が戦争に反対する若者(大人たちに対してもそうだが)に与える衝撃は大きいと思われる。それが昔語りとしてではなく、安保法案が俎上に上り戦争が身近に感じられる現在ではなおさらのことである。では、そのような戦争と平和の岐路に立つ刻々をメデイアは正しく伝えているのだろうか。

世論に応えるメデイア
 メデイアもまた企業である。したがって、テレビ業界では視聴率をめぐる他局との企業間競争は避けられない。視聴率が下がれば広告収入が減少する。一方、電波使用の許認可権は政府に握られているのだから、政権にとって不利な報道には気を付けざるを得ない。 テレビ業界の場合、広告不況とはいえ、広告は収益のほとんどを占めているのだから、スポンサーの意向は無視できない。ビッグスポンサーは経団連の加盟社だ。当然、財界をバックとする政府に対する批判は制約されるだろう。
 そのような政と財、メデイアの関係が権力を監視すべきメデイアの弱点となっている。それに目を付けたのが安倍政権であった。安倍首相は度々、料亭などでメデイアのトップと親交を交わすなど報道抑制に余念がなく、番組内容に難くせをつける。それを見て、とり巻きの政権政治家が気に入らない沖縄の新聞の広告掲載を中止させろ、などの脅しをかける。こうしたメデイアへの干渉が強まったのは特に安倍政権下においてだった。
 その効果あってか、メデイアの現場で委縮する傾向が現れたとも言われている。だが、TBSの“ニュース23”、テレビ朝日”報道ステイション“の政権批判に変化はない。TBSの”サンデーモーニング“も毎回、論者に政治批判を自由に語らせ、高視聴率を維持している。この両局に比べて、フジテレビ(産経新聞資本)、日本テレビ(読売新聞資本)は政府批判において精彩を欠く。右派系の新聞が、資本でつながるテレビ局の報道に影響を及ぼすという世界でも稀なクロスオーナーシップの構図である。

強まるNHK批判
 公共放送たるNHKはどうだろうか。その報道姿勢は国策報道ともいえるほどの政権寄りである。ニュース番組はきわめて作為的であり、政権にとって不利となるような国会での審議内容は編集段階で周到にカットされている。ポツダム宣言を読んでいないという答弁、中谷防衛大臣の二転三転する答弁、などは報じない。“ニュースウオッチ9”では、国会で明らかになった統合幕僚監部の内部文書についての野党(共産党)の追及質問などは取り上げなかった。それ以外にも安保法案に対する大規模な反対行動、ニュース性の高い若者のデモ、渋谷での高校生5000人の戦争法反対のデモも取り上げなかった。法案に反対する論者はニュース番組では登場させない。解説する記者は批判抜きに政府の言い分を繰り返し説明するだけである。
 NHKは政権の主張を視聴者に効果的に伝えるために苦心している。野党の質問はできるだけ短く、それに対する安倍首相、防衛大臣などの答弁は長々と放映する。その結果、中国、北朝鮮の脅威が強調され、「必要最小限の武力行使で憲法の許容範囲」といったごまかしが繰り返しテレビ画面から流されることになる。NHKの番組には優れたものもあり、視聴者の信頼も高い。それに乗じてニュース番組では政権寄りの偏向報道が常に流されているのが現状だ。
元NHKデイレクター戸崎堅二氏は次のように語っている。
 「おそらくNHK内部の主犯格は報道局政治部と、その出身者が枢要な地位を占める幹部たち、そして、なお居座り続ける会長といったところだろう」(赤旗8月25日付)

アベチヤンネル
 8月25日、NHK放送センター3か所の出入り口が1000人を超える人々で埋められた。「アベチヤンネルにするな」のプラカードを手にした人々のなかから、「政府広報はやめろ」「戦争法案に加担するな」のコールが間断なく沸き起こった。集会の主催者はNHKに関心のある個人・団体がつくった実行委員会。その日は広島、大阪、京都でも抗議集会が行われ、抗議のビラは奈良や岐阜でも配布され、全国で籾井会長らの罷免要求署名7万7千筆が集められた。
 戦争法案反対のデモは国会周辺からNHKへと向けられている。その集会で元NHKプロデューサーの永田浩三氏がマイクを手に、このように訴えている。そのまま書き起こしたなかから後半部分を紹介する。
 「3年前、安倍さんは、NHKの最高意思決定機関である経営委員会に安倍さんのお友達の百田尚樹・長谷川三千子といった人を送り込みました。先日、百田氏は沖縄のふたつの新聞は潰さなければならない、と暴言を吐きました。百田氏は経営委員を一期で退きましたが、そうしたとんでもない経営委員に選ばれたのが籾井勝人氏です。
 この夏は戦後70年、NHKの特集番組はとても健闘しています。良い番組がいっぱい出ています。これに比べてニュースは異常です。悲惨です。戦後70年、安倍談話が出された夜のことを思い出してください。8月14日、まず夕方6時に安倍総理の記者会見が延々と流されました。そして7時のニュース。ここで、安倍総理のおぼえがめでたい、政治部・岩田明子記者が、これ以上ないくらいのヨイショ解説をしました。
 そしてニュースウオッチ9は、なんとスタジオに安倍総理を呼び、42分間、厳しい質問もないわけではありませんでしたが、安倍総理の言いたい放題でした。あの人がスタジオでコミュニケイションがとれないなんていうのは誰でも知っていることです。それでもやらせたんです。
 安倍さんに、ただただ奉仕する、それが今のNHKニュースです。NHKニュースを見ても戦争法案の問題点がわからない。国会の中で政府がいかにいい加減かがわからない。日本のさまざまな場所で反対の声が上がっていることがわからない。NHKがたまにキチンと取り上げると、それが大きなニュースになる。おかしいではありませんか。
 10年後、安倍さんが総理の座にあるとは絶対に思えません。来年夏までという話もあります。しかし、NHKは10年先も必ずあります。NHKは、視聴者の受信料で育てた大事な宝者です。安倍さんの私有物では、断じてないのです。安倍さんに義理立てしたり、恐がる必要などないのです。
 王様は裸です。若者たちはそれに気づいています。王様は裸だと。NHKは、安倍さんと一緒に心中などしてほしくはないのです。NHKはみんなのもの、みんなの宝です。このまま朽ち果てるのは、あまりにもったいない。NHKを市民の手に取り戻す。安倍さんの言うとおりの「取り戻す(とりもろす)」ではありません。取り戻すのです。市民の手に。みんなのものに、NHKを取り戻していきましょう。ありがとうございました」。
    
(8月28日記)


戦争は、防衛を名目に始まる

坂本 陸郎

 京都大学の教授と学生が7月2日、「自由と平和のための京大有志の会」を設立し、声明文を発表した。その20のフレーズが戦争の本質を余すところなく表現している。 その冒頭のフレーズが「戦争は防衛を名目に始まる」である。付け加えるとすれば、「戦争は「平和を飾りとして始まる」だろうか。政府は急遽、戦争法案に「平和」の文字を冠して「平和安全保障整備法案」と銘打った。
だが、参院に送られた後のわずか数日の国会論戦で政府の論拠はいっそう崩れ、戦争法案に反対する国民の運動は日ごとに広がってきた。議席数が多数を占めていることへの過信と国民に対するあなどりが原因だろう。
まず、衆院憲法審査会での3人の憲法学者が「憲法違反」と断じたことが政権のとんだ番狂わせとなった。自民・公明両党推薦の長谷部恭男早大教授が「集団的自衛権の行使が許されるというその点について、私は憲法違反であると考えております」と述べた瞬間、議場の与党議員たちの表情がいっせいにこわばったのだという。 この衝撃は大きかった。メデイアは「与党推薦の学者まで全員が違憲」と報じた。うろたえた菅義偉内閣官房長官が「全く違憲でないと言う著名な憲法学者もたくさんいる」と反論したのだが、「その実名を挙げよ」の追及に対して、たった3人の名前しか挙げられず、その後は「数じゃない」と言い変えるなど支離滅裂なありさまとなった。 その衆院憲法審査会で小林節教授このように述べている。「私も違憲と考えます。憲法9条に違反します。二項で、軍隊と交戦権が与えられていませんから、海の外で軍事活動をする道具と法的資格が与えられていません。集団的自衛権というのは、仲間の国を助けるために海外に戦争に行く。これをやろうということですから、憲法9条、とりわけ二項違反です」。続いて小林節氏は兵站について明快に述べている。「兵站なしに戦闘というのはできませんから、要するに、アメリカのコンバット部隊が最前線でドンパチやっていて、あとの機能は全部日本が引き受けることができる法案になっています。これは露骨な戦争参加法案であり、もうその一事だけでも、私はついていけません」。
 その後は元内閣法制局長官などの「違憲」とする言質もあり、政府の言う「憲法の範囲内」という 論拠は完全に崩れた。とともに、安倍政権の閣僚やブレインの発言が無軌道となる。「憲法を安全保障法に適用する」(中谷防衛大臣)だの、「法的安定性は関係ない」(篠崎首相補佐官)といった憲法無視の妄言が飛び出した。いずれも日米軍事同盟と戦争法案を憲法の上位に置くものである。彼らは当然、更迭に値するのだが、発言は安倍晋三氏の本心を代弁したものだったから切るに切れない。もし更迭すれば、事は安倍首相自身に及び、政権維持が困難とならざるを得ない。もともと安倍首相と同様に、憲法を理解できない側近たちの妄言は今後これに限ったことではないだろう。それでも安倍政権は側近をかばいながら、詭弁とごまかしで審議時間を稼いで、なんとか参院での強行採決か衆院での再採決に持ち込みたいと考えている。
 だが、安倍政権は今後の論戦に耐えられるのだろうか。法理ではすでに破たんしている。安倍政権が集団的自衛権を「憲法の範囲内」とするために、まず持ち出したのは砂川判決であった。砂川判決は駐留米軍が憲法9条二項の戦力にあたるかどうかが問われたもので、その個別的自衛権を認める判決文のどこにも集団的自衛権は触れられていない。
 加えて「72年見解」(閣議決定)まで持ちだした。そこでは「他国に加えられた武力攻撃を阻止すことを内容とする、いわゆる集団的自衛権の行使は憲法上許されない」と結論づけているのだが、その前文の解釈に集団的自衛権を無理に含ませ、集団的自衛権を認めたかのような結論を引きだすという詐術を用いている。
 それが国会論戦で論破されると、こんどは、根拠を「安全保障環境の変化」に移した。その後イランとの核開発監視交渉が進展するや、ホルムズ海峡機雷封鎖を引き下げ、中国「脅威論」に足場を移す。中国がいまにも日本に攻めてくるかのような妄想を国民に押し付けている。その一方で安倍首相は「集団的自衛権は限定的な行使容認なので一般に海外派兵はできない」などと見え透いた嘘をつく。「一般に」海外派兵はできないと言いつつ、例外もありということなのだ。派兵は「限定的」ともいっているのだが歯止めはないのだから、国際情勢の恣意的判断で海外派兵は広がることになる。まず、米軍指揮下で海賊対策を任務としているジブチの自衛隊が米軍の要請でテロ対策に踏み出すことが予測される。
 安倍政権が振りまく「中国脅威論」の根拠は薄弱である。まず、中国と太いパイプを持つ同盟国アメリカが、中国を脅威と見ていない。米太平洋軍ブレア元司令官が、南シナ海で「紛争が起きつつある現実的危険性はみられない」と語るなど、安倍政権とは違った認識を示している。東アジアについても同様の見方をしている。尖閣諸島をめぐって「中国が軍事力で彼らの野望を実現する可能性はきわめて少ない。軍事作戦の実施はきわめて多くのリスクを負うことを中国は知っている」と語っている。
 アメリカにとって中国は現在、重要貿易相手国である。では日中関係はどうだろうか。宮沢洋一経済産業相が、日本企業4万社以上が中国に進出し、輸出先として米国に次ぐ2位、輸入元では1位で、貿易総額でも米国を超え1位であることを挙げ、「大変重要な市場と認識している」と語っている。安倍首相の対中国姿勢は同盟国アメリカの対中姿勢と異なっているばかりか、経産省の見方とも食い違いを見せている。しかも、2008年の日中共同声明で「互いに脅威とならない」「互いに努力して、東シナ海を平和・協力・友好の海にする」ことを確認したことにも反している。安倍首相とそのブレインが、それでも「中国脅威論」に固執するのは、戦争法の根拠を、それ以外に探し出すことができないからである。
 米陸軍のホームページに、2014年1月13日から2月9日までの間、カリフオルニア州の砂漠の中にある米軍訓練場で、イラクやアフガニスタン戦争での実績を持つ米陸軍ストライカー戦闘旅団と自衛隊との日米共同訓練が行われたことが掲載され、それを米国メデイアが「日本の軍事計画策定者が8年間辛抱強く主張し、遂に今月その目標が実現した」と報じている。日米共同演習が日本側からの要請によるものだったことに驚かざるを得ない。
 その共同訓練とはどのようなものだったのか。四方50キロから70キロの広大な砂漠地帯には、中東地域での市街戦を想定し、モスクが造られ、15の市街地が設置されている。この訓練に日本側が要した費用は3億5000万円である。180名の陸上自衛隊員は、ゲリラ部隊、反乱勢力、通常部隊を敵として、米ストライカー戦闘旅団と共同して戦うという実戦即応訓練であり、砂漠での装甲車の隊列や戦車の構造に関する米軍の指導も受けた。
 雑誌『軍事研究』によると、訓練場には大小20か所の集落が仮設され、訓練期間中はアラブ系の俳優が住民に扮し、住民の中にテロリストを模した人物を配置する。その訓練のために自衛隊が運んだ武器は74式戦車、小銃、重機関銃、対戦車誘導弾、輸送装甲車等々である。
 日米共同訓練は攻撃訓練と総合戦闘射撃からなり、攻撃と防御、反撃の「対抗訓練」となっている。(以上は共産党井上議員の国会質問の一部要約、8月2日付赤旗から)。 この日米共同訓練は、地上戦を回避したい米国が自衛隊による肩代わりを予定したもの  とも取れるだろう。                     
(8月9日)


安倍政権の強行採決戦略とその困難
―激化する国民世論との対立

坂本 陸郎

採決強行
 なにがなんでも戦争法法案を通そうとする安倍政権の戦略は二段構えの強行採決である。 まず自民、公明、次世代の党の賛成で9月27日までの国会史上最大幅の95日間延長を議決し、法案が参院に送られると、与党単独強行採決を構えつつ、60日を経過しても採決が難しいとなれば、ルールに従って衆院へ戻し、法案を通そうという戦略である。
 国会法によれば、その際、安保のような条約だと衆院の議決に従い自然成立となるが、法案の場合は衆院での再可決が必要とされている。会期を充分とったのだから、政府としてしっかり説明責任を果たしたい、野党も審議拒否をしないで審議しようではないかと言いたいのである。だが会期は充分どころか、11本もの法案を審議するにはきわめて短い。周辺事態法、テロ特措法など単独の法案審議でさえ80日間以上もかけたのではなかったのか。
 戦略のもう一つは、法案を通すための維新の党の揺さぶりと懐柔策である。橋下市長に接触し維新の党を政権の側に呼び込み、あわよくば採決に引き込もう、自公だけの強行採決という場面をなんとか避けようとしている。
だが、強行採決のための会期延長は両刃の刃でもある。数の論理がそのまま通用するとは限らない。衆院では、すでに戦争立法の根拠は総崩れとなり、集団的自衛権行使の政府説明は国民の納得いくものとはならず、時がたつにつれ、「戦争には反対、安倍政権が怖い」といった国民感情を広げている。今後は運動の広がりとともに、戦争立法に反対する世論はさらに増幅するだろう。
 事実、世論は戦争法案反対へと広がりつつある。自民党が推薦する憲法学者を含む三人の憲法学者が、集団的自衛権行使を憲法違反と判断したことで、国民の中で憲法に対する信頼と共感が広がった。それが「潮目」となって、世論は戦争法反対へと大きく動いた。にもかかわらず、安倍政権の戦争法への執着は変わりないように見える。

スクランブル
 安倍首相が戦争法の根拠とするのは、まず「中国の進出」による安全保障環境の変化である。だが本当にそうだろうか。尖閣諸島の領有権をめぐる日中の軍事対立にそなえて自衛隊の周辺配備がすすんでいる。安倍首相は「中国機に対する自衛隊機の出動回数(スクランブル)が10年前と比べると実に7倍に増えている。これが現実です」と国会で答弁した。スクランブル回数が一度だけ例外的に少なかった2004年の回数と比較しているのだが、この半世紀、2004年を除いてスクランブル回数は400回前後から1000回近くを推移している(元法政大教授五十嵐仁氏ブログから)。
*以下同氏のブログからの引用。
 「2014年のスクランブル回数が最も多いのかというと、そうではありません。1984年の944回がこれまでの最高記録になります。航空自衛隊が示しているグラフを見れば分かる通り、スクランブルの回数が最も多かったのは80年代です。この時代(1980〜89年)の平均をとってみれば853,2回になりますが、最近の10年間(2003〜2014年)の平均は444、2回にすぎません。80年代に比べれば、スクランブルの回数は平均して半減していたのです。この回数が日本周辺における安全保障環境の変化を示すとすれば、それは悪化していたのではなく、改善していたことになります。したがって、集団的自衛権の行使容認など憲法解釈の幅を広げる根拠は存在しません」。ブログはさらに興味深い事実を書いている。
 「しかし、低下していたスクランブル回数は、2012年から直近10年間の平均を上回るようになり、2012年567回、13年810回、14年943回と急増しました。第二次安倍内閣が発足して安倍さんが首相になってからです。確かに、80年代ほどではありませんが、第二次安倍政権になってから安全保障環境は急速に悪化していたことになります。つまり、安倍内閣の誕生こそ周辺環境の悪化をもたらした最大の要因だったということです」。
 ここで比較されている80年代には何があったのだろうたのか。中曽根首相がレーガン大統領との会談で日米同盟下の日本を「不沈空母」と称し、日本の軍事力強化を米国に約束し、A級戦犯が合祀されて以降はじめて、ほとんどの閣僚とともに靖国を公式参拝した。それに対してアジア諸国の怒りが沸き起こった。中国政府は参拝の前日、「日本軍国主義が発動した侵略戦争が大きな惨害をもたらした」と抗議し、靖国参拝がアジア人民の感情を傷つけたと糾弾した。スクランブル回数の増加はこれらの事実と無関係とは言えないと思われる。
 この80年代と現在の日中関係を見た時、戦争法制が日本の安全を確かなものにするどころか、自国の安全保障には役に立たず、周辺環境をいっそう悪くするものであることが理解されるだろう。
 ブログは、集団的自衛権容認は安全保障のうえで「まったくの逆効果であるということが、どうしてわからないのでしょうか」と疑問を投げかけているのだが、走り出した馬の耳には届きそうにない。
 同ブログに、「そうであれば、安全保障環境を改善するのに戦争法制などはいりません。安倍さんが首相を辞めればよいのです」ともあるのだが同感である。

闘う政治家
安倍首相は自らを「闘う政治家」だと言ってはばからない。闘う相手は「戦後レジーム」であり、憲法が保障する平和な社会である。戦前の軍国主義を懐かしむ安倍首相は戦後民主主義からの「脱却」をめざし、侵略戦争と植民地支配、太平洋戦争を肯定する。そして、「村山談話」に書かれた「国策の誤り」「植民地支配と侵略」「心からのお詫びの気持ち」はいっさい語らない。「河野談話」の中の従軍慰安婦に関する「軍の関与」「強制」の事実を認めたがらず、公式の「謝罪」は口を濁して触れたがらない。そして、今さら必要もない「安倍談話」を出し、侵略と植民地支配の事実を歴史から消し去ろうとしているのである。
 そもそも 憲法9条否定論者の安倍首相は、戦後日本の平和主義の原点となった「ポツダム宣言」について、「つまびらかに承知をしていない」と答弁するくらいなのだから、国際秩序の歴史的理念を根本から否定する異常な歴史認識の持ち主なのである。
 しかも、民主主義を理解しない安倍首相の政治手法は強圧的であり、フアシスト的素質を感じさせる。沖縄新基地建設のゴリ押し、メデイアへの干渉などを平然と行う。それも当然、彼は右翼政治家のオルガナイザーであり、リーダーである。彼が選んだ閣僚のうち8割が「日本会議国会議員懇談会」で占められている。それに連なる右翼政治家たちの挙動は常軌を逸したものとならざるをえない。

文化芸術懇談会  沖縄の戦没者追悼式に出席した安倍首相が罵声を浴びるなど厳しい世論に直面して、政権内に戸惑いと焦りが目立って来た。その、安倍首相の息のかかった若手議員たちの妄言となって現れた。それは、百田講師の妄言を引きだしそれを利用するものだった。その波紋が広がると、政府は火消しに躍起となった。テレビ朝日の若手議員の出演をドタキャン、予定していた小林よしのり氏の講演も急きょ断り(他の自民党若手グループ)、大西議員には厳重注意、リーダーの木原青年局長を更迭した。同席した官房副長官の責任は問われなかった。だが安倍首相はこの谷垣副総理が下した更迭人事に不満だったのだという。
 百田発言も若手自民党議員の言ったことも「あいた口がふさがらない」(琉球新報社説)ほどの低劣さである。戦争法制の審議が形勢不利となって、世論も戦争法反対へと流れ、それに苛立つ彼らは、まず琉球新報と沖縄タイムスの二紙を目の敵にした。「潰さないといけない」「沖縄のどっかの島が中国に取られてしまえば目を覚ますはずだ」と百田氏が述べると、大西議員が「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番だ、文化人が不買運動、日本を危うくするマスコミはとんでもないと経団連などに働きかけてほしい」と同調した。大西議員はその後も同様の発言を繰り返している。
 その若手議員が集う勉強会は「文化芸術懇話会」と銘打ち、それを運営する自民党青年部は党幹部への登竜門とされている。その局長経験者には竹下登、安倍晋三、麻生太郎ら、後に首相となった政治家も多い。小泉新次郎も局長経験者である。したがって、後ろ盾を自負する若手議員たちはおごり高ぶり、本音を語ることを少しも躊躇わない。
結果、彼らの無知と破廉恥が政権に思わぬ悪影響を及ぼすこととなったのだが、百田氏と 若手議員による沖縄県民蔑視発言とメデイア叩きは安倍首相の本心を代弁したまでのことだった。したがって、安倍首相は公明党には謝ったのだが、沖縄二紙と沖縄県民には謝罪しない。謝罪は当人たちの問題で自らは必要ないと言っている。
安倍首相と、それに連なる議員たちがそのような暴言を言い続けるのであれば、戦争法反対の世論は安倍首相の想定を超えるものとなり、政権維持は困難となることも予想される。
(6月30日)


日本は本当に独立しているのだろうか

坂本 陸郎

植民地型同盟
 日本の政権政治家たちはアメリカに従うことを信条とし、思考停止状態に陥っているように見える。その姿は飼い犬にも例えられるが、飼い犬は飼い主に捨てられないように常に主人の顔色をうかがい、主人を畏れるものだ。
 そのような政治家が政治を担う日本は、果たして真の意味で独立国家と言えるのだろうか。「独立国」とはどのような国家なのか。初めにその定義を確かめてみたい。
(独立国とは)「国際法上、ある政治団体が国家といえるためには、国家を構成する要素として、永久的住民、明確な領域、政府、他国との関係を取り結ぶ能力(外交能力)の四つを備えていなければならない。とくに4番目の外交能力は、具体的には、条約締結権や外交使節交換権などの形で表れ、主権の属性として、この能力を外国との関係で制限されずに保持し行使できる国家が、主権国家または独立国である。したがって従属国、被保護国など国際法上の能力を制限されている国家を、半独立国、一部主権国などという。なお、法的には独立国ではあっても、政治的、経済的に大国の支配下にあって自立できない国を、衛生国、従属国などの呼び名で呼ぶ場合もある」(小学館「日本百科事典」)。
 この定義を現在の日本に照らすと、国家間の同盟のありようが問題となるだろう。松竹伸幸氏が自著「靖国問題と日本のアジア外交」のなかで、同盟関係を二つに区別している。 その一つがNATO(米国も加盟する欧州同盟)のような「同盟型」であり、もう一つが、かつてエジプトとイギリスとの間でスエズ運河の防衛を目的として交わされた同盟、それに日米同盟のような「植民地型」の従属的同盟である。
 その違いはなにか。同盟の具体的検討はさて置くとして、同盟国の政権政治家の姿勢にあらわれている点に注目したい。
 かつて、イギリスのサッチャー首相は、アメリカがグレナダに武力侵攻しようとしたときに猛烈に反対した。その戦争に道理がないと判断したからだった。(道理に背くときもあった。たとえばイラクへの参戦決定が問題となって、ブラウン首相とブレアー元首相が議会で責任を問われた)。そのイラク戦争で、フランスとドイツはアメリカを非難し、参戦要請に応じなかった。米国との対等な同盟関係をうかがわせる。一方、日本は一度としてアメリカが行う戦争を批判したことも反対したこともなかった。橋本龍太郎前首相の国会での答弁は次のようなものだった。
 「第二次大戦後国連に加盟して以来、わが国は米国による武力行為に対し、国際法上違法な武力行為であるとして反対の意を表明したことはございません」 (97年の国会答弁)。
 わが国の首相は、このような答弁に恬として恥じるところがない。 アメリカが行う戦争のすべてが正しいと信じているのだろうか。攻撃基地を提供したヴエトナム戦争が正しい戦争だったのか。その後、自衛隊を派遣したイラク戦争は正しかったのか。それらの戦争に力を貸した日本政府の判断は正しかったのだろうか。ヴエトナム戦争はトンキン湾事件の捏造から始まった。イラク戦争では攻撃の根拠とした大量破壊兵器はなかった。どちらも米国の侵略戦争であった。

自発的同盟
 アメリカは同盟関係が揺らぐことをなによりも恐れている。鳩山首相が日米の「対等平等論」をネット上で書いたのをアメリカの新聞が全文掲載し、米国内に波紋を広げたことがあった。それは選挙前に記者クラブで話したことを文章にしたものだったが、それが日米関係を変えるものと受け取られ、鳩山首相が信頼できるのかどうかが一時疑われたのだった。だがその後、鳩山氏は「対等平等」の前言を取り下げ、「日米同盟が機軸」の、歴代政権の決まり文句を繰り返した。国内メデイアと外務官僚の圧力に屈し、米国の「信頼回復」へと転換せざるをえなかったのは明らかだった。
 同盟の従属性は、それが不条理であっても絶対的であり、従属は政権の存立条件であった。例えば、次のような「日米地位協定」によって日本側の裁判権が認められていない。 「合衆国の軍事裁判所及び当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属ならびにそれらの家族が、日本国内で犯すすべての罪について、専属的裁判権を日本国内で行使する権利を有する」 他国に駐留する米兵は度々犯罪を犯す。その被害者は常に基地を提供する側の国民である。その犯罪を裁く権利が被害国側にはなく加害国に与えられている。
 一方、ドイツはNATOに加盟後3年もかけて自国の裁判権を頑強に主張した。その結果、裁判権の対象を「公務中」の犯罪と「公務外」の犯罪に区別することとなった。その後、日本はそれに倣い「日米行政協定」を改め、「公務中」の犯罪に対する裁判権と「公務外」の犯罪の裁判権を分けて形の上ではNATOの条約と同じようになった。ところが日本では、今までに、裁くべき米兵による犯罪のほとんどが裁かれてこなかった。
 次の資料は57年にマッカーサー駐日大使がダレス国務長官に送った電文である。
 「日本は裁判をする権利を得た1953年10月以来、1万4千件以上の犯罪のうち、430件以外はすべて裁判権を事実上我々に渡した。この事実は、世界中の同じような国の平均が28パーセントといわれているのにたいして、(日本では) 3パーセントしか裁判をしなかったということである」。
 裁かれることのない国で犯罪が多発するのは当然である。一九六〇年代になると、3万数千件の犯罪に関わる事件が発生しており、死者は500人以上にのぼっていた。しかも国会答弁によって明らかなように、その間、日本側の裁判は一度も行われなかった。
 日本での米兵による犯罪件数が米国の基地を置く他の国のなかで突出するのは当然である。日米安保条約発効以来、記録されただけでも、その件数は20万680件、米兵の犯罪によって死亡した日本人は1084人にのぼる。日本が世界に例のない「全土基地方式」によって、占領下の沖縄をはじめ、130を超える米軍基地を提供し、裁判権を事実上放棄していたからである。
 しかも、そのような日本政府の従属的対米姿勢は自発的なものとなっている。米国内で普天間基地をグアムに移設することが予定されているのに、日本政府は県内国内に移設候補地を探し、基地建設費用まで差し出す。なぜ普天間基地の国外移設を言えないのだろうか。なぜ辺野古新基地建設を約束したのか。

同盟の比較
 このように、「日米同盟」は一方の絶対性と他方の自発性を特徴としている。それは、松竹氏の言うように「植民地型同盟」に由来するものなのだが、戦後70年の現在において、何故そのような同盟関係が存在するのだろうか。それを知るためには、戦後の出発点におけるNATO諸国との決定的な歴史的違いに注目しなければならないだろう。
ドイツでは、1919年ワイマール憲法が制定された後にケルン市長であったアデナウアーはナチズムの党旗ハーゲンクロイツを市庁舎に掲げるのを拒み追放され、戦後に首相となったブラントも、ナチズムに対する反抗を理由にノルウエーに亡命を余儀なくされた。
 だが、戦後にアデナウワーを大統領として復帰させたドイツはNATO加盟を許された。と、ともに米ソを中心とする連合国に対しても、戦後の分割占領支配に反対した。敗戦後に自国の完全な独立を求めたのだった。
 それと比べて日本はどうであったのか。戦前に天皇制軍国主義を担った政治家たちは侵略戦争に対する反省はおろか、戦犯として天皇が裁かれることを恐れ、国体護持を願った。彼ら自身が裁かれることを恐れたからでもあった。そしてアメリカに取り入り、アメリカの目下の国となる道を選んだ。
 47年に新しい憲法が施行されたのだが、米ソ冷戦下でのアメリカの対日政策の変更によって、戦前の軍国主義を支えた政治家、軍人の多くが放免され、50年には、アメリカの要請に従って警察予備隊(自衛隊の前身)が創設された。そして51年には、日米安保条約が調印され、同盟の障害となった憲法の改定を求めるアメリカの圧力が強まることとなる。
 60年に、安保条約は基地供与から日米一体化へと強化され、対米従属性はいちだんと強められることとなった。冷戦下におけるアメリカの世界戦略を背景としたものであった。 その後、「核密約」などの「密約」が交わされたことは重要である。それら密約によって、政府の言う「事前協議」は一度も行わ
れず、協議事項とされていた装備、作戦行動、編成に関する話し合いはなされなかった。  63年にプエブロ号が出港した横須賀港には、核を積んだ艦船が何度となく寄港し、事前協議はなされなかった。その不履行の理由として、寄港が慣習となっていたことを、レアード前国防長官は書簡の中で次のように記している。
「過去20年間、われわれの横須賀寄港や修理のための寄港が日常普段におこなわれている」 (72年6月)。このような勝手放題な同盟は世界でも例がない。

条約の終了
 外務省内では日米同盟に疑問を差し挟む雰囲気がまるでないのだという。かつての外務省官僚が次のように語っている。
 「ここで改めて考えなければならないのは、日米友好関係は日本外交の機軸という言葉の意味である。これは私が外務省に入ったころからすでにいわれており、今日まで疑問の余地のない、いわば公理として受け入れられてきた。このテーゼに、なぜ?という疑問を発することは、ほとんど許されなかった。しいて疑問を発すると、日米安保があるから当然、との答えが返ってきた」 (近藤誠一「米国報道に見る日本・日米関係になにが起こっているのか」) 。
 何故、このように日米同盟が金科玉条となり、政府も官僚も米国に隷属するようになったのだろうか。「マッカーサー回想記」の中に次のような記述がある。
 「軍事占領というものは、長きに過ぎたり、最初から慎重に警戒することを怠ったりすると、どうしても一方は奴隷となり、他方は、その主人の役を演じ始める」。
 この予見は正しかった。奴隷となった日本が宗主国に奪われたものは、国土と巨額な税金だけではなかった。独立国家としての自立心も独立をも奪われたのだった。
 ここから抜け出す道はあるのだろうか、次に資料を記す。
 「われわれの理想は国連で安全保障の機構が確立することで、これができれば期間内でも安保条約が廃棄されるのは当然だ」(1960年、岸首相)。
 「必ずしも国連の措置がとられなくとも、そのときの事情によって廃棄することができる」 (同、藤山外相)。
   以上は新安保条約締結当時の首相と外務大臣が語ったものだが、安保条約と並ぶ「日米地位協定」にはこのように書かれている。
 「合衆国軍隊が使用する施設および区域は、この協定の目的のため必要でなくなったときは、いつでも日本国に返還しなければならない」。
 また、現行の安保条約第十条には、
 「この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対し、この条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行われた後一年で終了する」 
 条文は新安保条約が発効した1960年を起点とし、1970年までの10年間を存続期間とし、その後は終了ができるとしている。だが、終了が可能となった80年代初めから45年が過ぎようとしている。「植民地型同盟」はいつまで続くのだろうか。日米同盟の国民的検討と論議が現在、課題となっている。
  (*本稿は主に松竹伸幸氏が作成した資料をもとに書いた
    ものである。215.05.31)


               

戦争への突入か ― 
閣議決定から戦争立法へ

坂本 陸郎

戦時法制
 戦時法制安倍政権の戦争への猛進ぶりが国民の不安を日ごとに増幅させている。 2月13日から週一回行われた自公協議の結果、11本の戦争立法が準備されたのだという。それらのうち中心となるのは、@集団的自衛権行使のための武力攻撃事態法の改定、A他国への武力行使を支援する恒久法の新設と周辺事態法の改定、BpPKO法の改定による自衛隊海外派兵の拡大、Bグレーゾーン事態への対処、C他国軍応援のための、いわゆる「駆けつけ警護」である。これらの法案が通れば、武力行使を制約する現在の法制が換骨奪胎されることになる。
 では、どのような場合に自衛隊を派遣するのか。その場合として「重要影響事態」、「存立事態」の文言が示されているのだが、抽象的で分かりにくい。「専守防衛」は消し去られている。
 協議のなかで、両党は「安全保障法整備の具体的方向性について」なる文書も確認した。そのなかで、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障」が目的だと言っている。世論を気にする公明党が「歯止め」と称して、「国際法制上の正当性」「民主的統制」「自衛隊員の安全確保」の三原則を言っては見たものの、いずれも国民向けの空文句で歯止めにはなりそうもない。説明すればするほど、ボロが出てくるようである。 政府が意図する戦争は誰のための戦争なのか。集団的自衛権は同盟国の防衛を義務とするものだから、アメリカが引き起こす戦争へ自衛隊を差し出さなければならない。であれば、国民の納得を得るのは難しい。したがって政府は法案を通すために、あれこれ理屈を並べなければならない。いつであれ、どこであれ、自衛隊の派遣は法律上問題なし、としたいのだ。
謳 い文句の「切れ目のない安全保障」は、自衛隊の派兵が常にあり得ることを意味しているのだが、国家としての行為なのだから、銃後の国民は「切れ目なく」戦争に協力させられることになる。そのため、まず「秘密保護法」による国民への監視体制が強まることが予測される。戦前の国家総動員法下のように、地方自治体も従わされ、港湾、民間空港も軍事優先となるだろう。だが、そうした事態は決して空想上のことではない。政府は戦争への道を確実に突き進んでいる。

外征戦争
 現在の戦争は、まずテロとの戦争である。参戦すれば、日本はアメリカとともにテロリストの敵国となる。するとどうなるのか。現在約9500人の中東に在住する邦人は安心して暮らすこともできなくなるだろう。アメリカの片棒を担ぐ国と看做されれば、中東以外の海外公館や日本企業も標的とならざるをえない。海外への観光旅行さえうかうかできなくなるであろう。
 海外在留邦人は政府統計で約119万人である。その、どこかの国で武力紛争が起きて、邦人救出が必要だと政府が判断すれば、戦闘目的の自衛隊派遣は合法ということにもなる。 危険なのは海外邦人や旅行者だけではない。空爆に参加したNATO諸国のように、国内でのテロにも用心しなければならない。日本はテロに対して無防備だというのだから、都市部などでは日常が危険と隣り合わせの状態となって、厳重なテロ対策が必要となる。
 幸いなことに日本は今までに、そうした危険性をぎりぎりのところで避けてきた。多国籍企業化した日本の企業が世界に展開するようになった90年代以降、いくつもの海外派兵法がつくられてきた。しかし、PKO法(92年)、周辺事態法(99年)、イラク特措法(01年)など、これらの法制は憲法上の制約と国民の批判から、派遣地域は「非戦闘地域」「後方地域」に限られ、活動も「後方支援」に狭められてきた。アメリカの要請でイラク派兵が行われたが、「一発も発砲せず、殺さず、殺されず」にすんだのは、こうした法制上の歯止めがあったからであった。
ところが、閣議決定で「非戦闘地域」の制約が外され、禁じられていた「任務遂行のための武器の使用」も許されるとなると、自衛隊は、安倍首相が言う「わが軍」(国会発言)そのものとなり、日本は戦争立国に変貌することになる。
それに加えて、「グレーゾーン事態」への自衛隊投入が論議されている。これは戦争状態をすすんでつくり出そうとするものである。「グレーゾーン」とは「純然たる平時でも有事でもない事態」なのだそうである。現実に戦争が行われていない状態の時に、治安出動や海上警備行動を(電話などで)取り急ぎ閣議決定し、官邸と現地部隊を直接結ぼうとするものだが、国会で論議もされず、「秘密保護法」で報道も規制され、国民は蚊帳の外ということになるだろう。
 自公協議では、その都度国会審議を必要とする時限立法が面倒なのか、まとめて「海外派兵恒久法」に変えようとしている。これが通れば、「重要影響事態法」と、武器使用が許される「PKO法」の改定の三法の組み合わせで、いかなる戦争への参加も可能となり、自衛隊海外派兵は政府のやりたい放題となるであろう。
派兵となれば戦死者も当然避けがたい。NATOの国際治安支援部隊(ISAF)はアフガン戦争で3500人もの戦死者を出し、深刻な反省を迫られている。そのような戦争は日本にとって無益な戦争であり、国民の納得を得るのは困難である。

「積極的平和主義」
 2014年7月14日の衆議院の集中審議で、岸田文雄外務大臣は、「米国に対する武力攻撃は、わが国の国民の命や暮らしを守るための活動に対する攻撃だから、(集団的自衛権行使が)あてはまる可能性が高い」と答弁している。
中東では米国軍に対する武力攻撃は現在も行われているだろう。戦地では攻撃に対する反撃は日常事である。アメリカはウクライナにも軍事指導のための300名の陸軍を差し向けている。そこで米兵が攻撃されたら、「国民の命や暮らしを守るために」自衛隊が出動するのだろうか。
 政府は中国と北朝鮮を敵視し、脅威論を振りまいている。それがアメリカの外交戦略と必ずしも一致しなくなると、「周辺事態法」(99年)の中の「周辺」の文言を外し、「重要影響事態法」に変え、「我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態」に書き換えた。日本周辺に限らず、世界中どこへでも派兵できるというものである。しかも、支援の相手国は米国のみならず、オーストラリアなど米国の同盟国にも広げている。
このように現在、戦争突入の準備が着々と準備されている。日本を、れっきとした軍事大国へと変えることが安倍政権の目指するところであり、戦前のような帝国の復権への野望を抱く安倍首相は、米国の同盟国として再び世界に覇権を行使したいと考えている。それが彼の言う「積極的平和主義」であり、次なる憲法9条破壊への階梯なのである。   
(5月2日)


高浜原発の運転差止め仮処分
〜田中俊一委員長の「事実誤認」は
二重の意味で事実誤認〜

滝谷 紘一

高浜原発運転差止仮処分判決について
 15日の原子力規制委員会の定例記者会見において、田中俊一規制委員長は「この裁判の判決文を読む限りにおいては、事実誤認、誤ったことがいっぱい書いてあります」と述べ、その具体例の一つとして「耐震重要度分類で給水設備はBだと書いてありますけれども、これはSクラスです。」と述べました。この発言について事実関係を調べたところ、判決要旨にある使用済み核燃料プールの「給水設備」は判決本文中での「冷却設備」を指しており、これはBクラスで正しいことがわかりました。従って事実誤認ではありません。

以下は、調べた内容です。

田中発言での「給水設備」は、判決文の理由の要旨「4.使用済み核燃料」の文末にある「使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性もBクラスである。」に関することです。

4月15日の規制委員長記者会見録がHPに掲載されましたので、関連部分2箇所をコピペしますと、

○田中委員長  私も細かいことを全部調べているわけではありませんが、耐震重要度分類で給水設備はBだと書いてありますけれども、これはSクラスです。
〇田中委員長 (略)プールの水がなくなるというのは非常に重要なことですから、そうならないようにということで、プール自体も、プールに給水するところも、あるいはプールの水を監視する水位計等も、みんな耐震上はSクラスにしています。

従来の耐震設計審査指針及び新規制基準規則の第4条(地震による損傷の防止)では、
@「使用済み燃料を貯蔵するための設備」(←上記のプール)はSクラス
A「使用済み燃料を冷却するための施設」はBクラス

なお、冷却水供給の水源である燃料取替用水タンクはSクラスですが、判決文要旨での「給水設備」は、本文では「冷却設備」として記述されているのでAに該当し、Bクラスは正しい。従って、田中委員長の発言にある「給水設備はSクラス」というのは、事実誤認です。

また、田中発言の「プールに給水するところ」が燃料取替用水タンクを指すのであれば、それはSクラスで正しい。(このタンクはECCSの水源にもなっているので、Sクラスです。) Sクラスの燃料取替用水タンクと使用済み燃料プールがBクラスの冷却設備でつながっていることになります。

田中委員長の発言は、判決本文をよく読まずに給水設備を燃料取替用水タンクに矮小化した「すり替え批判」です。「地震が設計基準動を超えるものであればもちろ ん、超えるものでなくても使用済燃料プールの冷却設備が損壊する具体的可能性がある」との判決文は妥当です。

*滝谷紘一(原子力市民委員会メンバー)
原子力規制を監視する市民の会
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